『破』のシニカタへようこそ 2
ついに自由だ。
私は天上の世界に召され、そこで永遠に生きることだできるんだ。
この体が無くなるその瞬間は、一体どんなものなのか。どういうふうになるんだろう。長年考えてきたことがようやくかたちになる。
「アイコサマ、これを」
四角くて小さな黒い箱が四つ。その両端にはマジックテープがついていた。
加穂留は器用に私の両ふくらはぎと二の腕に装着した。それが取れないように、鍵をかけた。用意周到だ。脈拍計かなんかだろうか。
本当に死んだのかを確認するものなのかもしれない。そんなことしなくても、望んでそれを受け入れるのに。
犬が唸っている。
「アイコサマ、どうぞ、外をご覧になって」
外?
言われた通りに外を見て、度肝を抜かれた。先程キクカワが運んでいった荷物は、どうやら人の死体だったようだ。羽根が辺りに散乱し、食いちぎられたモノは茶色く変色しているが、不自然に折り曲がった指から腕だと予想できる。
キクカワは霊柩車のボンネットに座り、たばこを吸っている。
ひとつの腕に何頭もの犬が群がり、さらに細かく引きちぎられる。
体から取り外そうと食らいついたまま顔を左右に振って肉を引きちぎろうとしている犬もいる。
その場に座り、べろべろと舐め回している犬もいた。
その側にキクカワがいて、ビデオカメラにその様子を撮り始めた。
一歩引き、加穂留の様子をちらりと見たら、無表情でその光景を眺めていた。
時おり、手だけでキクカワに録るべき場所を指示し、このなんともいえない独特な臭いになど興味がないようだ。
臭いがきつくて、何度も喉元まで込み上げてきたが、それをどうにかこうにか胃に押し戻した。
「それではアイコサマ、お逃げください」
「は?」
「犬に食い殺されるのがお嫌でしたら、ここから逃げてください。もちろん、ここにいて頂いても構いません。うちの中のほうが安全ですから」
「犬に食い殺されるの?」
「いいえ。本当はそうじゃないんですが、キクカワがまた間違えてしまいまして」
「またってなに。何を間違えることがあるの」
「ああ、この前にも、アイコサマの前にも失敗してるんですよ。あいつはいつも失敗ばかりする。なにもできない奴。思い込みばかりが激しくて、誰にも相手にされてない。私はアイコサマをほかの被害者たちとは違うと感じていますので、一瞬の痛みもないように破裂させようと考えていたんですけど、あのバカが見事にそれを邪魔しましてね」
「どんな邪魔をしたっていうの? 痛くないのに越したことはない」
「一番重要な装置をあいつはどこかへやってしまったんです。いつもそう。肝心なところでミスをする」
死ぬのはいい。嫌じゃない。でも、犬ごときに食い殺されるのはごめんだ。
もっとこう、穏やかに、眠るように逝きたい。
「アイコサマ。きっとアイコサマは静かに痛みを感じずに眠るように逝きたいって思っていますよね。でも、シニカタを選べるのは、
最後の最期まで頑張って生きた人だけなんですよ。
人の道をそれずに、人を陥れずに、真っ直ぐ前を向いて、正しい道を歩んだ者のみに与えられるんです」
そんなこと、聞いてない。最初に言ってくれたら。
「アイコサマにはその資格はありません。むしろ楽しみにしているようですので、酌量の余地もありません。ささ、お逃げください。犬が来ますよ」
窓の外にいたキクカワはいつの間にか窓のすぐそこまで来ていて、中の様子を伺っている。
犬はその後ろから着いてきていて、玄関でくんくん鳴き声を上げていた。
こいつら本気だ。逃げなきゃ。逃げないと本当に犬に食い殺される。
でも、私の足からは血が出ていて血の臭いがついている。これじゃ逃げきれない。
こんなところでこんなシニカタ、嫌だ。
このサイトは間違いだった。私はもっとこう眠るようにきれいに、何も分からないままに逝きたいのに。
