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「モンスター使い」を愛する人に捧ぐ小説 作者:ヒツキノドカ
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火山決戦


 夜明けと同時、僕たちはレストエリアを出発した。

 ティカトルたちの地面を蹴る音が早朝の森林に響く。
 総勢十五人の突入組が、火山に向かってティカトルを走らせていく。

「ふふ、マリたんも参加してくださるなんて。私たちのことを心配してくれたんですか?」

「……ギルドから、『探索者も協力するように』って言われたから来ただけよ。それにまあ、あんたらにはフライ・グラスの件で借りがあるしね」

「あら、体で返してくださってもよかったんですよ? その若さ溢れる玉肌をほんの半刻程私の好きにさせていただけたなら何の禍根も」

「黒いの。あとよろしく」

「誰が黒いのだグリフォン女。あと俺に押し付けるんじゃねえ」

「フラン。体で返す、というのは何をしたらいいのですか?」

「お前は真に受けてんじゃねーよ……」

 フラン、マリアベルさん、カイル、セレスの四人がティカトルに乗りながら言い合っている。

 火山に向かう十五人のうち、警備兵はオリヴィアさんを含めて二人だけ。残りは全員が探索者だ。


 というのも、フランからの状況説明を受けて、ギルドが探索者たちに依頼を出したのだ。内容は『火山洞窟に行き、モンスター洗脳の原因を排除すること』。レストエリアの戦闘で大量のモンスターが連れ去られたこともあって達成報酬はかなり高額に設定されている。そういう理由で、まだ無事だった探索者たちが同行してくれているのだ。


 他の人はもとより、マリアベルさんとセレスの二人の実力は知っているので特にありがたい。

 ちなみに、セレスの使役獣についてだけど、すでに洗脳状態は解けているのは確認済みだ。フラン曰く、『おそらく強力なモンスターにかけておける洗脳には制限があるのでしょう』とのこと。リオンを操るのにエネルギーを割いているせいで、メノの洗脳を維持する余裕がないんじゃないか、っていうことだった。


 エルトール学院組はこの二人以外はレストエリアの防備のために残っている。レグ伍長たち、残りの警備兵もこっち。戦力を分けたおかげで突入組は十三人という人数だけど、それでも僕、カイル、フランの三人で突っ込むことを考えればありがたいことだ。


