加穂留とキクカワの仕事 2
『羽』のシニカタは、一番むごい。
生きたまま木にくくられて、鳥に突かれる。
いつしか死んで体にガスがたまって膨れると、体中の肉は外に飛び散りたくて更に脹れ、空気のたくさん詰まった風船を先の尖った針で突くように、ひとつきで簡単に爆発する。
だからこっちとしてもそれはそれですごくいい金になる。
いい獲物を絞りこむのは大変だけれど、対価はそれなりにいい。精神的に追い込まれるけれど、見返りは充分なほどだ。
キクカワは楽しんでそれをやった。獲物が確実に死ぬまでその場で観察し続けなければならない。
一部始終をビデオに録り、経過を逐一報告する。
それでもキクカワは目を離すと獲物に近づこうとする。近づいて生のまま喰らいつこうとする。
だから、その都度私はそれを止めなければならない。
そうしないと、契約違反になる。
あの人との契約は絶対だ。破ることは許されない。今までにも数人約束を破って、知らぬうちに忽然と消えていった人たちがいる。
その時になるとだいたい毎回キクカワは姿を消している。
きっとあの人に呼び出されて、考えたくないけれど、恐ろしいゲームの駒と化しているんだろう。
だからキクカワは私が何回もダメだと言っても、獲物に近づいていこうとする。
ターゲットはなにかひとつ違うところがあったほうがいい。
例えば今回のように鬼畜な奴ほど最期の画が素晴らしいものになる。
その対象になる人間が変わっていれば変わっているほど、金になる。
でも、そんな金さえも......
私たちの手元に入る金さえもあの人はうまくコントロールしている。どのくらいで私たちが満足するのかをしっかりと計算している。
結局私たちは......
いつらとなんら代わらないゲームの駒でしかない。
「キクカワ、ほら、早く起こしなさい」
足元に転がるユウダイサマやサトミサマ、アイコサマを見下ろし、横にいるキクカワに目で合図する。
躊躇なく水を浴びせるキクカワは嬉しそうで、私はそんなキクカワを見て、全身に鳥肌が立った。
氷水を頭から体中にホースでかけられて起きない人はいないだろう。
三人とも何が起こったのか分からないというばかりに左右を見回し、状況を飲み込もうとしている。
「加穂留」
「サトミサマ、おはようございます」
もう一度仕事用の笑みを作り、顔に浮かべると、私は『加穂留』になる。
「わたし、知ってるこの人。だって、確か見た気が」
「おおおおおおおれも知っててててる。え、何ここれ」
「なんで」
三人が三人を知っているのには意味がある。
お互いにお互いを見ているんだから。
知らないわけがない。
「加穂留、どうなってんのこれ。私たちって死んだんじゃ」
「サトミサマ、加穂留がそんな残酷なことするわけないじゃないですかあ。
そんな風に思われてたなんて、加穂留、悲しくて泣いちゃうかもしれませんよぉ」
「だって」
サトミサマは思い出したように咄嗟に自分の腕を見て、そこに何もないのが分かると恐怖に陥った目で私を見た。
同じようにユウダイサマは全身を触って確認し、アイコサマは節々を触ったり、服をめくりあげて爆弾がついていないかを確認した。
「やだみなさん。加穂留のことそんな目で見ないでくださいぃ」
「じじじじじじじぁぁそのそのそのとととと」
「ユウダイサマ、落ち着いて」
「その隣のキクカワが」
キクカワの名前を出したユウダイサマに続き、残りの二人もようやく私の隣にいるキクカワに視線を送る。
「こいつっ、何であのとき私を助けなかったのよ!」
「サトミサマも落ち着いて。なぜキクカワがサトミサマを助けなきゃならないんですか? また勘違いして分かってないようですけどキクカワは私のものなんですよ。サトミサマはキクカワがお好きなようでしたが......でも、わたしのモノなんです。アイコサマも少なからずお好きでしたね」
サトミサマとアイコサマは睨み合い、お互いにお互いを探っていて、顔から体から髪の毛から足から、自分の方がいい女だということを認めたくて、相手を上から下まで舐めている。
面白い。
そんな人間の汚い部分を見るのが本当に楽しい。
特に、究極の立場に立たされてもなおそれをする女は一番面白い。
だいたい、大したことのない女がそんなことをしている。この二人も例外じゃない。この画もキクカワに録らせよう。高く売れるはずだ。
「みなさん」
みなさんは自分がどうなっているのか不思議で仕方がないと思うんです。
ですからここで加穂留がすべてをお話ししますね。
皆さまは一様に自殺希望者でした。
いろいろなサイトを巡り、最後にたどり着いたのが私のサイトだったんです。
サイト名の通り、みなさまのご希望通りに最後には殺して差し上げました。
多少の苦痛を伴いましたが、確実に死ねましたよね?
