『戦慄のメンシェトゥリス』 急
聞き出した情報を元に、攫われた子を助けるべく乗り込む琉達一行。そこで彼らが見るモノとは。そして恐るべき神の兵器の正体とは。
『良いか、この装置はまだ実験段階だ。一回使ったら使えなくなる、だから使う際にはよ~く考えてくれよ』
ゲオによる改造によって、サポートメカに付けられた装置。その音声ガイドの一節が、メンシェ教徒達と戦う琉とジャックの脳内で反芻されていた。
「カズ、この子を頼む!」
「任せてくれ!」
手負いのカズと女の子を船に乗せ、先に隠れ家へと向かわせる。
「逃がしてはなりません! あの子供を奪い返すのです!!」
「そうはさせん! ビショップ・テンタクル、お前の相手は俺達だァ!!」
琉達が、教団兵を率いるテンタクルの前に立ち塞がる。手槍を構えるアヤメ、その爪を教徒に向けるロッサとフローラ、自前のトライデントを引き抜くジャックと琉。互いの視線がぶつかり合い、散らす火花がまさに爆発しようとしたその時だった。
「待て」
荘厳な声が響く。テンタクルを含めた教徒達は全員揃いに揃って隊列の真ん中を開け、膝を突いた。琉達の武器を握る手に緊張が走る。
「ビショップ・テンタクル、教徒達を連れてここを去れ。私が彼らを始末する」
「教皇様!?」
「二度は言わん。早く行け」
「は……ハッ! て、撤収!!」
予想外の事態。次々にその場を去る教徒達。後を追おうとするアヤメとロッサを、琉とジャックは止めた。相手の狙いが全く読めず、うかつに動いたら何が起こるか分からないからである。
辺り一帯が緊張した空気に支配されてゆく。ヴァリアブール迫害を先導する悪の枢軸ともいうべき存在を前に、特にロッサとフローラはかすかな震えを感じていた。それは恐怖なのか武者震いなのか。そんな張り詰めた雰囲気の中、琉は半ば挑発するような言い方でメンシェ教皇に突っ掛かった。
「アンタがメンシェのフラー(バカ)共の親玉、教皇様ってヤツか。随分と大胆な行動に出るじゃねぇか、一人で俺達をどうしようって言うんだい?」
「異端者彩田琉之助、だったな。私の姿を見た異端者はその日のうちに死ぬこととなる。いでよ神の兵器、メンシェトゥリス!!」
その片手を掲げる教皇。すると地下教会へ通じていた建物を突き破り、巨大な塔が姿を現した。ハロゲニア中の人々がその様子を驚愕と共に見つめている。
「生贄を捧げずとも、メンシェトゥリスは私の意思一つでお前達を消し飛ばすことが出来る。かつてヴァリアブールのコロニーを焼き払ったようにな!」
「何だと!?」
「我々に逆らったことを後悔しながら、神の刃で地獄の業火に包まれるが良い」
トゥリスの先端から巨大な暗雲が発生し、たちまち一帯の空を埋め尽くす。轟音が響き渡り……。
琉達が予想外の苦戦を強いられる中、カズは無事にユウジの家まで辿り着いていた。女の子を降ろし、家にいる彼女の母に会わせるため扉を開けた、その時である。
「たっだいま~! 無事に取り戻しましたぜぇ!」
「んん! んんんん!!」
「あん? 何だ今のうなり声は。何か起きたんかな……!?」
カズが不審に思いその扉を開けるとそこには、両手両足を縛られ猿ぐつわを噛まされた女の子の母親の姿があったのである!
