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『刃』にシニカタへようこそ 2 

......頭が痛い。

.........体、重い。

軽い。いや、熱い。というか、体が熱くて節々が痛い。更には喉も痛い。

何か飲み物が欲しいけど声を出す気力もない。それに、瞼が重たくて開けられない。変な気分だ。

例えるならばプールに入っているような、ぬるいお風呂に浸かっているような、兎に角、水の中にいるようなそんなかんじだ。

違和感を感じ始め、重たい瞼を押し上げるように無理矢理開くと目に入ってきたのはタイル張りの白い壁。

一面に水滴がついていて、時おり脳天に垂れてくる。

目を左に向ければ銀色に光るシャワーがある。

視線を下に落とせば、そこには白い風呂桶と白い椅子。

反対側を向けば、横に長く鏡があって、濡れている髪が顔や額や首や肩に張り付いている私の顔が映っていて、化粧までしてあった。

自分でする化粧と違うので、見たときは一瞬自分が自分じゃないと思った。

チャプンという水の音を聞き、下を向けば、そこは......

風呂の中。

真っ白い入浴剤の入った風呂の中に浸かっている私がいた。

手も足も動かないが裸なのは分かる。一糸纏わぬ姿。

左右の足首は何かで結ばれ、固定されている。

どんなに動かしてもびくともしない。離れないようにきつく固く風呂に張り付けられるように縛られていた。

風呂場のまん中に置かれているバスタブ。この中に私はいる。

両腕はバスタブの縁にがっちりと固定されている。

バスタブに穴が開けられていて紐が通され、そこに自分の腕が固定してあった。

状況が飲み込めずなんとか体を動かしてみるが、ぎっちりと固定された腕は動かない。

縛られた足を上げたり、体に近づけたりしてみるが、バスタブから出られることはない。出ていくのは溢れでた白いお湯のみだ。

「なにこれ」

どうなってんの?

確ショーを見るために劇場にいたはず。でもそこからの記憶が曖昧で、思いだせない。

そうだ、加穂留とキクカワだ。あいつらだ。あの二人がおかしな話をしているのを聞いたところまでは覚えている。


「お目覚めですか、サトミサマ」

「だれ? 加穂留?」

ビデオカメラを片手に加穂留が現れた。

真っ黒いシルクのような胸の大きく開いたセクシーなジャンプスーツに髪の毛はダルめに後ろでまとめている。

ゴールドのピアスが揺れ、真っ赤なリップを塗った唇は不気味につり上がっていた。

パークで会った加穂留とはぜんぜん違う。

今目の前にいる加穂留は大人びていて、雰囲気も何もかもが別人。

「加穂留、なに、これ。なんなの、どうなってるの」

「やはりみなさんそれしか言いませんねえ。考えられなくなっちゃうのでしょうか。サトミサマだけでなく他の方々もご自分で望んだことなのにその場になるとそんなことを言うんです。『なにこれ、どうなってるの。やめて』って。でももうやめることはできません。というわけで、なにこれの答えですが、はい、シッコウの準備をしています」

「シッコウ?」

「はい。今日この場所でサトミサマはシッコウされるんです」

「なんのなんのなんのシッコウ。シッコウって何の話?」

「やだあ、だってぇ、加穂留、ちゃんとメールもしたしぃ、おうちにまで行ったりしたじゃないですかあ」

うちにまで来た?

思い出した。やっぱりあれは間違いなく加穂留だったんだ。

キクカワの言葉も思い出した。

確か劇場でもそんなこと言われた気がする。

なぜ死にたいとか、私はそうは見えないとか、なんでそう思うんだみたいなこと、言われた。

「あのサイト、あれって本当に、本物だったの?」

「はい」

「嘘だ」

「だから、サイトの中で何回も確認しましたよ。それでも先へ進んだのは、サトミサマでしょ?」

「あんなもん、ただのいたずらかと思った、それに、なんかカタカナばかりの変なメールで」

「最初に書いてあったこと覚えてます? 遊び半分では覗かないでって。というよりも、サトミサマ失礼ですね。加穂留が一生懸命書いたのにぃ。変なメールとか、心外。ちゃんと読んでくれたらこうやって死ぬっていうことが分かったのにな。加穂留だってこんなことしたくないんですよ」

