『戦慄のメンシェトゥリス』 序
~前回までのあらすじ~
死亡したネオから目を返されたロッサ。その時ネオが取り込んだヴァリアブール細胞に宿った記憶が一気に流れ込み、昏睡状態に陥った。ジャックの力により、琉達はロッサの精神世界内に潜り込んでの治療を試みる。そこで見たのは彼女の壮絶な記憶と、人間の都合によって犠牲を強いられてきたヴァリアブールの悲しい歴史であった……。
ハロゲニア領の島の一つ、クロリア島。つい先日までハロゲニアの玄関口として賑わっていたこの島の大通りは今、静まり返っていた。
「落ちる所まで落ちたな、俺達の生活は」
あの病院襲撃事件以来、クロリア島内におけるメンシェ教徒の発言力及び影響力は、日に日に強固なモノとなっていった。実は、病院襲撃と同時進行でメンシェ教の別働隊がクロリアの警察署を襲撃、治安維持機能を奪い取って立て籠ったのである。
「メンシェのヤツら、どうやらこちらを潰すためにハロゲニアごと占領する気らしいな。そのためにまずクロリア島を閉鎖して余所からの船の出入りを封じると。……アギジャベ(クソッ)、身動きとれねぇなんてレベルじゃねーぞ!」
ロッサの記憶が元に戻ったのは良いモノの、メンシェによる占領により琉達の生活は困難を極めていた。うかつに表を歩くことが出来ず、食べ物にありつくこともままならず。ヒト族以外の種族はただそれだけで、入信を拒んだヒト族は見せしめとして、メンシェ教徒による暴行を受けるようになり、人々はただ怯える他なかったのである。
「いやぁ~、やっとこの格好で堂々とお天道さんの下を歩けるようになったぜ!」
「全くだ、正しいのはこちらの方だと言うのに何で今までこそこそしなくちゃいけなかったんだか」
「しかしこれからが肝心だぞ~! まだあの異端者どもは逃げ回ってるからな~!」
建物の陰で息を潜める琉達のそばを、メンシェ教徒達が通り過ぎて行く。既に勝利した気でいるようだ。
「ヒト族の恥どもがぁ……しかしカズはまだか?」
琉とアヤメ、ロッサとフローラはメンシェ教によるマークが激しいために。ジャックはアルヴァン族であるために表に出られず。山積みにされたゴミ袋の裏に隠れて潜む五人はこっそりと今後について話し合っていた。
「まずは次の隠れ場所を決めないと。この状態はいつまで続くか分からないし、今の状況じゃあカレッタ号の修理は絶望的だし、直った所で今は脱出出来ないし。それにこのゴミだって、明日の朝には回収されちゃうわよ……」
アヤメが地図を広げつつ、現状を話す。
「くっそぉ。次にやるべきことが分かっていながら、打つ手がないなんてな。ヴァリアブールのコロニー、あの島なら存分に作れるんだけどな……」
「そういえばアヤメ、メンシェの連中が蘇らせた三大ハルムの一つ……バジリゼルは今どうなってるの? 全く音沙汰がないんだけど……」
ロッサはアヤメに聞いた。だがアヤメは首を横に振りつつ答えた。
「残念ながら、あたしのような下っ端には何も教えられてなかったの。まさかメンシェが、滅びたハルムを蘇らせて用意してたなんて……。こないだのガルメオンだって、『滅びたはずのハルムが出たからやっつけに行け!』とだけ言われたし……」
「そんな、じゃあメンシェの人たちも、み~んなだまされてたってことなの?」
「いわゆるトップシークレットってヤツだね。部下達には何も知らせず偽りを用いて利用する……やはりあの上層部は心底黒い連中ばっかりのようだねぇ……」
ジャックが苦々しく呟く。と、そこにすさまじい轟音が鳴り響いた。ロッサ、フローラ、アヤメ、ジャックの目線は一斉にある方向を向く。
「……悪ぃ、俺の腹時計は音量調整が効かねぇんだ」
後頭部をポリポリと掻きながら、琉は言った。
「確かにお腹空いたわね……カズはまだかしら?」
「お前達の言うカズってのはコイツかぁ?」
戦慄走るゴミ捨て場。ゴミ袋がガラリと崩れた先には、フードの男達に捕えられたカズの姿があったのだった。
「カズ!?」
「すまねぇ……皆すまねぇ……」
カズの顔には大きなアザが出来ており、武器であるバジュラムは教徒の一人に取りあげられていた。
「もう3日もゴミ捨て場をあさっていたのを、こっそり後を付けてみたら分かったのさ! 大人しく表へ出ろぉ!!」
表情を歪める琉。もっと早く、場所を移動するべきだったのである。
「分かった、今出てやるから場所を開けやがれぇ……」
「袋のネズミのクセして、随分と態度がでかいじゃねぇか!」
「出てやるんだから文句言うなよ……まぁ大人しくはないがな!!」
琉は突如、カズを押さえつけている男の顔目がけてその拳を叩きつけた。その仮面を砕かれ、相手は気を失って倒れ込む。そのスキに琉はカズを抱えて建物の隙間に逃げ込み、ロッサの肩を軽く叩いた。ロッサは軽く頷くと教徒達の前に現れ、そして……
「うわぁあああああああああ!?」
「しまった!?」
赤い光が教徒達に浴びせられる。たちまち辺りにはメンシェ教徒達の絨毯が出来上がった。今のところは増援が来る気配がない。一行はカズの調達して来た食料の入った袋をかっさらってその場を後にしたのであった。