 そんなことを考えていると、ティカトルの一体が僕の真横についてきた。

「ラタ・メディカ。一つだけ釘を刺しておく」

 オリヴィアさんだ。

 彼女は昨日の『新種』――バーンレックス襲撃以降、一睡もしていないはずだけど、平素通りの凛とした声で話しかけてくる。

「何ですか?」

「君はどうも熱くなりやすいようだからな。私の指示には従うことを約束してもらう」

 僕が聞き返すと、オリヴィアさんははっきりとそう言った。

「火山に行けば何があるかわからん。これが守れないなら、悪いがここでレストエリアに引き返してもらう」

 火山に向かう十五人を仕切る役は、自然とオリヴィアさんが勤めている。この中で唯一『神化』を経たモンスターの所持者でもあるし、指示を出す立場に慣れている。

 逆らえば、本当にレストエリアまで追い返されてしまうだろう。

 だけど僕はオリヴィアさんの言葉を拒絶するつもりはない。

「わかりました」

「む?」

「わかりました。オリヴィアさんの指示に従います」

 僕がそう言うと、オリヴィアさんはなぜか怪訝そうな顔をした。

「……やけに素直だな」

「そうですか?」

 にこり、と笑いかけながらそう言う。

 いつもの顔で。いつもの声で。普段の自分がしているように。

 そんな僕を見て、オリヴィアさんは小さく溜め息を吐いた。

「……いや、わかっているならいい。君は使役獣を失っているし、あまり前に出たりはしないように」

 そう言ってオリヴィアさんはわずかに速度を上げて前に行ってしまった。



 それからしばらく森の中を駆け抜けていく。
 やがて、先頭の探索者が声を上げた。

「見えて来たぞ!」

 ほとんど同時、僕たちは森を抜ける。

 視界が開け、目に映る色が一変した。緑色の木々に満ちた世界から、黄砂色の岩石地帯へ。その先の火山へと視線を投げ――

「止まれ!」

 その瞬間、オリヴィアさんの指示で僕たちはティカトルを一斉に停止させた。

 そのまま森と岩石地帯の境界線付近で身を潜める。

 なぜか。

「……またアイツかよ」

 探索者の誰かが言った。
 ずっと先に見える、巨大な火山の根本付近。

 そこには見覚えのある二足歩行の巨竜がうろついていた。

「『新種』か。復活早えーなあ……」

「です。おまけに、見覚えのあるモンスターがずらりなのです」

 木の陰に隠れたままカイルとセレスが口々に言い合う。


 火山の周辺には、レストエリアを襲撃してきたバーンレックスを始め、奪われた洗脳モンスターたちが十数体も徘徊していた。どの個体もふらふらと動き回っているけど、火山から一定以上は離れようとしない。まるでその場所に縛り付けられているような様子だった。


 僕はその光景に視線を走らせた。

(リオンも、アーティさんもいない。ってことは――)

「足止め、か」

 少し離れた場所で、オリヴィアさんがぽつりと呟いた。

 フランが言うには、アーティさんの目的は火山に眠る伝説の竜だという。となれば、アーティさんがいるのはバーンレックスが守る入り口の向こう、火山洞窟の内部だろう。

 前方をうろついているモンスターたちは追っ手に対する時間稼ぎ要員。

 こんなに効果的な配置はないだろう。あの巨竜の強さはこの場の全員が知っている。

「少尉殿、どうされますか?」

「無視したいところだが、そうも言ってられんだろう」

 警備兵の一人とオリヴィアさんが話している。

 バーンレックスは火山洞窟への入り口に陣取って動こうとしない。たぶんあそこを守るように指示されているんだろう。僕たちが火山の内部に入ろうとすれば、どうやっても『新種』のそばを通過しなくちゃならない。