次。
次のサイトを探そう。こいつらはゲームをしてる。ビデオも回しているし、もしかしたらアングラで取引でもしているのかもしれない。
そんなゲームの駒にされるのはごめんだ。
何か囮になるもの。逃げる時間を確保できるもの。
加穂留はきっと何もしてこない。私が犬に追われて逃げるのを楽しみに見るに決まってる。
こいつ、私と同じ部類だと思ってたのに。手のひら返したようにいたぶってくる。
私は咄嗟の機転がきく。今までもこの頭の回転の良さでいろいろな局面を回避してきた。今回も大丈夫。
考えるのと同時にすぐ横にあった写真たてを床に投げつけて割り、ガラスの破片を手にすると、目の前にいた加穂留に切り裂かかった。
きゃっと小さく悲鳴を上げた加穂留は数歩後退り、距離をとる。
取らせない。
あんたを囮に私はにげきってみせる。理不尽に殺すのならば、私はここから逃げてやる。加穂留の腕から真っ赤な血がつーっと手首の方へ伝う。
もう少し、あと少しどこかに傷をつければ犬は間違いなく加穂留に飛びかかるはずだ。
加穂留は少し戸惑った表情で私を見ていて、傷をつけられた腕に手を当てた。
ガラスの破片をぎゅっと、自分の手は傷つけないように握り直し、加穂留の顔を目掛けて走った。
無表情で私の目を見ている加穂留に不気味さを感じ、身体中がぞわりと音をたてた。
あと少しで加穂留の顔にガラスが刺さるその距離まできたとき、ガラスを持っている右腕に強い衝撃を受けた。
動かなくなる腕。
キクカワがいつの間にか部屋の中に入って来ていて、私の腕をつかんでものすごく恐ろしい目付きで睨んでいた。
「っはなっ」
放せ!
と、言い終わらないうちに私の体は宙に浮き、砂ぼこりで茶色く汚れた壁に叩きつけられた。
背中を強く打ち、呼吸ができない。
ガラスの破片をジャリッと踏みにじんで歩く靴音。
キクカワの黒い靴がすぐそこに見える。
起き上がり、壁に背中を押し付けた。逃げられない。
キクカワの足が腰まで上がり、私を蹴るんだか踏みつけるんだかわからないけど、とりあえず痛め付けられるのは覚悟した。
「キクカワ!!」
目をぎゅっとつぶって覚悟を決めたとき、加穂留がキクカワを呼び止めた。
そのことばにキクカワは黙って従い、加穂留の元へ戻り、加穂留の腕から流れる血を拭き取り、ポケットから汚れた包帯を出して、素早く巻いた。
私と加穂留は睨み合ったまま。いや、睨んでいるのはむしろ私。
加穂留は......
加穂留は、冷たい目で私を見下ろし、笑っていた。
身震いをひとつすると、玄関のドアを爪でがりがり引っ掻き、体当たりしている犬に気付く。
やばい、早く、早く逃げなきゃ。
加穂留を囮にする計画は一瞬で崩れ去ってしまった。キクカワが近くにいるかぎり、加穂留には傷をつけられない。
私に残された道は、ここから逃げ出すことしかない。
こうなるなら車から降りなければよかった。
待って。そうだ、
車に乗り込んでしまえばいいんだ。確か鍵はつけっぱなしだった。
棺だって外に出されているからあの車の中には誰もいない。
あの車までたどり着ければ、私は助かる。
勢いよく立ち上がり、手近にあったものや本を加穂留とキクカワに投げ付けて、細長い金属のスタンドを掴み取り、ぶんぶん回しながら家の中のもを壊した。
玄関に向かうと奇声を発し、玄関のすぐ外でうろうろしている犬を威嚇。
玄関を蹴り破って外に出ると、まず近くにいた犬めがけてスタンドを振り回した。
間一髪で避けた犬は遠くに走って逃げ、数頭それに従って森の中へ消えていった。
残る何頭かは距離を保ち、低いうなり声をあげて足を踏み鳴らしている。
迷わずスタンドを振り回しながら車の方へ一歩一歩近づき、犬が四方から襲ってこないかをじっくりと確認した。
「あなたが一番最悪でした」