「いかがでした?」
「いかがでしたって? ふざけんなお前、あんな苦痛を感じながら死ぬなんて聞いてない! 腕切られてじわじわ苦しみながら死ぬなんて......あんなむごいのなんて」
「サトミサマ、いつ加穂留が苦しみを伴わない死をお約束しました?」
「だってそれは......」
「していません」
「にしてもももも、俺だってあんなししし死に方」
「私だってあんな残酷な死に方なんて聞いてないし」
「ですから、あれはみなさんが選んだシニカタなんですよ。最初に選択したじゃないですか。
あれが全てです。みなさんに合ったシニカタを加穂留一生懸命考えたんですよぉ。加穂留に責任をなすりつけるなんて、最低です」
ほらね、もごもごしだしてぎこちなく隣りを伺っている。
このグループはみんな同じだ。死にたいと言うくせに、思っていたものと違うとこんなことは聞いていないと文句だけは言う。口だけだ。
「死ぬことは苦しいことなんですよ。もう、お分かり頂けたと思いますけど」
「ほら、だから痛くないのって言ったら例えば睡眠薬を飲んで眠ったままとかあるじゃん!」
「サトミサマ、薬を服用で死ぬのだって苦しいですよ。飲み過ぎたらまず呼吸ができなくなって喉をかきむしって苦しさにもがきます。
しばらくその苦しみが続いて失禁して、それからじゃないと死ねません。どっちみち......」
自殺で死ぬのって、とてつもなく苦しいことなんですよ。
「ですから、自分の人生を自ら決めずに最後まで全うした人にはそのご褒美として、苦しまずに眠るように死ねるんです。だから昔から、『ちゃんと全うに生きなさい。人の道を外れることなく、人を陥れることなく、正直に、誰にでも優しく、困っている人には手を差し伸べ、自分に甘えることなく、しっかりと前を向いて胸はって生きなさい』って言われているんですよお。
人間、いや、全ての動物はそういうふうになっているものなんです。それをあなたがたは放棄したのですから、シニカタを選べるだけでも有難いと思っていただかないと。加穂留、そのお手伝いをしてあげただけなんですからあ。むしろ、喜ばれる存在なのに」
「キクカワ」
「はい」
キクカワは三人の前にパソコンをそれぞれ投げ捨てるように置いた。
こいつは機械の扱い方をわかっていない。人間も機械も同じものだと思っている。
三人がそれぞれ見ているものは、自分以外のシニカタ。
そこに自分がいなければ、客観的にみられる。
人間とは残酷なもので、自分以外の人間が残酷なシニカタにあっていても、どこか違う次元の話だと思い込むふしがある。
でも、最後に自分が出たとしたら。
「ただ、だ、ちょちょちょこれって私?」
「俺もいるるる」
「私も」
「サトミサマ、ユウダイサマ、アイコサマ、その通りです。今みなさんがご覧になったのは、それぞれのシニカタなんですから。そして最後にご覧になるのがご自分の死にざまです」
凍り付く空気は張りつめていてぴんと張っている。はさみでふわりと触っただけでも切れそうでぞくぞくする。
「これ、見たくない。見たくなんかない。あんなこと、見たくないし。見なきゃダメなの? だって、見なくたって頭の中にちゃんと残ってる」
「サトミサマ、見なくても結構ですよ。だって、既にもう体験していらっしゃるじゃないですか」
「......」
「夢でですけれど」
「夢で?」
「そうです。みなさんの頭の中に残っているご自分の記憶は、全て加穂留がつけたものです。
みなさんと初めて会ったあのパークを覚えていらっしゃいます?
