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刃完

「サトミサマ、

サトミサマのシニカタは『刃』です。

本当ならばあの劇場でひとつずつ、そう、頭や腕、脚、手首と切られていくはずだったんですがあ、こちらのミスでそれができなくなりました。よって、違うかたちのシッコウ方法を試みます。

こちらが悪いので、極力痛みを伴わない方法。

眠りに落ちるようなかたちでシッコウいたします。

だから、安心していて大丈夫。ただ、逃げられないように、処置だけはさせていただきます。たまにいるんですよぉ。その時になって、やっぱやめたとか言っちゃう人」

「やめてよ。そっちの不手際ならこれなかったことにしてよ。あんなサイト二度と見ないし、死にたいなんて言わないから。それにほら、私だって本気じゃなかったわけだし。だから」

「サトミサマは暇潰しに生きてらっしゃるんでしょう? だったらここでいなくなっても問題はございませんよね。どうせみんな遅かれ早かれ逝くんですから。って仰ってましたよね」

「でも、人の手にかけられるのは嫌」

「だから、加穂留、メールでこうなるとお知らせしましたよ。それをちゃーんと見てくれなかったサトミサマが悪いんです。メッセージに織り込んで、こうなることお知らせしましたよぉ。思い出してくださいね。あ、加穂留、女の子には優しくないんで、考える時間は与えませんけど。でも、加穂留、悪くないもん」


「いったい!!!」

手首が熱くなった。息を飲み、目を見開いた。真っ白い入浴剤の入った浴槽に落ちる赤い玉。ポタリと音を立て、小さい水しぶきを上げて落ちる。ピンク色に変わる湯の色。すぐに白く戻って、何もなかったように静まる。手首に視線を戻すと、真横に一筋の赤い線。

呼吸が早くなる。くるしい。クルシイ。苦しい。手首に力を入れると涌き出る血液。咄嗟に力を抜いた。滴り落ちる血液は連続的に白い湯に垂れ、ピンク色に染めた。

「きれい。桜みたい」

加穂留の言ったことばで全身に鳥肌。

喉を鳴らし、切れている手首を浴槽の縁にこすりつける。

「キクカワ、何回言ったらわかるの」

加穂留の低い声に私の隣に立っていたキクカワがビクリと震えた。

「手首を切るときはどう切る? 私、百回くらい言ったけど? 怒らせないで」

「わかった」

手に握りしめられている血のついたナイフを自分のシャツで拭き、

私の腕を......