後ろの方で声がして、加穂留が外に出てきたのが分かった。でも、私を捕まえるよりも、私が車に乗り込むほうが早い。
「加穂留にけがをさせた人、アイコサマが初めて。そんな人じゃないって思ってたのに、とっても残念。それに、キクカワが私の命令無しに自分で行動に出たのも、これが初めて。私、久しぶりに怒りの感情が湧いてきました」
言ってろバカ。
私だって本当に天上の世界に逝きたいんだ。犬に食い殺されたら意味がない。
五体揃って死なないとまったく意味がない。だから何があってもここで死ぬわけにはいかない。こんなところでくだらない死に方なんてしたくない。
これじゃ話と違う。
力の限りにスタンドを振り回し、バカみたいに近寄ってきた犬に当たってギャンと鳴き、足を引きずるように加穂留の方へ逃げて行った。
「加穂留の犬、傷つけないでください。許さないですよ」
耳をつんざく破裂音のあと、視界が真っ赤になった。
ガクンと崩れ落ちる体に自分でも驚いた。脳みそがこの状況についていけていない。
だって、足に力が入らない。右足にぜんぜん力が入らない。いつもとは違うバランスに左足はどうしたらいいのか分からない。
不自然に膝が曲がり、前のめりになる体。両手を地面についたとき、不自然な理由が分かった。
右足、膝から下が無い。
足元には真っ赤な血が流れていてどんどん広がっていく。
肉の破片が辺りに散乱し、生臭い臭いが自分の鼻に届いた。
血の海の中に、四つん這いになっている私がいる。
不自然なもので、無い足を見た途端に何かがおかしいということが脳に伝わり、流れでる血を止めようと、着ていたジャケットを脱いで足に巻き付けている自分がいた。
足首から下は原形を留めていて、手の届かないところに転がっていた。
悲鳴とも雄叫びとも取れる奇声は私の喉から出ていて、それでも車に乗り込もうと這って車まで進む。
スタンドに当てられた犬は、びくびくしながらも近づいてきて、のろのろと口を開いて足首をくわえると素早く走り去った。
「くそっくそっくそっ」
あの犬、戻ってきたら殺してやる。
「アイコサマ、なんて聞き分けの悪い」
「うるさいうるさいうるさい! こんなところで死ぬわけにはいかない!」
「まだ分かってない。アイコサマが望んだことなのに。私がアイコサマの命を掴んでいるといってもいいくらいなのに。感謝されてもいいくらいなのに」
「うるさい! 黙れ! お前に私の命をどうこうする資格はない」
「ひどい変わりようですね。あんなに望んでいたことなのに。なんでそうなるんでしょうか」
「知るか!」
「やはりアイコサマもメッセージ、見ていないんですね」
「不自然に変換された文字を組み立てればシニカタってやつが書いてあるんでしょ。そんなことくらい、とっくに分かってた。でも、これじゃない」
「御存じだったんですね。そのことについては申し訳ないと思ってますが人生には予期せぬ出来事が組み合わさっているじゃないですか。これもその一部」
「こうなるなんて思ってなかった。もっと安らかに、楽に逝けるものだとばかり思ってた」
「そんなわけないじゃないですか。そんなに甘くないんですよ。分かっていてここへ来たのなら尚更ですね。それに、頭に血が上りすぎてなぜ足が無くなったのかに気づいていらっしゃらないのですね」
なぜ足がなくなったか?
はっと息を飲んだ。
痛くない。
私、足無いのに痛みを感じない。
それに、加穂留の手に握られている黒いものは、私の足と腕につけられている物の、
「起爆装置です」
「そんな」
「加穂留、アイコサマは気に入っていたのでなるべく痛さや苦しさを伴わないシニカタで逝かせてあげようと思ったんです。
でも、どうやら違ったみたい。加穂留のこと傷つけたの、アイコサマが初めてで。
しかも加穂留の犬、殺そうとして殴ったでしょう?
