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似合うじゃねーか絆創膏

 高沢の書く話はキャラが薄い!

 そんな課題を克服すべく精一杯キャラを立たせようと頑張って書きました。キャラってなんだ?どうやったら立つんだ?

 必死で考えたつもりですがなんか違う方向に力が入っちゃった気がします。本作はそんな著者の苦悩を感じられることでしょう。

 お目汚しにならなければいいなと思いつつ、書き手の僕はこう言うしかありません。

「ごゆっくりお楽しみいただければ幸いです」

 真昼の密林に緊迫が駆け抜けた。奈落の底から溢れだしたかのような、悲鳴にも似た禍々しい咆哮が森の空気を揺さぶる。万羽の鳥が羽ばたき、潜んでいた獣が散り散りに逃げ惑う。林立する木々をものともせずに、その咆哮の主は猛進していた。鱗に覆われた巨大な足が地を蹴り、立ちはだかる樹木を疾走する巨躯が薙ぎ倒していく。背に黒翼、吠え猛る相貌に金色の眼――ドラゴン。

 おとぎ話にしか出てこないはずの存在が、一匹の獲物を追い回していた。

 力の差は歴然。逃げる一匹は唯一の利点である体の小ささを活かして何とか逃げ延びているが、徐々に追い詰められつつあった。気の毒な話だが、捕らえられてしまうのは時間の問題だろう。

 いや、他人ごとではないのだ。

 なぜなら。

 なぜならば。

 その追い回されている一匹が私に違いないからだ。

 最悪の気分だ。標的なら他にもいたのに、なぜ私を選んだのか? やっぱり獣人だから? この尻尾があいつの目を引き付けてしまったのか。それともこの耳? ああもう! こんな目立つ種族に生まれるんじゃなかったよ!

 頭の中で悪態をつきながら、私は必死に森の中を駆け抜ける。どしんどしんと背後から足音が響く。また距離が詰まった。

 やはり歩幅が違いすぎる。私がいくら早く足を回したところで、こればかりはどうしようもない。

 能力さえ使えれば逃げ遂せるかもしれないが、こう集中が乱れてはそれもかなわない。現状で速力の差を補う武器はたった一つ。

 思い切り地面を蹴って、私は進行方向を急転換させた。自慢の尻尾でバランスをとりながら直角に曲がる。相手は速度を殺しきれないのだろう。オーバースピードで大げさに私の背後を通り過ぎた。幸いにもこの方法である程度の距離は稼げる。しかし、それもつかの間だ。じりじりと追いつかれる。それに――。

 血液が沸騰したみたいに全身が熱い。息が完全に上がりきってしまっている。この疲労はいかんともしがたい。

 ちらりと後ろをふりかえる。獰猛な凶獣との距離がまたも縮んでいた。

「もうもうもうもう! こっち来んなってば!」

 泣き言を叫びながら全力疾走。再び距離をとろうともう一度地面を蹴る。しかし、

「きゃぅ!」

 足元がずるりと滑って、私は盛大に転倒した。したたかに身を打ち付け、ぐるりと視界が一回転したかと思えば木の幹に激突。私の背中に鈍痛が走る。脳髄で火花が散った気がした。

「ったぁ……」

 地面に尻もちをつく形となった私は、痛む腰を押えて眼前を伺った。瞬間、口を大きく開けて突っ込んでくるドラゴンが視界を埋め尽くした。

 僅かな力を振り絞ってその場を飛び退く。直後、べきべき音を立てながら、私が寄りかかっていた大木が噛み砕かれた。

 ドラゴンが振り向き、私をとらえる。グルグルと鳴る竜の喉笛に、冷たい汗が背筋を流れた。

 どうする……? 次の一撃を掻い潜れるか?