「したくないならやめてよ、なんにも、なんにもなかった。あのメールの中には、何もなかった!」

「シッコウは今から1時間後ですからね」

「ふ、ふ、ふざけんな! こんなことが許されると思ってんの! 早く、早く出せ! 出してよ」

「またまたあ。冗談ばっかりぃ。本当にシニタイからあのサイトを覗いたんでしょう」

あのサイトを覗いたのは、ほんの出来心だった。どっかの馬鹿がお遊びで作ったくだらないサイトだと思った。

でも先へ進むたびにおかしなことが起きて、自分の個人情報が上がったり、加穂留から送られてきた写真に自宅が写っていたりとあってはならないことが起こった。

だからその真相を確かめるために、あそこへ行ったんだ。

どこのだれだか見てやって、それでもんくのひとつも言ってやろうと思って。

でも、そこに現れたのはキクカワで、けっこうタイプで、それで私は。

嘘。私もしかしてはめられた?

加穂留の話し方や格好だってさっきとぜんぜん違う。

「サトミサマ、学校ではみーんなと一線引いてクールな感じで気取ってますよね。で、みんなからなんて呼ばれてるか知ってますぅ?」

「学校での私のことなんて、あんたが知ってるわけないじゃん。なに、言って」

「私はあなたたちとは違うのよ、あんたたちみたいな子供じゃないの。それなりに経験だってあるんだし......とか?」

「......」

「あはっ。ズバリ当たってましたあ? やっぱりそんなかんじですよねえ。ただぁ」

こいつにそんなこと言われる筋合いない。

なんでそんなことを。

「強がってますけど、人一倍やさしくてもろいですよね。だからクールぶってえ、わざと強く見せてる。

とか? で、経験もそーんなに、無い? 的な? でも、今更そんなこと、言えないー。むりむり。だからちょーっと男の子に優しくされちゃうと、免疫無い分、クラーっとふらついちゃう。みたいな? とりあえず私は特別だって思いたいタイプですよね」

「ちょっとまってよ」

「わたしみたいな子、ちょー扱いやすいーとか思ってませんでした? 実は自分がこんなタイプなの、わかってなかったりして?」

恥ずかしくて顔が真っ赤になってるだろう。でも、くやしいけど、言い返せない。

「ぜんぜん反対なんですよお、サトミサマ。分からないことは知ったかぶらないで分からないって言わないと。私やり込めてます態度とったってね、そんなメッキ、分かるひとにはすーぐ分かっちゃいますよ。高校生のワタシにだってね。もったいないことです」

「あんたたち高校生なの?」

「勘違いバカ」

「なにそれ」

「みーんながそう思ってますよお。サトミサマのクラスメイト? お友達がいればの話ですけど。みーんなそう思ってるんですってよ」

「うそばっかり言わないで」

「うそじゃないですよ。加穂留、嘘は嫌いですから」

「あんたに、あんたにそんなのがわかるわけないじゃん」

「分かるんですよ。うふふ」

「なんで、なんで分かるの、ありえない。何も知らないくせに」

「はい、知りません。何があったのかなんて何も知りませんけど、どんなことにでも壁はあってね、壁にぶち当たったらそこでどうしたらいいのか考えればいいのに、サトミサマはそこで諦めて自分の周りに殻を作っちゃったでしょう。友達がいないのは、そんなことしてるからなんですよお。自分から行かないとお、上から見ちゃったりしたら誰だっていい気はしないっていうかあ」

「そんなこと言われたくない」

「だから、そこですよ。蓋をしないで、聞きたくないことこそ耳を傾けるべきなんです。そんなことの繰り返しで死にたくなっちゃったのかなあ? 話し合える友達もいないしぃ? 認めてほしいのにだーあれも相手にしてくれないし。楽しくないし、じゃ、もういいや的な。ぜーんぶサトミサマが悪いのにね」

