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旅立ちのその日に

作者: 樋山紅葉

 ♂

 

 彼女の搭乗する飛行機の時間まであと五時間。今日彼女はこの町を去ってしまう。

 彼女のことが心配だった。知らない国で、彼女は心細くなったりはしないだろか。泣き崩れてしまう事は無いだろうか。向こうで誰かに惚れたりしたりはしないだろうか。時間が刻一刻と過ぎるたびに彼女への心配が、想いが募った。


 ♀

 

 搭乗する飛行機の時間まであと五時間。今日わたしは、この町を旅立つ。

 置いていく彼の事が気になる。彼はわたしがいなくても大丈夫だろうか。ちゃんと毎日学校へ行くだろうか。元気でいられるだろうか。浮気はしないだろうか。時間が刻一刻と過ぎるたびに彼への心配と想いが募った。

 

 春の陽気が心地よい。今日は絶好のフライト日和。

 時刻はちょうど昼を過ぎた。わたしと彼は風通しの良いオープンカフェで、一緒にお昼ごはんを食べ終えたところだった。

 未だ浮かない顔をしている彼に向かってわたしは言った。

「あのねえ、別れ話してるわけじゃあないんだから、そんな暗い顔してないでさあ、もっと祝ってくれたりはないの?」

「別れって!……縁起でもない事言うなよ」

 ああもう!まったく女々しい奴だ。

「だからさ、わたしはちょっと留学してくるだけ。別に一年かそこらで帰ってくるって。だからそのときまでしばしのお別れでしょ?」

「そうだけど、僕は君が心配なんだ」

「高校生三年生に心配されるほど、わたしはふにゃふにゃした人間じゃないわよ。それと、わたしを呼ぶときは『君』じゃなくて、名前にさん付けしなさいって言ってるでしょ?」

「……うるさいな、たかだか二歳年上なだけくせに」

 そう言って、彼はそっぽを向いた。その仕草が可愛くてわたしはつい笑ってしまう。

 わたしと彼の出会いは高校のとき。当時一年生だった彼に告白された高校三年のわたしは、軽いノリで彼の告白を受け止めた。

 彼のことをまったく知らなかったし、お試しで付き合ってみてもいいかな、位にしか考えていなかったが、付き合ってみるとこれがなかなか面白い。い彼をからかったりしているうちに月日は流れ、どういうわけかわたしは彼のことが好きになっていた。時間というものは恐ろしい。

 自分の気持ちを冗談めかしながらわたしは彼に告げた。

「まあ、寂しいといえば寂しいかもね。あんたで遊べなくなるし」


 ♂

 

