分岐点
湖のほとりで、少年は最期のときを迎えようとしていた。日月の光を蓄えるという、水光樹の白い幹に縋ろうとした手は空を掻く。
痛みはなかった。
ただ、無くなってしまうと、感じた。
ここが限界。寿命なのだ。
知っていた。
もう、残り少ないことは教えられていた。
でも、仕方がないなんて、思えなかった。
せめて、もう少し。
まだ、足りない。
悲しませて、ごめん。ごめんね。
約束、したのに。
お願い。誰か。
時間を、ください――。
少年は必死に息を吸った。しかし、その息が吐かれることはなく、ゆっくりと倒れた体を、夏の名残の草花が受け止める。少年の顔の横で、季節外れに一輪咲いた深い紫は、まるで手向けのようだった。
しかし、うら寂しくも美しい終幕の光景に反して、ピン、と張りつめた空気は終わりではないと告げていた。
少年の横たわる大地の下で、稀なる遺物が目を覚ます。
白い大樹に光があふれた。水光樹の蓄えた光が、枝から葉から滴り落ちる。その光が地に届いた瞬間、巨大な影が現れた。黒銀の威容。体高は白い木の梢よりもまだ高く、尾の先は湖の上まで伸びている。小山のようなそれは足元に横たわる少年に大きな顔を寄せ、翼の先で包み込むように覆った。
幼キ命ヨ 我ハ、ソナタノ 助ケトナラン
巨大な黒い塊は、少年の胸元へ吸い込まれるように収束していく。すべてがそこへ消えたとき、少年の唇が動いた。止まっていた息が吐かれたのだ。鼓動が蘇り、呼吸が戻る。薄茶色の髪が、思い出したように動き出した風にふわふわと躍った。
湖は何事もなかったかのように穏やかに澄んだ空を映していた。