十話 嘘
鬱の鬱です。ご注意!
訓練所には魔法や剣の自主練をしている生徒が数人いて、その指導にアルベルト教官が付いていた。
「こんにちはアルベルトさん」
「おお!たちばなゆきじゃないか!起きたんだな!」
「はい、お陰様で。ご迷惑をおかけしました」
僕はぺこりと頭を下げる。するとアルベルト教官はガハハと笑って良い良いと言う。起きたばかりの僕にはアルベルト教官の大声は頭に響いて辛い。我慢しながら話し続ける。
「すみません。ここに楠見綾香さんが来ませんでしたか?」
「ああ!さっき来ていたぞ!私に何か言おうとしていたが、自主練してたかんざきと一緒にどっか行ってしまったぞ?」
神崎さんは、アルベルト教官に指導を受けていたのに綾香さんが来たと思うと練習をやめて連れて行ってしまったらしい。
「そうですか。ありがとうございます。探してみます」
「見つけたらかんざきに練習戻ってこいと伝えといてくれ!」
アルベルト教官に軽く礼をして、訓練所を去る。
綾香さんは何処に連れられてしまったのだろうか。神崎さんが綾香さんを連れる場所なんて全く心当たりがない。
取り敢えず綾香さんが自分の部屋に戻っているかもしれないから行ってみるか。
訓練所は城内の後方に立地していて、ここから綾香さんの部屋に行くにはかなり歩かないといけない。
まだ消えない身体の重さを感じながら歩いていく。女子の部屋は男子の部屋と階が違くなっている。
いつもよりゆっくりのペースで階段を上ると若いメイドさんとすれ違った。
「あら、ゆきさんではないですか。お体はもうよろしいのですか?」
「あっ、はい。もう大丈夫です」
メイドさんは顔も見たこと無かったけれど僕のことを知っていたようだ。
「それなら早くあやか様にお顔を見せてあげると喜びますわ」
「そうですね。今から綾香さんの部屋に行ってみるつもりです」
「そうですか!それはいいことです!」
メイドは手を合わせてニッコリと笑う。このメイドさんは僕と綾香さんの関係を知っていたのだろうか…?綾香さんの方が話していたのかもしれない。
「では失礼致します」
「あ、はい。どうもです」
メイドさんは綺麗にお辞儀をして下の階に降りていった。
どうも女性の人と話すと緊張して他人行儀になってしまう。白石さんと、綾香さんは例外にしっかりと話せる。綾香さんはともかく白石さんもなのは彼女の容易く人の懐に入ってくるような性格のせいかもしれない。
そんなことを考えながら綾香さんの部屋の前に着く。綾香さんが事前に僕に部屋の場所を教えてくれていたおかげでたどり着くことが出来た。
僕はドアをノックしようと手を前に出した瞬間、なにやら部屋の中から声が聞こえる。外まで聞こえるということはかなり大きい声で話している。
出していた手を引っ込めて僕は聞き耳をたてる。あまり褒められた行為ではないが、僕が知る限り綾香さんには仲の良い人はいなかった気がする。
綾香さんの部屋にまで入って会話している人を純粋に知りたかっただけだった。
「信じて!まことくん!私はあなたのことを思ってやったの!」
「意味がわからないな?」
──この声は…神崎 誠じゃないか!?
僕は混乱して頭を抑える。綾香さんのあんなに荒ぶった声は聞いたことがない。それにまことくんだなんて僕の前では言ってなかった。
「それじゃあどういうわけか教えてみせてよ」
「だって、まことくん、色気があってセクシーな女性が良いって前に呟いてたの聞いたの!たから…橘さんを手玉にとってる姿を見ればさらに愛してくれると思って…!」
「それじゃあ、橘のことが好きなのは──「全部嘘!橘さんなんてなんとも思ってない!愛してるのはまことくんだけ!!」」
────は…?──え、今なんて、、
──ポツリ…ポツリと音がする。
なんだ?こんな時に雨なんか降って…るわけないだろ。溢れる涙が止まらない。
──そんな…綾香さんは僕を騙してたのか?
隣の席で一人、小説を読んでいた彼女に勇気を出して話しかけた。最初はそれは警戒されたさ。でもだんだんと打ち解けていって、逆に話しかけられるようになって、それで笑顔を見せてくれて、その笑顔に惹かれて、恋をして、こんな世界に飛ばされて、こんな僕を好きだと言ってくれて、付き合って、守り合っていく約束もした。
───それらの出来事はすべて…嘘っぱちだったとでも言うのか?
外で聞いてるとも知らず、部屋の中では会話が進んでいく。
「分かった。信じるよ」
「あ、ありがとう…!そ、それでなんだけど…」
「ん?どうした?」
「一昨日から、まとこくんと…してないなって」
「あー…そういえばそうか」
な、何をするつもりだ──
「あっ…まことくんっ、いきなりそんな…」
「なんだ?そっちから誘っといて…」
次第に話し声がなくなり、喘ぎ声が聞こえてくる。綾香さんが神崎さんの名前を呼びながら。
「んっ…ん、まことくん…すきぃ…」
僕には──ここで乗り込んでいく勇気がなかった。
僕はこの場から早く逃げ去りたかった。本当はこの現実から目を背けたかっただけかもしれない。
何も出来ない自分を憎む。そして僕を騙していた綾香さんを恨んだ。
「うぷっ…」
気持ち悪くなって吐きそうになる。
もう──いいや…
僕を抑えながらフラフラと歩き出す。回らない頭で自室に戻ろうと決めて下の階に降りようとする。
しかし足がもつれてゴロゴロと転がり落ちる。大理石で出来た階段だ。転んだら痛いはずなのに全く痛みがしない。
「うぇえぇええ…」
抑えていた吐き気が蒸し返すが、一日中寝ていた自分の胃には食べ物などとうになく、出てきたのは、黄色い胃液のようなものだった。
「ゆ、ゆきくん!?大丈夫っ!?」
誰だ…?誰か呼んでる──?
その瞬間、フワッと花の香りがして蹲っていた僕に誰かが抱きつく。
「汚いから…」
「汚くなんてない。大丈夫だよ…ゆきくん」
頭を優しく撫でられる。柔らかくて暖かい…
僕は──止まらなかった涙を止めるようにゆっくりと瞼を閉じた。
鬱の払拭のためにも早く書いていきたいですねー
私の本領はイチャラブですからね!
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