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陰流始祖 愛洲移香斎

嵐の前の襲撃

作者: 真言☆☆☆

 風が、韋駄天のように吹き荒れる秋の日であった。

明日にでも嵐が直撃し、大雨が降るであろう。

 移香斎は、今日のうちに、山へ修行に出た。

 鶴姫は今度ばかりは真剣に止めるので、明日は止めにしておく。

機嫌をそこねては、何かと差し障る。

 

 山での修行中、鋭い殺気を感じた。しかも、複数。

五人、いや六人か。

 大方、大黒屋に雇われた食い詰め浪人かと思いきや、

剣気がなかなかのもの。かなり、本格的に修行した者と

感じ取れる。


 山の中で、逃げようと思えば、逃げれるが、

それでは、もったいない。

 詮索は止めて、近くの神社に誘った。


 周囲を五人の覆面をした武士が、真剣を抜き、

遠間にて、取り囲んだ。

 凄まじい殺気が、移香斎を包み込む。

 肌を突き刺すような視線。

 ゾクゾクする。

「 その方ら、どこの者じゃ。 理由を、聞こう。」

 返事は、無かった。

 もちろん、期待はしていなかった。

 移香斎は、今日は、真剣を抜くことにした。

 木剣で相手をするのは、ちとやっかいな

相手たちでもあった。


 それより、姿を見せず、様子を窺っている

六人目の武士の存在を警戒したのである。

 実のところ、最近、生身の相手に真剣を

揮っていなかったので、良い機会と考えた。

 模索中の太刀も、試してみたい。


「 畳の上の水練は、役に立たず。真剣にて、斬り覚えよ。」

 鵜戸明神の教えであった。

 およそ、神らしくない言葉である。


 敵は、前に三人、後ろに二人。

 移香斎は、八方目にて、剣を抜き、下段に下げた。

 後の世に、柳生新陰流に「無形の位」(むぎょうのくらい)として

受け継がれる構えであった。

 剣を知らぬ者が見れば、こいつ、ボ~ッとして

やる気あるんかいなと疑うであろう。


 五人は、ジリジリと確実に間合いを詰めてくる。

 明らかに、連携のとれた、手慣れた動きであった。


 一際、大きな風が吹き、境内の木々がざわめいた瞬間、

五人は一斉に動いた。

 皆、刀を上段に構え、斬りかかってきた。

 下手な同士討ちをさけた見事な連携技で、

ほぼ同時に襲ってきた。


 死を呼ぶ暴風であった。


「 うげえ!」と悲鳴があがり、赤い血が境内を汚した。

 移香斎は、左後方へ跳び、そのまま横薙ぎの一撃を敵の一人に、

喰らわしたのである。

 残された四人の気が乱れた。

 今まで、何度となく、確実に敵を葬ってきた。

 この必殺の陣形を、まさか、後ろへ跳んで反撃するとは、

信じられなかった。


 移香斎は、相手の技の「起こり」がわかる境地に既に立っていた。

「先」を完全に読むことが、できる。

 その上、観の眼と言おうか、天神の眼と言おうか、

今みたいな場面では、自分も含めて、敵の動き全てが、

天空の位置から観えるのであった。

 達人の証であった。


 四人は、気持ちを奮い立たせるかのように、

前後左右に 陣形を変えた。


「どおりゃ~!」

正面の敵が、上段で斬りかかってきた。

 これは虚である。

 後ろの敵が、疾風の突きで襲って来た。

 移香斎は、前を向いたままかわし、自分の刀は使わず、

左手に握ったまま、その突きの刀の柄を右手で握り、

勢いを利用して、正面の男の水月に正確に突き刺した。

 正面の敵は、声を立てる暇もなく絶命した。

 左の敵が、隙ありと、一瞬で間合いを詰め、

袈裟斬りで襲ったきたが、慌てることなく、

逆に踏み込み、小手を斬った。

 右手を宙に飛ばしてみせることができたが、

皮一枚を残した。

「ぎゃっ。」

 悲鳴をあげて、のけぞり、残った左手で

右手を懸命にくっつけようとする。

 移香斎の恐ろしいほどの技の冴えである。


 それ以上に立ち向かってくる敵には容赦しない

非情の精神が、敵の心を折る。

 鵜戸明神の修行の前とは、別人であった。

 修行僧のような禁欲生活をし、剣の奥義を極めんと、

修行に明け暮れていた。

 戦国乱世の世に、活人剣を目指していた。


「 刀など、所詮、人斬り包丁に過ぎぬ。

剣術は、人殺しの術よ。

 活人剣などうたうは、笑止。

 どうせなら、活殺自在を目指さんかい。」

 鵜戸明神の教えが、蘇る。


「 さあ、どうする。 まだ、やるか。」

 無傷の二人に、凄味のある笑みで、声をかける。

 二人は、剣を構えているが、剣先は揺れていた。

「 早く手当をすれば、その仲間の右手は

くっつくかもしれぬな。

 さあ、どうする。

 理由を聞かせてくれれば、命だけはとらぬことを 約束しよう。」

 どちらかと言うと、かかってくることを期待している

移香斎が、たまらなく怖かった。

 二人がかりでも、一瞬で斬られることがわかる。

 それくらい理解できる技量はあった。

 どうしようもなかった、

 蛇に睨まれたカエルの気持ちが、よくわかった。

「 さあ、どうする。」

 移香斎が、二人に詰め寄った瞬間、

びゅんと風を切り、後ろから弓矢が襲ってきた。


 六人目の男の攻撃であった。


 移香斎は、振り返ることなく必要最小限の動きで、

攻撃をかわした。

 六人目の男が、弓矢の間合いで、境内を見下ろせる

山の中に姿を現した。

 般若の面をかぶっている。

 並みの者より遠い間合いで、しかもこの強風の中、

かなりの力量である。

 全身から立ち登る覇気に遠間からも、剣の達人の位に

達しているのがわかる。


 二撃目の弓矢が、放たれた。

 移香斎を襲ったのではなかった。

 手首を斬られた男の心臓に、正確に突き刺さっていた。

 それを見た二人は、脱兎のごとく逃げた。


 移香斎は、追うことはしなかった。

 移香斎の興味は、すっかり、般若の男に向いていた。

 今までの闘いを観察し、分析していたに違いない。

 油断ならぬ相手、嬉しくてたまらない。


 移香斎は、般若の男の元に走り寄った。

 三撃目、四撃目の弓矢が立て続けに襲ってきた。

 刀を使うことなく、かわす。


 五撃目の弓矢が全く見当違いの所に飛んだ。

 その途端、その方向から、無数の先を削った竹槍が、

移香斎目掛けて、獲物を狙うハヤブサのように飛んできた。


「なんて日だ。」

 笑みを浮かべながら、飛んで来る竹槍を全て、

竜巻のような斬撃で、斬り弾いた。

 その間に、般若の男は、姿を消していた。

 どこまでも、用意周到な敵である。


「まあ、よい、楽しみは、先にとっておくとしよう。」

 移香斎は、嵐を待ちわびるかのように、空を見上げた。


 今にも、大雨が降りそうな空模様であった。




























































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