皆さんとお会いしたあのパークで、そこでみなさんは何か飲み物だとか食べ物を口にされましたよね?
あれ、申し訳にく......くもないんですけど、お薬が入っていましてね、みなさんはそのまますやすやすやすやと。で、今ここにいるんです。
残念なんですが、皆さまはまだ死んでないんです。
これからなんです最期を迎えるのは。
というのは、今までみなさんにお見せしたシニカタでよろしいかどうかという最終確認をしなければならないんです。これで宜しければ、今すぐにでもシッコ」
「まままままま待って」
「はい。なんでしょうかユウダイサマ」
「これさその」
「ああ、お気に召さないということですね」
「そそそう」
「ですので、隣りにいらっしゃるかたのもお見せしたんですよ。もしご自分のがいやな場合、隣のかたのシニカタと変えることができます。トレード? できますから」
三人が三人を伺って、今見たそれぞれのシニカタを思い返している。
パソコンを操作して戻して内容を確認したり、そんな無駄なことをしても意味がないのに、人間極限までいくと、なにか小さいもの、藁でもつかみたい思いで一生懸命その答えを探そうとする。
「かかかか加穂留」
「はいユウダイサマ」
「俺まだ生きてるんだよな?」
「ええ、残念ながら」
「私も?」
「はいサトミサマ、サトミサマも残念ながら生きています」
「死んでないの?」
「はい、本当に残念ながらみんな生きています、アイコサマ」
そう、そのほっとした顔。三人とも安堵の表情。
れを崩したい。
それじゃあ。
「みなさま、これで宜しいということでしたらそろそろ」
「「「待って」」」
「何か嫌な予感がしますが一応聞いておきましょうか。何かご用でしょうか」
「加穂留」
「はい、ユウダイサマ」
「これ取り消したい」
「取り消したい? またご冗談を」
「なかったことにしたい」
「何を今更」
「俺等、間違ってたから」
「ですから今更です」
「お願い加穂留。私たち考え直すから」
「みなさま勝手すぎます。加穂留がどれだけの時間をかけて用意してここまで持ってきたのかご存じですか? それはそれはもうほんっとうに」
「お願い加穂留! 最後にもう一回」
「加穂留、ちょっと」
「何キクカワ。今話しているのが分からないの?」
私に耳うちしたキクカワに私は少しびっくりした。
ちゃんと覚えていたから。この次にやることをちゃんと覚えていた。
そして、しばらくここからいなくなっていたと思ったら、ちゃんとその準備をしていたから。いつもだったら私の命令無しには動けないのに、今回はちゃんと動いた。
「加穂留?」
「ああ、そうね、分かった」
まさか聞き返されるなんて思いもしなかった。
「加穂留。私たちが悪かったから。だからお願い」
「アイコサマまで。アイコサマは一番死にたがっていたのに」
「お願い」
ここまで来て死にたくないって言っても。三人は死にたくないって言うけれど、はいそうですかってなるわけがない。
「問題がなければ、ユウダイサマから逝きますが」
「ななななななんでだよ。なんで俺」
「最初でしたから。加穂留のサイトに来たの、ユウダイサマでしたから」
ユウダイサマは左右を見て、お前が先に逝けよとでも言いたさげだけど、何も言えない。
それはそうだ、この男には女に強く言えないという弱いところがある。
だから船の上で”見た”キクカワは私に虐げられる無惨な自分”に映った。
隣りにいるサトミサマはユウダイサマには何も言えない。
この女は男に弱いから。強がって一生懸命に背伸びをしているけれど、実際、経験なんて全く無い。わざと強がって自分をプロテクトしている。そうじゃないと自分のコンプレックスに押し潰されてしまうんだろう。
だから、劇場で”見た”キクカワは自分の好きな男に映り、私を引き合いに出して優越感を得たかった。
アイコサマは無関心だ。