 じっとドラゴン見据え、次の挙動に備えてそっと地面に手をつける。

 すると、不意にドラゴンの形相に異変が走った。体表を覆う硬質な鱗が、虫が集っているかのようにもごもごと律動しだしたのである。まるで皮膚の裏側をネズミの群れが駆け抜けているかのように、竜の鱗が奇妙に波打つ。同時、

「グルォアアアァアアア!」

 天を仰いだドラゴンの口腔から身の毛がよだつような叫びが迸った。これまでとは違う。その声には明らかな苦痛が含まれていた。それも、極とした痛みがである。

 叫びとともに大量の唾液が噴出し、あたり一面にベタベタと降り注ぐ。

 なに? なにごと?

 唐突に苦悶を呈した翼竜に、私の頭は混乱に陥った。

 竜はもがき苦しむように四肢をばたつかせ、巨大な尻尾を何度となく地に叩き付けている。その衝撃が足元を揺らし、森を震わせる。

 やがて、ぼこぼこと波打っていた竜の表皮が凍てついたかのように蠢きを止めた。鱗のことごとくが逆立ち、鋭い輝きを放つ。ともすればそのまま破裂してしまうのではないかと思わせるほどに、ピンと張りつめる竜。……いや、まさかね。めったなことを思うものじゃない。

「ウゥウウルォオオァアアアアア!」

 ――パン! なんて、そんな音が聞こえた気がした。

 予感! 的中! 大正解!

 黒光りする無数の鱗が、弾丸のように飛び出した。

 到底さばききれる量ではない。私は反射的に頭を抱えると、即座にその場にうずくまった。

 ザクザクと木々が切り刻まれるのが聞こえる。地に突き刺さる数も尋常ではなく、私の周りでいくつもの音が乱れ咲いた。

 しかし、しかしである。竜の至近距離にいるはずの私には、鱗が突き刺さるどころか、その一枚が体をかすめることもしなかった。どうして? ラッキー?

 おずおずと目を開いて、抱え込んだ腕の隙間から外をのぞく。と、一枚の人影が、私の前に立ちはだかっていた。藍色の衣服の上から胸部と四肢を覆う黒銀の鎧を纏ったその人影を “人”影と呼ぶのが果たして正しいのだろうか。

 うずくまる私を覆うように体を広げていたその影には、熾天使様を思わせる六枚の銀翼が鮮やかに煌めいていた。


「よう。生きてるか?」

 目の前にいたのは見たことのない少年だった。さらさらと柔らかそうな黒髪を風に乗せ、金色の目でこちらを覗き込んでいる。ウソみたいに綺麗な肌、端正な顔立ち。私のことをさらりと眺めると、彼は無邪気そうなその顔立ちとは裏腹な粗野っぽい口調で私に喋りかけた。

「うっし。とりあえずは無事っぽいな。それじゃわりぃけど、ちょっと失礼」

「は? いや、え? ふぇ? ちょ、ちょっと!」

 するりと私の腰に腕を回して、その少年はあろうことか私を抱き寄せた。がっちりとホールドされた私の体がぴたりと少年に密着する。わ、ちょっといい匂い。

 じゃなくて!

「ちょっと! なにあんたどういうつもり!」

「がなるな。言いたいことは幾らもあるだろうが、今はおとなしくつかまってろ。あんまりわめくと舌噛むぞ」

 腰を抱く腕にさらに力を加えて、少年はドラゴンの方へと振り返った。

 当然、私の目にも竜の姿が飛び込む。

「――ひっ」

 思わず悲鳴が上がった。私を追い回していたドラゴンが、あまりにも醜く変わり果てていたからだ。

 すべての鱗を消失させ、むき出しになった素肌が真っ赤に染まっていた。体内で爆発でも起こしているかのように、ボコリボコリと体表が隆起して、耐え切れなくなったのだろう、限界まで膨れ上がった表皮がぱくりと裂けて血が溢れだす。まるで釣り上げた深海魚だ。鋭かった眼光は、今や蛙のように膨張していた。

