7・奥州に至りて候
何か大規模なものがある訳でもない白河の関を越えてさらに進んでいく。そこからもしばらく山がちな地域を通るために山賊が襲ってきて静だけが喜び勇んでいる。
「こいつは良い修練だぜ!!」
溌溂と笑っているが、お前、それで良いのか?
白河の関って随分と南方にあったようで、いくら進んでも平泉に着く気がしない。そう感じるほどだったが、京周辺に比べて関東が非常に豊かで、ここもそうであることに驚いている。
たしか、温暖化問題云々で言われたことがあったっけ。平安末期から鎌倉初期ってすごく暖かくて21世紀初頭みたいだったと。
その真偽はともかく、この世界はまさにそうなっている。京は温暖と言うか、どこかの南国で、信州やここ、白河を越えた辺りでようやく真っ当な日本を感じる状態だ。
治水技術も品種改良も進んでいない平安時代では、高知県の様な二毛作なんか出来るはずもなく、豪雨のたびに川が氾濫するし、少々日照りが続けばすぐに水も無くなる。
石油や電気に慣れた生活だと一切実感できなかったが、それ以前の時代には燃料といえば木であった。
そのため、人の入れる里山と呼ばれる地域は禿山、ないしは疎らな林でしかない。そんな状態だからなお一層、洪水や干ばつといった被害も起きやすかったのだろう。幸いなのは、人口が少なく、わざわざ崖の下に集落を作ったり、埋め立てた造成地というのが無い事程度だ。
結果として、気候が湿潤から亜熱帯寄りの西日本では極端な気候が多く農業生産への影響は計り知れない。
それにひきかえ関東以東はその影響が少なく、寒冷なはずの東北が21世紀関東並みの気候な事で非常に豊かになっている。
そう言えば20世紀末や21世紀初頭の教育では温暖化を強調したいあまりに、縄文海進や平安海進といわれる温暖期の存在を何故かスルーしている気がする。
もちろん、ペンギンの生息地である南極の氷が解けたという単純な海進ではなかったそうだが、それにしても全く教えなさ過ぎていはしないだろうか?
それはそうと、そんな豊かな奥州を闊歩する狂戦士が新たな獲物を見付けたらしい。
「おい、今度は身なりが良い連中だぞ。身ぐるみはがせば儲けが出そうじゃねぇか!」
どっちが山賊か分らんな。
獰猛な笑みを浮かべていた静の顔が急に落胆へと変わる。
「アレは奥州の兵じゃねぇか、つまらん」
これまで、実は坂東武者であろうと容赦なく食って掛かっていたはずが、何故か大人しい。
「どうやらそうらしいな」
近づいて来た兵たちは俺たちに最近、関東からこの一帯の街道に大規模な盗賊が出ているらしいと忠告してきた。
「そんなのが居るとは大変だ」
荷物を持つ手代が仰々しく応えているが、僕たちはそんな連中を見かけてばかりだったが、すべて一掃している。治安が良くなっているはずだが、実は潰してはいけない存在だったのだろうか?
「この先は心配ないと思うが気をつけるんだ。最近も、関のこちらで荒らしまわったという話があったが、お前たちは大丈夫だったらしいな」
そいつらを潰した僕たちがまさか目の前に居るとは思っても居まい。
兵たちはどうやらさらに南下するらしいので、特に何も言わずにそのまま忠言に従う風に見せて別れる。
兵たちが言う様に、そこから先には規模の大きな山賊は出なかった。それだけこの地が豊かって事でもあるんだろうな。
あちこちで道草を食いながらの旅ではあったが、ようやく平泉である。
平泉に店があるという弥太郎さんの言の通りに店へと到着する事が出来た。弟だという吉次郎さんの出迎えを受けた。
「ようこそ、平泉へ」
弥太郎さんと違い、この人はどうやら普通であるらしい。
「あんたが弥太郎の弟?ほら、これまで山賊から頂いた賂だ」
どうにも言葉の意味が違う気がしてならないが、吉次郎さんは驚きもせずに静からソレを受け取った。
「兄から聞いておりますよ。なかなか頼もしいお方だと。はい、では通行料として頂いた運賃はこちらで預からせていただきます」
どうやら、話しを変換して理解したらしい。もう、どうでも良いや。
しかし、こちらは京とは違って肉食が普通に行われている。関東でもそれなりにあったが、更に多い気がする。
「牛若さま」
「違うぞ、コイツは義経だ。源の弁慶が義経だ」
静、お前、僕の名前を勝手に付けるなよ。
「弁慶さま」
おっさんも、そのまま静の言いなりにならなくて良いのに・・・
「いえ、諱を我らが呼ぶのはさすがに。で、ですな。京や坂東では、肉といえば武のタシナミでしょうが、ここ、奥州では生きるための必需品です。冬の雪深さはさらに北へ行けば深まり、冬を越すことが命がけになります。そこで必要なのは、お上の言う神仏の教えウンヌンではなく、代々受け継いだ生きる知恵です。深い雪の中では、京の様な魚と米ではなく、猪の脂が必要となります」
まあ、何となく分かったが、そう言う事らしい。どうやら前世知識に従って肉食全開で良いんだろうな。
「さて、まずは源のお稚児と鎮守府将軍の落とし胤が挨拶に行くところがございます」
なぜか、吉次郎さんは藤原家へと話を通して、僕たちを鎮守府将軍に引き合わせることにしているらしい。どういった地位に居るんだろうね?
アポを取るのに二日を要したらしく、旅の垢を落として寛いでいるところで、屋敷へ向かうという話が来た。
「なんで俺がこんな服なんだよ。弁慶に着せておけよ!」
さんざん文句を言っているが仕方がない。アレでも一応、由緒正しき姫?なのだから。きっと・・・・・・
ブツクサ言う静かに誰も構うことなく強引に引き連れられて奥州藤原家の屋敷へとやってきた。僕たちは屋敷へ上がることなく庭へと通された。
「ほう、その方が静か」
威厳のあるオッサンが現れ、軒先へと座る。僕たちは庭である。
「ハイ」
どうも許容量を超えているらしい。バグった静がキョドった声を上げる。
「うむ、確かにこの帯、我が家の証だ。して・・・・・・」
何やら試すように僕を見るオッサン。
「源義朝が九郎、義経にございます」
僕は当たり障りなくそう名乗った。
「源家嫡流がなぜ、奥州へ来た?」
なぜといわれても、史実でそうだったからという以外にはない。どうにも答えようがないのだが。
「弁慶がおr・・私を打ち負かしたからにございます!!」
静がそう叫ぶ。何故か勝ち誇ったように。
「ふむ、女子を打ち負かしたと言うてもの」
どうも、知りながら敢えて言ってる風な口ぶりで静を促すと、二周回って正常復帰したらしい静が事のあらましを語って聞かせる。
「なるほどの。そのような手練れを打ち負かす装術師とな」
そう言って僕を見た。
静の中では僕に打ち負かされていつの間にやら僕に心酔したうえで、いつの間にやら許嫁にされてしまっているらしく、いつの間にやら、僕が奥州で装術師の技を磨く事を目指しているらしい。
色々意味不明だ。が、バカなりに僕の居場所を作ってくれているらしい。
「どこで耳にしたのか知らんが、叡山と違い、ここには本物の装術が伝えられている。技を磨きたいというなら、精進せよ」
バカの出まかせが本物になりやがったよ・・・・・・