恋愛は最初に宣言した者の勝ち
「直人先輩が、死んだ……」
「えっ!?」
私の友人『美奈ちゃん』が、大きな真ん丸の目から涙を流して言った。
「バイクに乗っていて、急カーブ……しそこなった……」
もう一人の友人の可憐さんが震える声で説明をしてくれる。可憐さんとは友人になりたくなかったけれど、いつの間にか友人になっていた。いまの可憐さんの綺麗な顔も、その時はヤツれている。
やっぱり私は、大好きだった先輩の死について知らされたのも最後だった。涙を流しても可愛い美奈ちゃんと、隈ができていて昨日は一睡も出来ていないと分かる可憐さんも綺麗な顔をしている。
亡くなった先輩は、私の通っている中学校の不良番長の先輩だ。はじめての出会いの時に『榊直人』「さかき先輩」と呼んだら、「なおとでいいよ」と、にこっと言ってくれた。微笑んだ時に真っ白な八重歯が見えた。彼の八重歯をチラッと見せた笑顔が可愛いかった。
はじめて先輩を見た時は、彼が不良なんて思わなかった。でも不良でも優しい先輩に一目ぼれした。直人と呼びすてなんてできない。恥ずかしい。それより周りの人達に嫉妬でイジメられないために「直人先輩」と呼んだ。
はじめて彼の名前を呼んだ時に、私の顔は真っ赤だったと思う。先輩は「順子ちゃん」と私を呼んだ。テノールの声が、私の心をドキドキさせた。
あんなに、あんなに生まれてはめて好きになった人に出会えたのに。あっけなく失恋した。
告白もできないまま、彼に好きと言う権利がなかった。
「先輩が好きだから応援してね」と言う友人の三奈ちゃんをを応援しないといけなくなった。
中学生の恋愛は、最初に宣言した人に権利がある。もし私が「私も先輩が好きなの」と言っても、遅出しじゃんけんと一緒で、卑怯者のレッテルが貼られて友だちを失い、最悪な場合はクラスでハブられていじめられる。
中学生の私にはそこまでして先輩のことを好きと言うことができないチキンだった。
だから私は何度も悩んで何度も彼が好きだ、と涙を流して彼を諦めた。
もし美奈ちゃんが私の友人じゃなかったら? と何度も思った。でも結局私はこの可愛い美奈ちゃんも好きだ。先輩と、可愛い友人が付き合うのを応援しようと、やっと自分の心に整理出来た時なのに。初恋を諦めようと決心したのに……。
(なんで?)
なんで私は十二才で、愛する人の、初恋の人の死を経験しないといけないの……。
美奈ちゃんに悪いけれど、私は大声で泣いた。そんな私と美奈ちゃんを、あんまり友達したくない可憐さんが抱き付いて慰めてくれた。あんな性格の悪い可憐さんでも、温もりが少しだけ心を軽くしてくれた。
直人先輩の亡くなった日から一週間、毎晩地域の暴走族が集まって彼を弔った。直人先輩と最近付き合い出した美奈ちゃんも、その集会に呼ばれた。私は美奈ちゃんの金魚のフンとして集会に顔を出した。
美奈ちゃんは両親に私の家に泊まると言う言い訳をしている。だからオマケだけ集会に堂々と付いて行った。仲間外れされるのを嫌った可憐さんももちろん付いて来た。
何十人も集った派手な集団。きっと周りはヤバい集団、と遠目にチラッと見て関わらないように逃げて行った。
見た目ヤバい集団だったけれど、私たちみんな本当に心から直人先輩の安らぎな眠りを祈っていた。二月の寒い月の夜に、私たちは肩を寄せながら先輩にさよならを伝えていた。
その怪しい集団の真ん中で涙を流す美奈ちゃんは本当に綺麗だった。その横にいた私には、誰も気付いていない。気付いていないと思っていた。だって私はいつも誰かの「引き立て役」だったから。
でも、あなたは、私のことを見ていてくれた……。
楽しくて辛い経験をした中学一年生。でもあなたが私を見つけてくれた。中学生の恋、とバカにされるかもしれないけれど本当の恋だった。私は引き立て役から解放された。あなたが私に、可愛いよ、っと言ってくれたから、私は引き立て役の女を辞められた。
「ありがとう。直人先輩」
(あなたに出会えたから、あなたのおかげで私は今幸せです……。あなたへの初恋と共に、引き立て役を卒業します)