「お母さん!?」
「しまった、メンシェにカン付かれたか! ってことはユウジ! ユウジは何処だ!? ……とりあえず今は助けないと!!」
カズは半ば飛び掛かるようにして猿ぐつわを取っ払うと、夢中になって縄を解き始めた。
「カ、カズさん! 後ろ、後ろ!!」
「後ろ? 一体何が……!?」
言われた通りに振り向くカズ。その目と鼻の先に、刃が突き付けられていた。その刃を握っていた者、それは……
「ユウジ!? 正気かお前!?」
「異端者に加担する情報屋、桜咲和雅。生贄の子は返してもらおうか。我が渾身の作であるメンシェトゥリスが、腹を空かしているのでね」
「渾身の作だと!? そうか……ユウジてめぇ、最初っからメンシェの仲間だったんだな!! ってことは琉達が!!」
「そうだ。ヤツらはメンシェトゥリスの実験台となる。見たまえ」
近くの布を取り払うと、そこには巨大なモニターが映し出されていた。そこには、こちらを驚愕の目で見つめる琉達の姿が映っている。
「琉ッ!?」
「さぁ見るが良い。今まで助けて来た同郷の人物が、一瞬にして炭へと変わる瞬間をな! 我が古代兵器研究の集大成、その威力を!!」
ユウジは手に持った装置のスイッチを押した。途端にモニターが強烈な閃光によて包まれる。カズが助けた母子は思わず目をそらした。
「やめろおおおおおおおお!!」
「……チッ、逃したか。あのトライデント、先に奪っておくべきだったか」
襲い掛かった巨大な稲妻を、琉はパルトブーメランを使って受け止めた。何かしらの物陰に隠れて稲妻をやり過ごすしかないのだが、これではヴァリアブールどころか普通の生物ですらまともに動くことは出来ないだろう。
「本来のトゥリスなら天変地異全てを引き起こし、島一つを壊滅させることも出来る。お前達に逃げ場所などない、諦めて腹を斬れ」
「くそッ! どうすりゃ良いんだ!?」
琉が苦々しく叫ぶ。
「琉、トゥリスのてっぺんからハルムの匂いが! それも強いハルムの!! ……でも死んでるのに形があるって……」
「何だって!? そうか、残りの一体のバジリゼルはとうの昔にあの材料になってしまったってことなのか! ……どうやったのかは分からないが、そもそもヤツらが三大ハルムを蘇らせたのはこのトゥリスを造るためだったんだな!!」
ロッサのセリフに、ジャックが反応した。三大ハルム復活の謎が解けたものの、戦況は至って変わることがない。
「どうした。出て来ないならば炙り出すまでだ。出でよ、我が忠実なる騎士たちよ!」
メンシェ教皇がローブを翻すと、途端に10数人もの教団兵が姿を現した。そして物陰でやり過ごしている琉達に襲い掛かる。
「止むを得ん、籠城戦だ! まさか味方を撃ったりをしないだろうからな……」
「ふん、雷避けに建物の中に逃げ込んだか。今回のでは不可能だが、本来のトゥリスならば地下のマグマを吹き上がらせて焼き尽くすことも可能だ。最も建物ごと破壊する強力な雷を放てれば……。しかし、いつまで持つかな?」
「やめろユウジ! 自分のやってることが分かってんのか!?」
母子をかばいつつ、カズは抗議した。
「ああ、分かってるさ。我が芸術作品を披露しているまで。そしてより輝く稲妻を起こすためにも、トゥリスは生贄を必要としているのだよ」
「……なるほど、ヒトを養分にして動く兵器ってか。だったら無理矢理にでも止めてやるまでだァーッ!」
飛び出し、思い切り繰り出したカズの拳がユウジの頬を直撃した。吹き飛ばされるユウジ。その顔を見たカズは戦慄した。殴った箇所が、まるで別人のように変わっていたのである。琉やカズと同じく20代半ばと思われたユウジだが、その箇所だけはまるで50代過ぎの中年男性のように老けていたのだ。
「ユウジお前……一体何者だ! 正体を現せッ!!」
するとユウジは顔はみるみるうちに変わっていき、全く別人のモノとなっていった。殴って急に老けたのではない、元々が中年男性だったのである。そしてその顔にカズは見覚えがあった。いや、この世界の人物なら一度は目にしたことのある顔が、そこにはあったのである。
「火之村博士!? そうか、火之村博士のフルネームは火野村雄二……琉から聞いてはいたが、メンシェに協力していたというのは本当だったんだな!?」
「いかにも。私は古代兵器の研究者であると同時に、情報屋の一人でもあるのだ。貴様の友人達はいわば、おびき出されたということよ。さぁ、そこの娘をこちらに渡せ。いや渡さなくても良い、貴様はこの私自身の手で葬ってやるからな!」