 それでもなお、竜はのたうち回る。その桁外れな生命力が、死することを許さない。

「細胞が活性し過ぎているのさ。こいつらは制御する術を持っていないからな。放っておけばいずれ死ぬ。だが……」

 もがき苦しむドラゴンの目が、はっきりと少年をとらえた。

 大きく口が開かれ、その口内に一点、揺らめく炎が垣間見えた。

「来るぞ! 離れるなよ!」

 その一言を合図に少年は飛び上がった。六枚の羽根から青白い炎を吐き出して、宙へと。私たちがいた場所にはドラゴンが吐き出した灼熱が吹き荒れ、生臭い熱気が鼻孔をなでる。

「うそぉ! さっきまであんなの吐かなかったのに!」

 追われてる間にあれをやられていたら、私はとっくに天国へ召されていただろう。

「内臓の腐敗から発生する可燃性のガスを利用してるんだ。その爆発力で弾丸を飛ばしているのさ。火柱はそのおまけ。マズルフラッシュみたいなもんだ」

「な、内臓が腐敗? マズルフラッシュって」

「あれの細胞は特殊でな。特定の条件下で異常に活性化するんだ。つまりは増えるのさ、急激にな。その過程でおそらく、体内に住んでいた細菌までをも取り込んだ。そのおかげで増殖と腐食を繰り返してるのさ、今のあれは」

 密林の木々の真っただ中、目の前からいなくなった私たちを探すかのように、ドラゴンは叫び声をあげながら周囲を見回している。

「腐食物と腐敗ガスは行き場をなくし、体内に蓄積していく。だから、あれが飛ばしてる弾丸は……」

 悪鬼のごとく猛り狂う竜を見下ろしながら、少年は淡々と語った。しばらく視線を走り回らせていたドラゴンはやがて、上空にいる私たちを見つけ出したようだ。また竜の口が開き、悲鳴とともに火弾が飛び出した。飛来するその一撃を難なくかわした少年は、自身の右手をじっと見た。黒銀の篭手に絡みついた少年の視線は、どこか冷たい。悲しげだとでもいえばいいだろうか。

