開始 【仲野雄大】 2
なんだこのふざけたページ。
夜中の3時、俺はまた自殺サイト巡りをしている。
誰か一緒に死んでくれる奴がいないか探しているが、これがなかなか見つからない。見つかってもただのいたずらだったり、幸運を呼び起こす数珠やこれを飲めばうまくいくとうたった命の水なる通信販売へ誘導するサクラサイトだったりしてコレというサイトは見つからなかった。
そんなことが続き、これといってやることもないのでたらたらと、たまたまネットサーフィンしていてたどり着いたのがこのサイト。
【ヒガイヨテイシャ】
どうせまたいたずらに違いないと思ったが、一応覗いてみた。
誘導尋問ゲームの果てにはきっと有料広告がでてくるただのいたずらだ。こんなどうしようもない質問に答えても、次のページへ行けばやはりまた通信販売系のサイトに繋がっているんだろう。
【YES】を押せばいいんだな。
この4つの中で一番しっくりきた『2』番を選んでクリックした。
画面が真っ黒くなり、次に紫色の字で浮かび上がったことばは、
『2』を選んだあなたに相応しい『死』は『歯』です。
『歯』の方法で殺されたい方は【お願いする】ボタンを。
殺されたくない方は【考え直す】ボタンを押してください。
*注意*
このボタンを押した後はもう引き返すことはできません。
殺されるのにお金は必要ありません。無償で殺させて頂きます。
よく考えてからボタンを押してください。
【お願いする】【考え直す】
アホか。こんなもん。
まず俺の名前も住所も何も知らないのになんで殺せるんだよ。頭の悪いガキの遊びか。付き合ってられん。
【お願いする】
迷わずクリックした。
画面は一瞬にして真っ黒になり、じじじっという音と共に真っ黒い画面に紫色の文字で【成立】の文字が浮かんできた。
そのあとに出てきた文字に俺は絶句した。全身に鳥肌が立ち、身体中の毛が逆立った。マウスを持つ手が震え、喉はカラカラになり、なんとか口の中に唾液を作り、こまめに何度も飲み込んで喉を濡らした。
【ヒガイヨテイシャ】
名前:仲野雄大
年齢:17
住所:東京都豊島区#110�
電話:LINE対応
職業:高校生(引きこもり)
趣味:ネットサーフィン
部活:所属無し
シニカタ:『歯』
本日より半年以内にシッコウ
取り消し不可
以上
【次へ】
ありえないことが起きている。
どこから漏れたのか個人情報が剥き出し。駄々もれ。
入力した覚えのない俺のプロフィールが画面に叩き出され、紫色に点滅している。
ブラウザの【戻る】ボタンを押してもブザーが鳴って戻れない。
反対に【次へ】ボタンが激しく点滅した。
ありえない。嘘だろ。マウスから手を放し、画面に釘付けになった。
まさかな。これはたぶんウイルスかなんかに感染してしまったんだろう。きっとそうだ。そうに違いない。知らないうちにどこか変なサイトに飛んでしまったんだ。
電源を落とそうにもどのボタンも反応しない。
【次へ】ボタンのみが点滅し、あとは何をしても無反応だ。強制的に電源オフにしようと試みてもできない。
マウスを動かし【次へ】ボタンの上にカーソルを合わせたが、変わらず規則的に点滅を繰り返している。
息を飲んだ。
動揺とは反対に興味はある。このボタンを押したらどうなるのか、先を見てみたい衝動にかられる。
まあ、これを押したところでどうなるはずもないだろう。たかがいたずら。なにかの間違いだとたかをくくっていた。小さく呼吸をすると右手に握っているマウスに力をこめ、人差し指に力をいれた。
『ご利用ありがとうございました。それでは、ヨイシヲ』
画面に叩き出された文字を機械的な音で読み上げられた直後、画面は消えた。
自殺サイトの検索結果が表示されている画面に戻り、今見たサイトを検索にかけてみたけどヒットすることはなかった。
「なんだよこれ」
額の汗を拭い時計を見るともう5時になろうとしている。もちろん今日も明日も明後日も学校は行かないから時間なんて関係ないんだけど、どっと疲れがでてきた。
気持ちの悪いまま、でも仕方なくパソコンの電源を切って熱くなった体を冷やすためエアコンをつけ、そのままベッドにもぐりこんだ。
♦
しかして2ヶ月間何も起きなかった。
とはいっても外出をしないんだから何かが起きるわけもない。うちの中にいるだけの毎日だ。
あのあと何度もサイトを検索してみたが、見つけることはできず、やはり悪質ないたずらだと思うことにした。
漏洩した個人情報は気になるが、そもそも俺の個人情報なんて誰が見ても興味はないだろう。
何も起こらないことで安心した俺は、日が過ぎるにつれてあのサイトのことなど忘れていき、いつもと変わりない毎日を過ごしていた。
そんな矢先、1通のメールが届いた。
『ユうダイサマコンニチハ。ハジみマシテ、カホル(加穂留) でス 。イキナリノメールデ ビックリシテ イルン ジャナイデしョウカ。オアイシテ ハナシタイ コトガアリマス。 ザ ・ パーク デ12ジニ アシタ オマチ シ テイマスぬ』
【次へ】
カタカナの羅列でひどく読みにくい。読むのもめんどくさい。それに、加穂留なんて子に覚えはない。学校にだって行ってないんだから友達なんてもんもいない。
またなんかのいたずらか。今度はアダルトサイトのサクラか。
俺の個人情報が独り歩きしていろんなところに出回ったってことか。
いい迷惑だ。
【次へ】
迷わずにクリックして、上がってきた写真に目を見開いた。
「まじかよ、この子かよ。まじタイプ」
