『作業後ティータイム』 破
トラウマを抱え、記憶探しを打ち切ることを決意したロッサ。それえも生活のため、琉は今日も遺跡に向かう。
琉が遺跡に向かう一方、ロッサは操舵室で待機していた。今のロッサの役割は、琉との連絡を受け持つことである。
「でもわたし……船なんか動かしたことないよ? 連絡が来たとして、どうすれば良いんだろう。やっぱわたし、この船にいちゃいけないのかな……」
不安にかられるロッサ。ただでさえ昨日記憶探しをやめてしまった上に、怖いという理由で遺跡に入ることをためらった彼女は引け目を感じていた。
『君自身がそう言うなら仕方ない。そんなモノを立て続けに見せられようモンなら、君の精神が崩壊しちまうからな』
ロッサが記憶探しを嫌がった時に琉の言ったセリフ。それが彼女の頭で反響していた。琉はロッサを責めはしなかった。だがロッサ自身は、自分自身の記憶から逃げ出したことを後悔していたのである。
「琉……いつまでこの船に乗せてくれるかな……」
ロッサが憂鬱な気分になっている一方、琉は遺跡にて武器を拾っては大喜びしていた。現代ではまず見かけない形状の武器を見つけたということは、当時の道具のことを知る貴重な資料が見つかったということとなる。当然それなりの値段で売ることが出来るため、彼は既に有頂天であった。
「こいつは見事な大剣だぜ。……しかしここは本当に武器庫だったのか?」
琉は武器を見つけては地下室を出て、アードラーに格納してゆく。今拾った三日月型の巨大な刃状のこの武器、所々に持つ場所と思しき場所がある。この他にも6つ程、琉は回収していたが、どれもまばらに置かれていた。だけでない、武器を拾って砂を払うと、武器の数以上に人骨が落ちていたのである。
もし武器庫だとすれば、これでもかとばかりにビッシリと敷き詰めてあるはずである。しかし数は思った以上に少ない上に点在する人骨、それも剣が突き刺さっていたりと、ロクな死にかたをしたと思われるモノが見当たらないのだ。それにそもそも、埋葬されているようには見えなかったのである。
「武器庫じゃないならアジトか何かか。まぁ良いや、それでも武器は見つかるし、閉じ込めてあったせいか保存状態が比較的良いし……おお!?」
隅から隅へ、ライトで部屋を探る琉。そのライトが、あるモノを捉えたのである! 琉はオセルスレーダーの感度を引き上げてその方向を見た。地べたに落ちている板状のモノ、その付近を探ってみたところ……
「これは扉か! ……ということは……!!」
まさかの別室発見。どうやらこの日は当たり日だったらしい。
「扉は倒されてるな。それも向こう側に倒れている……蹴り倒されたのか?」
しゃがんで扉を調べた後、琉は部屋に入って行った。ライトであちこちを照らし、更にオセルスレーダーの感度をキリキリと鋭く引き上げる。濁った水の中から、特定の形のモノがクッキリと浮かび上がる。部屋自体は大した広さはないらしい。隠し部屋だったのだろうか?
「じゃあこの、四角いのは何だ? ……ひょっとして棺桶!? うひょ!!」
何処かおかしいテンションになる琉。探索者としての性か、タダの貧乏性か、それともその両方か。飛び着くように棺桶に近付く琉。付着した砂を払うと、その蓋には古代文字が彫られている、棺桶である可能性が、グンと引き上がった。それだけでなく、旧帝国の激戦区であったこのエリアではこれまで、文字の彫られたモノが出たことがないのである。
「彩田琉之助、世紀の大発見! これは皆高額で買い取ろうとするだろうな、こりゃ大儲けだぜ!! ……って、あれ?」
棺桶を調べた琉だったが、この棺桶にはある特徴があった。蓋の真ん中に、デカデカと穴が開けられていたのである。パイルバンカーでも使ったのだろうか? しかしここが激戦区だとして、棺桶に穴を開けて何の意味があるのだろうか? 棺桶を部屋から引っ張り出したまま、琉は考え込んでいた。しかし考え込んでいても始まらない。琉は棺桶を抱えて階段に向かった、その時だった!
