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最終

飛び起きた。頭を触り、頬を叩き、自分の首をしっかりと掴んだ。

「私......生きてる」

見たことのないベッドに着たことのないパジャマを着て、白いローテーブルは買った覚えすら無い。布団から抜け出し、ドアに向かう。白いドアはうちのものじゃない。でも、開け放たれたままのクローゼットには自分の服がかかっていて、置いてある物は自分のもの。ミラーに映る自分の顔はいつもと変わらない。

このドアを開けたらきっと答えが待っている。もしかしたら死んでいるのかもしれない。もしかしたらまだあの悪夢から逃げ出せていないのかもしれない。どうなってるんだろう。私はあの時、あの車の中で確かに......

唾を飲んで、ドアに力をこめた。


柔らかい日差しの中には二人の人がいて、楽しそうに笑いながら話している。珈琲の匂いが懐かしく感じる。トーストの焼ける匂いに心の落ち着く部屋の匂い。

この二人には見覚えがある。

「あっ、やっとお目覚め」

「おおおはようごございます」

「......」

「ああ、そうですよね、五日ほど眠り続けてましたもんね」

「まさかあなあなあなたが約束を破るとはおも思いもしませんでしたたたた」

「......」

そうだ、あの車の中で私はメールを打った。しかも、助けてくれといったメールを家族に送った。そこで車内が真っ暗になって、人の気配を感じて顔を上げたらそこには不気味な笑みを浮かべたキクカワの顔があって、それでそのまま首を鎌で......

「あはは。大丈夫ですよ。首、なんともないです」

「本当あれはきつかったたた」

「これどういうことなの」

「あなたが約束を破ったから、私たちみーんな本当に殺されるところだったんですよ。サトミさん」

「そう。あそこであなあなたが助けてくれとメールを送ったから、でででもそれは送られてなくて、加穂留にすすすすべて繋がっていてねねね」

「それで、あんなことになったの。でも、サトミさんには私たち助けられてるでしょ? だから、今回だけは特別に助けてくれたってわけ」

なんで? 何でこの人たちはこんなに笑顔で楽しそうに話してるの? もしかしてこれもまたなにかの罠だったらどうしよう。私が眠っている間に何かが起きていたとか。

「ああ、なるほどこうなるのか」

「でですね」

「サトミさん、もう私たちは無事なんですよ」

「アイコさん......でしたっけ? なんでそんなことがわかるの。もしかしたらまた仕組まれてるかもしれないじゃない」

「あのあと、加穂留とキクカワさんから全部」

「キクカワさん?! なによキクカワさんて。あいつらは私たちを殺そうとしたんだよ!」

「やだなあ、サトミさん、死のうとしていたのは私たちでしょ。それを手助けしたのがあの人たちで。ああ、厳密には、阻止してくれたってほうが正しいかも」

阻止してくれた? 阻止する?阻止って、なによ。


加穂留とキクカワは自殺希望者を探しだしては自分たちのところへ引っ張り出して、更生させるのがその仕事だということだ。そこで最初に私たちが行ったあの訳の分からないパークから既にプログラムが始まっていた。

どんなことをしているのかは詳しくは言わなかったようだけど、最終的にあのサイトへたどり着いた人たちにコンタクトを取ってあのよく分からない問題のところへ引き込む。

そこで選んだシニカタで自分が死ぬシミュレーションをさせて、死ぬことの苦しさ、自殺することの無意味さを私たちのように脳内で経験させて、目覚めさせて本当に死にたいかどうかの選択をさせる。

本当だったら私は殺されていた。でも、運よく助かることができた。

「ほんと、運がよかったんですよサトミさんは。じゃなければ今頃はあの女と同じでしたよ」

「あの女?」

「ほら、木にくくられてたのいたでしょ。あれと同じ運命を辿ってたってわけ」

山で見たあの女。ということは、私と同じことをしてああなったってこと?

私もああなる運命だったの?


