揺れるバスの中から
揺れるバス。イヤホンから流れる新曲。
平日の真昼間、長期休暇でも祝日でもない。今も友人たちは学業に勤しみ、その両親はせっせと労働に励んでいるのだろう。
バスは行く、田舎道を。バスは行く、高々千円で。
気がかりなのはテストだろうか。明後日の今頃には行われているであろう数学の。
まぁ別にいい。落としてもどうにかなる。
バスは行く。
空港での手続きを軽く済ませる。もう何度もしている作業。
いつもなら見る土産コーナーを無視してとっとと手荷物検査を済ませる。
そのまま待合所に座る。携帯をいじる。
見るのはゲームと、家族からの連絡。服やら靴の確認とかだ。
そのうち飽きて機内モードにした。何も考えたくなかった。
エコノミーの窓際。いつものように何もない土地の上空。
機内サービスのお茶を飲みながら外を見ていた。面白くもないがやることもない。
隣は空席。平日の昼間だ。
イヤホンからはバスで聞いたのと同じ曲。妙に今の気分を表していた。
世界に何も変化は無かった。雨でも降って、雷でも鳴って。地震でも津波でも起こって。これが俺の怒りだって悲しみだって叫べたらどんなに良かっただろう。
でもなんにもなかった。いつも通りに日常は進んでいった。
俺は空からそれを眺めながら、眠りに落ちた。
起きてすぐ着陸。キツい衝撃にももう慣れていた。
すぐに電車に乗り、新幹線のある駅まで向かう。これもいつものことだった。
何が楽しいのか。楽しそうに笑う爺さん達。
言葉もなく手でそいつらに詰めさせる爺さん。
それに従いながらも大声で、聞こえるように悪口を言う爺さん達。
それを無視して難しそうな本を読みふける爺さん。
叫びたかった。狂いたかった。発狂して、暴れ狂って、そいつらに殴りかかって殺してやりたかった。
何故お前らは生きていると、お前らが生きることを許されていると言ってやりたかった。
俺は何も言わず、目的地で電車を降りた。結局これが俺だった。
その後二つ電車を乗り継ぎ、着いたのは夜だった。次女が駅で待っていた。
「とりあえず周りに合わせればいいから。」
淡白で、常に空気を読んで。常に社会的な正解や勝利を追い求め続ける次女がそこにいた。
次女の車で実家へ向かう。
家の中は人であふれていた。大概の人は義務的なものだろうが。
部屋で着替え、下の玄関に降りる。長男の顔を装う。
「あら*****。今着いたの?」
「はい。流石に時間がかかってしまいました。」
そう何人かの親戚に答える。
親戚は家事をするかのようにてきぱきと動く。慣れているのだろう。
「じゃあ*****もお焼香上げてらっしゃい。」
「……後でいいですよ。」
そういったのだが、半ば強制的に行かされる。形式的に適当に済ませ、とっとと部屋に戻った。
爺さんが死んだ。父方の、いつも家にいた爺さんだった。
小さい頃遊びに付き合ってくれ、反抗期に普通に話せる数少ない家族。そしていつも笑っている爺さんだった。
部屋に戻って泣いた。居間には親戚が居たから。静かに泣いた。
そのあとで今回の親戚とのいざこざとかを聞いた。聞けば俺か親戚の娘かどちらが弔辞を詠むか。その程度だった。別の意味で泣きたくなる。人ひとり死んで、弔辞ごときで争って。
内孫の長男だから俺が読むのが一応の形式だとは知っている。ただ別にやりたいと言ってくれたらすぐ譲った。その程度だ。なのにそんなことで言い争うわけのわからない親戚。田舎の風習というやつだろうか。
結局なぜか弔辞を二人とも読むということで落ち着いたらしい。意味が分からなかった。俺が引くといってももう決まっていてどうにもならなかった。
なによりも、親や祖父が死んだ中でそんな滑稽な言い争いをしている連中に疲れた。
結果として俺は特に準備もしないまま適当に弔辞を述べ、向こうの娘さんは兄弟を引き連れて弔辞を述べて席に帰っていった。この数分間に爺さんの通夜に言い争う価値があったかは、今の俺にはわからなかった。
燃やされた爺さんは骨になり、家にまた帰ってきた。骨になるともうだれともわからず、ただの物質というしかなかった。
その骨が埋められる間もなく、俺はアパートに帰る。
いつものように適当な別れを済ませ、電車に乗り込む。
正直糞ほども納得のいかない結末。物語的には締めにもならない結末。
ただ人間強いみたいで、そのころには俺はほとんど立ち直っていたように思う。もしくは薄情で意地汚くて、人の同情を買おうとしていたのかもしれない。
イヤホンから流れる曲は心情を表していた。
ただそれを聞く俺の目から涙は流れなかった。