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夕焼けのコンサートホール

作者: 悪乗り連盟

「いってきます」

 ベッドタウンの自宅を会社の始業時間2時間前に出て、電車に揺られながら通勤時間を過ごす。勤めている会社の上司からもう少し近いところに住んだらどうだ?と度々提案を受けていたが、通勤手当が多めに入るので妻から通ってくれと言われているんです、と遠回しに伝えると何とも言えない顔で、なるほどな、と少し苦笑をこぼしていたのを思い出す。最近は大口の顧客があったこともあって残業が長引く日々が続き、疲れ気味なことを上司が気遣ってくれたのだろう。

 郵便受けから取ってきた経済新聞をコンパクトに広げながら、紙面に目をすべらせる。隣国の不祥事、強国同士のスパイ容疑者拘束の応酬、技術の流出など大きく表示されたページから小さく掲載される乗用車同士の事故の欄を注視する。

 公共交通機関を主に利用して過ごす己には関係のない話だが、元は田舎の出身者であるため、田舎の乗用車が必須のツールであることは知っている。そういえば、親父や母親はまだ車の免許を返納していなかっただろうか、と柄にもないことを考えた。

 会社につくと、部長がすでに席についていた。おはようございます、と軽く声をかけて自分の席に着く。パソコンを起動させて、今日一日の仕事と時間配分を整理する。どう足掻いても残業になることは決定しているので、どうにかして皆の負担を軽くできるようにと、まだ他の社員が出勤していない間に仕事を進めることにした。

 出勤してきた皆達が揃ってから昼まではあっという間だった。決められた昼休憩時間になり、お弁当を取り出す。


「風間さん、今日は愛妻弁当ですか?いいですね!」


 声をかけてきたのは、部下の女性だ。まだ二年目の社員だが芯の通った方で、若いこともありチームの雰囲気作りに一役買っている。最近は、外食を共にすることも多く(もちろん他の部下たちもだが)今日もそれに誘うつもりだったのだろう。気を遣ってくれていることに感謝しながら、部下の誘いをやんわりと断った。もし、美味しいランチの店があったら教えてくれ、と伝えるのも忘れない。

 デスクで昼食を取れば約15分で済む。休憩時間は1時間だが、今は休憩時間すらも惜しい。昼から集中して仕事に取り組める自分の体力に感謝しながら、昼食後プログラムのチェックを進めた。



「ピアノちゃーん、風間さんなんだって?」


 先輩社員からそう呼ばれ、橋本鍵盤は風間が愛妻弁当で今日の昼食は来れないことを先輩たちに伝える。“けんばん“と漢字で書いて、”ピアノ”と読ませる、最近流行りのDQNネームというやつだ。両親が音楽愛好家なのが相まって勢いでつけられた名前だが、両親の期待を裏切って音楽の才能は一切なかった。鍵盤はこの名前を付けた両親にはうんざりするが、嫌いではなかった。親からしっかり愛情を受けて育ち、都会での一人暮らしに心配をかけながらもしっかりと生活をしている。


「風間さん凄いですよね! 本当に風間さんがいなかったら毎日徹夜でも仕事が終わらないですよ~」


「そうだな。でも、俺はピアノちゃんが入ってきてくれて大助かりしているよ」


「うんうん、風間さんもピアノちゃんは仕事はしっかりとできるし、呑み込みも早いから助かるって言ってたぞ!」


 鍵盤の社内では仕事の話以外はほとんど私語を禁じられているため、息抜きもかねて昼食は外食することが多い。今の社内の雰囲気は大口顧客が入っていることもあり良好だが、その前はこのままでは会社がつぶれるんじゃないか、と噂される程度には経営が危ぶまれているような状況であった。そこそこの大きさを誇る会社ではあったが、それでも中小企業のレッテルから抜け出すことが出来ないのが、うちの会社の悪いところだ、と言葉には出さないが鍵盤はそう思っていた。トップダウンが激しい会社のため、社長のご機嫌伺もあって前述のことが社内で施行されているが、そうすることでさらに社員たちの会社離れが進んでいることはいうまでもない。

