テルァフォーマーズ~進撃の巨虫~
それは唐突に起こった。
僕が居間で勉強をしていると、妹が声をかけてきた。
「お兄ちゃん」
「なんだよ────」
勉強のじゃまをされたのだ、少し疎ましい。
なんだよ、せっかくノッてきたのに。
すると妹が青ざめた顔をして言った。
「私の部屋にGが出た」
────嘘だろ。
頭が真っ白になる。
しかしいつまでもそのままじゃいられない。
僕は妹に指示する。
「最新鋭対G兵装キン●ョールを!!」
「ダメよッ!!」「なんでだよッ!!」「ハムスター!!」
「ま、まさか──」
僕は1つの事実を予測する。
だめだ、この予想だけは当たってはならない。
嫌な汗がつうっと背中を流れる。
「そう、今、ハムスターは私の部屋の中。ハムスターを私の部屋で散歩させている時に、Gは出たの」
「そんな──」
ハムスターはか弱い。
ハムスターがいる密室空間で最新鋭対G兵装キ●チョールを放てば、ハムスターが少しでもその毒を吸い込めばたちまち息を引き取るだろう。
Gを始末する前に、ハムスターを救出せねばならないのだ。
しかし、
「でも、そんなことしている間にGはお前の部屋から移動するんじゃないか?」
妹に問いかけてみた。
問いかけてもなにも変わらないのは解っているのだが、恐怖と焦りが僕を饒舌にさせた。
「まず、全てのドアをしめるのよ。そうしたら被害は最小限に抑えられるはず」
「そうだな」
的確な妹の判断に、少し冷静になった。
だめだな、兄なんだからもっとしっかりしないと。
そうして全てのドアをしめた僕らは戦場、妹の部屋に入った。
「ハムスターは?」
「わかんない」
あのゴールデンハムスター特有のまるっこいフォルムが見当たらない。
耳を澄ますとがさがさと音がした。
音の発生源にはまるっこいものが。
「チョビ!!」
チョビ────それがそのハムスターの名前だ。
見ると、チョビは三段ボックスの奥、部屋の隅にいて、くしくしと毛繕いをしていた。
「まいったわね」
「どうして?」
「チョビは1度毛繕いを始めると15分はそのままよ」
確かにまいった。
僕はチョビを見る。
チョビは僕たちの苦悩を知ってか知らずか、その小さな体を可愛らしく丸め、愛らしい手で一生懸命にくしくしくしくし。
か、可愛えぇ。
ってちがう、そうじゃない!!
僕たちが悠長にチョビの毛繕いが終わるのを待っている間に、Gは部屋から抜け出して追跡不能になるかもしれない。
それだけはごめんだ。
ここできっちり駆除しなければ、今晩の安眠は限りなく遠ざかるだろう。
「チョビ!!チョビ!!」
僕たちがいくら呼びかけても、なんら毛繕いをやめる兆候をみせない。
ちくしょう、こうなったら────。
「ちょっとあの三段ボックスをどかしてくる」
「そんな!!危険よ!!」
そう、もしあの三段ボックスをずらしたら、そこからGが自分に向かって這い出してくるかもしれないのだ。
誰だってGが自分に向かってくるのは嫌だ。
でも、このままじゃじり貧だ!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
精一杯の勇気を振り絞って三段ボックスをずらす。
「────」
良かった、やつはここにはいなかった。
僕の勇気は報われたようだ。
いつの間にかすぐそばまで来ていた妹が、すかさずチョビを救出した。
「ふうぅ」
僕たちは安堵のため息をついた。
でも、本当の戦いはこれからだ。
妹が部屋の隅から隅まで最新鋭対G兵装キンチ●ールを放射していく。
しかし、いつまでたってもGは出てこない。
これはもう、追跡不能だ。
「もう終わりだ、諦めよう」
「そんなッ!!」
「僕だって悔しい。でも実際にもうGを見失ったじゃないか」
「っ!!」
さようなら、今晩の安眠。君のこと、ほんとは好きだったんだ────。
どうやら今宵はGの影に怯えながらの夜になりそうだ。
とぼとぼと妹が居間に帰っていく。
すると、妹の息を飲む音が聞こえた。
「ッ!!」「どうしたッ!!」「Gがあそこに!!」
妹が指差した先は、廊下の壁の一番高いところだ。
そこに、Gはいた。
黒光りする体。
ギザギザの脚。
そしてなにより不規則に蠢く1対の触覚。
その全てが僕のSAN値をガリガリ削っていく。
「う、うわあぁぁ」
僕の口から情けない声が漏れる。
まさしく地球上最凶の生物。
悠々と佇んでいた。
そこに妹が最新鋭対G兵装キンチョ●ルを吹き掛けようとしていた。
「ダメだッ!!」
僕はとっさに止める。
「なんでよッ!!」
「この高さだ。このG、飛ぶぞ」
妹は、はっとなった。
Gが飛べばその余りにもおぞましい姿に僕たちは一瞬で無力化するだろう。
Gを仕留めるには、近距離対G兵装で一撃でしとめなければならない。
しかしあの高さだ。
僕の背(身長157cm)じゃ、もちろん僕より背が低い妹(身長150cm)じゃ手が届かないだろう。
ここは僕より背が高い、父親の支援が必要だ。
父親は寝室で寝ていた。
「お父さん!!」
構わず声をかける。
「────なんだ」
眠そうな声だ。
「ゴキブリが出た。僕たちじゃ手が届かない」
主に物理的に。
「だから手伝って」
「無理。眠い。明日にして。」
「お父さんッ!!」
帰ってきたのはいびきだった。
そう!!僕たちは父親という最終兵器を失ってしまった!!
