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文章改正サンプル

【原文】

三時間半のフライトはまるで拷問のようであった

余裕が無いからと半ば言い訳のように予約したエコノミークラスの飛行機であったが、椅子が硬く体の節々に擦れるような痛みがあった

腰の痛みを堪えながらぎこちない足取りでゲートを抜けると妙な緊張感の漂う閑静なイミグレーションカウンターが見えた。夜の十一時の空港などこんなものである

税関、バケージクレームと進んでいきようやくガラス張りの自動ドアを通るとべたりとした湿気と煩わしい熱が体を圧すように包みこんだ


【改正文】

後悔した。 余裕が無いからとエコノミークラスなんて予約するのは間違いだった。椅子は硬い。狭い。息苦しい。おまけに隣の爺がチーズを貪るせいで臭いがひどい。よくまあ吐かずに耐えられたものだ。腰の痛みによろめきながらゲートを抜けて、大きく息を吸い込んだ。そうだ、生きているとはこういうことだ。

窓の外には広大な滑走路。そして満点の星空。ああ、こんな綺麗な夜空を見たのは初めてだ。スーツケースを受け取って空港の外に出ると、この地方特有のじわりとした熱気と湿気が肌を撫でた。そして鼻を突くのはチーズの香り。

「May I help you?」

台無しだ。勘弁してくれ。


【備考】

一文が長く、複数個の意味を持っているために、内容が一読して頭に入ってこない。それから三時間半のフライトなら恐らく南の方の外国への旅行だろうと読んで、このようなストーリーを付け足した。原文は起きた事の概要と感想文であり、さらに何の事件も起きておらずあまりに味気無い。





【原文】

男は階段を降り、異国の港に降り立った。

長い船旅で凝り固まった身体をほぐし、辺りを見回す。

壁を白く塗られた建物や、店先にズラリと並ぶ様々な魚介類。

男には、それらすべてがとても新鮮に感じられた。

空を飛ぶ鳥も、船を泊める準備をする漁師も、地面に敷き詰められたなんの変哲もない石畳でさえ、男にとっては、『何かあるのではないか』という好奇心を抱かせる存在だった。


【改正文】

波の砕ける音。海猫の鳴き声。市場の喧騒。

活気のある港町に、男が一人。両手を上に伸ばし、船旅で凝った身体をほぐしながら階段を昇る。

塩の張り付いた白塗りの建物。露天に並ぶ活き活きした青い魚。植木鉢の真っ赤なトマト。

全てが新鮮に映った。男は視界に広がる景色を、幼い頃に両親と行った遊園地に重ねていた。

生暖かい潮風。冷たいココナツジュース。柔らかな日射し。

何か、良いことがあるだろう。

そう、直感していた。


【備考】

『異国の港』をとにかく表現しよう、というのが魂胆の改正である。原文では港の表現に視覚しか使われておらず、もったいない。なので聴覚➡視覚➡触覚という順で描写をした。大きく異なるのは描写に体現止めのみを用いたことである。各描写が3つ並び、まるで詩のようにリズム良く構成されている。男の心が今にも踊り出しそうな様子が伝わっては来ないだろうか。




【原文】

短針が丁度11を指していた昼のこと。俺は特にすることもなく家でせっせと時間を浪費していた。

ああ、つまらない。

iPhoneをベッドに放り投げ、懐かしい記憶を深淵から引きずり出す。

小さい頃小遣いを手に、駄菓子屋へ毎日通いつめていたあの頃。思い返せば俺は、そこから一歩も進んでいない。

いや、むしろ後退しているのかもしれないな、と一人自分を嘲った。

そうだ、どうしてもゲームソフトが欲しくて親に強請ったんだ。それなら小遣いを増やしてやるから貯めて買え、と言われたんだ。

結局貯金箱が貯金箱足り得たのは最初の三日間だけで、今までの四十年と約三ヶ月、ただの豚の置物だった。そして今日も小銭を待ちわびる金の亡者のような、お小遣いをせびる少年のような顔で俺に非難の目を向けてくる。