「(……ラタさんラタさん)」

 そんなことを考えていると、背後から小声で呼ばれた。

「(フラン。どうかしたの?)」

 振り返り、声をひそめて応じる。そこにいたのは悪戯っぽく紅い瞳を光らせたフラン。

 彼女はちらちらとオリヴィアさんのほうを気にしながら、僕にだけ聞こえるように耳元で囁いてくる。

「(准尉やリオンがいるのは、おそらく火山洞窟の先――頂上です。そこに行くには『新種』を突破しなくてはなりませんが、時間をかけるのは上策ではありません)」

 彼女は言葉を続ける。

「(ですから、私達だけでも先に入ってしまいましょう。『新種』を倒すには時間がかかりますが、かわすくらいなら何とかなります)」

 その言葉に、僕は数時間前の会話を思い出していた。

 フランが僕に悪戯っぽく告げたこと。

「(……それが、例の『悪巧み』?)」

 火山に向かう準備中、フランは僕にそう言ってきた。二人で抜け駆けしよう、と。

 結局あの時は内容までは教えてくれなかったけど、この状況のことを指していたのだろうか。

「(はい。ですから、私が合図したら全力で走ってくださいね)」

 そう言って、フランが僕に向けて、指を三本立てた。

 その意味はすぐにわかった。

「さっさと突っ込もうぜ! 警備兵のねーちゃんさえいりゃあ何とかなるだろ!」

「だな。野生モンスターでもねえって話だし、さっさとぶっ倒してやろうぜ」

「そのためにゃあ分担しなきゃだろ、焦んなよ。やられちまうぞ」

 フランの立てた指が二本に減る。

「前衛のモンスター五体で『新種』を足止めしてもらう。他は洗脳モンスターの排除、一人はアロルドの傍で万が一に備え待機。前衛組の指揮は――」

「おい待て、やべえっ、気づかれた! 来るぞ!」

「散らばって回避しろ!」

 一本。

「では行きましょうか、ラタさん」

「うん」

 洗脳モンスターたちが一斉にこちらを向いた。

 僕たちの隠れる一帯めがけて洗脳モンスターたちによる攻撃が飛来する。

 火を束ねた矢、電撃、足元から伸びる土くれの腕――それらに皆が浮足立つ中、僕とフランは飛び出した。

「待て、ラタ・メディカ!」

 近くにいたオリヴィアさんが走り寄って来て、手を伸ばして来る。……けれど、なぜか彼女の手は僕の一Мほど後ろを空振りしていた。目測を誤ったように。

 よくわからないけど、まあいいや。

 オリヴィアさんには大人しくしていろって言われたけど、あんなの口から出まかせだ。もともとじっとしているつもりなんてない。

 何をおいても、今は一歩でも先へ。

「ホロ、お願いしますね」

『クルルッ』

 横を走るフランが、ホロに指示を出して襲い来る魔法攻撃を捌いていく。【テレキネシス】が降り注ぐ魔法をすべて捻じ曲げた。

 無傷で火山洞窟の目の前まで到達する。

 けれど、ここまで。

『ゴアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 バーンレックスが通すものかとばかりに立ちふさがった。耳をつんざくような咆哮に、足を止めそうになる。

 フランの声が聞こえた。

「大丈夫です。まっすぐ突っ込んでください!」

「――ッ」

 踏み出す。
 足に力を籠め、さらに前へ。

『ゴアアアアアアッ!』


 バーンレックスが顎を開いて前傾し、僕たちとすれ違う(・・・・)


 僕とフランの背後で顎をかち合わせ、それから空ぶったことを訝しむようにきょろきょろと周囲を見回した。

 まるで僕たちの姿が見えていないかのように。

「今のって……」

「ホロの幻影魔法トリックミストで、少し後ろに私たちの姿を映しました。私たち以外には、そちらのほうが本物に見えたはずです」

 それを聞いて納得する。

 僕たちの背後に、僕たちの幻影を作る。

 最初にオリヴィアさんが僕を捕まえ損ねたのもこの魔法が原因だろう。僕たちの本体が見えないようになっているなら触れるはずもない。

 けど、黒瑠璃の巨竜はそう簡単には出し抜かせてくれない。

『ゴアアアッ!』

 駆け抜けようとした僕とフランめがけて猛然と尾を薙いだ。

 すんでのところで僕たちの本体に気付いたらしい。いい勘をしてる。

(……鬱陶しいな)

 そんな思考が脳裏をよぎる。

 僕は目を細め、身をかがめてそれを回避しようとして――

「【ランドフォーム・シールド】!」

 遠くから聞き慣れた声が響いた。

 土の盾が、バーンレックスの尾から僕たちを守った。一瞬で砕かれはしたけど、それでも凶悪な一撃をきっちり逸らして時間を稼ぐ。

 その隙に、僕とフランは火山洞窟の入り口まで突っ込んだ。

『――』

『――』

「アルカウス、【ウインドエッジ】!」

 僕たちの背中を撃とうとする洗脳モンスターたちを牽制しつつ、洞窟の中へと入っていく。
 フランがわずかに息を切らせながら、

「……どうやら、洞窟の中までは追ってこないようですね」

 彼女の言う通り、洗脳モンスターもバーンレックスも火山洞窟の内部には入ってこようとしなかった。

 バーンレックスたちはしばらく僕とフランを憎らしそうに見ると、その場を去って行った。他の人たちを迎撃しに行ったんだろう。

 フランが言う。

「さて。それでは、先に進みましょうか」


×××


〇カイル視点


 あーあ。
 あーあ。

 知らねーぞ俺はもう。なるようになれだ。

「あの馬鹿者……ッ、あれほど大人しくしていろと言ったというのに!」

「少尉、今はそれどころではありません! 指示を!」

「わかっている!」

 紫髪の女警備兵が激昂している。まあ、仕方ない。事前に釘を刺しておいたはずのラタがそれを正面から破って今しがた火山に向かって突っ込んでいったところだ。

 それを合図に洗脳モンスター共がこちらに向かってきた。

 ここから見た限りでは、ラタとフランを追って洞窟に入ったモンスターは一体もいない。おそらく『火山洞窟に誰も入れるな』とだけ指示されているんだろう。融通が効かないのは洗脳の短所ってとこか。