この荒涼の大地を見渡してもそこには絶望しかない。
人類は、遂にあのおぞましい生物に打ち勝つことは出来ないのか!!
いや、諦めるのはまだ早い。
なにか、なにか手があるはずだ。
考えろ考えろ考えろ!!
シナプスが僕の脳細胞の中を駆け巡る。
いつも届かないものをとるときになにを使った?
手が届かない、それで終わりではないはずだ。
あれ?
取る?
──そうだ、採る!!
「虫取り網だ!!虫取り網で捕獲してから最新鋭対G兵装キンチョールでしとめる!!」
「おお!!でもそんなもので大丈夫なの?」
妹は怪訝な顔をする。
確かに虫取り網は民生用の技術だ。
しかし、兵器の歴史は民生用技術の軍事転用の歴史だ!!
僕はここに、虫取り網を中距離特務対G兵装と名付ける!!
無益な殺生だということは解っているつもりだ。
だが僕たちは君たちと分かりあうことなど出来ないのだ。
ただ今晩の安眠のためにここで散れッ!!
「南無三!!」
取ってきた虫取り網改め、中距離特務対G兵装をGに近づける!!
そして!!
Gは!!
「あ、」
─────飛んだ!!
その黒光りする胴体に収納された茶色く薄汚い羽を展開させ、この世は我のものだと宙を駆ける!!
中距離特務対G兵装は役にはたたなかったようですね。あーまいったまいった。てへぺろっ☆
「ぎゃあああああああああ!!」
妹が叫びながらGのとまった先へ、最新鋭対G兵装キ●チョール至近距離で浴びせる。
でもそんなに至近距離で放射すると、
「目があ!!目があ!!」
どこのムス○大佐だよ。
どうやら至近距離で放射した最新鋭対G兵装キン●ョールが妹の目に入ったようだ。
「ごめん、私もう無理!!」
妹が戦線離脱した。
「バルス!!」
バカかお前は!!そういう意を込めて滅びの呪文を唱えた。
でも責任の一端は僕にもあるんだよね。
それでも、妹の捨て身の突撃のおかげでGは遂に地に堕ちた。
廊下に充満する最新鋭対G兵装キンチ●ールが粘膜を刺激している。
右手に握っているものを確かめてみる。
それは、対G兵装キンチョールシリーズなぞまだ無かった太古より伝わる、最強にして最凶の近接対G兵装。
その名は────、
新聞棍棒!!
その偉大なる近接対G兵装新聞棍棒を握りしめるッ!!
これはただの異種間戦争ではないッ!!
聖戦だッ!!
人間の知性は、Gというおぞましいく恐ろしい敵に屈してはならないッ!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
新聞という人間の知性の結晶が、質量を伴ってGへと裁きの鉄槌を下す!!
べしっ!!
もう一度!!
近接対G兵装新聞棍棒が手からすっぽ抜けようがもう一度手に取り、さらに叩く!!
轟音がその空間を支配した。
そして、あとに残ったのはぐちゃぐちゃになったGだけだ。
かくして人類はGに勝利したのだ!!
犠牲は決して少なくは無かった。
それでも、僕はこうしてここに立っている!!
僕は獣性に身をゆだねて勝鬨を叫んだ。
すると。
現れた母親がGの無惨な姿を見て、
「うわキモっ。それあんたが片付けてな」
え。
このぐちゃぐちゃでグロテスクな汚物を?
僕が?
嘘やん!!
────またしても大地は絶望に支配されたのだった。
Gは死してもなお、人類を追い詰める。
気をつけて。
あなたの部屋にも、Gはいるかもしれない。