傷の舐め合いしてもいい
「うん。知っていたよ」
「そ、そんな。なんで、私に教えてくれなかったの! どうして、そんな大切なことを、教えてくれなかったの!」
教えなかったの? と言われても……。直人先輩が、美奈ちゃんに気があるのをなんとなく分かっていた。直人さんが美奈ちゃんを選んだのなら、私が可憐さんの恋を美奈ちゃんに言う理由がない。だっていまの:美奈ちゃんの態度は可憐さんにも私にも失礼だ。
可憐さんの恋を教えたらどうするつもりだったの? 親友のために彼氏やめるの?
はっきり言って直人さんに選んでもらったヒロインのエゴだ。
引き立て役の女は、人の感情に敏感過ぎた。 だから、いつもみんなのことを思って黙秘でいることを学んだ。
「だって、そんなことを私が誰かに言う権利ないもん。それに、可憐さんが、直人先輩をいくら好きでも、先輩は美奈ちゃんを選んだから……」
「で、でも、親友だったら、教えてくれたって、よかったじゃない。そうしたら、私は、先輩と付き合わなかったわ!」
「ふざけないで!」
思いっきり美奈ちゃんの可愛い顔に、平手を打ちたい気持ちを我慢した。
「可憐さんが、直人先輩を好きって知っていたら、先輩と付き合わなかったって、よくそんな無神経なこと言えるね! どうして、どうして、美奈ちゃんは、そんないい加減な気持ちで先輩と付き合っているの!
そんな無神経な優しさは、返って人を傷つけるって、どうして分からないのよ!」
はじめは普通の声で話していたけど、段々と気持ちが一杯になって、声も大きくなっていた。最後は自分の苦しみの言葉だった。
「おい! 止めろよ! 美奈は、優しいんだよ! 友達が傷つくのが、嫌なんだよ。優しいから。順子ちゃんには、そんな優しい気持ちが分からないからって、優しい美奈に、そんなことを言うなよ!」
騒ぎを聞きつけた直人先輩が教室に入って来て、美奈ちゃんの肩を抱き締めて言った。
直人先輩が私を優しい子と言っていたのに。今は私が優しくないから、美奈ちゃんの気持ちが分からないと言っている。
言葉的にはそんな風に言っていないけど、そう取れる台詞に聞こえた。今までにない胸の痛みを感じる。直人先輩が好きだった。引き立て役で、みんなの世話焼きをしている姿を、「気がきいて、優しい」と言ってくれた言葉に救われたのに……。
今度は、「優しくない。人の優しさが、分からない」と言った。
私が、今まで友人を傷つけることを、一度だって望んだことない。みんなのことを第一に考えていたのに。目から、熱い涙がこぼれた。
直人先輩のことを本当に好きだったから、彼の言葉が、他の人から言われるより……辛い……。
「ごめん」
ボソッとした声しか出なかった。こんな惨めな姿を、みんなに見せたくなかった。
「順子! 待てよ! 先輩! 順子は、優しい女だよ! 順子は、可憐のことを思って、美奈のことを思って、先輩のことを思ってあんなことを言ったのが、どうして分からないだよ!
順子が、先輩を好きって言う気持ちに、どうして、気づいてあげないで、あんなひどいことを言うんだよー」
教室からケンタの叫び声が聞こえていた。ケンタは、私の気持ちに気づいていたんだ……。
やっぱり私は自然とケンタも傷つけていたんだ……。
教室から飛び出しても、行く所なんてない。ふと二年の先輩たちの溜まり場へ向かっていた。決して二度と行かないと決めていた、あの臭いトイレ。
「順子~」
ドアを開けると、可憐さんがいた。汚いトイレに机と椅子があった。
「順子ちゃん……」
二年の先輩の不良達もいた。
「先輩……」
その後に包隠さず全部話した。私が直人先輩を好きだったと言うと可憐さんが私に抱きつかれた。