手首の真ん中にぶすりと刃を突き刺し、そのまま一気に、縦にまっすぐ、手首から肘の前腕部分を切り裂いた。

上がる悲鳴は壁に反射し、聞くに堪えない音になり自分の耳に入る。

縦に赤く線が入り、手首のほうから順に溢れ出す真っ赤な鮮血。

加穂留は一部始終をビデオにおさめようとしていて、キクカワは震えながらナイフを落とし、肩で息をしながら力なく宙に視線を送る。

だらだらと流れる鮮血は、道を知っているかのように浴槽へと流れ、白と混ざりあって溶けていく。

「そうよ、どうせなら、縦に切り裂かなきゃ」

気持ちが悪い。脈打つ感覚が全身に響き、それに伴いリズミカルに血が滴る。

痛みと気持ち悪さとが混ざり、下っ腹がむずむずして尚更、焦る。

「大丈夫ですよ。眠るような感覚になりますから。痛いのは最初の切ったところだけです。あとは、大丈夫。痛くない」

ビデオを回す加穂留ほ楽しそうに私の周りを回り、手首をアップにしてり、引いて全身を撮ったりしている。


気が遠くなりそう。叫んでいる自分を上のほうから見下ろしている私がいて、このまま意識を無くしたら絶対ダメだって分かってる。

でも、そんな気持ちとはうらはらに意識は遠ざかるのを望んでいる。

いつの間にかキクカワは部屋を出ていて、どこにも姿は見えない。

肩で呼吸をする。その度に血は流れ出る。毒々しい真っ赤な血液。

おかしい。とってもふわふわしてる。

暖かさは感じないけど、なんだかとても気持ちがいい。

相変わらず自分のことを真上から見ている私がいて、湯船の中でもがいて叫んで、気をおかしくしている自分を不思議に思った。

湯船はピンク色からだんだん真っ赤になっていき、『わたし』がもがくたびにその腕から血が流れ落ちる。

よだれを垂れ流し、涙、鼻水を撒き散らし、縛られた脚をばたつかせている。

その度に、確実に血液が溢れでる。それを傍らで見ている人がふたり。

あぁ、そうか。加穂留とキクカワだ。

無理矢理この場に引き戻されたキクカワが胸の前で手を組んで、顔を左右に小刻みに震わせながら何かをぶつぶつ言っている。

加穂留は楽しそうにビデオを回し、叫び狂う私を弄ぶ。

こんな地獄絵図、望んでいない。


『望みましたよお』


幻聴でも聞きたくもない甘ったるい加穂留の声が耳の奥にするりと入り、こだましていて、横を見れば、そこには、誰も、誰もいない。

眼下で繰り広げられているソコにしか人はいない。

下にいる『わたし』は、泡を吹き始め、白目を剥いて痙攣し始めた。暴れる度に赤く染まった湯は流れ、辺り一面を真っ赤に染めている。

湯の色が茶色く変色したのはきっと......

それを加穂留は楽しそうに見ていて、大きく体を2度ほと揺さぶると、『わたし』は頭をがくりと垂れ、動かなくなった。流れ出る血液だけはあいかわらず湯船に落ち、そこを一際赤く染めていた。

指先がまだぴくぴくと動いているから、かろうじて息はあるんだろう。

でも加穂留は執拗に追いかけ回す。

つまり、動かなくなると『わたし』の頭を叩いたり、揺さぶったりして、現実に引き戻そうとする。


でもね、わたし、もう、ソコにいないよ。だから、痛みも感じない。ただ、傍観者のように、まるで他人事。


ソレ、本当にワタシ?


そのうちに力尽きた『わたし』は、縛り付けられてだらりとした血まみれの腕だけを残して、浴槽の中に沈んで行った。

頭が少し見えている程度で、あとは全て赤い水の中に浸かっている。

どんなに揺すっても叩いてもだらりとした肉の塊を確認すると、ようやく加穂留はカメラを止めた。

傍らで小さく丸まってうなり声を上げているキクカワに冷たい視線を落とすと、自分の額に光る汗、そこにまとわりつく髪の毛を腕で拭いとった。

肩を上下にして呼吸を整えると何かことばを発した。

でも、ワタシにはなんて言ったのか、分からなかった。

声が薄れてきて、目の前が霞んできたから。ただ、痛みも不快感も何も感じない。においも感覚も、なんにもない。

目の前に両腕を伸ばしてみた。真っ白く透き通っている。爪も長く延びている。指を曲げようとしたけど、力が入らない。

眼下に目をむけた。右目にはワタシの腕。左目には加穂留とキクカワが映る。

あぁ、目玉が左右で違う動きをしているんだ。キクカワは震えながら立ち、フラフラとした足取りで三脚のようなものを準備していた。

加穂留は煙草に火をつけて灰をワタシの沈んでいる浴槽の中に落とした。

腕をくるりとひっくり返してみた。切られたところはどうなっているんだろうって思って。

そこにはやはり赤い線が縦にすっと入っている。でも痛くない。

視界が霞み、なにも、かんがえられなくなって......

ざーって音だけが辺りに響い......