毎朝することがある。

毎朝、お互いを監視した昨日の記録を加穂留にメールをすることだ。

殺さないかわりに報告をする義務が私たちにはある。これを一日でも怠ると、すぐにキクカワから連絡が入る。生きたまま死んだようなあの男に会うのが怖くて、例えひどい熱があっても連絡だけは入れるようにしていた。

それさえ守ればあとは自由。昔と変わらず学校へ行って、退屈な毎日を消化する。

登校して勉強して、昼になってお弁当を食べて、眠いのを我慢して午後の授業を受け、放課後になったらうちへ帰る。つまらない毎日が始まる。ただ変わったことと言ったら、アイコさんとユウダイさんと一緒に生活をすることくらいだ。

あの人たちがどこにいて、何をしているのかは謎だ。だれもそこのところについては話さない。


ただひとつ言えることは、もしも私たちじゃないほかの誰かがあのサイトへ迷い混むことがあったら加穂留とキクカワは必ず現れる。

そして、今の私たちのように逃げられなくなる。

私たちは今、お互いをお互いに監視していて、少しでも危ない行動をとれば即刻通報される。

でも、それも最初のうちだけだった。今では相手の顔を見たらだいたいの感情やなんかが分かる。

死にたくなる前に解決策を見つけることができるまでになった。三人とも同じ気持ちになり、同じ経験をしたことも仲間意識の繋がりになっているんだと思う。

それに、私たちは既に後がない。

この生活を続けていくほか進む道が無い。

これから先どうなっていくのか分からないけど、もしもまた死にたいと願えば、その時はあの殺され方で殺される。あの苦痛と恐怖を味わうなんて、そんなこともう二度とごめんだ。

そう思うと、今がどんなに苦しくて嫌でも生きていこうと思う。

だって、辛さはずっと続くわけじゃない。

雨はそのうち上がる。辛いと思っていたことも別に大したことじゃないって気づいた。いじめられていたりもしたけれど、そんなもん相手にしなければいい。人にどう思われるかなんて、そんなもん考えなきゃいい。

自分の人生なんだから、迷惑をかけない範囲で楽しめばいい。

それがわかってくると、自然と笑みが顔に浮かぶ。



「だから言ったのキクカワ、あいつらは助かるって。このグループは大丈夫。ちゃんと更生する。前のグループとは違う。よく分かった?」

「はい」

「一人で仕事ができるようになるには、あんたにはまだ早い」

「加穂留。僕はいつになったら」

「私がいいと言うまであなたは一人になれない」

「それじゃ、いつ僕はヒトを」

「私もあなたもあの人に拾われて助かった。自分の思っていることがこの先できるようになるなんて思わないほうがいい。最後のメールに書いてあった。今回の件では助けるのは僕の希望じゃなかったって。」

「いつまでも逃げられない」

「きっとね。それに、私たちはもう既に一度死んでるんだから、そう思えば楽よ」


いつも通り、私の腕に自分の腕を絡ませてべったりとくっついてくる。血の匂いがまとわりついているのもいつものこと。きっと、外にくくられているアレを喰ってきたんだろう。

私にバレていないと思って、こっそりと喰ってきた。

私の肩に頭を預けるキクカワを撫でながら埃の舞うソファーに背中を預けて天を仰いだ。

目に入ってくるのは崩れそうな天井。割れたガラスに乾ききっている血。

足元には死臭を纏っているかわいい犬たちが丸くなっている。

森に頭をつっこんだ車の中には柩が無惨な形になっていて、その中には血のついた布。その上に数頭の犬が同じように丸くなって寝ている。外は血だらけで、時折風にのって血の匂いと腐臭が部屋に入ってくる。木にくくられている女はほぼ息絶えているが、たまに思い出したようにぶるりと体を大きく震わせた。

