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彼と私の話し

作者: 明日井真


 はじまりは向こうからだった。

真剣な顔で告白してくるから、気がついたらよろしくお願いしますって答えていた。

その時の嬉しそうな顔は忘れられない。

それから何度もデートを重ねて、キスをして、大人になった。



 彼は私の七歳上で、包容力があって優しくて、私には勿体ないくらいの人。

きっとこんな人が良いなって思い浮かべる大体のものを彼は全て持っていて、たまに自分なんかが彼の隣にいてもいいのかなって不安にもなっていた。

付き合いはじめて三年、結婚の文字も意識しだした頃だった。

不安に押し潰されそうになっていたからだろうか、彼の言葉に素直に応じてしまったのは。





*****



「えっ、なに?どういうことですか?」

「だからね、好きな人がですね、できて……」



 本日は晴天、彼と話をしなければと思っていた時に彼から連絡があったのだ。

ナイスタイミング。

言われた通りのカフェに行けば、彼の隣に小柄な可愛らしい女の子が座っていた。

首を傾げつつ席につけばこう言われたのだった。


「そちらの方が私より好きだと、そう言うことですか?」

「えっと……それはっ」

「成る程、分かりました。今までお世話になりました。そちらの家に置いてある私物は全て処分していただいて結構です。こちらの家にある私物は後日お送りいたします。そしてこれ、お返ししておきます」


テーブルに出したのは彼の家の合鍵。

それを見たとたん彼が慌て始めた。

何だ?新しい彼女に合鍵渡してたのが知られたくなかった?いや、付き合ってる彼女がいたと知っていたんだからそこまでは想定済みでしょうに。



「えっ、あっその……」

「何ですか?あの、私の家の合鍵も返していただいていいですか?」

「それはっ、その……」

「返してもらえないんですか?」


横にいる新しい彼女に促されて渋々返してもらえた。

そうだよね、彼氏に元カノの合鍵なんて持っていてほしくないよね。


頼むだけ頼んだコーヒー代として千円をテーブルに置き、私はカフェを出た。

コーヒー代はいいって彼は言っていたけれど、もう他人だし借りを作りたくなかったから強引に置いてきた。



何だかなぁ、今までカッコいいって思ってたんどけどな……何かトキメキとかなくなった気がするわ。

倦怠期?そんなんじゃないか。

まあ良かった。いずれこんな事があったかもしれない、それが少し早くなっただけだ。きっとこれで良かったんだ。

これからどうしようか、取り敢えずかかってくることもないけれど着拒しよう。


さて、まずは今月中に引っ越しを考えよう、彼との思い出があるし。あと携帯の番号もやっぱり変えてしまおう。

着拒しているけれど、どうにかして連絡が来るかもなんて淡い期待を残しておいてはいけない気がするし。

後は何か……あっ!!忘れてた、彼に話そうって思っていた妊娠の事を……どうしよう。

一人で子育てって結構大変って聞くし……仕事もあるし……お金どうしよう。いくら位かかるのかな……。



 怒られるけど、お母さんに話そう。それしかない気がする。出来てしまったのはしょうがないって、最初は怒っても何だかんだ助けてくれるし……。


そう思って私はその日のうちに実家に帰ったのだった。




*****


 実家に帰って一ヶ月が過ぎた。

幸い職場も実家から行けないことはなかった為、アパートは数日のうちに退去していた。

でも思っていたよりも悪阻がひどくて、会社に迷惑をかけることが多くなってしまった。この後に産休に育休を貰うのも気が引けて、結局辞めてしまった。未婚の母って結構周りから変な目で見られるんだなって勉強になった。

まあ貯金はいくらかあったし、実家にお世話になろう。


最初はぶちぶち文句を言っていた父も諦めたのか最近は子供の玩具とかを買ってくる。

まだまだ先じゃね?と思うことも多いけど、邪険にされるよりはいい。

というかありがたい。


お母さんと夕食の準備を。今日はそれほど悪阻も酷くないし、ご飯のメニューは私の好物だし、早く帰ってこないかなーと思っていたら暫くして玄関からお父さんの声が聞こえた。


お帰りを言うためにお母さんと玄関に行けば、そこには父と土下座をしている男性が見えた。


「娘さんに会わせてください!!お願いします!!」


ん?この声聞いたことある……っていうか彼じゃん!!


「何でここにいるの!?」

「あっ、すみませんでした!!反省してます!!あの日から電話はかからないし、アパート行っても会えないし、実際に俺の私物は着払いで届くし、凄く心配したんだから!!」

「おい、知り合いか、この男は」


お父さんが不機嫌な顔をして聞いてくる。


「うん、この子のお父さん」

「そうか、成る程」


そう言って彼のスーツの襟首を掴んで、敷地の外に投げ飛ばした。

彼は綺麗な放物線を描いて飛んでいく。

おおーやっぱりうちのお父さん、凄い!!

