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殺してあげる

『加穂留残念だよ。君が誘導したわけでもないのは分かっている。キクカワ君もまたしかり。今回はとても面白いものに仕上がっていて、クライアントにも受けると思っていた案件なだけに残念でならなイ。このゲームは僕達の負けだね。この感のいい女性は。いや、ただの運だけかもしれないけれど、この女性は他の人も救ったことになる。加穂留、君はまだ甘かったようだネ。でもいい。木にくくられている女だけは最後まで頼むよ。君にはまだここで働いてもらうことになる。だって、君は人選を誤ったんだからね。恐怖に慄き泣き叫び人としての本当の部分を見たかったんだ。あ、僕を恨まないでよ。僕はなーんにも悪くないからネ』


私はキーボードに指を乗せてぱちぱちと音をたてる。

それをキクカワはじっと見ていて、打ち終わると目を真ん丸くして私の目をじっと見る。

「キクカワ、そういうことだから、まだあんたは自由にはならない」

私の言葉にキクカワはパソコンを持つ手に力をこめる。みるみるうちに険しい表情になり、私を睨む。でも、私には何も出来ない。三人にむけて怒りを露にし、ナイフをチャッと音をたてて手に握った。今まで大事そうに持っていたパソコンは床に落とし、ガシャンと音をたてて小さくバウンドした。

キクカワもまた私がここから去れば自由に人を喰らうことができると思っていたんだろう。

「おまえらさえ」

ナイフを持つ手を一度振り、空気をビュッと慣らして構え、一人に狙いを定めた。


「キ ク カ ワ」


ドスの利いた私の声に一瞬びくりと肩を震わしたが、一歩前に、三人に向かって歩き始めるより先にキクカワの喉に銀色に輝く鋭い刃を押し付けた。

「殺されたいの?」

固まる体にだんだんと青ざめる顔。

落ち着きを取り戻していったキクカワはナイフを力なく床に落とした。

「わるい。でも、俺は......喰いたいんだ」

「こいつらはダメだと言ったでしょう」

「約束と......」

「私たちとあの人との約束なんか、無いものと思いなさい」

「......」

「これはこれは失礼しました。

それではみなさんには最後のチャンスをお約束します。

サトミサマに感謝してくださいね。サトミサマのおかげでみなさん、助かるんですから」

最後のチャンスとは、とても簡単で単純なことだ。

三人が一緒に住むこと。それだけ。

週間に一度、それぞれがそれそれで私に相手のことを報告すること。

「なんだ、そんな簡単なこと」

「そうでしょう」とても簡単なこと。

「でも」

そんな簡単にするわけがないじゃない。それじゃ何も面白くない

「みなさんはまだまだ私の監視下に置かれているということです。つまり」

より有益な情報を持ってきた者にはその都度ポイントが入り、自由になるためのチケット代金になるということです。

「自由になるのに金が必要なの?」

「金じゃない。そんなもの必要ありません。ポイントです」

「つまり、私たちはまだ自由になれなくて、もしかしてまた自殺なんかをしようと考えて、サイトを検索したりしたらすぐにバレるということ?」

「このグループは本当にサトミサマに感謝してください。

その通りです。みなさんはお互いにお互いを監視し、少しでも怪しい動きをしたものがいたらすぐに私に連絡をすること。

その真偽をこちらで確認し、正しかったらポイントを、もし、相手を陥れるための罠だったら」

一発でシッコウです。全員まとめて。

みんなの見ている前で、アナタニ見せたシニカタで。静まり返る部屋に聞こえる音は何一つない。

「よろしいでしょうか」

わたしの問いにはイェスかノーで答えればいい。

「私たちは、自由にはなれないの? 今まで住んでいたうちに住めないの?」

「イェス、ノーで答えればいい。

はい。それに、そんなことにはなんの問題もありませんよね」

「おおおおれ、ニートだかだかだから」

「一番簡単じゃないですか」

「私、大勢と住むのはちょっと」

「みなさん、どこまでバカなんですか? みなさんの命を握っているのはこの私なんです。わたしの言うことは絶対、提案じゃなく、強制。簡単なことです。やるのかやらないのか、それだけ」

「私はいいわよそれで。まだ生きてるならそれでいい。それに、それしか選択肢がないなら、考えることもないよね」

「その通りです。それではサトミサマはアチラへ」

キクカワが立っているのはこの部屋から外へ出るための扉。

白い扉の前に突っ立っているキクカワの顔は土色に変わり、目のところは窪んでいて影になっている。

躊躇することなくサトミサマは小走りでそちらへ向かい、私の方を振り返ることすらしなかった。

「さあ、次は?」

残る二人はサトミサマの後ろ姿を目で追って、キクカワが持っている紙にサトミサマが何かを書き込んでいるのを無言で見つめている。

このあと本当に助かるのかどうかを見ているんだろう。

バカな人たちだ。

白い扉を開けるとまばゆい光が細く、そして徐々に太く部屋の中に入り込んできた。一言二言キクカワと話をすると、そのまま二人は外へ出て行った。入ってきた光はいつの間にか消え去り、また変わらぬ部屋の空気に戻る。しばらくして帰ってきたキクカワは何事もなかったかのように扉の前で立つ。