(はらわた)が腹から引きずり出され、半分乾いている。傍らにはビデオを置いて、一部始終を録画している。これはあの人に送る分だ。

あの三人の今後もどうなるか、あの家の中には隠しカメラだらけだから、何をしているのかはすぐに分かる。

いつシッコウされるのかをワクワクしながら待っているあの人の性癖は耐え難いものがあるが、今の私があるのもあの人のおかげだから、黙って従うしかない。

あの人からの最後のメールはキクカワが受け取った。

あの三人の内の一人は確実に何かをしでかすから、そいつを殺せという命令だった。

それをキクカワに送ったのは、キクカワならなんでもすると分かっているからだろう。

今回は私はあの三人を殺さないと分かった上で、キクカワに振ったんだ。

しかし、それも私の中でだって想定内だ。

あの人の考えることは全て私の頭の中にある。だから、これくらい簡単に予想できた。

だから私はキクカワに殺すなと命令し、いつも通りに夢を植え付けることを強制した。

その後、笑いながら電話をかけてきたあの人に「約束と違う。あなたは私にココからいずれ出してやると嘘をついた。だから私も同じことをした」と言った。

しかしやはりたてついた私を許すことはなく、でも、それでもあの人の中ではゲーム感覚。

二週間に一度の連絡を毎日かかさずやれと言ってきた。それで誰も死なずにすむならこんな簡単なことはない。もちろんそれに乗った。

毎日させるということは、精神的にあの三人を参らせるということだ。それが魂胆だということは分かっている。

しかし、彼らはきっと乗り越えてくれると信じている。


キクカワの額に優しく唇を置く。

甘えるように顔を上げ、長い腕で私を抱き締めてくる。

頬を撫で、髪を撫で、キクカワの顔を両手で包み込んで、口の回りについた乾いた血を親指でなぞる。

そのまま顔を近づけて、イツモドオリにキクカワの唇に自分の唇を合わせた。

入り込んできた舌からは、やはり、イツモドオリに血の味がした。


昔、私もあの三人と同じように自殺サイトを巡っていた。

そこで、やはり同じようにあのサイトへ辿り着いて、同じようにあのパークで待ち合わせをした。

全て同じ。

今あの三人が住んでいるうちに住んで、監視下に置かれた。それが私が高校二年生の時。

いじめにあって、何度も死のうと思った。

でも一人じゃ死ねなくて、一緒に逝ける人を探していた。そこであの人に出会って、今の私と同じようなことをやられた。

死ぬのは怖い。

でも、いずれ来る死を受け入れて、それまでを楽しく生きてみる。そう決めた時から世界が変わった。

学校も変えて環境も変えて、性格も変えた。時間はかかったけど、考え方も変えた。そうすると見えてくるものが違って見えた。

私は私でやりたいようにやりたいことをすればいいって気づくと、他の人にどう思われようと関係ないと分かった。

あと50、60年後には今まわりにいる同級生なんかはきっとこの世にいない。そう思うと楽だ。そう思うと死のうと思うことの無意味さに気がついた。もう、遅いけど。

そこまで思い始めた時、あの部屋から抜け出せることができた。今はあの人の下で働いている。


死にたいと思っている人を助けるのが私の仕事。

キクカワも同じ道を辿ってきた。無口だけど、私には従う。

あの人に拾われた者はたくさんいて、その中には死んでいった者もいる。あの人に殺され者もいる。

もちろん、私に殺されたのも。

だから逆らえないのかもしれないけれど、私はキクカワとは家族のような関係で、自分の一部になっている。

しっかりと更生して自分を変えるのには時間がかかる。

何年もかかるときもあれば、何ヵ月かで変わるときもある。まだ若い、中学生高校生あたりをターゲットにしているのには理由があって、頭が柔らかい分考え方を変えやすい。

この時期に変えることができたら、二度と同じ道に迷い込むことはない。

あの三人は誰一人脱落することなくあの部屋を後にしてほしい。

この先はあの三人がお互いに助け合って進まなければ先へは行けない。

しばらくは注意深く観察し、安心できる範囲まできたらあとはキクカワに任せよう。


今日もまた仕事をしなければならない。

いつもと同じサイトへ入り、迷い込んでくるギリギリの精神状態の羊たちを見つけ、あのパークへ誘導する。

三人にゲームを進ませている間に切羽詰まっている新しいターゲットを五人見つけて、それぞれ裏も取った。

あとはシニカタをチョイスして、実行するのみ。

願わくば、近いいつかにはあのサイトを見つける人がいなくなって、自殺したいと思う人がいなくることを願って、今日も私はキクカワと共に......



新しいターゲットをどうやって殺そうか考えている。

例えどんなことを言ったって、

人を殺めることが、生まれ変わった私の本当の仕事なのだから。


【終】


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