学生の頃は柔道をやってて全国優勝もしたことあるって聞いていたけど、残念ながらその勇姿を目にすることは無かった。

いやー今日それが見れるとは。


思わず母と二人でパチパチ拍手をてしまった。

少し照れる父。

今日も平和だ、さぁご飯を食べよう。



撃退した父が玄関のドアを閉めようとしたけれど、障害物が出来たようだった。

むむ、しつこい。


「痛い痛い痛い!!お願いします、話だけでも聞いてください」

「痛いか?折れたくなければ早く放しなさい」

「折るんですか!?話しを聞いていただきたいだけです、お願いします!!」

「とか言ってるが……どうする?」


ちらりと私を振り替えるお父さん。

うーん、どうしようかな……まあ、せっかく来てもらったし……けどなぁ……


「今からご飯なんで、出直してもらえます?」

「え!?」

「そうか、そうだな。聞いたか?飯を食うから、また改めてな」


呆然としてドアから手を放した隙にガチャンと閉めた。

悪いなーとは思うけど、今日は私の大好物だし、人数分しか用意してないし。

ってかご飯時って分かってて来るのって非常識じゃないかな?




*****


 次の日の朝、母の悲鳴で我が家は騒然となった。

玄関の横に体育座りしている男がいたから……



曰く昨夜からずっと玄関で彼は待っていたらしい。

なんと迷惑な……

曰く話を聞いてもらえるまで何度も来るらしい。

本当に迷惑な……

じゃあ今すぐ話をしろと言えば、家にあげてくれないかと言い出す。

図々しい……


近所迷惑になってしまうから仕方なく、仕方なく家にあげることにした。


お茶を出すかなんてお母さんが聞いてくる。

全く、常識的に考えて出さないに決まっているでしょう。

さて、椅子に座ってさあお話をどうぞ!!


彼は今になって緊張してきたのか額から汗が落ちていく。

ハンカチを取り出して、拭きながら話し始めた。


「えっとですね、あの日は四月一日、エイプリルフールでした。隣にいたのは俺の妹で、ちょっとした悪戯心でやってしまいました。結果、信頼も何もかもを失ってしまい後悔しています。出来ればやり直してほしいと思ってもいます」



神妙な顔をして言い切った彼。

へぇーそうなんだ。


「成る程、そうですか。お話はお聞きしましたので、もういいですか?」

「えっ、あのっちょっと待って」

「よし、母さん。お帰りだそうだ」

「あらあら、お構いもしませんで」



席を立ち、帰れアピールをしてみる。

しかし敵は強かった。


「本当にすみませんでした!!」


敵は土下座を始めた。

父が立ち上がらせようとするが、動く様子はない。


……全く、仕方ないな。


結局彼は父にお姫様抱っこをされて我が家を出ていった。



*****


 次の日から毎日、一日一回は顔を見に来るようになった。

よく言えばマメな男。悪く言えば自己満足。全く迷惑なことだ。


アイツは私の妊娠についても本当なのか聞いてきた。

妊娠はしているけれど、パパは違うかもと言ってみたが、奴には通用しなかったみたいだ。


聞いた次の日、ベビーベットが届いた。

──まだ買ってなかったから貰っておいた。

その次の日、ベビーカーを買ってきた。

──これもまだ買ってなかったから貰っておいた。



貰ったのがいけなかったのだろう、アイツは毎回来る度に何かしら買ってくるようになった。


これはある、もういらないと言えば二人目以降にいるかもしれないと言いやがった。

ふざけんな。


アイツが毎日来るものだから母も家にあげるようになってしまった。

やめてよお母さん。


さらに晩御飯を一緒に食べるようにまでなってしまった。

どうしてこうなった。


最近は父と一緒に帰ってくることもある。

お父さん……最後の砦だったのに……


お母さん、お父さん、アイツのライングループがあることを知った。

……私はもう何も突っ込まない。


定期検診に会社を休んでまで着いてくるようになった。

看護師さん達にはパパとして認識されているらしい。

本当に何を見てそう判断してるんだか。車で送ってくれるから便利だけども。



*****


 お腹も目に見えて大きくなりだした頃、我が家を訪れたのはあの日カフェでアイツの隣に座っていた女の子だった。

玄関を開けるなり土下座をなさり、説明と謝罪をしたあとまた 土下座をなさった。

曰くご自分の計画に強引にアイツを参加させたらしい。

その日のうちにネタバラシをするつもりが連絡がつかなくなって相当アイツに怒られたらしい。

「大好きなのは彼女だけなんだから、他の人を好きになったなんて言いたくなかったのに!!」と。あれ?そう言えば隣の女の子の事を好きだとは言ってなかったような……?


もういいからと言えば「お姉様……」とまた泣かれた。

やめてよ、私はあなたの義姉になるつもりもないんだから。



ある日の休日アイツが両親を連れてやって来た。

ムカつくことに私の両親へは連絡済みだったらしい。

最初に土下座をなさるご両親。

最近土下座をよく見させられる。土下座ブームか?