そういえば明日からまた仕事だ。一日中パソコンと睨み合わなければならない。ひとりでに口からため息が漏れ出る。

俺は仕事にうんざりした時モニターから目を逸らす。それをしたってそいつがどう思うわけでもないが、とにかく目を逸らす。そうすれば、あの馬鹿でかい箱と喧嘩しなくて済むような気がするのだ。


【改正文】

ああ、つまらない。

時計は11時を示す。ところがiPhoneは「まだ3分早いぞ早漏め」とせせら笑って電源を切った。生意気だ。

ああ、くだらない。

放り投げたiPhoneは机の上へ。正確にはそこへ築かれたゴミ山へ。それが起爆剤となって、雪崩を起こした。最悪だ。

ああ、面倒くさい。

雪崩の中に生存者が一匹。なんとも可愛らしいピンクの豚だ。背中に空いた穴から硬貨を入れて貰えるその時まで、辛抱強く耐え抜いていたのか。健気だ。

ああ、なつかしい。

そういえば、子供の時から我慢させていた。一日10円、一年で3650円。貯まったら駄菓子屋で大人買いをしよう。そう思って小学生の時に買って貰ったんだっけ。結局あいつは生まれてから今まで30円しか食べていない。豚肉100g30円。憐れだ。

ああ、やるせない。

この家庭内災害の処理が終わっても、やっぱり会社内災害(と呼ばずにいられるか! どうして部下の後始末に貴重な休日を使ってやる必要があるのか!)の処理が残っているのに。パソコンを起動するのも嫌になってくる。見ているだけで腹が立つので、ゴミ山もパソコンも無視して窓の外を見てみた。快晴だ。

ああ、いい天気だ。くそったれ。


【備考】

好みの別れる改正だろう。原文でも十分に読み物として楽しめる出来に仕上がっている。追憶の下りが少々唐突なので、このようにきっかけを与えてやるとよい。貯金箱を生き物のように扱うのは面白い部分なので、改正版でも取り入れた。最後にはごちゃごちゃに散乱した部屋と、何の曇りもない青空を対比して、男の今の有り様を表している。





【原文】

後ろで大きな爆発音がした。俺は驚きながら振り返った。


【改正文】

振り返るよりも前に、爆音に鼓膜をぶん殴られた。訳のわからない力に押されて、弾かれるように前に吹き飛ばされた。

あの一瞬で、本当に?