 比較的安全な木の陰に隠れながらそんなことを考えていると、マリアベルが寄ってきた。

「ねえ、黒いの。あんたもしかしてわかってたの?」

「何が?」

「とぼけんじゃないわよ。さっきラタとフランが走っていく時、援護してたでしょ」

 バレた。いや、ジローを実体化させっぱなしなんだからバレるに決まってるか。

 確かに俺はジローに指示してラタたちを『新種』から守った。もちろんあいつらの行動をあらかじめ予想していたからだ。

「まあ、そうするだろうなとは思ってたよ。少なくともラタは突っ込んでいくと確信してた」

「……あんたは一緒に行かなくていいの?」

「俺が? アホ言え、行くわけねーだろ。今のラタとは一秒だって一緒にいたくねーよ」

「どういうこと?」

「どういうことも何も……」

 俺はぶるりと身を震わせた。

 落ち着いた受け答え。穏やかな雰囲気。

 誰が見てもそうは思わないだろうが、俺からすれば一発でわかる。

 あれは嵐の前兆だ。


「……あんな状態のラタは久ぶりに見た。はらわた煮えくりかえってんぞ、あいつ」


×××


〇ラタ視点


 火山洞窟エリア。

 クラテール棲息域の中央に位置する大火山は、外からではなく内側から登ることができるようになっている。

 大昔に流れ出した溶岩の通り道が、そのまま洞窟として残っているのだ。内部には【炎】系統モンスターが棲みつき、好き勝手に穴を広げた結果、現在の大火山はほとんど迷路のようになっている。

「こっちです」

 フランはそんな火山洞窟内をすいすいと進んでいく。彼女は手に地図を持っていた。多分、この状況を予想していたんだろう。

 かなり進んできたけど、野生モンスターとの戦闘はここまで一度もなかった。

 僕たちを見かけても襲ってこようとする気配はない。じっと洞窟の隅で縮こまっているだけだ。
 まるで、何か不吉な予兆を感じ取っているように。

「――ッ」

 いきなり、地面が揺れた。

 何の脈絡もなく火山全体が振動したのだ。すぐに収まったけど――これが何かよくないものだということは僕にもわかる。

「時間がなさそうですね。急ぎましょう」

 フランがそう言って、足を速めた。

 火山洞窟は分かれ道も多いけど、基本的には螺旋を描いて上へ行く構造になっている。

 入り口は地上にあった。そこから延々登り続けて、終点は頂上。

 硫黄の匂いと、むせ返るような熱気をかき分けて洞窟を進んでいき、僕たちはようやく洞窟を抜けて。

 ――ああ、やっぱりいた。



「やあ、二人とも。遅かったね」

 アーティさんは僕たちを振り返り、わざとらしく手を振ってみせる。その手には深紅の魔力核が光っているのが見えた。

 火山の頂上はいびつな円形に広がっている。足場は黒と灰色の混ざる岩場で、中央には大きな窪みがある。あちこちにはオレンジ色の液体が水たまりのように散らばり、生臭い煙を吐き出していた。

