4・鎧をつくりて候
装術師、それは半ば伝承の中にしか存在しないと言われているほど謎なのだそうだ。
一般に、妖装というのは鎧、或いは武器に自身の妖力を纏わす事で成立すると言われており、現にその様に行われている。
妖力自体がなんであるかも解明されている訳ではないが、僕は気功の一種か何かだろうとそう逃避していた。そう、静が僕の鎧を纏って飛び跳ねるまでは。
妖力が気功であるなら、それは身体能力の問題であって、現に妖装を扱えていない静が僕の鎧を纏ったとしても、ただ重いだけで飛び跳ねることはできないはずだ。いくら彼女が怪力の持ち主であったとしても、僕と対峙したあの時以上の瞬発力や跳躍力を示すなどという事は物理的におかしい。少なからず鈍って当然ではないか?
しかし、現に静は僕の鎧を纏い、見事にそれを妖装としてモノにした。
僕の事を装術師などというから、それが事実かどうか、翌日、妖装で扱う長刀を持たせてみたのだが、ものの見事に取り落とした。あれは僕も自力では抱える以上の事は出来ない。あんなものを振り回すなど、出来るはずがないじゃないか。
そう、静は妖力を扱う事が出来なかった。それであの身体能力なのだから、それはもう化け物の類と言って良いだろう。
それはそれとして、妖力が魔術的なナニカ、魔法みたいなナニカだろうと確信せずにはいられないんだが、弥太郎さんに詳しい話を聞いてみたところ、妖装使いは源平双方に一定数居るらしい。
しかし、それは個人の技量を持っての使い手であって、今現在、妖装師によると思われる新造の妖装は存在しないという。
ただ、噂によると、叡山の僧兵に多くの妖装が居るのは、叡山が秘伝として装術師の秘術を継承しているからではないかと言われている。
装術師は公には今は存在せず、天智天皇の御代に百済からおちてきた者が始まりであり、終わりであるというのが伝承とされている。
ただ、それが摂家に伝えられたともいわれているが、少なくともここ百年以上、装術師による妖装が世に出てはいない。
そして、妖力自身も、そのおちた装術師によって公家や皇族の武人が開花し、以後、その係累が力を継承している者らしい。
「ホンマかどうか知らんけど、源家のそれは恐ろしゅう弱ってしもとるらしいな。かくいう平家も今では力は増えることなく減る一方いう噂やけど」
と、辺りを窺いながら小声でこぼしていた。
つまり、僕のコレは特異な事例かもしれんと。
まず、物は試しで静に腕の部分を作り、長刀を持たせてみれば、十分に扱う事が出来た。ただ、胴まで作っている訳ではないので、持てるのは腕の動きだけだったが。
「おい、いつまで他人の脚を撫でまわせば気が済むんだ?」
静が不機嫌そうにそう言う。
確かに、鍛えられたアスリートの様な脚は引き締まりながらも柔らかな筋肉で撫でまわしていたくなる脚線美を持っているが、そうはいってもその持ち主はコイツなんである。
黙って着物を着て微笑んでいれば21世紀のアイドルもその多くが裸足で逃げ出しかねない魅力を持つが、口を開いた段階で終わりだ。魔法が解けたように何もかもが瓦解していく。
「しっかり採寸しないと静に合った妖装は作れない」
「ふん、そう言って撫でまわしたいだけだろう」
喋らなければそうして居たいくらいだが、確実に無理がある。現に今がそうだ。
「次は左足を出して」
静の問いに応えずに採寸を続ける。
「お前、次は胴も採寸するんだろう?そんなに撫でまわしたいなら夜這いに来い。塀の外まで放り投げてやるからな」
何といってもこれである。顔が良い体が良い。そんな話ではない。当然だが、口が悪いですむ話でもない。僕は御免こうむるよ。
何だかんだで足と胴を採寸して、その間じゅう何だかんだと不平を言っていたが、下手に誘いに乗れば殺されかねないので一切相手にしなかった。
妖装の材料は木、革、麻などと言った平安期でも手に入る材料を使う。この時代の日本に多くは存在しない鉄板などまかり間違っても使えない。もしかしたら平氏や叡山の妖装は使っているのかもしれないが。
使えるものが木や革だからと言って、刀や長刀で斬れるかと言うと、それも条件付きでだが、否だ。よほど大きな妖力差が無ければ、簡単に斬る事は出来ない。関節などの隙間を狙ったところで、そこの布や薄い革さえ妖力で鉄に近い硬度や強度を持つという。自身の妖装が現にそんな感じだから、きっとそうなんだと思う。
静の妖装を作るのに10日ほどかかった。そして、纏わせての調整に入る。
「どうだ?」
はしゃいで飛び跳ねる静に問うてみた。
「おう、良いぞコレ。あ、でも、肘の動きがちょっと」
そう言うので、どう悪いなのかを聞いて細かく調整していく。
結局、そんな仕立て直しで更に3日を要してしまった。
「あ~っうざってぇ、おい、今度は着地した時の足首が座り悪くなったぞ」
などとまだ文句を言うので追加の調整をする。
妖装の大半は身体強化程度の効果なので、重いものを持続的に持てるだとか、体の俊敏性を失わない事に力点が置かれる。
よほど妖力が通りやすいか妖力が高いとパワードスーツの様な倍力が可能となる。僕の妖装が今その状態だ。自力の3倍程度まで力を出す事が出来ている。
因みに、静の妖装はと言うと、装術師と言われた通りに、パワードスーツと化している。
「今ならお前に勝てるかもな、掛かって来いヤァ」
調子に乗って静がそんな事を言う。
「まだ使いこなせてはいないから無理だと思うが?」
そう言ったのたが、この天狗は自己評価が青天井らしい。
「臆したか、弁慶、やはり、俺が上らしい」
子供っぽい挑発ではあるが、それに乗らない訳にも行かない。なにせ、頭ン中は完全なガキなだけに、言い出した以上、僕が妖装を纏わずとも斬りかかってくるのは目に見えている。
僕も妖装を纏い、静の前に立つ。
「おい、兜を忘れているんじゃないかな?さすがに危ないから被って貰おうか」
無防備な顔を晒す静に注意するが聞かない。
一度本気で長刀を目の前で振りぬいてやったらどうやら理解したらしい。
「てっめぇ、練習だろうが、俺は今日がはじめてなんだぞ」
いや、さっきと言ってること違うんですが?
どうやら危険を察知して兜を被ってくれた。
「行くぞオラァ」
と思えば、奇襲である。コイツらしい。
突っ込んでくるので避けるふりをする、突っ込むと見せて避けたところへ刀を叩きこんでくるのは分かっているのだから、素直に従うのはバカだ。
ガッ
一歩横へ踏み込んだように見せて、静へと体当たりをかます。案の定、避けると見て突きの姿勢をしていたので、完全に不意打ちになった。
「ンにゃろ!」
無理に立て直して間合いを詰めてくる。一瞬で長刀から刀の間合いになるが、再度突っ込んで相手の間合いを殺した。
「長刀でやれや!」
イラついてそう返してくるが、なぜ、そうなっているのか自覚は既にあるはずだ。子供脳であっても脳筋、野生の部分の感覚は優れているに違いない。
引こうとするがそうはさせない。
「邪魔くせぇぞ」
とうとう飛び退く。
「さて、無手の間合いで刀を振り回そうとはどういう了見かな?慣れていないなら、まずは動きの確認からだと僕は思うんだが」
「余裕ブッコけるのは今の内だんにゃろが!!」
そう吠えてようやく突っかかって来るのを止めたらしい。ホント、相手にするの疲れるよコイツ。