 僕と彼女の出会いは高校のとき、当時一年生だった僕は、駄目もとで校内一の美女といわれる彼女に告白した。答えは意外にも良かった。

 付き合い始めは、完全に遊ばれているのだろうと思っていたけれど、去年あたりから彼女の僕に対する接し方が変わってきた気がする。多分、認められたんだと思う。

 ただ、今も昔も主導権は完全に年上の彼女にある。この留学の話だって相談も無く、全部一人で決めてしまったのだ。

 そんな彼女が笑いながら言う。

「まあ、寂しいといえば寂しいかもね。あんたで遊べなくなるし」

「……なんでそういつも軽いんだよ!」

 人がこんなにも心配しているのに。心の中でそう叫び、立ち上がった。

 周りの人々がいったい何事かと僕らの方に振り向く。

 僕はそんな彼らに二度頭を下げてから席に座りなおした。

「……いつもいつもそうだ。君は全部自分ひとりでどんどん先に行く。少しくらい、僕に相談してくれてもいいのに」

「あんたは受験生。今は自分の心配だけしていればいいの」

「何でだよ!」

 頭に血が上り感情ばかりが先走る。

 しかし、僕が次の言葉を出すのを彼女は手で制した。

「……場所を変えましょう」

 そう言うと彼女は席を立ち先に歩き出す。僕もその後に続くように席を立ち上がる。

 近くで「彼、振られたのかな?」などという女子高生の噂話が聞こえたが気にしないことにした。

 もしかしたら本当にそうなるかもしれないと、僕は心のどこかで思っていた。


 ♀


 わたしは彼を近くの公園へと連れ出した。

 搭乗の時間まで後四時間三十分。ここからならば空港までタクシーで一時間半といったところか。実質、のこり時間はもう三時間を切っている。

 幸い、広い公園には遊んでいる子達は少なく、人通りも皆無に等しい。今この場には、わたしと彼の二人だけしかいない。

 わたしは池の前の手ごろなベンチに座ると、隣に座るよう彼を促す。彼が渋々座ってから長い沈黙があった。

 正直、ここに着くまで、わたしはどうしようかと悩んでいた。

 このまま別れてしまうか、それとも彼を説得して納得してもらうか。

 だけど、今更悩む事は無い。わたしは彼のことが好きなのだ。

 わたしは沈黙を破った。

「あんたのさあ、悩み……言いたいこと言って?」

 彼はその言葉に驚いた表情を見せた。しかし言葉が出てこない。

 やがて、言葉を捜すように彼は少しずつ話し始めた。

「僕はさ、君に留学して欲しくない。不安なんだ。君が向こうで辛い思いをするんじゃないか、僕は君に捨てられるんじゃないかって」

 彼の表情が見る見る冷たくなってゆく。不安と悲愴感を漂わせた顔で、彼は続けた。

「子供的な考えだし、僕のわがままだって分かってる。でも、僕は君に行って欲しくない」


 ♂


 はじめ、別れ話をされると思っていた僕は意表をつかれた。まさか、こんなことを聞かれるとは思っていなかったからだ。

 今の言葉には一遍の偽りも無い。彼女に行って欲しくない。ただ、それだけだ。

 沈黙は先ほどよりも長かった。それを破ったのは、やはり彼女だった。

 この言葉を聞いたとき、僕は更なる絶望を感じた。

「わたしもね、本当はあんたとずっと一緒にいれたら良いなって、思っているんだよ。でもね、留学して自分のやりたいことをやり通して、どこまでいけるか試してみたい。天秤にかけたんだ。一年あんたと一緒にいられないことと留学すること。

 わたしが相談しなかったのは、言ったら多分、あんたは止めたでしょ?今みたいに。留学することを自分で決めて、今更止められるのが、少し、嫌だったの」

 止められるのが嫌だ。僕は、その言葉を深く噛み締めた。

 多分、その言葉の意味は……。


 ♀

 

 わたしは、言葉を続けた。

「わたしはあんたのことが好き。……でも、待ってなくていいよ」

 

 ♂


 待ってなくていい。

「……それは、別れの言葉?」

「そう、かもしれない。だってわたしも自信ないし、向こうで素敵な人見つけて、あんたを捨てちゃうかもしれない。だから」

「僕は待つよ」

 辛い気持ちを押し殺し、僕は言葉を紡ぐ。

「行って欲しくない。でも、もう変わらないなら……諦める。それでも僕は、君をずっと待ってる。」

「わたしが浮気をしたとしても?」

「ずっと、待ってる」

 彼女は少し寂しそうな顔をした。多分僕も、同じ顔をしていたのだろう。


 


 搭乗時刻まであと三時間。僕達は手をつないで歩き出した。

 この手の感触を、もう一度感じることが出来るよう、僕は青い空に祈った。


 ♀


 搭乗時刻までもう三十分をきった。思っていたよりもタクシーが進まなかったのが原因だ。

 「それじゃあここで、しばしのお別れだね」

 搭乗口で、わたしは彼の手を離し、精一杯の笑顔を見せそう言った。

 彼は未だに、浮かない顔をしている。

「ねえ、笑って見送って?」

「……難しいこというなよ」

 そんな彼を見てわたしは笑った。こんな女々しい男が、わたしは好きなんだ。

 搭乗を促すアナウンスが響きわたる。

「それじゃあ、最後に一言。わたしに言いたい事は?」

 彼は俯いていてその顔を見ることが出来なくなっていた。しかし、何か決め込んだような顔をすると、大きく息を吸い込んだ。

「戻ってきたら、僕と結婚してください」

 真剣な眼差しがわたしを見据えている。

 それがおかしくて、つい笑ってしまった。

「ぷ、ふふ、あんた馬鹿じゃないの?高校生のくせに」

「……なんだよ、たかだか二つ上なだけの」

 


 言い終わる前に、わたしは彼の口に蓋をした。

 唇に、優しい感触が残る。

 それがなくなる前に、わたしは笑った。

「それじゃあ、行って来ます!」

 彼の告白は、わたしには忘れられない、嬉しい約束の言葉だった。



 ♂


 結局、僕は笑って見送ることが出来なかった。

 今もこの手残る感触とともに、飛び立つ飛行機に向かって、大きく手を振った。







いろんなジャンルに挑戦しようと、今回は恋愛物を書いてみました。

かなり書きたいように書いた作品なので、なんか滅茶苦茶な話の流れになってしまった気が。(汗

続き……ません(汗


自分で書いておきながら言うのもなんなんですが、私はこの『彼』が苦手です。なんか感情先走りで書いてしまったためにこんなことに……。


人間の感じ方の『すれ違い』をサブテーマに書きました。何か感想でもありましたら、書いていただくと嬉しい限りです。


すみません長いあとがきでした。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言]  帰ってきたら、結婚できるかな?(なーんて いい作品ですねぇ〜  もしよかったら、私の小説も読んでください。
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