6・出立致し候
「おらおら、どうしたぁ」
目の前で軽妖装の静が山賊相手に暴れている。
京を発ってこれで何度目だろう。というか、あえて山賊ホイホイな妖装にしたのだから仕方がないが、何故、静が男装で僕が女装?
まあ、あのじゃじゃ馬というか狂戦士が男装の方が都合が良いのだが、だったら僕が女装する意味って何?
話は出立前にさかのぼる。
店の方の準備があるというので数日後と言われた時の事だった。
「おい、弁慶。まさか、こんなごっつい妖装で行くわけじゃないだろうな?」
静は妖装の修練をやりながらそんな疑問を投げかけて来た。
僕としてはこれで行く事に不満はないが、何か問題があるんだろうか?
「お前、一見冷静に見えて相当のバカだな」
静が呆れたようにそんな事を言ってくる。
どういうことかと問いただしたら、僕の作る妖装が僧兵そのまんまだったことに問題があるという。
「こんな、如何にもって恰好じゃあ目立って仕方がない。考えても見ろよ。俺やお前は叡山の僧でもないのに、何でこんな御大層な妖装なんだ?山科から大津辺りで叡山はじめ寺社から目を付けられるぞ」
呆れたようにそう言ってくる。
なるほど、たしかに、これは一見して妖装というのが丸わかりの装備だ。僧侶の衣の内外に革や縄の類が見え隠れしているのだから、よほどのモグリでない限り妖装と判断が付く。
挙句、防御力を上げるために木や革の防護部分が多いので、背格好はまさに巨漢。そんなのが二人練り歩いていると目立つことこの上ない。どこの僧門だと問われるのは間違いないわけだ。
「そうは言うが、じゃあ、どうやれば良いんだ?」
そう言うと、お前はバカかとあからさまに顔に書いている。
「そんなの簡単だろう。最初に作ったあの腕、あの骨組みだけを作れば良いんだ。守るのなんか胸と額と腰回りに少々革でも貼ればいいだろう。そうそう弓で襲撃される事は無いだろうし、仮に弓持ちが居たところで、妖装の弓じゃねぇんだ、細縄の防具を布の下に這わしとけば十分だろ」
なるほど、脳筋のくせに頭使えるんだなコイツ。そう、感心してやった。
「当然、男女各一組だぞ?野盗、山賊に狙われやすくしろよ?」
コイツ、やっぱりバカだった。
確かに、寺社の目に留まるのは間違いないが、問題と言えばその程度だ。屈強な僧兵が二人もいる商隊を襲撃しようという山賊となるとよほど組織だった連中だけになるし、そう言った連中ならば、わざわざ数人の小さな商隊を狙わずとも、他に食い扶持もあるだろう。
護衛の居ない、或いは自らの腕で旅をする商人を装って襲撃を受けようって魂胆な辺りが、バカというしかない。
なぜそうも戦いたがるのかねぇ~
だが、装甲型パワードスーツばかりを考えていたけど、支援型パワードスーツっぽい妖装ってどうなんだろうと興味が無いわけではない。
僕が手始めに静かに作ったのは、骨格だけのウデだった。
というのも、いきなり本格的な妖装を新たに作って動かなかったら困るからだ。
そんなわけで、基礎となる骨格だけを作って静に動かしてもらった。
それはもう見事な大成功だったが。当然のようにそこに木や革を貼って防護力を高めるように作っていったのが、今の妖装な訳だ。
しかし、新たに骨格と細縄の鎖帷子風防具をメインとして旅人に見える装飾にしろという。
確かに、目立つからと妖装を荷物として背負う事を考えたら、支援型パワードスーツ程欲しいものはない。
おまけに、支援型と言っても力をブーストできているのだから長刀や刀を振るう分には問題ない。妖装相手に戦うには不利という程度の話でしかない。
合戦の最中の矢の雨を潜ろうってんじゃないんだ、山賊程度ならば骨格に鎖帷子があれば十分だろう。
そう思って二人分を作り、服を弥太郎さんに用意してもらった。
「いやぁ~、似合うてますなぁ」
弥太郎さんが試着した僕たちを褒めてくれている。
「おい、なんで僕が女モノなんだ?」
弥太郎さんが服を持ってきたので採寸ついでに静も呼んで着込もうとしたのだが、なぜか静が僕に女モノを渡した。
「当たり前だろ。俺が女物来たら目立って仕方がない。お前が来たらすんなり女だと認識されるだけだからな」
まあ、コイツが女モノを着て女らしく振舞ったらそりゃあ、注目の的だろうよ。出来るのならな。
「それに、俺はそんなものを着て窮屈な思いはしたくねぇ」
僕なら良いのか?僕なら。
「何言ってんだ、お前なら十分女に見えるぞ?いや、女にしか見えないぞ?」
褒めて無いだろ、コイツ。
そうは思ったが、コイツが女モノを着て警戒されるくらいなら、甘んじて受け入れようと思ってしまった。
なにせ、着込んで動いてみたら、それはもう、明らかに常人とは隔絶した俊敏さが可能だったからだ。コイツがこんな性能を隠せるとは思えん。
という事があって、何度も山賊、野盗に襲われている。
僕としてはちょっとOHANASIをして、気分良く旅が出来たらそれで良かったのだが、静にとってそれは不満だったらしい。サンドバックにされる山賊たちがかわいそうだ。
「張り合い無いな、お前ら」
完全にのびている山賊にそんな事を言いだすあり様だ。
そうやって襲ってきた山賊をノシてストレス発散するのが静の日課と化している。もう、嫌になるぞホント。
といっても、この妖装もかなり使える。
で、結局、駿河あたりに差し掛かったころには商隊の人数分の脚骨格を作ってみんなで山野を跳ね飛んで移動するようになっていた。
それでも敢えて、山賊が出るという話を聞いた周囲だけはゆっくり歩くのだから、ここまで来るとバカとしか言いようがない。
「静、少しは落ち着いたらどうだ?」
「ハァ?何言ってるんだ。修練だ、修練!」
いや、僕にはただ暴力を振るいたいだけにしか見えない。
そんな事をやっていると、気が付けば白河の関までやってきた。といっても、立派な門や役人の屯所がある訳ではなく、有名無実と化している様だった。
「白河の関というのは今では使われておりませんよ。蝦夷を討ち滅ぼし、今では奥州王の治める地、ここに関を設ける意味もありません」
商人からはそんな残念な情報が舞い込んでしまった。
そして、ここから平泉までもこれまで同様に山賊や野盗を静が蹴散らす旅が続くと思うと気が滅入ってしまった。