 そして今は、その至る所が抉れている。まるで怪物が暴れ回った後のように。

 地面には色とりどりの魔力核が転がり、先刻までここで何が起こっていたのかを雄弁に語っていた。

 灰髪の青年は愉快そうに、深紅の魔力核を手で転がす。

「残念、もう少し早ければ君たちも観戦できたのにねえ。凄かったぜ、伝説のモンスターってのは。あと少し戦力が足りてなかったらこっちからやられてたかもしれない」

「……なるほど、どうやら伝説のモンスターの捕獲は成功したようですね。先ほどの揺れはそのときのものですか」

 フランがため息をこぼすようにそう言った。アーティさんは満足げな表情を崩さずに頷いた。

「ああ。まあ、危なかったけどね。何しろ棲息域で奪ったモンスターも、火山で洗脳したモンスターもほとんどやられた。成功したのは、このドグラとラタ君の獣種のおかげさ」

 アーティさんのそばには白い獣種が突っ立っている。

 相変わらずだらりと長い腕を垂らしていて何を考えているのかもわからない。不気味なモンスターだけど、僕はその更に向こうを注視した。

「……リオン」

 リオンだ。真っ黒な毛並みも、ずば抜けた攻撃性能を持つしなやかな四肢も、遠目には僕の相棒そのものだった。

 けど、すぐ気づく。リオンの目がひどくうつろで、死んでしまったいるようにすら見えた。

 僕はちりちりと腹の奥で何かが燻っているのを自覚した。相棒の姿を見て、さっき蓋をしたはずの感情が溢れそうになる。

 一歩、踏み出した。

「……ラタさん?」

 フランがふと不安がるような声を出していた。

 けど無視する。僕は身体の内側でのたうっている感情をもてあますように靴底で山頂の砂利を踏みつぶす。前に進む。

 ――気に入らない。

「ああ、さすがラタ君だ。君ならそう来ると思ってたぜ」

 前方から軽薄な声がかけられる。アーティさんの口調は、僕を小馬鹿にしているような響きがあった。


「自分の使役獣が奪われるなんて、この上ない屈辱だもんね。代わりってわけじゃないけど、せめて君の使役獣がどれだけ活躍したかを語ってあげようじゃないか。ああ、手間だなんて思ってないよ? 俺は話好きだからさ」


 じゃり、と石を踏みつける。僕はすでにアーティさんとの距離を数メートルのところまで詰めていた。

 もう目と鼻の先だ。すぐ前にはアーティさんが立っている。

 胸の奥に何かがぐすぐすと溜まっている。ひどく不愉快な気分だった。

 気に食わない。本当に、心から、気に入らない。


「この獣種、最初は神化種の代わりなんて務まるのかなと思ってたんだけど、いやとんでもない。素の攻撃力ならひけを取らないよ。何せ火山竜にダメージを与えられたのはアレだけだった。適当に攻撃しろって指示したら、いきなり光りはじめてめちゃくちゃ強くなったんだよね。あれ何て魔法? まあどうでもいいんだけどさ」


 吐き出す息すら熱を帯びているように感じた。僕の視線は一点に注がれている。

 僕にはどうしても許せない。認めるわけにはいかない。ふざけるのも大概にしてほしい、と心底思う。

 僕のすぐ目の前で、アーティさんが大仰に手を広げた。


「他のモンスターじゃあ歯が立たなかったから、盾にしたんだ。火山竜の攻撃を体で防いでもらって、ラタ君の獣種で攻撃、反撃が来たらまた他の雑魚で防いで獣種で攻撃ってやってたらいい感じに相手が弱ってきてさ。止めもラタ君のモンスターだったよ。いや、本当に強かった。使い勝手のいい手駒になったと――」


「――邪魔(・・)