終始向こうの両親は謝りっぱなしで、出来れば籍を入れて欲しいと言われた。

それは嫌だ。

出来れば孫の顔を見たいとも言われた。

それは考えてやらなくもない。


最後は「バカ兄妹が申し訳ごさいませんでした」と深々と頭を下げて行かれた。


もう謝罪と土下座はお腹一杯なんですけど。


*****



 予定日近くの日曜日の昼下がり、陣痛が始まった。

アイツは最近、休日は一日中家に入り浸るようになっていた。

今日も朝から来ていたアイツは私を病院まで車で送ってくれた。

車の中で破水して、産むことに少し不安が出てきた。

不安で不安で、アイツの心配そうな顔を見ると八つ当たりをしたくなってくる。


病院に着くなり、いきなり分娩室へ運ばれた。

まだ気持ちの準備とか出来てないんですけど!?

しかも一緒にアイツも部屋に通されてるし。

看護師さん、その人部外者なんですけど!?


「痛ーーーい」

「大丈夫!?」

「大丈夫なわけあるかバーーカ!!大丈夫に見えるのか?あ?」

「見えません、スミマセン」


何だか痛すぎて言葉遣いが荒くなってしまったみたいだ。

まあいいか、コイツだし。


「てかよ、テメェの顔を見たくねえんだよ!!出てけよ!!」

「スミマセン」

「謝れば全部すむわけねぇだろうが!!」

「ごめん、でも今ちゃんと言わないとって思って」

「何をだよ!!」

「プロポーズ!!」

「何で今だよ!!もうちょっとタイミング見ろよ、ここどこか分かるか?」

「分娩室です」

「だよなぁ?じゃあ今じゃねぇよなぁ?」

「いや、産まれる前に言わないといけないから、この子の父親は俺だから、だから俺と結婚してください!!」


ポケットから箱を取り出し、指輪を見せつつ言いやがる。


「するかバーーカ!!」

「父親のいない子供にするつもりなのか!?」

「父親なんぞいなくても子供はちゃんと育つ!!よってお前はいらなっ……痛っ痛い痛い痛い!!」


「もう少しで赤ちゃん出てきますからね、ひっひっふーっ、お母さん、ひっひっふーってしてください」


あっ、先生いたの忘れてた。

しかも周りの看護師さん達ちょっと笑ってない?

失礼な人たちだ。


「ほら、ひっひっふーっだよ、ひっひっふーっ」

「うっせえな!!」

「赤ちゃん出てくるから、頑張って!!」

「ちっ、テメェのせいで赤ちゃん産むのに無責任じゃねぇか!!」

「うんうん、無責任だよね、責任とるから結婚しよう?」

「しない、絶対しない」

「何で!!」

「こうなったのもテメェの最低な嘘のせいだよな?」

「もう絶対嘘つかない!!」

「嘘つきの言うことなんて信じられるかーー!!」


「お母さん、頭見えてきましたよ!!もう少しです!!」


「ああっ、痛い!!もうやだ!!」

「赤ちゃんまだ出て来ちゃダメ!!」

「何でだよ!!痛いの、スッゴク痛いの!!」

「だってまだ俺、パパだよーって挨拶出来ない!!」

「自己チューか!!」

「結婚してください!!」

「やだ!!」

「お願いします!!」

「うっせーなぁーー」



いやー今思い返してみればやり過ぎたとは思いますよ?

でもなんかいい感じの場所に私の手があって、近くにアイツの顔があったから。



気がついたらね、やってた。

しかもバチーンといい音をたてるから、ついついじゃあグーでもいってみようかって。えへっ☆


赤ちゃんの鳴き声が分娩室に響き渡るのと、アイツが床に倒れ込むのが一緒だった気がする。まあ、奴のことはどうでもいい。



一仕事終えた私に元気な男の子ですって渡された我が子はとても可愛かった。

きっとどこがどっちに似ているとかやるんだろうけど……床に倒れこんだ奴の顔はボコボコで原形分かんないしな……。

まあいいや、私が産んだんだから全部私似だ。

異論は認めん。



看護師さんに我が子を渡そうとしたとき、奴が起き上がって手にしていた紙を見せてきた。

紙は二枚。

婚姻届と子供の名前。

用意していたことに若干苛っとくる。

しかも子供に自分の名前の漢字をちゃっかり入れていたことにさらに苛っとさせられた。


もう一発くらい殴っておこうか。

あっでも、もう限界かもしれない。

なにせこっちは疲労困憊。ちょっとだけ寝よう。

アイツは……起きてから殴ればいいか。

取り敢えず、今はおやすみなさい。




閉じかけた目で見えたのは、アイツが我が子を抱いてる姿で……テメェうちの子供に触ってんじゃねーよ!!って怒鳴りたかった私の声は口から出ていくことはなかった。



夢で見た私は家族三人仲良くピクニックにでも行っていた。

さっき産まれたばかりの我が子は歩けていて、笑顔でパパに抱きついている。パパはもちろん殴られていない綺麗な顔のアイツで……これは夢だから見たものだ、絶対正夢になどしてやるものか。



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