おもわず椅子を後ろに引いてパソコンとの距離をあけていた。いくら画面の中といってもタイプの子が俺にメールをくれてることに少なからず緊張さしている。
口を手で覆って息を止めた。
画面に出されている女の子の写真は巷で流行っている40人からなるアイドルグループのセンターに立っている子にそっくりで、カメラ目線でこっちに笑顔を向けている。
「もろ、タイプ」
上半身しか写ってないが、黒髪に清楚な雰囲気。
しかし、俺がびっくりしたのはそこじゃない。
この加穂留という子の後ろに写っているもの、それは、俺の家。
そこを見て血の気が引いた。
「なんで俺んち」
画面が霞みだし、プチっという音と共に真っ暗になり写真も消え、またいつもの画面に戻った。
例のあのサイトの繋がりで間違いない。やはりあれは冗談なんかじゃなかったのか。
または、あの加穂留もまたあの自殺サイトを発見して一緒に死ぬ奴を探しているのかもしれない。
だとしたら、会ってみる価値はある。あんなかわいい子と死ねるなら、怖くない。
日曜日、12時に行って確かめてみよう。
話はそれからでも遅くない。
♢
日曜日の遊園地は人が多い。
天気もいいし、絶好の行楽日和だ。そして家族連れが大半を占めている。
俺は遊園地の入口で加穂留を待っている。時間は11時45分。時間まではまだある。
あの写真の通りだったらかなりかわいくて目立つ子が来るはずだ。そんな子が俺のことを知ってるなんてあり得ないし、そもそも加穂留みたいな子、学校でもうちの近所でも見たことがない。
そんなことを考えているとき、周りがざわつきはじめ、人混みができはじめているのが見えた。
有名人でも来たのか? 何もこんな日曜日に来なくても平日に貸しきってやりゃいいのに。
と、心の中でくだを巻く。表立って言えないから。
「ユウダイサマ、こんにちは」
「は?!」
俺の目の前にニッコリ微笑むあの写真の子、加穂留が立っている。
まじかよ。本当にこの子?
「お待たせしました。さ、入りましょう」
「は、え、あ、はい。あ、でも」
「チケットはもうありますので」
「そ、そうなんだ」
俺の後ろでは、なんであんな男が? とか、誰だよあのかわいい女の子。芸能人か? ざわめく声を聞きながらも俺の中では優越感にも似たような感情が沸きだしていた。
そもそも、いったいこいつはなんなんだ。
「いきなりのメールでびっくりしましたよね、ごめんなさい」
「いや、いえ」としか言えない。
「来てくれて、ありがとうございました」
「は、いや、こちらこそっていうか、そのなんだ」
「なんで私がユウダイサマを知ってるかってことですよね? 不思議に思いますよねやはり」
「まあ、そうかな」
んーと......と、困った顔をして人差し指を額に当てて考える姿にドキッとした。
この仕草はまるで本当のアイドルっぽいじゃないか。
今日の格好だってチェックの制服みたいなやつだし、可愛すぎるだろう。
何か話さないとよけい緊張するから、
「もしかしてあれじゃない? 例のあのサイト見た? とか?」
「サイト? えっと、ああ、そうです、そうです、そのサイトを見まして、ユウダイサマと同じキモチなわけでして、こうしてお逢いする次第になりまして」
「やっぱそうか。よかった。でもなんで君みたいな子がそんなことを思うの? しかもあのサイトってみつけられなくなってない?」
「はあ、それはあ、えっと」
考え込むように下を向いた加穂留に悪いことを聞いたと思い、いきなりこの質問はないよね、とりあえず何か乗る?
と、話題を変えた。
「お船に乗りたいです」
「うん、分かった。そうしよう」
「はい」
やべえ。なんだこの感じ。この無垢な感じ。周りの男どもの目も気になるが、加穂留と俺は既に一心同体みたいなもんだ。
こんな子と最期まで一緒にいたら幸せだろう。
「船、出ますよ」
「お、おう」
「船、好きなんですね」
「のんびりしてるし、楽でいいと思わない?」
「思います」
「だろ」
この感じ、この逆らわない感じがいい。居心地がいい。
「暑いですね」
「もう夏だしな」
「加穂留、ビーチパラソルの下で本を読んだりぼーっとしたり、海の中でパシャパシャするのとか好きです。ユウダイサマは何が好きですか?」
海の中でパシャパシャ?
水着着て海に行きたいんだろうか。
隣に座っている加穂留の体を頭から爪先まで食い入るように、舐め回すように目を這わせたが、横を向いて楽しそうに笑っているので俺がガン見していることに気づいていない。
この体に水着。悪くない。むしろ着せたい。
「あー、俺も海は好きだよ、いや、好きです」
「本当ですかっ! 一緒ですねっ」
「なんなら今度、よかったら行ってみない?」
「はいっ!」
「じゃ、場所は」
「行きたいところあるんです! そこでもいいですか? わあ! 新しい水着買わないとー」
新しい水着、まあ、行きたいところがあるならそこでいいか。探す手間も省けるし。どこに行ったらいいか聞ける友達もいないし。
「何色の水着がいいと思いますか?」
「え、色?」
色か、そりゃ白に決まってる。それも透けるくらいの素材のほうがいい。
「白とか似合いそうだよ」
「白ですか? はい、じゃあ白で探してみます。可愛いのあるといいなあ」
なんだか、楽でいいなこの子。
俺達は時間の許す限りのんびりと過ごした。
加穂留の手作りの弁当も食べ、この日俺は1円も金を使っていない。
全てを加穂留が出していた。
なんでここまでするんだろうか。でもまあ、楽だからいいか。