もう、許せないっていうか。痛さは今はもう感じませんよね? 加穂留、アイコサマをとーーーーーーっても気に入っていたからあ、痛さを感じなくするお薬入れたんです。あの紅茶に。そんなことしなきゃよかった」
あのスイッチさえ手に入れたら。
「ですからあ、頭にきちゃったので、いたぶっちゃおっかな」
何がいたぶっちゃおっかなだ。逃げきってやる。ここから逃げてやる。
腕に付けられている爆弾に目を落とす。こんなもんさえなきゃ、どうとでもできる。取り外せばいいだけだ。
腕につけられたものを取り外そうとも力を入れてマジックテープを引っ張るがいっこうに外れない。同じように足についたものも取ろうと力をこめて引いたり回したりするが、ぜんぜん取れない。
「そう簡単には取れませんよぉ」
そうこうしているうちに殺気だった犬が距離を詰めてきている。
落としたスタンドを咄嗟に手で掴み、構えた。犬はその場で動かなくなり、よだれを滴ながら低く唸っている。
車のドアに手を伸ばし、体をずるずると引きずり背中をドアにピタリとくっつけた。うまい具合にスタンドが杖がわりとなり、立ち上がれそうだ。
痛みを感じないのだけが救いだが、血はどんどん溢れ出す。
このままじゃ遅かれ早かれだが、こんなところで死ぬよりはずっといい。あの狂った女と男に殺されるくらいなら、車走らせてどこか違うところで。
腕につけられた黒い爆弾がピピッと音をたてた。
「くっそ」
無理矢理体を起こしてドアを開け、お尻から車に乗り込んだ。もちろん血まみれになったスタンドも忘れずに中に入れて、ロックした。
音がシャットアウトされ、外と完璧に遮断された気持ちになる。犬はここぞとばかりにドアに飛びかかり、ワンワンと吠えたてる。
キーはやはりついたまま。急いで回すとなんなくエンジンがかかった。
しんと静まり返った車内に響くのは自分の呼吸音とドアに隔てられて小さくなった犬の吠える声。
エンジン音の心地よい震動は安心感をもたらすが、そこで重大な問題をみつけてしまった。
車なんて、運転できないし。どうやったら車が動くのか、どれを操作すればいいの?
「ですからあ、その車、運転なんてできないでしょぉ? 諦めて、出たほうがいいですよぉ」
「バカ女が。誰が出るか! こんなところでお前らに関わっているほど私は暇じゃないんだよ」
「ひどい言い方。加穂留はアイコサマを思ってやってるのに」
「聞こえてるの?」
「だって、私の車だもん」
なんで声、聞こえてるの?
そういえば棺の中に入っていた時もキクカワに声が伝わっていた。
「アイコサマあ、でてきてくださいよぉ。じゃないと加穂留ぅ」
一か八かだ。
見よう見まね、記憶に残ってるのを頼りにブレーキペダルを踏み、ギアをDに入れた。
ブオンとうなり声を上げた車は走らない。
なんで動かないの?
もう一度アクセルペダルを踏んだら更に大きな音をたてて唸った。
前に聞いたことがある。思い出して、昔の車ってどうやったら動くのか。
なにか、なにかするはず。サイドブレーキ。そうだ、サイドブレーキをなんとかしなきゃいけない。
ダメだ、目がかすむ。
痛みを感じないから分からなかったけど、足からはおびただしい量の血液が流れ出てる。
「ほら、アイコサマ、早く逃げないと」
滑らかに動き出す車。
なんだ、けっこう私できる。ハンドルを持っている手に力が入らない。ハンドルは勝手に動いていて左足だけでペダルを踏んでいるから体が安定しない。
車は前に進んでいて、遠ざかる加穂留の声、光、音。
これでやっとここから逃げ出せる。このまま眠るように死ねたら。
「そう簡単にはいきませんよ」
加穂留の声が頭に響き、はっとして目を開けた。
「やだ、何ここ」
真っ白い部屋の中。壁に張り付けられている。目の前の壁は一面鏡。
両手両足を張り付けられている私が映っているけれど、右足が無い。
肩で呼吸をして、なんとか落ち着けようとしても、脳はそれを拒否していて、目玉は意思とはうらはらに左右に小刻みに揺れる。
「ありえな」
