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プロローグ

「次のニュースです」

 ビジネスホテルの一室、旅立ちの荷造りをしているところに、ニュースキャスターの声が響いてきた。

「昨日、十六年前に消失した海上都市ミッドガルドと思われる海底遺跡がレムリア洋南部海域にて発見されました。ミッドガルドと思われる海底遺跡を発見したのはトリバーチ財団の海洋調査船で、同海域の海嶺調査中に遺跡が発見されました。これがミッドガルドであれば長年謎に包まれていた同都市の謎が一気に解明されることが期待され、注目を集めています」

 ミッドガルドという言葉につられてテレビに目をやると、画面には海底に沈んだ人工物と思しき写真が映し出されていた。青々とした海中カメラの映像に、キャスターが淀みなく説明を付け加えている。

 海上都市ミッドガルドと言えば、この世の中で知らない者はほぼいないだろう。いたとすれば未開の地の部族とかくらいか。

 そこは、神々の住む街と言われていた。超高度な科学技術を持ち、世界を管理していた都市。まさに星の中枢といえる場所がミッドガルドだった。衛星カメラやソナー探知等々、一切の位置特定手段を遮る攪乱領域を周囲に展開しながら海原を漂う不可視の国は、不可視でありながら世界に干渉し、発展へと導いてきた。普段俺たちが何気なく使っているこのテレビも、街を行き交う車も、バスも、鉄道も、そのほとんどがミッドガルドからもたらされた技術だという。

 そして、その国から世界への干渉が突如として途絶えたのが十六年前だ。当初はまたすぐにアクションがあるだろうと言われていたらしいが、とうとうその時は訪れず、滅亡説がささやかれるようになって今に至る。

 今回の発見は、その滅亡説をより確かなものにするだろうとニュースは告げている。

「見つけたところであれを引き上げる手段はないだろうがな」

 背後から野太い声。

 振り向くと、バスローブに身を包んだ中年の男が勢いよく缶ビールを飲んでいた。風呂上がりの一杯は最高なんだそうだ。至福のアルミ缶を片手に、男はタオルで濡れた髪をガシガシと拭きあげた。

「丸ごと都市一個だ。おいそれと浮上させられるとは思えねぇ。なかなか思うようには捗らねぇだろうな。遺跡調査ってやつは」

 言いながらどっかりとベッドに腰を下ろす男。自分の故郷が十六年ぶりに見つかったというのに、随分と他人事のように振る舞うものだ。

「まあ、世界からすればあの街は宝の山だから、これから技術革新が目まぐるしくなることは間違いないか。文明レベル的に、まだまだ世界に与えてない技術が山ほどあったしなミッドガルドには。あとは、この世界がそれを正しく使いこなせるかどうかだ」

 つらつらと知ったようなセリフを言うこの人は、何を隠そう件の海上都市ミッドガルド唯一の生き残りで、そりゃあ事情にも詳しくて当然の人であったりする。知る人ぞ知る有名人だ。世界にとってのVIP。ただ俺にとっては、俺をこの旅に連れ出してくれた張本人で、旅路の中、世間知らずの俺に生きる術を教えてくれる人生の師という印象の方が強いけど。

 俺はこの人のことを先生と呼んでいる。

「で、ヴァン。準備は順調か?」

 テレビが次のテーマに移ったタイミングで、先生も俺の方へと興味を移した。

 明日で滞在していたこの町から離れて野宿生活だ。清潔なベッドともお別れかと思うと名残惜しい。

 ありったけのサバ缶を封入したバッグの口を閉じて、俺は先生に頷いた。

「食い物は取り出しやすいところにしとけよ。また昼飯の時に荷物全開なんて勘弁だからな」

 分かってますよ。

 俺はムッとした顔ではいはいと首を振った。

 以前、俺は重いものは下の方が鞄が安定すると思って缶詰を下に詰め込んだことがあった。その時のことを先生は言っているのである。人の失敗をいつまでも穿らないでほしい。

 まったく。そう何度も同じ失敗をする俺ではありませんよ。

「にしても、ヴァレムント樹海か」

 缶ビールに口をつけて二度ほど喉を鳴らした先生が太く唸る。

「まあ、致し方ないか。ここはともかく、町の外はあれの同業者でイモ洗いだろうしな」

 でしょうねと俺は同意の眼差しを向けた。

 というのも、この町で一悶着あったからである。嫌がる居酒屋店員にセクハラなんてみっともないことしていた悪漢を追い払っただけのことだが、そのせいで先生の素性がバレたのがまずかった。まさかその悪漢が先生の噂を知っていようとは。

 先生の利用価値は高い。出すところに出せば言い値で売れるだろう。あの悪漢の去り際の笑顔ときたらもう――気色悪いくらいだった。

 まあ一応外壁くらいはある街だから即座に刺客がやってくることは無いが、あいつの差し金が町の外に潜んでいるであろうことは容易に想像できる。

 そんな事情のおかげで、俺たちは次の目的地であるネルトまでの最短ルートを諦め、遠回りをしてヴァレムント樹海を抜けるハメになったのである。

「あそこにはリカントロープが住んでるって話だが……、さて、すんなり抜けられるかね」

 先生はぼんやりとテレビを見ながら言った。

 獣の耳と尻尾を生やした亜人の種族リカントロープ。人間社会で共に生きている個体もいるが、基本的には縄張りを守りながら狩りを行う狩猟民族だ。彼らの領域に踏み込むことが、果たして吉と出るか凶と出るか。

「ま、なるようになるか」

 どうでもよさそうに呟いて、先生は二本目のビールに手をかけた。


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