鍵盤はまだ新入社員の扱いと遜色ないため、雑用ばかり言いつけられることも多く、先輩社員のご機嫌取りをすることが多々ある。しかし、少しずつではあるが確実に仕事を済ませる彼女の評価はプロジェクトチームとして一緒に仕事をしている社員からは、一定の評価を得ることが出来ていた。


「俺なんか昨日なんとか夜に帰れて風呂に使っていたら、書いたコードがミスってることに気が付いて、朝絶望しながら会社に来たら、風間さんそこチェックしてくれてんの!あの人、俺よりもちょっと先に帰っていたのによくやるよ。朝早いのは知っていたけど、そこまでやってくれているとは思わないでしょ。結構読み込まないと気づかないと思うけど、あれは尊敬したね」


「俺も昔そんなことあったわ。あの人マジで優秀。いてもいなくても変わらない部長より風間さんが部長になってほしいわ」


「てかまじで、過労で死にそうだから風間さん生きろ!」


「家も遠いそうですしね。だから、一定の時間になると帰宅するのもあるらしいけど」


「特に今回の案件は、昔風間さんが担当してその仕事ぶりを評価した会社の案件だから風間さんのおかげで回ってきたようなもんだし」


「まあ、風間さんはたまたまその会社を担当しただけで、他の人が担当していてもそうなったっていうけど」


「あーまじで風間さん生きて!」


 実際、風間は会社の社員から人当りが良く仕事もできることから社内の評価は極めて高い。鍵盤も同じプロジェクトにいることもあり共同で作業することが多く、それもあって風間の仕事ぶりをじかに目にしていた。と同時にこの仕事量についていくことのできる人材は今のこの会社にはいないことを悟っていた。まさに天職の彼だからこそのめりこめる境地。しかし、若いうえにまだまだ向上心を持つ鍵盤はいつか風間のような仕事のできる女になりたいと尊敬していた。


昼の休憩が終わる十分前ほどに、鍵盤達は社内に戻り席に着く。隣の席の風間はというと、昼の間に寝ているらしく腕枕に頭を落としていた。五分前になると風間の机上にあった携帯がぶるぶると震えた。iPhoneの最新式だ、と最近見たテレビのCMを思いだす。タイマーで起こされた風間は、両手を後ろにして一息つく。周りの課員が席についているのを見渡すと、机に用意していた紙を全員に配った。


「すみませんが、得意先から仕様の変更依頼の連絡がありました」


 紙を見るとそこには得意先からの仕様の変更依頼のメールの原文が載ってあった。さらにそこから下には今回の仕様の変更に伴う仕事の振り分け、作成したデータの訂正箇所並びにその順序と各担当者のチェックリストがずらずらと書かれていた。仕様書の変更依頼は午前の連絡にはなかったはず。もしかすると、営業マンの連絡遅れが原因の可能性があるがそれについてとやかく言うことは出来ない。


「できるだけ早く帰れるように配慮しますが、もし今夜用事がある方がいたら早めに相談していただけると助かります」


 今日は残業確定のお知らせだ、と察した。


「それから、橋本さん。今日の午後は、僕のサポートに回ってくれますか?明日、営業さんと一緒に得意先と仕様変更について打ち合わせをしてくるから、その間の仕事の分担とそれから本格的に僕の仕事の一部を担当していただこうと思っています。大丈夫そうですか?」


「は、はい!」


 風間は鍵盤のことを橋本さんと呼んだ。最近の社会はハラスメントに厳しく、特に役職をもつ社員はその眼が厳しい。鍵盤は同僚や先輩、他の課の役職者にピアノちゃんと呼ばれることを嫌がってはおらず、むしろ会社でそう呼ばれることで会社の一員であるという認識を高めていた。そのため、鍵盤は風間との間に一定の距離感を感じていたが、逆にしっかりした上司であるという認識もしていた。そんな風間に今回頼りにされたことが嬉しく、午後の業務はより力を入れて、風間の仕事について学んでいった。