「なんだよここここれ。なななにもない」

「ございません。サトミサマは私共の契約にサインをして外へ出られただけ」

それならと残りの二人も我先にキクカワの元へ走る。押し合うように、最後に残らないように必死になっている。

二人ともこの部屋から出ていくと、私は一人きりになり、ぐるっと一度部屋の中を見回した。何もない部屋。パソコンが無造作に転がっているだけ。その中の一台を手に取るとやはりメールが一通届いている。もちろん、差出人はあの人で、内容は見なくても分かっている。いつもと同じだから。いつもと同じ内容だけど、今回もまた同じように開いておく。中身は見ない。開封にしたあと、パソコンを投げ捨て、外へ通じる扉へ歩いた。

扉に手をかけてぐっと押したと同時に、パソコンに一通のメールが来た。でも、そのメールを読むことなく私は外へ出た。

バタンと車のドアを閉めると、バックミラーで後ろに座る三人を確認する。

「やだ、こんなに広い車なんですから、みなさんそんなくっついて座ることないんですよ」

真ん中にぐっと集まって座っている三人の顔は真っ青で、真っ正面を見てガチガチに固まっていた。

「それでは、行きましょうか。キクカワ」

「はい」

エンジンをかけると体に心地よい振動が走る。

森の中にひっそりと佇むこの家は、外見は古くてボロボロ。

森の中に頭を突っ込むように無造作に止められている霊柩車には見覚えがあるだろう。

滑らかに動く車の横には狼のような犬が何頭もうろうろしながらついてきて、もちろんこの犬にも覚えがあるはずだ。

そこら辺に腕や脚が散乱し、それらをくわえている犬や、既に骨と化しているものもある。

一本だけ太く大きな木には人が大の字にくくりつけられていて、血だらけだがまだ息がある。時折体をぶるりと震わせる。その度に腕や頭に止まっているカラスが羽をばたつかせる。生きたまま、つつかれていた。そんな光景を見たら、動けなくなるのも無理はない。三人はガチガチに固まり、何もかもを見ないように真っ直ぐ前を見て、両手の拳はぎゅっと握りしめている。

「みなさんの荷物は足元に置いてあります。あのパークへ行ったときのまま、そのままの形で置いてありますので、どうぞ中身をご確認くださいね」

一斉に鞄に手をつっこみ、最初に取り出したのは携帯電話。電源を入れ、震える手でメール画面を開く。でも、心配ない。電源は入っても通じなくなっている。ここは電波の届くところじゃない。それに、変なことを打ち込めばすぐにワカル。

車内が真っ暗になって何も見えなくなると、小さく悲鳴が上がった。

「加穂留!」

「サトミサマ、みなさん、大丈夫ですよ。しばらく暗くなりますが、安心してください」

この場所を知られるわけにはいかない。

だから、ココを抜け切るまではこの三人には真っ暗な中でいてもらう。この暗闇から出た時にはきっとこの中の一人は約束を破っているだろう。そして、後へ続けと三人とも同じことをするかもしれない。できたら、そんなことはしないでほしいと願っている。

耳をつんざくような叫び。

ドアを開けようとガチャガチャと音をたてるが、開くはずがない。ロックを解除しようとしても、こちらでコントロールしているのだから外れるはずがない。

そのうち血で指が滑り出し、シートも血で真っ赤に染まり、足元は血と肉でぐちゃぐちゃになりはじめ、声が枯れるまで泣き叫ぶ。

車内に光が差し込んで、状況を飲み込めるようになると更に恐怖におののき始める。目の前には頭の無い死体。

頭は何かで切り裂かれ足元に転がり、切断された首からは止めどなく血が吹き出している。手にはしっかりと電話が握られていて、画面はまだ光っている。

残った二人は落ちている頭を自分から遠ざけようと蹴り、ボールのようになった頭は無惨にも蹴り続けられて、その度に肉の潰れるズシャッという音をたてながら血を吹きだしている。

「やはり、約束を破る方がいたんですね。残念です」

「加穂留! 私は約束を破ってない!」

「おおおおれも」

「だから、ここから出してよ! ここから出たい!」

「お二人は約束を守っていただいているようなので、そうですね、こちらとしても約束は守りたいんですが、でも」

「でも、なによ」

車内に白い煙。運転席、助手席には仕切りが入り、その仕切りを叩く二人の目には涙が浮かび、煙を吸い込まないように手で口を覆っているけれど、それも時間の問題。力任せに叩いているけど、開くことはなく、ただ真っ赤に染まるだけ。そのうちに煙のおかげで二人の意識はなくなってきて、


『こうなるのはこちらも計算済みなんです』


私の声を聞きながら、深い眠りに落ちていくだろう。

目が覚めた時にはきっと。



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