この女は自分にしか興味がない。人がどうなろうと自分さえ良ければそれでいいというタイプ。
それに、しっかりと自分を”見ていない”から、今そこに存在していてもどこか遠くの方から自分を見下ろしている。そんな錯覚の中で生きている。
だから、自分が生き残る為なら、私も、そして好きになりつつあったキクカワでさえも殺そうとした。
そして、究極の状況に陥ってようやく”自分の中の本性”思い通りにいかないとキレるという本性を露にした。
「そんなに死にたくないんですか」
間髪入れずに『死にたくない』という言葉が三人の口から飛び出す。
壁にかけてある大きいスクリーンには『羽』のシニカタで死んでいったあの女の映像が流れ続けていて、三人はちらちらとそちらに目を向けては、恐怖に震える目で私に訴えかけてくる。
ああなるのが嫌なんだ。
今はまだ生きていて、死んでいないということを実感した今、生きたいという新たな気持ちが沸き上がってきているんだろう。
生きたくて仕方ない。必死の形相とはこういうもの。三人が三人とも同じように本当の恐怖を感じている。
でも、私には触れられない。触れる距離まで来ていても私に触ってくるものは誰一人いない。見ても触ってもいけない、死神とでも思っているんだろう。
ただただ、死にたくない。お願いだからと懇願していて、見ていて虚しくなる。
この中には本気で死のうとしていたのはいないということだ。ただなんとなくそう思っていただけなのかもしれない。それなら、
「加穂留おねがい。私たちなんでもするから」
「私たち?」
「そう、この男の人も、この女の人も、もちろん私も」
「それって、サトミサマだけそう思っているんじゃありませんか? 本当はみーんなまだちゃんとした気持ち、あるかもしれませんよ」
「俺はない!」
「私も」
「本当に?」
最後の頼み、最後の望みの細い糸が目の前に降りてきたら、無我夢中で掴む。
私だってそうだった。だから、この三人の気持ちは痛いほど分かる。
「みなさんは私のこれまでの労力を無駄になさるおつもりなんですか?」
「だだだだだだから、ななななんでもするから」
「待って! この男が言うなんでもには『死ぬこと』は入ってないわよ!」
「そそそそ、そう。サトミさんだっけ? 彼女の言う通りで、死ぬ以外でなんでもするから」
「勝手なことばかり言うんですね。こうなるグループは久しぶりです」
以前のグループの中には、死ねたと思っていたのにまだ生きていたと、私の胸ぐらをつかんできた奴もいた。
同じことをもう一回経験させるのか! 役立たずな奴め! と、罵声を浴びせてきた奴もいた。
でも、今回のグループはまだ見込みがある。それだけでも私の気持ちは楽になる。
「ひとつだけ助かる方法があると言ったら、みなさんはどうします?」
すぐに答えはでてこない。今までのことを考えたらそれなりに深く考えてしまっても仕方ない。また何かやられるんじゃないかって。
「最後のチャンスをくれるってこと?」
最後のチャンス。
「サトミサマ本当にありがとうございます。
その言葉を待っていました。というよりも、こんな簡単にその言葉が聞けるなんて思ってもいませんでした。その通りです。最後のチャンスを差し上げます。」
サトミサマはやはり感がいい。
この中の誰か一人でもその言葉を言えれば、違う道を出してあけることができる。
これもあの人の約束のひとつ。こんなに早くそのことばが聞けるなんて、正直びっくりした。
このグループはサトミサマに感謝したほうがいい。
この言葉を言えないばかりに、恐怖に怯えて泣きながらこの世からドロップアウトしていった奴等がたくさんいる。
私の肩からも力が抜けた。どっと疲れがでてきた。
「加穂留」
キクカワがパソコンを私の前に差し出し、メールが来たことを知らせた。
差し出し人名は、あの人だ。
でも、私の気持ちはもう揺さぶられたりはしない。