受け身を取って衝撃を逃がす。痛む所はない。(省略)立ち上がってそちらを見ると、彼女は仁王立ちをしながら不適に笑っていた。


【備考】

有名なコピペなので書いてみた。でも驚きながら同時に振り向くのって無理だよなあ。





【原文】 

俺の娘は不思議な力を持っている。娘を売りたいと話すボロ切れを羽織った壮年の男が、そう語っていた。

 不思議な力とは、恐らく魔術の類だろう。男の話では、手の平に小さな火を出す事が出来るらしい。薪に火を点ける時に、よく少女に頼んでいたそうだ。

 今回の獲物は魔術師の少女か……。

 炎を操る魔術師は、争い事に駆り出され、敵を焼き尽くす。水を操る魔術師は火消しに重宝され、中でも凄腕の者は、怪我や病気を治癒する事さえ可能な神秘の力を操る者。

 しかし、魔術師は絶対数が少ない為、世間一般にその存在は余り知られてない。この片田舎の村民が、その価値を知っている筈がなかった。

 今はまだ魔術師の卵みたいなモノだが、それなりの教育を施し貴族に売り渡せば。

「……金貨三枚でどうだ」


【改正文】

「俺の娘は不思議な力を持っていてな」

そう話す男の視線の先には、地面に(うずくま)って震えている少女がいた。泣いているのか。

実の娘を自分の借金の為に売るような下衆だ。おまけにこの期に及んで薄ら笑いを浮かべている。営業スマイルのつもりか。こっちが金を取りたくなる素敵な笑顔だ。

「不思議な力、ねえ」

「信じられねえかもしれねえけどな、掌から火が出るんだよ」

「それは不思議だな」

魔術だ。一歩間違えれば大事故になりかねない力だが、大方この馬鹿は自分の雑用にでも使わせていたのだろう。そんな奴にこの娘の価値が分かる筈もない。

しかし、その話が本当なら――

「金貨3枚でどうだ」

この醜男の借金3倍でも安い。

それを聞いて、男の顔が潰れた。いや、これは笑顔だ。喜びすぎたショックで、丸めた紙くずに変化する魔術を習得したらしい。おめでとう。


【備考】

原文は説明過多である。魔術師が争いに駆り出される説明などはこの時点で必要ない。ここで書くべきなのは少女が魔術師で、希少価値を持ち、売られる場面だという情報のみである。ちなみに原文ではこの後に金貨3枚の価値について説明されていたが、どうでもいいので省略した。

大きく異なるのは売り手の男の描写。原文では歯牙にも掛けず、魔術師の少女のみに目を向けている。少女の価値を分からぬ男への軽蔑や嫌悪があるだろうと思い、改正文では描写を追加している。

余談だが、どうしても金貨の価値を説明したいなら『借金の3倍』のように短く分かりやすく例えることだ。読者は娘を売るほどの借金と見て、無意識に日本円で換算するので、それを引き合いに出すのが手頃で宜しい。




【原文】

 非常に不可解な話ではあるが、どうやら老紳士が運転する乗用車によって、私は轢かれてしまったらしい。誤解がないように、何故らしいが付いたのかを説明しなくてはならない。

 私は野外で活発に動き回る、虫取り少年のような存在ではなかった。いや、そもそも少年の時点で異なるのだが、性別の話はこの際どうでもいい。ともかく、私は俗に言う『引き篭もり』に近い人物だった。

 未読の本で構築された山。それを崩すように、中の一冊を取り出す。そして陽光で身を温めながら読書をする。職を探すことさえ忘れた私は、そうだ、家に巣くう癌細胞そのものであっただろう。

 さて、そんな私が如何様にして轢かれたのだろうか? 答えは私にも分からなかった。これが、らしいを付けた理由である。


【改正文】

未読の本で構築された山。それを崩すように、中の一冊を取り出す。そして陽光で身を温めながらそれを捲るのだ。職を探すことさえ忘れた私は、まさに、家に巣くう癌細胞そのものであっただろう。

そんな私に我慢ならぬと怒った両親の想いでも通じたのか、私は交通事故に会った。はっきり言うが、私は俗にいう『引き篭り』に限りなく近い暮らしをしていた。

両親が私の部屋に道路を建設したのかは分からないが、とにかく私は自室で読書をしていて、それからここで寝ている。その間の事は何も覚えていない。ただ“事故だ”とだけ聞かされたのだ。


【備考】

後半の描写は良いのだが、構成のバランスが悪い。

『非常に不可解な話』と始まるのに、その内容は老人の乗った車に轢かれましたというありがちな話なのがよろしくない。不可解なのは『引き篭りの私が事故に遭ったこと』なので、それが読者に分かりやすく伝わる文章でなければならない。

描写の順としては“私”が引き篭りである描写を先頭に持って来たが、これは読者に「この人は家から出ないんですよ」と暗に説明する意図がある。その情報が読者に入っていれば、「私は交通事故に会った」という文章だけでも不可解さ、奇妙さを感じて貰えるのだ。

もうひとつ、一人称ならではの描写として「それからここで寝ている」という文章がある。気を失うほどの交通事故に会った後に寝ている場所とはどこだろうか?書かなくても読者は察するものだ。むろん病院と明記しても構わないが、せっかく一人称なのだから、より唐突さ、訳の分からなさを表現するためにこう描写した。それまで一度も“ここ”についての説明がないので、読者は“ここ”がどこなのかすぐには理解できない。その感情は、まさに“私”が目を覚ましたときに“ここ”がどこだか理解できない感情と同一なのだ。

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