「そんなこと」

「で、そっち方面に助け求めちゃった? とか?」

「......」

「キクカワ、回して」

「......はい」

キクカワが入ってきたら、裸を見られる。

嫌だ。

とっさに固くなる全身。離れない足を自分の体の方へ引き寄せた。

「ほらね、そんなところがまだまだかわいいところなんですよ。遊びなれている女の子だとしたら、そんなこと、しないかもしませんよぉ。分かりませんけどね」

「私が遊んでるかどうかなんて、あんたに分からないでしょ」

「はいはい、そうですね。そうでしたそうでした。もう面倒くさいからそれでいいです」

「なにそれ、むかつく!」

「ほらね、すぐ食いつく。サトミサマって、からかいがいがありますよねえ。加穂留、ぜんぜん飽きないなあ」

こいつまじで腹立つ! ここから出てぶん殴ってやりたい。

「やだ、怖い顔ぉ。加穂留のこと嫌いって顔してますよぉ。だいたいみんなそんな顔していくんですけれど。悲しいですねえほんとに」

「ほんとむかつく!」

「はいはい」

けらけら笑い声をあげる加穂留はお腹を抱えたまま立ち上がり、浴室から出て行った。


ジジジジッという電子音に続き、浴室内の電気がいきなり暗くなった。

目の前に設置されているテレビの電源が入り、徐々に映像が映し出された。

映っているのは無数の羽根が部屋の中を舞っている様子。

白や茶色や黒い羽根が真っ白い部屋の中1面に舞い散らされていた。

部屋のまん中には布に包まれた何かが置かれていて、その周りにまとまった羽根がくっつきそこだけ赤黒く変色している。

映像を映している人が歩いて近づく度に足元の羽根が宙に飛び上がり、音もなく静かに舞い降りた。

丁度、枯木の中を車で走り抜けたときに上がる木の葉の舞のように、無数の羽根がまるで生きているかのように踊り始めた。

それを楽しむように、撮影者は壁沿いに部屋の中を足元の羽根を蹴散らすようにゆっくりと歩いている。

カメラは中央の盛り上がっている部分を映しながら。

静かだった羽根は命を与えられたように舞い上がり、場所を変えては遊ぶように散る。

踵を鳴らして歩く撮影者の笑い声も時折混じり、わざと足元を映したときに入り込んだ『靴』には見覚えがあった。

黒い靴。きれいに磨かれた靴。床を叩く音。低い声。

これって、この声ってもしかして......

唾を飲んで映像に見入った。

真っ白い部屋はあっという間に羽根一面になり、ただ、まん中に不自然にあるモノの周りの羽根だけは、濡れているようで、羽根先だけ揺らせ、そこから飛び立つことはなかった。

映像は部屋を一周すると、まん中へ移動し、画面の中央、赤黒くなっているモノのところへ寄る。

コツコツと響く靴音と共に上下に揺れる映像。近づく度にはっきりと、鮮明に映るモノ。舞い落ちる羽根。赤黒く変色しているそれは、やはり布にくるまれていた。

べっとりと染みでているそれが『血』だということが次の映像のおかげで分かった。

人の脚がはみ出ていたから。両方のふくらはぎが布からはみ出ていて、足の指は大きく開かれている。ふくらはぎは膝下まん中からアキレス腱にかけて切り開かれていた。

吐きそう。血の塊が脚の近くに転がっていて、撮影者はそれを迷わず踏みつけた。

ぶじゅっと音がして、伸びる。

画面が切り裂かれたふくらはぎのまん中をとらえようとした時、突如真っ暗になった。

瞬間、浴室の外から罵声が上がった。

加穂留が怒鳴り飛ばし、何かでキクカワを殴り付けている音が聞こえた。

キクカワは謝りながらも加穂留に殴られ続け、加穂留はそんなキクカワを更に痛め付けている。


今私が見た映像は私に見せてはダメなものだった。これは私の前にコロサレタ人のもの。本当だったら私のクラスメイトが私のことを話している映像を流すはずだったが、全く違う映像を流したことに怒り、キクカワを『使い物にならないゴミ』

と、罵り、何度も何度も何度も何度も蹴り飛ばし、叩きつけ、物を投げつけ続けている。

このままじゃキクカワが死んじゃう。なんとかしないと。自分の置かれている状況を忘れ、助けようと体を左右に振り、手足を振りほどこうとした。

きつく縛られている足首と腕。動かせば動かすだけ食い込み、擦れて皮膚が剥ける。

「......か......加穂......」

声を出そうとしたところで自分が恐怖に震えていて声が出ないことに驚く。

「加穂留」

「......加穂留」

「加穂留!!!!!」

弾き出した声は壁に反射し大きく聞こえた。

しかし、同時に加穂留がキクカワに暴行をし続ける音が止んだ。顔や頭、手や足から流血しているキクカワが体を引き摺りながら、腕の力で浴室の私のところへ逃げ込んできた。

顔をなんとか近づけようと体を動かす。

カキンと金属音がして、そのあとに聞こえる呼吸音。

煙のにおいがして、加穂留がタバコを吸った。

キクカワはずりずりと近づいてきて、私は手首をなんとかほどこうと擦りむける皮膚なんて気にしないで回す。


「サトミ」


名前を呼ばれてドキっとした。

こんな状況でもそんな状態になれるなんて、なんて、なんて......