「パルトネール! こんなタイミングで!?」
パルトネールが突如警鐘を鳴らす。この近くに、ハルムがいるということだ。嗅ぎつけられたのだろうか? しかし琉がエントリーしてから流れた時間は、まだ1時間も経っていない。
「……ほとぼりが冷めるのを待つか。今出たら餌食になるのが目に見えてるぜ」
琉はあえて外には出ず、棺桶をその場に置いてハルムがいなくなるのを待つことにした。そうすれば、そのまま通り過ぎてくれることがあるからである。そもそも仮に狭い地下室で複数のハルムと乱闘になった場合、落盤を起こして命を失いかねない。通常ならば、ここは待つのが賢明な判断なのだ。
「さっさと行ってくれー。中には誰もいませんよー?」
棺桶に頬杖を突き、琉は呟いた。しかしパルトネールの反応は小さくなるどころか徐々に大きくなっていく。通り過ぎるどころかますます接近しているか、数が増えているのだ。
「おいおい、勘弁してくれよ? ……あと1時間か。さっさと諦めてくれると良いのだが」
琉は気付いていなかった。彼の背後から忍びよる、その気配に……。
カレッタ号操舵室。琉が遺跡でうひゃうひゃ言ってるのも知らずに、ロッサは待っていた。その目はサーチライトに照らされた遺跡の光景を眺めている。琉が入って行った廃墟が、その中にあった。
「あと1時間とちょっとかぁ……ってあれ何!?」
ロッサは我が目を疑った。琉の入って行った廃墟に、巨大な影が接近していたのである。8本のうねる触手を伴ったそれは、廃墟にとりついて何かを探っている。
「ハルム!?」
ロッサは思わずガラスに突撃した。だが海に出られるワケもなく、そればかりか今遺跡に出ればロッサはまた悪夢にうなされて動けなくなってしまう。
「うぅ……どうすれば……」
途方に暮れるロッサ。ハルムを見ることで湧きあがる捕食者としての本能。その一方で悪夢に対する限りない恐怖が彼女の中でせめぎ合い、まともにモノを考えることが出来なくなる。
「どうしよう……どうしよう……あ!?」
あたふたするロッサの目に何かが映った。琉が無線に使っていたマイクである。それと同時に、ある言葉が脳裏をよぎったのだ。
『以前教えたと思うけど、操舵室のマイクから音が鳴ったら出てくれ。逆にもし船に何かあったら、そのマイクを取ってスイッチを入れるんだ。良いね?』
「……今の琉には見えてない、だったらわたしが!」
ロッサはマイクに飛び着き、琉に言われた通りにスイッチを入れた。
「琉、聞こえる!?」
「はいはいこちら琉、カレッタ号でトラブルかなー? 今はそっちに行ってられないぜ。どうも周りにハルム来てるみたいでな、通り過ぎるのを待ってるというワケでありまして……」
「違う、すぐに建物を出て! 大きいのが来て、建物の中に何か突っ込んでる!!」
飄々とした琉のセリフに対し、ロッサの必死な声がマイクを走る。
「何、何か突っ込んでる? ……ってアキサミヨー(げぇッ)!?」
「琉? 琉!? え、ちょっと!?」
通信が途切れた。それと同時にハルムが建物から引っ張り出した触手に、何かが巻き付いてるのが見える。黒地に赤い模様のそれは、まぎれもなくラングアーマーを纏った琉そのものであった!
「ぐわああああああ!?」
触手に絡め取られ、地下室から引きずり出されながらもがく琉。その衝撃で思わず、パルトネールを離してしまった。それだけにとどまらず、触手はパルトネールを見つけるや否やつかさず奪い取ってしまったのである。
「パルトネール! ……クッ、コイツの方が力が上か!!」
パルトネールは琉の声に反応する。しかし声を限りに叫び、手をかざしたにも関わらず、パルトネールは戻ってこない。琉の方向に飛ぼうとするのを、触手が引き止めてしまっているのだ。
「ハンディ……クラッシュ!」
琉はかざした手の装置を触手に叩き付け、その手を高熱化した。そして容赦なく、灼熱の指が触手に突き刺さったのである。ハンディクラッシュによって焼かれた触手は急激に縮み、解放された琉はすぐに体勢を立て直した。
「アギジャベッ(くそッ)、パルトネールを取られたか! このままじゃアードラーを使えない、どうにかとりかえさないと!!」
うかうかしてるヒマはない。相手の触手は攻撃の手を休める気配がまるでないのだ。それもそうだろう、こんなエサを前に簡単に諦めるような捕食者などいるワケがない。琉は腰のスクリュー装置を起動し、触手をかわした。とにかく距離を離し、構えを取る必要がある。パルトネールが使えず、アードラーはパルトネールがなければ呼び寄せることが出来ない。今のロッサには戦うことは出来ず、ツインレーザーやカレッタキャノンは琉の声がなければ起動しない。
距離を離すと、相手の全貌が伺えた。ウミウシを思わせる、全長10mはあろうかという巨体。背中には数本の触手が蠢いている。
「コイツは……セルペスク!? チッ、接近戦じゃ分が悪過ぎだぜ!」
泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目。琉はこの危機を脱することが出来るのか!?