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古典が嫌い

作者: ナタ

 去年、彼氏に振られた。

 五年つきあっていた彼は、そこそこ有名な俳優だった。彼のことは好きだったけど、すんなり受け入れた。自分はいつか捨てられそうな気がしてたから、そんな覚悟はできていたから。そう言ったら、お前のそういうところ嫌いだったかもしれない。なんて言われた。


「古典24点」

 オレンジ色の夕日が差し込む教室。

 私は今、自分の担当するクラスの生徒、山岡君の個人面談をしている。

「嫌いなんですよ」

「嫌いって……山岡君」

 私はその言葉が嫌い。

 じっとわたしを見つめる山岡君は無表情。この子は苦手だ。

「数学Ⅰ94 生物Ⅰ98 英語Ⅰ95 世界史100 現代文100」

 机の上に広げられた紙に書かれた成績を読み上げ、一拍。

「古典24点」

「はい」

 思わずため息が出る。

 この子はずっとそうなのだ。入学当初から定期テストのたびに、私を悩ませる。

「先生の授業そんなにわかりにくい?」

「いえ」

 無表情。本当に何なのだろう。

 過去3回の定期テスト、この子は先生方が目を見張るような点数を取っている。担任として、自分のクラスの生徒がいい成績なのはとてもうれしい。でも、この子には一つ問題教科があるのだ。

 古典。

 私の担当教科だ。

 それが仕事上で私の抱えるストレスだ。優秀なはずの生徒がなぜか私の担当教科だけできない。教師の間でそのことに対する噂までたっている。おかげでこの学校でも居心地が悪い。

 また、ため息が出てしまう。

 一息、吸い込む。

「山岡君はさ、すごくいい成績だよね」

「そうですね」

「古典以外は。だけど」

 自分でもわかるくらい、刺々しい言い方。

「そうですね」

 無表情。

 私の刺々した言葉なんて、全くささらないみたいな。そんな態度。

「同じ国語の現代文はここまで出来てるのになんで古典だけこんなに悪いのか、心当たりとかないわけ?」

「だから嫌いなんです」

「私が?」

「古典が」

 私は何を言っているんだろう。

 私は何を言えばいいのだろう。


 第1回のテストの際、60点以下。ぞくにいう赤点をとった生徒には補修を行った。その補修を受けたのはクラス40人中たった2人。

 今年私が赴任してきた学校は、有名な進学校なうえに、入学者を成績順にクラス分けする制度の学校だ。そして私の担当するクラスは1組。つまり一番頭がいいクラス。

 だから赤点をとるような生徒はほとんどいないし、日ごろ授業を怠けている生徒でも補修でしっかりとやらせればすぐに成績を上げる。

 結果、第2回で補修を受けたのは一人だけだった。

 その時にも聞いた。

 なんで古典がそんなにできないの? 難しい? 授業が分かりにくい?

 でも、帰ってきた答えは「古典が嫌いなんです」

 そんなの私にはどうしようもない。嫌いでもやらなくちゃいけないんだということしかできなかった。 それでも山岡君の成績は変わらない。他の先生からは私に問題があると陰で噂になっている。前任校とは別の理由で居心地が悪い。容姿で負けた同僚と同じ職場はとても居心地が悪かった。


 去年、彼氏に振られた。

 彼に好きな人ができたのが理由だ。容姿差だとか何とか初めはそんなことを言っていた。別に相手の子に嫉妬しては、いない。


 私じゃ彼の役不足だったのだ。そういうことで、いい。


「なんで、嫌いなの」

「古典ってワンパターンじゃないですか」

 山岡君は私の目を見ていった。

「どの話も権力権力、支配支配、敵国を滅ぼすだとかそんなのばっかじゃないですか」

 古典24、と書かれた山岡君の成績表を一瞬見る。

 古典を大して理解もしていないくせに。そう思った。

「ワンパターンって、そんなことないよ」

「ありますよ」

 山岡君の目はしっかりと私をとらえている。少し怖い。

「れ、恋愛が題材のものだってあるよ」

「恋愛物? 古典の恋愛物なんて、僕が一番嫌いな分野ですよ。たとえば源氏物語。天皇の子である主人公に次々と女性が惚れていく話し。愛の所以は権力だって。古典ってそう言う話ばかりじゃないですか」

 校内放送がかかり、山岡君は口を閉じる。


 ――林先生、林先生。至急職員室までお越しください。


 私たちには全く関係ない放送が鳴りやむと山岡君は再び話し始めた。

「竹取物語だってそうだ。権力者が美人と噂になった女性をあの手この手で手に入れようとする話。全部そうだ。人が人を好きになる理由が、地位の高い男性、容姿が淡麗な女性、そんな話ばかりだ」

 山岡君の無表情ないつもの顔は、いつのまにか消えていた。

「古人の文化を学びたいのなら史学をやればいい」

 古典を学ぶ意義は古人の文化を知ることにある。と言おうとしたところでそう言われてしまった。

「お偉いさんでなくたって、容姿が特別じゃなくたって、別にいいじゃないですか」

 山岡君は本気の目をしていた。

「そういう人たちを役不足とでもいうかのように、そういう恋や愛を認めないかのようにことごとく避ける古典は……」


 その先の山岡君の一言に、共感している私がいた。

 自分で自分が嫌いになった。



僕が古典が嫌いってわけじゃないんだからねっ!!

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― 新着の感想 ―
[一言] ざっくばらんなところが おもしろいです。 新潮社「まずいスープ」もよんでみてください まわしものではありません
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