13・平氏討伐の準備に候
速攻で福原へと攻め込むのかと思ったらそこまでの脳筋ではないらしい。
「福原およびその周辺へと探りを入れる。物見を放て」
範頼は軍議の席でそう指示を出した。
「ならば俺と弁慶が行こう」
その返答に皆が驚く。そりゃあそうだ。大将とその側近が物見に出るというのは甚だおかしいからな。
「待て、なぜお主が出る必要がある?」
当然の問いが範頼から出てくる。
「簡単な話だ。奥州の妖装が扱えて、なおかつ地理に明るいモノは俺か弁慶だけだ」
それ、胸張って行く事じゃないと思うぞ?
「しかし、大将が出なくても良かろう?」
うん、僕もそう思う。
「善は急げだ。俺たちならば数日のうちに福原だけでなく、その裏側も探索して戻って来る事が出来る」
まあ、それはそうなんだがな。そこまで急いで見て回る必要が無いと僕は思うが。
「そうか!ならばその方らに頼もう」
いや、ここは否定するところだぞ?なに喜々として肯定してんだよ。
そんなわけで、なぜか僕と静が脚装で京から西を偵察することになった。
「で、福原へ行くのか?」
僕がそう尋ねるとあからさまに呆れた顔をする。
「ハァ?何言ってんだ。んなとこ見に行って何になる。もっと頭使えよ」
そう言って絵図を拡げる静。
「まず、福原のすぐ北には山があるが、その裏には何があるか知ってるか?」
六甲の裏?さあ?
「使えない奴だ。山の裏は山田荘だ。船戦には福原だろうが、ここも平氏の拠点だろうが。んな事くらい知っておけ」
なるほど。そうだったのか。知らなかったよ。で、そこに三草山とかいうのがあるのだろうか?
「三草山?ここか?」
そう言ってより京にちかいエリアを指し示す。
「なるほどな。山田荘から有馬を抜けて、山に入って進めば猪名川。なるほどな。福原を攻める俺たちの後ろを衝いて挟撃に持ち込むには良い場所だ」
そう言ってニヤリとする静。
「行くぞ!」
そう言って静は京から真西の山へと突っ込んでいく。
「どこへ行くんだ?」
福原へ行くはずなのに西へ進む静に聞いてみたが、呆れた顔で見返されただけだった。
しばらく文字通り山の中を駆けていくと南の視界が開けた。
「弁慶の行っていた三草山周辺だ」
そう言って連れて来られた場所は義経由来の山岳地帯ではなかった。
「??あの川は?」
「だから、猪名川だ。お前が言ったんだろ。この川沿いに下れば伊丹だ。福原へ進む源氏をこの山陰に隠れてやり過ごすにはうってつけだろ」
なるほど。そう言う事か。
そして、更に西進して有馬周辺を探るとすでに平氏の軍勢がちらほら見えていた。
「やはりな。京から俺たちが動いたらすぐにでも三草山へ行って待ち構える算段だな」
そう言って納得していた。
さらに進むと山田荘へ至るらしいがそろそろ警戒が厳しくなったので引き返すことにした。
「速すぎねぇか?」
範頼は僕たちの帰還に驚いた様子だった。そりゃあそうだろう。たった3日で帰ってきたのだから。
「十分だったぞ」
そう言って有馬までの状況を説明する静。
「そうか。有馬に軍勢が居るか」
軍議の席で唸る参加者。
「いや、連中はこちらが動けばすぐに猪名川沿いの山へ移動するだろう。いくら何でも有馬ではこちらの対処が容易いからな」
三草山という僕の言葉から始まった話を軍議の席でも述べる静。
「すると、その猪名川に至る軍勢をどうにかせねば、我らは袋のネズミか」
「最悪そうなるだろうな。そのためには亀岡から山を縫って連中を背撃する必要がある。数は要らんが時間が限られる」
そして、誰が搦め手としてその背撃部隊を排除するかという話になる。
「まず、俺と奥州勢は決まりだ。あと、身軽な妖装を100か200欲しい」
静は誰が行くかという話が始まるとすぐその様に提案した。
「身軽なというが、奥州勢と動けるのは少数だ。大半は遅れてしまうぞ?」
範頼のその言に静は笑った。
「構わんぞ。猪名川襲撃だけなら俺たちと少数のツワモノで十分だろう。油断した隙を突く。問題はその後だ。山田荘に控える軍勢と俺たち搦め手に当たる山に潜む連中への手数が要るんだ。有馬でおち合えれば十分だ」
自信に満ちた顔でいう静。
「そこまで言うならば任せよう。明日には付き従えるものを選んでおく」
主攻が自分だと知って上機嫌の範頼は景気よく静に預ける妖装を見繕うらしい。
「さすが範頼殿だ。なかなか身軽なのを選んでくれた」
静がそう絶賛する。まあ、意味が違うのだが。
確かに脚装ほどではないが、何ともみすぼらしい妖装の者ばかりを選んだ様だ。
「で、奥州勢に着いて来れるか?」
そう聞いたら首を横に振られた。まあ、そうだろうな。
出陣までには多少の猶予がある。そもそも僕たちは主攻が華々しく出ていく隙にこっそり亀岡へ向かう予定だから、時間はある。
「なるほど。コレが旧来型の妖装か」
僕は彼らの妖装を検分して見たが、随分年代物らしい。基本的に個人の妖力に頼る形の装備だから僕らのように妖装自身が力を発揮するものではなかった。
「まず、コレを動かせるか試してみてくれ」
そう言って脚装を彼らに与えてみたら、身軽に扱う事が出来る様だ。そりゃあそうだ。「身軽な妖装」を扱える妖力があるならコレを扱えて当然。奥州じゃあ鉱山や畑の開墾ですら使われているくらいだから万人向けの品だ。
「では、その上から妖装の胴と当てを着けていこうか」
見た目は原型の妖装に見えるが、作りが違うので別物になっている。喜々として調練だと静が殴りかかっても一撃を抑える程度の性能は有しているらしい。予備の脚装は限られていたから用意できたのは30でしかないが、僕たち十騎で突っ込むよりは随分とマシだろう。
「こりゃあ、木曾殿なみかそれ以上の妖装に仕上がったな。中身は脚装のクセしやがって」
どうやら静もこのレベルの妖装が欲しいらしいが、作る暇などない。もうすぐ出発なんだよ。合戦終るまで我慢しろ。
三草山。
通説の三草山ではなく、ちょいと見つけた「ひよどりごえ森林公園」のリンク先の説を採ってみました。
なんで平氏はあんな山奥に陣を構える必要が?
山田荘からの後衛軍を配置するには遠すぎるし無意味。主攻の範頼軍を迎え撃つなり遊撃隊による六甲下りを阻止するにしてもそんな場所に居る必要はない。
なので、宝塚辺りから平氏も背撃して源氏を包囲する策を当初は持って居たんじゃないのかと推定したうえで、上記サイトのルートへそれを落とし込んでみた。
通説の言う三草山の大勝利、大軍が山中に居た理由も油断していた理由も、源氏の遊撃部隊を迎え撃つためではなく、自らが遊撃隊として源氏本隊を襲撃するつもりで潜んでいたところを襲われたのだとしたら?
そういう筋書きに書き換えています。




