イケメンの弟もイケメン
「あっ、そうそう。俺の弟、連れて来た」
直人先輩の後ろに、先輩より背の低い男の子がいた。
「こいつ、博人って言うんだ。山村博人。皆と同じ年で、中学一年。クラスは、一年D組だったなあ」
私達は一年A組だから、D組の人のことをあまり知らない。クラスが二つも離れていたら、ほとんど交流もなかった。
それに中学校に入って、まだ日数が経っていなかったから仕方ない。
「えっ、山村君って、直人さんの弟だったの!?」
どうやら可憐さんは、全学年のイケメンを、ちゃんと把握しているみたい。
直人先輩は、どちらかと言うと男性的な格好良さがあるけど、博人君は女性的な綺麗さがある。兄弟と言われると、似ている気がする。背丈も、百六十センチある私より高い。
(えっ、名字が、違うの?)
人にはいろいろ事情があるので、詮索しないようにしている。
「知らなかった。直人さんと博人さん、兄弟なのに名字が違うんですか?」
可憐さんが聞いた。もうどうして、そんなに単刀直入に人の事情を聞きたがるのかと、いつも嫌になる。
「可憐ちゃん、失礼だよ」
美奈ちゃんが、こっそり可憐さんに言う。
「えっ、そうなの?」
せっかくの美奈ちゃんが気を効かせてくれたのに、分かっていない。
可憐さんは、将来必ず修羅場を経験すると思う。だから、クラスが離れたらすぐに友達を止めたい、と思っている私も性格悪い。
「ああ、俺達の両親、別れたんだ。俺は、父親で、博人は母の方。同じ年だから仲良くしてくれ」
「ええ、もちろんです!」
可憐さんが、大きな笑顔をした。
「博人さん、私は、鈴木可憐です。可憐と呼び捨てしてね」
「……」
博人君は、ムスっとしている。
「博人って、呼んでくれ。ほら、博人も、きちんと挨拶する」
直人先輩が、博人君に言った。博人君は、嫌々ながら挨拶をする。お兄ちゃんの言うことは、聞くみたい。
「よろしく」
そっけない挨拶だった。 可憐さんは、博人君と直人先輩と、どっちにするか悩んでるのが分かる。でも、そっけない博人君より、直人さんを選ぶだろう。
挨拶の後に、バスに乗って動物園へ行った。もちろん可憐さんは、直人先輩の横をキープしている。
そんな可憐さんにジャイアン先輩は一生懸命に話しかけている。直人先輩はノロノロ歩く美奈ちゃんに、いろいろ気を使っている。ケンタはなぜかみんなに一通り話しかけてハシャいでいた。もちろん私にも。もちろん、私はそっけない返事しかしない。
「なあ、そのバック、重いだろ? 俺、持つよ」
動物園に着いて、博人君が言った。
「えっ!?」
持たせていいのか、戸惑う。
「皆の分、作ってくれたんだろ? 普通だったら、兄貴、そう言うこと気付くんだけど、今日は何か変だから、気付かなかったみたいだ。ほら、貸せ」
博人君が、カバンを奪い取り、スタスタ歩く。遅れたらいけないので、急いで付いて行った。
「すげー、すげー、順子って、料理上手だったんだー」
ケンタが、目を輝かせて言った。そりゃ冷凍だから、おいしいでしょう。お弁当は、卵焼きで決まるので、卵焼きはガンバった。色が変色しないように塩水につけたうさぎリンゴもある。
後はおにぎりの素を入れて作った、三角おにぎり。この三つだけ、頑張った。
「あ、ありがとう」
「ほんと、すごいよ。俺のかーちゃんより、すごい。飲み物買ってくる。みんな、なんか飲むか?」
ジャイアン先輩は、お母さんのことをかーちゃんと呼ぶのかあ……。
「私は、オレンジジュース」
美奈ちゃん。うん、美奈ちゃんらしくて、可愛い。
「あっ、私はコーヒー。ブラックで」
可憐さん。
「俺は、コーラ~」
「オイ、ケンタ。お前、自分で買って来い!」
「私は、お茶を持って来たから、いい……」
本当はみんなの分まで持ってきた。ジュースを買うと言うことを、考えていなかった。
「そ、そうかあ? 順子って、何かオバサンくさくないか?」
ジャイアン先輩の冗談の一言が、胸を刺した。
「そ、そう? そうなのかな? アッハッハー」
笑顔で嘘をつくことが、どんどん上手になっていく。
「俺もお茶でいい。順子ちゃん、お茶貰っていい?」
「あっ、はい。もちろんです。直人先輩」
胸のナイフが取れた。
「俺も、お茶でいい」
博人君が言った。私の胸の傷が塞いだ。自分でも現金な女だと思う。
「そっか。でも、直人って、いつもお茶飲まないで、コーヒー飲むじゃないか?」
ジャイアン先輩が不思議そうに直人先輩にたずねた。
「剛。今日はお茶がいいんだよ」
私は直人先輩の優しさと気付いた。
「私、コップ二つしか、ありません」
みんなの分をちゃんと用意しているけど、嘘をついた。嘘をつく度に、胸が痛くなる。
「じゃあ、俺と回し飲みしよう」
八重歯の見えるエクボの笑顔。直人先輩は、一体何回、私を惚れさせるのだろう。
「兄貴、俺と飲めば、いい」
「ちぇー、せっかく、順子ちゃんと、関節キッスのチャンスだったのに」
「もう、直人さん、エッチ」
多分可憐さんは、直人先輩と博人先輩が、私を中心に会話をしているのが、気にくわなかったのだろう。
昼食の時も、可憐さんに後で嫌味を言われるのが辛くて、みんなの会話に入らなかった。みんなはワイワイ会話しているけど、私と博人君は、ずっと無言だった。
私が大人しくしていると、可憐さんの機嫌が良くなった。美奈ちゃんは、私に何度もお弁当を作ってくれて、ありがとうとお礼を言った。みんなが私の料理を喜んでくれたので、その日は楽しかった。