「えるんですよぉ」
「なに......す......るの」
「んーと、何回も言ってますけどシッコウ?」
「やめ」
「ません」
「これじゃない」
「ある意味すごいですね、この状況で発狂しなかったのって、アイコサマくらいです。あ、あとはまぁ、いっか」
「キクカワ」
「はい」
チャッと音がして、そこに目をやると、キクカワが黒くて細長い物を持ちながら現れた。
ライフル。あれで私を撃つんだ。あれで私、撃たれるんだ。
「やめ」
「ませんってば」
心の準備もできないままに放たれた銃。白い煙を上げて加穂留とキクカワの顔を霞ませた。
左腕が軽くなった。そして、熱い。
ガクンと落ちる左肩、音をたてて流れ出す血。目の前の真っ白い床に飛び散った大小さまざまな赤い水玉。
鏡に映る自分の左腕は真っ赤で、
真っ赤で、
真っ赤で、
更に音をたてて肉の塊がぼとりと落ちた。
そこに無い腕を動かそうと脳みそは指令を出すけれど、体から切り離されたそれに届くはずがない。
耳をつんざくような爆音に気づいたのは、鏡に映っている自分が泣き叫んでいる様子を見たときだ。
自分の口から発せられている。
顔は血まみれでどろどろ。鼻水によだれまで垂れ流し、醜さを露にしている。
目の前の真っ白い床にはいつまでも飛び散っている赤い水玉。
肉の塊がぼとりぼとりととめどなく落ちる。腕が転がっていて、その上に血が落ちる。
悲鳴をあげて白目をむき、自分の意思とはうらはらに目玉は左右に小刻みに動く。体は見たことのないほどに痙攣をしはじめた。
加穂留はビデオを回しながら口笛を吹いた。
直後、一頭の犬が尾を振りながら中に入ってきて足元に座る。
口の回りをべろべろ舐めながら、尾をぱたぱたと振っていた。次に何が起こるのかなんて、そんなの考えなくても分かる。
悔しくて悔しくて悔しくて涙が出た。
「いいよ」
加穂留の命令に犬は立ち上がり小走りに私の方へ来る。
「っざけんなこのバカ犬! 来るな! 来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな!」
一瞬怯んだ犬だが、私がここから動けないことが分かると、のんびりと腕のところまできて、臭いを嗅ぎ、血の流れ出てているところを音をたてて舐め始めた。
頭の中の何かがブチンと音をたてて切れた。
張り付けられた体を激しく揺さぶり、音をたてて壁に背中をぶつけた。
何回も。
何回も。
何回も。
許せない。
こいつらみんな、許せない。
鏡の中の私は鬼のような形相で犬を睨む。
笑っている加穂留とキクカワを涙を流しながら睨む。
どうにもできない状況を怨む。
右腕と左足に取り付けられている爆弾が憎らしい。
どうせこの二つも爆破させられるか、キクカワの銃で頭を撃ち抜かれるかのどちらかだ。
痛さを感じない自分にも腹が立つ。
痛さを感じることができたらきっと、失神してもう意識はないだろう。
でも、今の私は冷静すぎる。
死ぬ瞬間をこうやって、自分で分かりながら死ぬんだ。
望んだこととはいえ、こうなるなんて思わなかった。
目の前で伏せる格好で私の腕に食いついている犬。
それをビデオにおさめる加穂留。
銃を調べているキクカワ。
全てが憎らしい。
こんなやつらとコンタクトを取った自分が一番怨めしい。憎らしい。
バカだと思った。
涙が一粒白い床に流れ落ちたとき、ビデオを持った手を下に向けて、真面目な顔をしてこっちを眺めている加穂留と、銃口を下に向けて目をまん丸くしているキクカワと目があった。
こんな自分に心底腹が立つ。
死ぬときなんて綺麗なものじゃない。ぐちゃぐちゃになるんだ。とくに、私のように自ら望んだ場合。
「キクカワ」
「はい」
加穂留はビデオを床に捨てるように落とし、代わりに手のひらを天井に向けた。
そこへ、迷うことなく銃を乗せたキクカワ。
「アイコサマ、それ、本気ですか?」
「本気?」
「いまのその気持ち、本心?」
「くそ…………」
「わかりました」
待って。
なに。
まさか。