先輩の呼び出しは定番
次の日、可憐さんは美奈ちゃんにおめでとうと、笑顔で言った。でも、私は「おめでとう」と言えないでいる。
「ねえ、あんた、ちょっと来てくれない」
二年の不良お姉様方が、美奈ちゃんの前に来て言った。
「わ、わたし……」
美奈ちゃんが、ふるえている。この先輩達とは、ほとんど交流がない。遠目に、直人先輩達を見ているのは知っていた。
「ちょっと、何の用なの?」
可憐さんが、美奈ちゃんの手を握って言った。
「ちょうど、いい。あんたにも、話があるから、来い」
二人も不良お姉様達が、可憐さんと美奈ちゃんの腕を、がっしり掴む。
(やばい!)
私は二人の横にいた。先生に告げ口をしに行こうと、そっと動く。
「ついでに、あんたも」
私も腕を、人質に取られた。連行された場所は、体育館のトイレ。あまり人の来ない古い体育館。誰も使いたくない古いトイレが、彼女達の溜まり場だった。
(く、臭いよー)
どうして、この匂いの中で平気でいられるのか、信じられない。
なんでこんな所でガムなんか食べれるのかが、分からない。一生懸命、息をなるべくしないようにした。
「榊先輩と、付き合っているの誰?」
いかにもリーダー先輩が聞く。このリーダー先輩、ぽっちゃりしていて、長い髪を金色に染めている。
脇目が黒いし顔の化粧も、濃い。青いアイシャドーは、一重のぽっちゃり目には、似合わない。口紅も赤。時代遅れの赤、赤色でも、もっといい色あるでしょう? と、教えたい!
「……」
可憐さんも、私も答えない。
「オイ、答えろよー!」
ビクン。美奈ちゃんが、大きく震える。
「大体、一年のくせに、先輩達に媚っているのが、許せねーんだよ!? 生意気なんだよー。えー、聞いていんのかよー」
「……」
可憐さんも、私も答えない。
「オイ、答えろよー!」
ビクンと美奈ちゃんが、大きく震える。
そんなに怒鳴られても……。一応、聞いていると言うことを示すために、頭をコクンと頷く。
「順子!」
隣に立っている可憐さんに、腕で突っつかれた。どうやら敵の言うことを、素直に聞いたらいけないらしい。
「大体、ブスのくせに、何、男の周りを、うろちょろしているんだよー」
「私達、ブスではありません! 先輩達の方が、断然ブスです!」
可憐さんが、ブスと言う言葉で切れた。
(終わった……)
もう美奈ちゃんは、声を殺して泣いている。美奈ちゃんのクリクリしたこげ茶の髪も、泣く度に揺れる。その姿を見ると、抱きしめたくなる。可憐さんは、急に態度がデカくなって、先輩達を見下ろしている……。
確かに百六十五センチある身長で、真っ黒な艶のある腰まである髪の可憐さんは、そこら辺の女優より綺麗だけど。
「な、な、な、何て、今、何て言った!?」
先輩がプルプルしている。他の先輩達も、プルプルしている。
「先輩達、耳まで悪いのですか? 顔も悪くて、耳も悪い。ブスは、先輩達のことと、教えてあげたのです」
(もう嫌!)
この時ほど、可憐さんとなんで友人しているのかと、友人をしている自分を恨んだ。
「このアマがー」
『このアマ』なんて、言う人がいるんだと思ったけど、先輩が拳を作っているのに気付いたので、隣にいる可憐さんを押す。
『パッチーン』
拳で『ゴーン』と、殴られるかと思ったら、平手で『パチーン』と叩かれた。それも、頬っぺた。本当に、これこそドラマ。なんで、平手だけ、きっちりと決まるのだろう。
「順子ー!」
「順子ちゃん」
床にフラリと倒れた。可憐さんと、美奈ちゃんが、倒れた私が立つのを手伝ってくれる。
『がーん。ガーン』
頬っぺが痛いけど、私はトイレの床に倒れたことが、ショックだった。
(やばい! きったない床に、制服が……。やっぱり、クリーニング出さないといけないよねえ……)
今夜は、すき焼きにしようと思っていたけど、献立を変更。私のお小遣いは、月々のと、食費の残り。私は、やっぱりババアくさいのかなあと……思ったけど、そんなことないよね。
「順子、大丈夫?」
可憐さんは、決してトイレの床に着いた左側の腕を触らない。まあ、右腕を掴んで、起こしてくれたから、いいかな?
「順子ちゃん……」
美奈ちゃんは涙を流して、私を助けようとしてくれる。
「美奈ちゃん。大丈夫よ。あっ、そっち側汚いから、触っちゃダメ!」
右腕を触ろうとした美奈ちゃんを、止める。
「で、でも……」
こんな時まで、人の心配をしている私の引き立て役の女の根性がすごい。
「すぐに暴力を振るうなんて、先輩達、ひどいです!」
(可憐さん! 何で、そんなことを言うのー!)
「テメー」
(きったー)
「先輩。先輩は、可愛いです!」
「……」
しーん。しーん。ただでさえ、不気味なトイレが、さらに不気味になった。トイレの花子さんがひょっこり出てきそうだ。