幸せの裏側で
私たちが戻ると不機嫌な可憐さんと、なにか言いたそうなジャイアン先輩もちょうど戻って来た。
「あれ? 美奈は?」
可憐さんが不機嫌な声で聞く。
「ん、さっき直人先輩と、ここにいたはずだけど。私、ケンタと二人で、ジュース飲みに行っていたから……」
「もう! 順子! 何をノンキにジュースなんて、飲んでいるの! 美奈と直人さんを、何で二人きりにしているの!」
可憐さんの声が、怖い。この頃になると、可憐さんはジャイアン先輩の前でも、仮面を被らなくなった。
「だって……」
「もうどうして、順子は、私の味方してくれないの! どうして美奈ばっかり、応援するの!」
別に二人のどちらかを応援している訳でも、ないのに……。
「おい、お前、そんな風に言うの、よくないぞ」
ジャイアン先輩が、可憐さんに注意する。
「もう私のこと、ほっといて下さい! 私、こんな性格なの! だから、もう私に付きまとわないで! 私は直人さんが好きなの!」
可憐さんは、綺麗だった。恋する女は綺麗だ。
「ちぇっ、可憐のその性格知っているって、言っているだろ! 直人は、お前なんか、好きにならない。お前みたいな性格を好きな物珍しい男は、俺しかいないんだって、言っているだろう!」
ジャイアン先輩の声が、シーンと静まった夜の公園に響く。
「可憐ちゃん」
どうして、美奈ちゃんと直人先輩は、こんなタイミングの悪い時に、戻って来た。
「美奈? な、何で、二人、手を握っているの?」
可憐さんの声が、ふるえている。
「ああ、俺達、付き合うことにしたんだ」
直人さんの言葉が、胸を刺した。胸が痛い。暗闇なのに、美奈ちゃんが照れて下を見たのが、遠目でも分かる。
「そっ、そうなんだ。おめでとう。わ、私、用事があるから、帰る!」
可憐さんが、さっきより、もっと震えた声で言った。
「私も可憐さんと帰る。美奈ちゃんは、直人先輩に送ってもらってね。じゃあね。バイバイ」
スタスタと、早歩きをする可憐さんを追った。ケンタが私の名前を呼ぶのを無視して走った。可憐さんも走って逃げて行った。
「可憐さん」
急に立ち止まった可憐さんが、アスファルトを見ながら、泣いていた。肩がふるえている。涙の声が、聞こえない。
後ろから見る可憐さんが、痛々しい。私も直人先輩に失恋した。告白もしていない。誰にも、この恋の気持ちを、話していない……。
可憐さんは、全身全霊で直人先輩に好きとアピールしていた。私には、直人先輩に失恋したと泣く資格なんてない。でも、可憐さんにはある。
「可憐さん」
私はなるべく柔らかな顔で可憐さんの前に立って、顔を覗き込む。
(可憐さん……)
可憐さんの声を出さずに泣く姿が、綺麗だった。やっぱり可憐さんは、泣き顔まで綺麗な人。
「泣いて、いいんだよ。お願い、声を出して、泣いて……」
「順子~」
可憐さんが私の首に腕を巻いて、泣き声を出した。
本当に、悲しく辛い泣き声。可憐さんが泣き止むまで、ずっとそうしていた。私達の横を通る人達も、決して私達に話し掛けなかった。
可憐さんが泣き止んだ後に、缶ジュースを買って、ガードルに座って話をした。可憐さんの話を、ただ聞いていた。
「順子。私の話を聞いてくれて、ありがとう」
可憐さんが、話を止めて一息ついて、私に言った。
「ううん。可憐さん、いいよ」
「本当に、順子がいてくれて、よかった。じゃ、じゃなかったら、私は、直人さんへ、この気持ちを、きちんと整理出来なかったと思う。だから……ありがとう」
にっこり涙目で微笑む可憐さんは、月の女神のようで、綺麗だった。
「うん。友達だから……」
可憐さんとは、あんまり友人になりたくなかったけど、こうして毎日いると、自然に友人になっていた。
「うん。私も始めて、こんな友人持てた」
(そうだろうね~)
と、心の中で、頷く。性格のいい美奈ちゃんと、引き立て役の私しか、可憐さんの性格についていける人いないよね。
「うん」
「私、順子と美奈がいて、うれしい。だから、直人さんのことで、美奈と喧嘩したくない」
「うん」
「だから、美奈と直人さんを応援する」
「うん」
「それでね」
「うん」
「直人さんより、何十倍のいい男を彼氏にする!」
「うん。可憐さんには、出来るよ」
その時の台詞。普通は、可憐さんをもっと高ビーにするから言わないけど、可憐さんが格好良くて。こんな風に、美奈ちゃんを応援すると言った可憐さんの潔さが素敵だった。
「うん。見ていてね。やっぱり、博人さんかな?」
「……う、うん、分からない……」
可憐さんの新しい恋を応援しようと思ったけど、博人君の名前を聞いた時に、さっき失恋した時と違った、胸の痛みを感じた。