 時間全部が凍り付いたようだった。
 僕がぼそりと呟いた一言で、アーティさんは喉を引きつらせて言葉を止めた。

 どうでもいいんだ。この人も、その横に突っ立っている白い猿型も。

 本当にどうでもいい。歩くのに邪魔だったから少し避けて、それだけ。僕が真横を通り過ぎても彼は顔を引きつらせて固まっていた。

 用があるのはその奥。

 僕はずっと視線を向けていた相棒のもとまでまっすぐ到達する。

「やあ、リオン」

『――』

 返事はない。リオンが僕のことを認識しているかどうかすら、僕にはわからない。

「僕のことがわかる?」

 じっと僕は相棒の目を見据える。

 そこにはリオンをリオンたらしめていた衝動は一切なかった。

 貪欲に強さを求める飢えも、強い相手を求める渇きも、今のリオンには宿っていない。

 僕はぎり、と奥歯を噛んだ。

 気分が悪い。

「こんなところで何してるの?」

 気に入らない。心の底から不愉快だ。腹の底の煮えたぎるような感情が、自制を押しのけて溢れそうになる。

 そんな僕を、リオンはまるで石像のように無機質に見下ろしていた。

 僕は絞り出すように、

「あんなやつに使われて、ボロボロになるまでこき使われてさ」

 リオンと僕の間にはまだ魔力回路がつながっている。けど、僕の意思は届かない。リオンの感情も伝わってこない。抜け殻。残骸――ここが限界だった。

 視界が真っ赤に染まる。


「何やってんのかって聞いてんだよ、リオン!!」


 過熱した心情を吐き出した。火を噴くように、血を吐くように、腹の奥底で溜まった怒りが暴発する。

「伝説のモンスターは強かった? 戦ってて楽しかった? だったらもっと喜べよ! それが君だろうが!」

 熱が回る。僕の脳が抑えきれない衝動に満たされて、吐き出さずにはいられなくなる。

 気に入らない。許せない。認められない。あんなモンスターごときに飢えも渇きも奪われて、あっさりと従順な道具に堕落した相棒が僕には許せなかった。

 リオンはもっと強いはずだ。

 貪欲に強さを求めるためだけに生きてきたはすだ。

 それがこのザマだ。強さへの執着も、執念もたかだか魔法ごときに引きはがされて、いとも簡単にただの道具に成り下がった。

 それが僕には許せない。

 怒りでどうにかなってしまいそうなほど、気に食わない。

「指示に従うだけの戦いは簡単だった? それで満足だった? ふざけるのも大概にしなよ。そんなのは君の生き方じゃない。奪われて、乗っ取られて、弄ばれて、何も得ない戦いをして! そんなものに何の意味があるんだよ!」

 喉が裂けるように僕は叫んだ。怒りに歯止めがきかない。苛立ちが収まらない。

 失望が、裏切られた感覚が、沸騰するような怒りをいつまでも生み出させる。

「何とか言えよ、リオン!」

 睨みつけて、苛立ちを込めて、砲声を上げた。

 背後から声が聞こえた。

「ッ……でかい声でわけわかんないことをいつまでも! ドグラ、あのモンスターを『使え』! うるさいガキを黙らせろ!」

 僕の言葉に反応一つ示さなかったリオンが、それだけの指示でぴくりと動いた。

 心を侵されて、リオンのものじゃない意思がリオンの体を動かしている。リオンが爪を振り上げた。僕を一撃でばらばらにできる凶爪が躊躇なく降ってくる。

「ラタさん!」

 フランの焦ったような声が届いた。けれど僕は振り返らずに、白けた目で振り下ろされる爪を見ていた。

 直後、半歩ずれた僕の真横をリオンの爪が通過して、岩盤をぶち壊した。轟音、砂煙。砕かれた真っ黒な岩の破片が散らばる。

「……遅い」

 僕は舌打ち交じりに呟いた。

 遅い。いつもとまったく同じ体勢で、まったく同じ攻撃で、それでも意思がないリオンの攻撃はあまりにもなまくらだった。そのことにさらに苛立つ。リオンが体勢を戻す前に、振り下ろされた右前脚に飛び乗った。