教皇配下の教団兵はそれまで戦った教徒達とは違い、ローブの上から鎧を身に付けている。更にこれまで以上に高い戦闘力を持ち、琉ですら苦戦を強いられた。というのも、相手のハルバードをパルトネールで受け止める、だがそのパルトネールから嫌な音が響いたのである。
「今、ミジッて音がしたぞ!?」
慌てて刃を受け流し、距離を取った琉はパルトネールを見た。刃を受けた箇所がひび割れ、黒いカケラが地面に落ちてゆく。そしてその間にも、背後から刃を振り下ろす者がいた。すぐさま壁を背にして、琉は恐怖を抑え込む。
「琉、ここは任せて!」
ロッサが琉の前に躍り出る。その額が開き、第3の目が開かれた。彼女にとって、対メンシェ教徒用の奥の手である催眠眼光。これを浴びてしまえば、たとえ薬で強化していようと生物であるならたちまち意識を奪われ、昏睡状態に陥ってしまうというシロモノである。だが……
「え、通じない!?」
教団兵は誰一人倒れなかった。倒れるどころか、全く歩調を崩さずこちらに向かって来る始末である。それを見たジャック、フローラ、アヤメの表情は硬直し、琉に至っては真っ青になっていった。
「こ、こうなったらッ! ロッサ、下がってろ!!」
イチかバチか。琉はロッサの背後から飛び出すと相手の懐に飛び込んだ。ハルバードのようなロングウェポンは、距離を詰められると返って弱くなる。琉はそれを本能的に悟ったのである。そしてその大きな手が教団兵の仮面を掴み、反対側の壁に叩きつけられた。
「どんな面してやがんだ、見せやがれオラァ! ……んなッ!?」
その素顔を見た琉は衝撃のあまり奪ったモノを地面に落してしまった。仮面の下に隠された顔、それは何と……
「機械人形だと!? 畜生、上手いことやりやがったな!! それに妙な強さも納得だぜ!!」
「え、機械!? ヒトじゃないの!?」
「ロッサ、頼む! しかし相手がヒトじゃないなら好都合だぜ、安心してぶった斬れるからな!! パルトネール・サーベル!!」
容赦のなくなった琉達一行。だが現実はそこまで甘くなかった。ただでさえヒトの力を上回る教団兵達。更にうかつに屋根より外にでようモノなら……
「うわッ! 今地面がえぐれたよ!?」
外に出ようとしたアヤメの目の前に、強烈な稲妻が降りかかる。トゥリスによって引き起こされる雷が、極めて正確にこちらを襲うのだ。琉とロッサ、フローラとジャックとアヤメ、分断された一行。それぞれが別の建物に籠り、バラバラになっての籠城戦。メンシェによる人払いのせいか、辺りには他に助けを求められる人が誰もいなかった。不利としか言いようのないこの状況。教団兵を斬りつつも、パルトネールのヒビは広がるばかり。今技を使おうモノなら、エネルギーが漏れて爆発する恐れがある。
「くそッ! 何か良い手はないモノか……そうだ!!」
琉は教団兵の一人を捕まえると、すぐさま扉を閉めた。そして武器を取り上げてロッサに押さえ付けさせると、携帯電話を取り出したのである。
「ジャック、聞こえるか!? 今妙案を思いついたから聞いてくれ。良いか……」
正体を現した情報屋のユウジ――メンシェ教に加担する古代兵器の権威、火之村博士。彼の手に握られているのは、両端に長い刃を持った、初期型のバジュラムだった。カズは自らのバジュラムを釵に変え、博士と対峙する。
「同じ情報屋として、お前は許しちゃおけん。覚悟!」
「小童が。一人でどうにかなると思うなよ。やれ!!」
博士の一言で、扉を蹴り倒したメンシェ教徒達がなだれ込んできた。そのメンシェ教徒達を迎え撃ち、カズは母子の前に立ち塞がる。
「良いね……たまには暴れるのも悪くない……良いか、殴られたくらいでくたばるオレじゃないって所を見せてやるよ。来いッ!!」
二箇所で繰り広げられる熾烈な戦い。メンシェ教と琉達の決戦の幕は開いた。果たしてどちらが勝つのか、次章へ続く!
多忙につき、更新が遅くて申し訳御座いません。
ですが必ず、この物語は完結させます。
なのでどうか、最後まで見届けて下さい。
~次回予告~
ヴァリアブール存亡をかけ、琉達一行とメンシェ教の激しい戦いが繰り広げられる。そしてゲオによって備え付けられた、サポートメカの追加機能とは何なのか。今、長い戦いに終止符を打つ時が訪れる。
次回『決戦の時』
ピリオドを撃たれるのはどちらか