「増え続ければいずれ、細胞はそのヘイフリック限界を超える。そうなればすべて終わりさ。増殖は止まり、死ぬ」

「たださすがに、死ぬまであれを続けられたらたまらないだろ? あれが息絶えた跡が焼野原じゃあな。……お前が、生きている森なんだから」

「なんてな。俺のガラじゃないかこんなセリフは」

 キシシっと少年が笑った。その屈託のない美笑に、ついドキッとしてしまう。

 そんな私の内心など察するわけもなく、少年は真剣な表情に転じて竜を見据えた。篭手に覆われた右腕を手前にかざし、呟く。

「要素解体。再構成」

 平坦なその声音とともに、少年の右腕が蠢いた。歪に波打って、その有様が瞬く間に変容していく。黒銀の篭手がきめ細かに泡立ち、夕日に映える影のように薄長く伸びた。

 現れたのは、鏡のように磨き抜かれた一振りの刃。鮮やかな輝きを放つ業物が、少年の手首からそのまま生えていた。


 合図らしい合図は無かった。空飛ぶ少年に抱えられながら、私の体は流星のように加速していた。もがき苦しむ竜へ。肉迫は一瞬。

 肉体を辛苦に染めたドラゴンが間近に迫ったかと思えば、次の瞬間には少年の獲物がその肉に深々と突き刺さっていた。

 絶命へ向かうドラゴンの動きに変調はない。あるはずがない。これほど損傷をきたした体に、杭が一つ穿たれたところで今更だ。

「どんなに無様を晒しても生き続けると、そう言っていたな?」

 ふと、少年が言った。

「それが生き残った者の義務だと……」

 金色の瞳は真っ直ぐにドラゴンを見つめている。裂傷の隙間から血液をだくだくと流す竜は、轟々と暴れ狂っている。

「罪人だな。俺は」

 ひどく、悲しい声だった。

「今、楽にしてやる」


 エルザ――。


 耳に届いた囁きは、耳鳴りのような音によって掻き消された。

 密着している少年の胸元から、甲高い音が響く。

 その高音に呼応して、彼の右腕が再び蠕動(ぜんどう)した。

 右腕の根元から次々と硬質な音が鳴り響き、変容していく。姿を現したのは巨大な大筒。何本もの管が絡みついた長大な砲身は、まるで蛇の群れだ。管の一本一本が意思を持っているかのように脈打ち、所々から赤い光が瞬いている。

 そして、少年の右腕が崩壊を始めた。二の腕のあたりが内側に沈みこんだのだ。しかし少年に動じる気配はない。ばかりか、彼は躊躇いもなく己の腕を引き千切った。

「ちょっ! あんた何やって――っひぅ」

 目を剥く私などお構いなしだ。痛がるそぶりも見せずに少年は竜の胴体から飛びのく。

 ドラゴンから多少離れた位置に着地したところで、ようやく私の腰から少年の腕が離れた。とは言え、すっかり状況に飲まれてしまった私の方は、彼に抱き付いたまま固まってしまっているが。

 咆哮が聞こえる。見れば、竜に突き立った少年の右腕が、依然収縮を続けながら崩壊していた。千切れた側から縮していく様は、砲身がずぶずぶと竜の体内に入り込んでいくようにも見える。

 三秒もかからなかっただろう。長大な砲身が完全に竜の体内へと消えた時、それは起こった。

 隆起と破裂を繰り返していたドラゴンの体が、張りぼてのように凹んだのだ。

 そして、見えざる糸が竜の体表を内側から引っ張っているかのように一気に凝集していく。

 自身の心臓に吸い込まれているとでもいうのか。収斂し、圧縮されたドラゴンの体は、瞬く間に飴玉ほどの黒点となり、音も立てずにふつりと消えた。

 あれが魂というものだったのかもしれない。竜のいた場所に、ほんの一瞬だけ赤い光輪が見えた気がした。


「……はぁ」

 吐息を漏らしたのは少年の方だった。緊張を解いたのだろう。少しだけ表情が柔らかい。静けさを取り戻した森の風に撫でられて、少年の黒髪がさらさらと揺れている。凛と引き締まった横顔。まるで絵画を見ているようだ。私より肌が綺麗なんじゃないだろうか?

「おい」

「はえ?」

 見とれていたところに声をかけられて、間抜けな応答がでた。少年は少年でなぜか顔が赤い。

「その、なんだ……、そろそろ離れろ」

 照れくさそうに視線を逸らしてそんなことを言う少年。その少年の胴体には私の両腕がしっかりと回されていて、お互いの身体がぴったりとくっついている。

 私はやっと我に返った。

「あっ、わ、ご、ごめん!」

 慌てて体を離す。逃げ惑う中で乱れた服も急いで正した。

「大丈夫か? 怪我とか……、ん?」

 ブーツオッケー、ズボンオッケー、ジャケットオッケー。よし。

「ひゃっ」

 目線を上げれば、すぐそこに少年の顔が迫っていた。すぅっと、さらに近づいてくる少年の顔。

「な、な、なななな……つッ」

 私の頬にそっと彼の指が触れた瞬間、じくりと頬に痛みが走った。

「あー、やっぱここ切ってんな。……ほれ、これでよし」

 枝でもかすっていたのだろう。いつの間にか出来ていた頬の切り傷に、少年は絆創膏を貼ってくれた。

 ふう。なんだ。絆創膏か。あーびっくりした。そりゃそうよね。ま、そもそも誇り高きガランティスの私が、こんな不躾な奴にトキメクわけが――。

「似合うじゃねーか絆創膏」

「結構かわいいぜ」


 一目惚れだった。


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