 リオンの顔面に肉薄。

「――ふッ!」

 蹴り飛ばす。

「なっ……」

 隙だらけだった。リオンはわずかによろめく。僕は飛び降りて、その醜態を眺めていた。アーティさんが背後で息を呑んだ気配がした。

 ああ、もう、わかった。

 このリオンは抜け殻だ。人形だ。道具だ。貪欲に強さを求めていた衝動も気概はどこかにいってしまった。

 見るに堪えない。執念、執着をなくした君に生きてる価値なんてない。

「そのガキを殺せ! 早くしろ!」

『――』

 背後からの絶叫が、また目の前のモンスターを動かした。

 振り下ろされた爪は、山頂の一角に叩きつけられ、地面に亀裂を入れて割り砕く。

 山頂の端にいたことも災いしてか、その一撃は予想以上の被害を生んだ。亀裂は盛大に広がり、地面を崩し僕たちがいた山頂の一角もろとも破壊する。

 がらがらと足場が崩れる。僕とリオンは見事に空中に投げ出された。体勢を崩す直前、僕はまっすぐリオンを見据えた。

 気に食わない、許せない、認められない。

 だから。

「思い出させてあげるよ、リオン」

 ――どんな手を使っても。

 直後、僕の体は途方もない浮遊感に包まれた。


×××


〇アーティ視点


「……馬鹿力だなぁ」

 俺は――アーティ・ハルグランは、目の前に広がる惨状を見てそうこぼした。

 火山の頂上。その一角が、ついさっき一体のモンスターによって叩き壊された。

 結果、そのモンスターと、そのモンスターの本来の使役主が空中に放り出されて、火山の山肌を転がり落ちていった。

(自分の足場まで崩すとか、やっぱりドグラの能力じゃ細かい力加減はできないか)

 俺は溜め息を吐き、まあいいかと結論付ける。


 山頂を転がり落ちていった一人と一体がどうなろうと、今更どうだっていい。この火山に潜んでいた伝承のモンスターはすでに捕獲済みだし、あの獣種(リオン)は用済みだ。モンスターの戦闘能力だけ見れば失うのは惜しいが――それでも、抱え込むことのリスクは確かにあるのだ。


 ついさっきまで目の前にいた、一人の少年。

 普段はとぼけた少年に過ぎない。けれど、さっきの彼は普段の姿とはかけ離れていた。犯罪組織の頭目としてそれなりに危険を冒してきた俺ですら、背筋に氷柱を差し込まれたような感覚に陥った。

 それくらい異常な姿だった。モンスターへの異常な信頼。そしてそれを裏切られたがゆえの圧倒的な失望、怒り。あの少年は危険だと俺の感覚が告げていた。

 何にせよ、その少年も用済みの手駒とともに火山の真下だ。

 普通なら死んでいる。よくて半死半生くらいだろう。全部終わった話だ。

 予想外の乱入はあったが、すでに目的は達している。あとはオリヴィア・ダウズエルを足止めしているバーンレックスを回収して、撤退するだけ。

 唯一の障害があるとすれば。

「あら、もうお帰りですか? 少尉様」

 場違いなほど上品に笑う、この少女だけだ。

「ああ、用は済んだからね。俺はほら、似顔絵付きの手配書が出回る前にトンズラしないといけないからさ」

「ふふ、手配書が出回るのは私も困りますね。なにせあなたを捕えるのは私ですから、他の方に横取りされるのは困ってしまいます」

 軽口を交わし合う。ああ、やりにくいんだよなあこの子。作り笑顔ばっかり浮かべているやつなんてみんなろくでなしだ。俺もそうだけどさ。

 というか、一つ気になることがある。

「……フランちゃん、だっけ? 君、随分と余裕だよね。さっき君の連れが崖から落っこちたってのにさ」

 俺は眉をひそめて言った。

 彼女は一部始終を見ていたはずだ。一緒にここにやってきた少年の豹変も、落下していった姿も。なのにまったく動じていない様子だった。

 フランはくすくすと笑っている。

「どうしてでしょうね。私はなぜか、ラタさんがそう簡単に死んでしまうような方には思えないのです。今にも崖を這い登って、准尉様に噛みつくのではないかと、そう思えてなりません」

「そりゃ恐い。まるでモンスターだ」

 俺は肩をすくめてみせるが、フランは動じない。

「彼は私たちの想像をたやすく超えますよ。私は理屈で動く人間より、衝動で動く動物の方が恐ろしいと思いますがし。ですから、私は彼のことを心配していません。私は私のすることに集中するだけです」