あぁこれが......で.....終わりなんだな......って、思っ。



「キクカワ、ほら、最後までちゃんとやんなさいよ。これから3週間、記録しなきゃならないんだから。こいつがこのあとどうなるか、カメラに収めなきゃ金にならないんだよ。震えてないで、仕事しな。結局、テープ変えるのはあんたの仕事なんだから。カメラににおいとかうじがつくのが嫌ならビニール被せるとか、なんとかしなよ」

「おおおおおおれだけ、ここに?」

「当たり前じゃない。あたしは他にやることがある」

「ややだだよ」

「なに言ってんのよ、コイツが溶けて骨と皮と髪の毛だけが浴槽に沈み込む様子を映すまでが仕事なんだから。

仕事は仕事でちゃんとやりな。人間スープになる様を残すの。あんたがシナリオ通りに動かなかったからこうなったのよ。自分の失敗は自分でなんとかしなきゃ。べつにい......飲みたきゃ我慢しないで飲んでいいのよ。そのところもちゃあんと画に収めるのなら、好きなようにして、いいのよ」

「それなら」

「全部はダメよ。次私の言うことを聞かなかったらどうなるか分かるわね」

「木にくくられている女のようにされる」

「生きたまま鳥に喰われたい?」

「いい」

「二度目はないわよ」



何かがプツリと音をたてて切れた。と、同時に鮮明に映る世界はクリアで視界は果てしなく遠くまで見える。暗闇でも昼間と同じように見える。

きっと、魂が体にあるとしたら、さっき聞こえた音は、完全に体から引き離された時の音なのかもしれない。

雑音もない。無音の中に私はいる。

のむ?

飲んでいい?

わたしを、のむの?

私を、飲む?

このまま私の体が放置されたら、間違いなく二週間ほどで肉は半分は溶け落ちるだろう。更に2週間したら浴槽の下に溶け落ちた肉や皮膚や崩れ落ちた骨などが沈み、湯は茶色く濁り、そこに虫が湧き、ひどいにおいになって、どろどろの人間スープになるだろう。

『わたし』の形は無くなり、『モノ』と化す。

でも、今ここにいる『わたし』は、下にいる私とは別人だ。

わたしは、どこに行けばいい?



あれから1か月後、『変なにおいがする。それに、虫も湧いているようだ』

という苦情により部屋の中に現れたキクカワは、マスクで口元を覆っていて、前髪は不自然に伸びていて、表情は読み取れない。

しかし、彼が来るのをわたしはここで待っていた。

わたしはここで、過去の自分が朽ち果てていくのを毎日眺めていた。

肉が骨からずれて音を立てて沈む。

体内に溜まったガスが腹の中で爆発し、その拍子に浴槽の中の湯が溢れて茶色く濁ったくさい液体が壁に撒き散った。関節は外れ、骨がごとりと音を立てて沈む。

髪の毛だけが湯の上に浮かび、縛られていた手首はそこから真っ二つに腐り、浴槽の中に沈み落ちている。

でも、ソレはわたしじゃない。だって、わたしは今、ソレの頭上にいて、ビニールの服を着て手袋をして、マスクをしているキクカワを見下ろしている。

浴室に設置されていたビデオを、慣れた手つきで持ってきた箱につめ、浴槽の中に浸かっているわたしに手を合わせた。


『なんで? わたしは、ここにいるのに』


キクカワは手を合わせた後、手袋をはめたその上から腕がすっぽり隠れるような黒いゴムの手袋をはめた。

そして、

浴槽に浮かんでいるわたしの髪の毛を掴んだ。

それをゆっくりと持ち上げる。虫がぼたぼたと落ちる。溶け残った肉の破片が糸を垂れる。額が見え、半分溶け落ちた目玉がぶら下がっているのを用意してきたカメラにおさめた。

『ひどい』

更に高く持ち上げると、そげおちた鼻が、見えたと思った直後、ジュルっと音を立てて頭蓋骨と頭皮が分離した。

キクカワの手元にはずるむけた頭皮とそれにくっついている髪の毛だけが残り、

頭蓋骨は泡を立てながらのんびりと沈んでいった。

最後に『ゴトリ』と頭蓋骨が浴槽の下についた音が聞こえた。



それが、わたしの最後の記憶となった。


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