 風間が橋本鍵盤を初めて見たのは、鍵盤が風間の勤めている会社の新卒採用の面接に来た時だった。風間は一次試験の集団面接の面接官を担当していた。

 娘ぐらいの年齢の子たちの適性を判断するという、その子たちのその後の人生を左右するそんな貴重な機会を果たして自分に判断できるのだろうか、と普段慣れない仕事ながらも社内の採用マニュアルに則って就活生を30分という短い時間で吟味していった。

 その中の一人。特にこれと言って特徴のある女性ではなかった。しいて言うなら、最近流行りの遊び心あふれる名付けに少し目が引かれたくらいだった。すると、同じく面接官をしていた隣の部署の上司がうっかり鍵盤に対して、自分の名前についてどう考えているか、と尋ねてしまった。社内の採用マニュアルには、特定の個人の名前に対して誹るような発言はご法度と書かれているにも関わらず、だ。内心、頭の中でコンプライアンスやプライバシーについて風間の頭の中がこんがらがるぐらいには動揺していた。

 そんな風間をよそに彼女は、前を向いてはっきりと発言した。


「両親から頂いた名前は、両親の愛情がこもったものです。私にはとても大切な名前です」


 簡潔でシンプル。それでいて、彼女の人柄が現れた答えに、風間は笑みをこぼした。


「そうですね。とてもいい名前だと僕はそう思います」


 もしかしたら今まで受けてきた会社の面接でそういった質問を受けてきてそう答えるようにしているのかもしれない。しかし、彼女の真剣なまなざしに嘘は無いように見えた。

 人柄よし、と風間はコピーされた履歴書の面接官コメント欄にそう書き残した。

 風間が書いたところで大した効力はないだろうが、面接ってこんな感じかな、と他の役員の書いた面接シートのメモを集めた。



 採用した数人のうち、多くの新卒がこの会社を去った。その間、一緒に働いた多くの同僚や部下や別の部署の社員が去っていった。彼女はそれをみてこの会社のことをどう思っているだろうか、と風間は鍵盤に仕事を教えながらふとそう思った。

 会社の雰囲気は決して良いとは言えない。それは、やめた社員が多いことからもなんとなく感じているだろう。風間はこの会社に勤めてもう長い。会社の雰囲気を変えようと何度も努力した。会社を良くしようと思えば思うほど仕事はどんどん増えていった。仕事をやめようと思った回数は数知れない。

 そんな中ではあるが、彼女は仕事を意欲的に取り組んでくれている。おそらくこの仕事ぶりからすると家に帰ってからも関連書籍で勉強しているように思われた。そんな彼女がもし他の会社に移っても仕事ができるように恥ずかしくない社会人にしなければ、と風間は鍵盤に丁寧にだが厳しく指導にあたった。



 そうして大きなプロジェクトが無事納品され、風間たちのプロジェクトメンバーには特別臨時ボーナスが出た。もちろん、各関係部署にも多少のボーナスが一律で出たのだが、風間の功績が大きいことを理解したのであろう会社のトップがその点を考慮し、同じプロジェクトに所属していた鍵盤らには上乗せされた金額が入っているとのことだった。

 その週の終わりの金曜日、風間の部署で飲み会を開催することになった。

 普段、自宅が遠いと断る風間が今回に限って参加を表明しているのでチームのテンションもどことなく上向きである。

 宴会場所は会社からほど近く、仕事もほとんどなかったので早めに向かうことになった。居酒屋はすこしこじゃれた感じだが、飲み物や食べ物はお手軽感のある価格帯で老若男女に受け入れられそうだった。


「手配してくれたのは橋本さん?」


「鍵盤ちゃんが手配してくれましたっ」


 鍵盤と仲の良い男性社員の一人がビールを片手に持ちつつ答えた。近くにいた鍵盤に風間が顔を向けると、料理が口に合いませんでしたか、と聞きたそうな顔を浮かべていた。


「いや、美味しいなと思って。今度は娘とここに来ることにするよ」


「ほんとですか!嬉しいです」


 料理についてはこの店の看板メニューを数点人数分あらかじめオーダーしており、その後追加で商品を注文していったのだが、どれも美味しかった。小料理屋というといい過ぎだが、それに近い上品さや淡泊な味わいであった。