 表情一つ変えずに彼女は笑う。

 楽しそうに。

「……そんなに俺を捕まえたいの? 言っとくけど、俺を警備兵に突き出したところでリブラはなくならないよ。新しい頭目ができて、また君を狙うだろうさ」

「そうでしょうね。ですが、
私の目的は(・・・・・)リブラを滅ぼす(・・・・・・・)ことではありません(・・・・・・・・)

 フランは心底おかしそうに、口元に手を当てて笑っている。口元がより強く弧を描いていた。

 まるで、求めていたものがすぐ目の前に転がっているように。

 その不穏な雰囲気に、俺は思わず不穏な気配にため息を吐いた。――ああ、どいつもこいつも、腹の中に変なもん隠し持ちやがって。

「じゃあどうして君は俺の邪魔をするわけ?」

「簡単です。そのモンスターが欲しいのですよ」

 フラン本来のものではない真っ赤な瞳が、かすかに熱を帯びる。

 その向かう先は俺の隣。ドグラと名付けられた、【心】系統のモンスター。

「私はずっとそのモンスターに焦がれていました。もう一人の頭目からそのモンスターのことを聞いてから、ずっと求めていました。そのモンスターさえいれば、私が骨を折る必要もなくなるのですから」

 フランは頬を染め、陶酔するような表情を浮かべた。

 見るものすべてを魅了するような艶然たる笑み。ゆるやかに両手を広げ、とびきりの笑顔で顔を彩り、告げる。

「自分の身を守るために『リブラ』を潰す――いいえ。腹が立ったから私を狙った盗賊組織を壊滅させる――いいえ。ラタさんたちにはそう言いましたが、本当はそんなこと、どうでもいいんです」

 口元を吊り上げて。


「他者を洗脳するモンスター。強力なモンスター。あなたのドグラがいれば、私は復讐を果たすことができるかもしれません」


「……ッ!」

 俺はその瞬間、途方もない悪寒を感じた。

 可憐な笑みも丁寧な口調もすべてが擬態に過ぎなかったことを悟る。

(……なんて目をしやがる)

 恍惚と語る目の前の少女の瞳が彼女の異常性を示していた。

 そこにあったのは粘つくような狂気だ。

 何かを憎み、その破滅を心から願うどす黒い感情。殺意と呼ぶことすら憚られる泥のような恨みの念。

 俺は背中に冷や汗を流しつつ、何とか一言だけ絞り出した。

「……イカレてるね、君」

 フランはにこりと花のように笑った。

「よく言われますよ。では、始めましょうか」

 頭上を飛ぶ幻影梟ミネルヴァが紫色の魔力光を放つ。それは目の前の少女に降りかかり、髪と瞳の色を変化させる。

 そこにいたのは昨夜見た、銀髪にアメジストの瞳を備えた少女。

 合わせて、ミネルヴァのほうも羽毛を薄青色に変化させる。

 銀髪の少女は手に持っていた魔力核を見せつけるように構えた

「あなたを倒して、その白い獣種を奪います。どうぞ抵抗してください、それを叩き伏せて私は目的を遂げましょう」

 フランには敵意も殺意も発さない。まるで街を歩くように自然体で、容赦なく相手を叩き潰す。

 思わずぞくりとするようなプレッシャーにさらされながら、俺はため息を吐き、次いで不敵な笑みを浮かべた。

 望んだ展開じゃないけど、ものは考えようだ。

「通してくれる気はないみたいだね。なら、力づくでどいてもらう。君が新しい玩具の実験台になってくれるなら俺としても願ったり叶ったりだよ」

 俺は手に持っていた魔力核をちらりと見た。

 それはすでに契約を終えた竜の本体。

 意識を切り替え、顔に挑発的な笑みを張り付けて、俺はこう言った。


「光栄に思うといい。火山を寝床にするような化け物の力を見られるんだからさ」

 毎度ご贔屓にありがとうございます!

 次回更新は三日後あたりに。
 ……感想とか、質問とか、お待ちしております。
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