「キクカワ」


冷たい声。

キクカワの靴音とはまた違う軽い靴音。加穂留だ。

その声にキクカワは体を固くして動かなくなった。もちろんそれは私も同じ。

「ほら」

キクカワの手元に投げ捨てられた物は乾いた金属音を上げて、くすんだ銀色の光を放った。

握ってもらうのを待っているかのようにじっと動かない。

キクカワはそれを睨み付け、加穂留はそれを見ながらタバコをふかしている。

更に、私はそんな光景を『他人事』のように見ていて、自分がこれからコロサレルなんて考えもしなかった。

だってそうでしょ。自分がこれからコロサレルなんて誰が思う?

今から遅くても一時間後にはこの世にいないなんて、考えられる訳がない。そんなこと、あるはずがない。

あったら、

「困る」

タバコを投げ捨て、靴でもみ消した。

動かないキクカワの隣へ歩み寄り、座る。

「ほら、見てキクカワ」

その白くて細い手をにゅっと伸ばし、キクカワの顔を持ち上げた。

「あんたがこうして縛ったサトミサマ、そろそろシッコウしないと」

シッコウ?

私を縛ったのはキクカワ?

やっぱり、夢でもなんでもない。現実なんだ。

「そこにあるナイフを持って、いつも通りに仕事をこなせばいいのよ。わかる?」

「わか......る」

「いい子ね、ほら。じゃ、あとは何をどうすればいいのか、分かるでしょう」

「わかる」

「サトミサマ、そろそろお湯も熱くなってきたでしょう? でも安心してください。すぐに分からなくなりますから」

「おねがい、おねがい、おねがい、おねがい、おねがい、やめてよ。こんなことしないでよ」

「またそういう冗談を。みんなそうやって言うんですよね。おかしな話。みんなが自ら望んでやってきたことなのに、なんでか分からないけど、最後には加穂留がみーんな悪くなっちゃうんだもん」

「おねがい」

「おねがいはもう聞きましたよっ。そんなにたくさん欲張っちゃダメです」

ナイフを睨んだまま、いまだに倒れこんでいるキクカワの脚を蹴り飛ばし、「さっさと片付けなさい」と命令。

「や、や、や、やめて。やめてキクカワ。お願い。お願いだから、私と一緒に逃げよう? ね」

「にげる?」

「そう。ここから出て、一緒に逃げよう」

「そんなの、無理だ。加穂留から逃げられるわけがない」

「やってみなきゃ分からないじゃん。お願い、これ、ほどいて。私と一緒に逃げて。お願い。大丈夫、私たちにはできるから」

キクカワを加穂留のところに戻したら、私、本当にこのままコロサレル。

なんとかこいつを、キクカワを丸め込まないと逃げられない。

「逃げる? 逃げて? ここから逃げられる?」

「そう。逃げるの」

「逃げる」

「離れよう、ここから」

カシャンという音をたて、キクカワはナイフを手に取った。

冷たく光を発するナイフがキクカワの顔を輝かせたとき、彼の口元にうっすら笑みが浮かんだ。

瞬きをひとつ。

口角をニッと上げたキクカワは、上唇を舐め、ナイフに軽くキスをした。

雰囲気が変わった。空気の流れが変わった。嫌な気をかんじ、ぶるりと震える体。

「キクカワ、そろそろいい? 次もあるんだからさっさと片付けましょう」

ようやく仕事をすることに気付いたキクカワを見て、加穂留は、

「じゃほら、今度は私がビデオ回すから。あんたはいつものようにすればいいのよ」

と言ってビデオの電源を入れた。

キクカワはゆらりと立ち上がりナイフを弄んでいる。

目が正気じゃない。狂ってる。

ぶつぶつと何かを言いながらふらふらと歩いては壁にぶつかり、その度に方向を変えて繰り返す。

こいつ、おかしい。


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