 飲み物は、ビールからハイボール、日本酒、果実酒、ジン、スピリッツ、焼酎、酎ハイ、ノンアルコールドリンクと充実していた。箸が進むにつれ、自然とアルコールを摂取する量が多くなり、会社への愚痴も多くなっていく。そうして盛り上がった宴会の終盤には、意識も朦朧なよっぱらい社会人の集団と化していた。


「俺たちはこれから夜の街にくりだしてきま~す」


 男性社員達はそういうと足元をふらつかせながら夜の街へと消えていった。鍵盤は同じくふらつきながらも、男性社員達の行動を察して手を振って見送った。


「風間さんはいかなくていいんですか?」


「おじさんはもうそこまで若くないんだよ」


ふーん、とそんなもんですかねぇ、と鍵盤は顔を赤くしながら風間が呼んだタクシーを待つ。やや顔色が悪そうだな、と鍵盤の顔を見ていた風間は某ファストフードチェーンを見つけた。風間は鍵盤にちょっとまってもらうように伝えてその店に寄ってくると、袋を持ちながら帰ってきた。


「ほら、コーヒー。砂糖とミルクはどうする?」


 袋からコーヒーを取り出してきた風間に感謝を伝えつつ、鍵盤は全部入れてくださいと伝えてホットのコーヒーをずずっと飲み込んだ。鍵盤はアルコールで弛緩気味の脳がはっきりするような感覚がした。

 その隣で風間はハンバーガーを食べていた。まじか、という顔をする鍵盤をみて風間は笑った。


「上品な料理でちょっと物足りなくてな。なんだ、フライドポテト食べるか?」


 そういって差し出された袋の中のフライドポテトを鍵盤は一掴みして食べる。うん、塩味が効いてておいしい。おなか一杯の状態で食べるものでもないが、と思ったもののあまり見ない上司の一面を見れた気がして、どことなく心が安らいだ。物珍しい顔で見ていたのがばれて、風間もてれくさそうにハンバーガーをほおばっていた。

 そうして華金の忙しないタクシーを待ち続けるとようやくタクシーが到着した。

 足元をふらつかせながらうとうとする鍵盤をタクシーに乗せ、運転手に鍵盤の住所を伝える。鍵盤はかなり眠そうにしながらもうわ言のように話し始めた。


「風間さん家は遠いんですか?…帰れますか?…うーん…」

「なんだ、だいぶ酔ってたのか」


 車の独特な揺れが鍵盤に更なる睡眠を与えているようでとても会話にならず、要領を得ないながらも風間は会話を行い続けた。


「風間さんは頑張りすぎです!そんなに仕事ばっかりしていると、奥さんに逃げられちゃいますよ!先輩たちももっと仕事の勉強頑張らないといつまでたっても風間さんが定年退職できませんよ!大体、今回の仕事だって風間さんがとってきたんだから、ほかの役職の人たちももっと頑張ってほしいですよね!って私がいうことじゃないですね!!」


「そういう意味じゃ、橋本さんは今回一番成長したと思いますよ。やる気もあるし、若いからの見込みも早いし。早く僕を楽にしてくださいね~」


「もちろんです!橋本にお任せください!」


 鍵盤は減らず口をたたいているな、と頭の片隅で自覚しつつも今日は無礼講だよね…?と追い付かない理性で条件反射的に会話を続けていると、鍵盤が住む賃貸マンションにたどり着く。風間がとりあえずの料金をタクシーの運転手に渡し、うつむき加減の橋本をタクシーから降ろす。

 タクシーの運転手に少しの間待ってもらうように伝え、眠りかけの鍵盤を起こしながら、部屋まで連れていく。


「ほら、起きてください橋本さん」


「私は鍵盤です~~~~」


 何言ってるんですか、と思いながら橋本の靴を脱がせて廊下に置いていく。きちんと鍵をしめるように、と伝えて外に出ようとすると、ちょっと待ってください、と思ったより強い口調で橋本に呼び止められた。

 不思議に思いつつも待っていると部屋の奥からポロン、と電子ピアノの音が聞こえた。


「お礼に一曲いかかですか?」


 そういうやいなや、半音階が連続して上昇していく軽快な音楽が流れ始めた。力強いクレッシェンド、緩急をつけるピアニッシモ、スタッカートで軽快でリズミカルな音が流れる。


「…これでも昔は地元で有名なピアニストの子供だったんです。ピアノのコンクールで地区の代表になって全国ピアノコンクールなんかにもでて…。でも、全国には私なんか比にならないくらい上手な人がいたんです。その子は年下なのに才能にあふれていて、とても叶わないなって思って、私ピアノは趣味でいいやって。これは会社の先輩たちには内緒ですよ?なかなかうまいもんでしょう?」


そうして、優しい音となだらかなスラーの音階が続き、最後の盛り上がりにまた軽快で力強い音が流れた。

 弾き終えた橋本が玄関で立ったままの風間に、お粗末様でした、と伝えるために玄関に向かった。


「ショパンの英雄ポロネーズ…」


 風間は橋本が引いた曲の名前をつぶやくと、その目に涙をたたえていた。

 あまりの光景に橋本がなにも言えずにいると、風間は急いで玄関を出て行った。




 その光景に呆然としたまま、橋本は次の出勤日を迎えた。何かの見間違えだろうか、と土日の間二日酔いに悩まされながらも考えた。しかし、尊敬する上司の取り乱したようなその姿は橋本の頭ははっきりと現実に起こったものであると記憶していた。

 月曜日。風間は会社を休んでいた。長いプロジェクトで休日出勤もしていたからその分の代休だと部長が言っていた。

 翌日の火曜日。今日も風間は休みを取っていた。

 さらに次の日の水曜日の朝。いつもなら来ている時刻である風間の姿はそこにはなかった。社内では風間の姿が見えないことに不安を持つ社員が、連絡がつかないのか、としきりに風間と親交のある社員たちに聞いて回っていた。もちろん、橋本は風間と連絡のつく手段を持っていない。

 風間が来ないまま、橋本の会社のメールアドレスに見知らぬアドレスからメールが届いていた。


 件名には、風間です、と書かれていた。

 添付ファイルには“林檎”と書かれた何かのアプリケーションソフトが添付されていた。

 

 メールには、会社辞めます、と書かれていた。






 風間は、海外の飛行機に乗っていた。嫁と娘に会うために。

 海上にあるコンサートホールが見える一流ホテルに宿を取り、テラスで椅子に腰かけては海に沈む夕日をバックにそれを見つめた。

長い時間がかかったが、ようやくこの時間を得ることができた。特にコンサートホールを押さえるのにはかなりの金額を要した。

 テーブルには娘が好きだった某ファストフード店のハンバーガーのセットを置いていた。

 嫁は娘に厳しかった。娘を一流のピアニストにするために、振る舞いから容姿、食事内容から勉強と様々な教養を厳しく指導した。そのため母親の目を盗んではこのハンバーガーセットを食べに連れて行ったものだった。


 娘は音楽留学で母親とともにこちらにやってきた。将来はこの世界的に名誉あるコンサートホールでピアノを弾くのだ、と目をキラキラさせて言っていた。

 あと何年でそこに立てたのだろう。もしかすると、娘には才能がなくて一生立てなかったかもしれない。それでもよかったのだ。

 嫁と娘が留学先の下見に向かって航空機がこの海のどこかで眠っている。

 いつか家で奏でていたあの曲を弾いてくれないか、と頭の中であの頃を思い出す。


 ショパン 24の前奏曲(プレリュード)より第七番

今回は長くなったので、会話部分を生かして改行を多めにしてみました。見辛かったら改めます。

by 連盟員A

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