「いててて! 結構しみるぜ……」
とある食料品店の奥。メンシェ教徒達の目をかいくぐり、一行はカズの知り合いの店に逃げ込んだのであった。
「明日の夜のうちにここに移らせてもらう予定だったんだけどね……この調子じゃ今晩中にまた別な場所に行かなくちゃなんねぇな……いててて!! おいユウジ、しみねぇ薬はねぇのかよ!?」
「んなモンはウチにねゃーわ! 」
ユウジ。カズの持つ情報網の一端を担っている男である。
「ところで琉って言ったね。今度カズに伝えたろと思った情報なんだけどよぉ……ヴァリアブールだったかな、さっきメンシェの連中がしょっ引いてったぞ!」
「何だってヴァリアブール!? おかしい、今生き残ってるのはロッサと、フローラだけのはずだぞ!?」
「他にもおったかもしれんだろ! でもヒトの子がいきなりそのヴァリアブールになるとかあるんかなぁ……実はその子のお母さんを今店でかくまっててな。……どうぞ、こっちです」
ユウジが連れて来た女。目も髪も黒く、ごく普通のヒト族の女性である。
「一体、ヤツらは何て言ってたんです?」
「……何でも私の子が悪魔だとか何だとか言って、急に……。確かにあの子は生まれつきアルビノで、他の子とは若干違う子でしたが……」
泣き崩れながら、女は起こったことを話した。
「私の子が何をしたって言うんですか!? あの子の何処が悪魔なのですか!? 何故よりにもよってうちの子が……」
「汚い連中め……そうか、ヴァリアブール迫害は過去のことにかこつけて、特定の人物へのレッテル貼りに使うつもりだったのか!」
ジャックが言う。現実世界でいう、魔女狩りのようなモノである。
「許せない……わたし達への迫害どころか関係ないヒト達にまでこんなことをするなんて!」
「え、おめゃあさんも……!?」
ユウジ、及び彼の連れて来た女は驚愕した。ロッサとフローラの目は、明らかに人類のモノではないのである。
「黙っててごめんなさい、わたしとこの子はその、メンシェの言ってた悪魔こと“ヴァリアブール”そのものなんです」
「怯えることはないぜユウジ。この二人は悪魔どころか、むしろ天使のような方達だ。だが今までヤツらには散々な目に合わされて来てな……」
「カズ……それでおめゃあさんは今までメンシェの情報を重点的に集めとったのか」
「まぁな……コネの中に、メンシェのヤツがいないとも限らない。うかつなことは言えねぇよ。それにオレ達情報屋が情報を集めるのに、理由はいるかい? いててて……何か琉に薬塗ってもらったら痛みが増した気が……」
「しょうがねぇだろ、ちったぁガマンしろ! 何ならロッサに代わってもらうかい? ……ユウジだっけ、面白いのが見られるぜ! その名もカズの鼻血噴水ショーって言ってな! まぁ冗談はともかく、その子をどうにか助け出せないモノかねぇ……」
その晩。琉は黒ずくめの格好に着替えていた。
「メンシェ教徒を一人とっ捕まえて来る。何か知ってるかもしれねぇ」
「だったらおれのコスプレ衣装を貸そう。何、黒ずくめのヤツだからこういう時には向いてるだろうから。流石にそのスーツじゃ目立つでしょう」
黒子を思わせる頭巾を被り、垂れ幕を降ろすことによって目元を隠す。その上でいつもの真っ赤なスカーフとサッシュを巻き、結び目にはパルトネールを差すと人目を憚るようにして外に出た。
「いや、サッシュはまだしもスカーフは……」
「残念ながら、コイツは譲れねぇんだな。じゃ、行って来るぜ」
物陰から物陰へ飛び移るように歩きつつターゲットを探し、絽越しに目を光らせる。時に屋根の上を歩き、時に壁へと這いつくばり。
(ユウジのコスプレ衣装か……そういやカズにもそういう趣味があったな。しかしコレ何の格好なんだよ! つうかホントにコスプレ用なのか?)
狙うは一人で、人目に付かぬ場所を歩くメンシェ教徒。昼間に潜んでいたゴミ捨て場の近くの裏通りで、琉はついに格好の獲物を見つけた。
(しかし若干前が見辛いな……まぁガマンすっか)
足音を潜めて息を殺し、気配を消して影に潜り。ガゼルを狙うヒョウの如く徐々に距離を詰める。琉はサッシュに差したパルトネールを取り出し、口に咥えた。あと2m、1m……背後から近付く琉。今だ、射程距離に入るや否や琉は相手の肩をトントン、と叩いた。
「な、何者……うぐッ!?」
騒ぎ立てられる前に素早く口を塞ぎ、そのまま物陰へと押しやる。足払いをかけて地面に倒し、口ごと頭を押さえつけ、咥えたパルトネールを手に持つと相手の鳩尾に素早い一撃を加えた。やられた部分を押さえたまま、教徒はまるで眠り込むように倒れ込む。気絶したのを確認すると、パルトネールは再びサッシュの結び目に差しこまれた。
(念のためだ、調べておこう)
琉は次にフードの内側を探ることにした。案の定、追跡コインが貼り付けてある。このまま連れ込めば隠れ場所を特定されてしまうだろう。なので琉はそれを剥がすと、そのままグシャリと握りつぶした。
「悪く思うなよ。ちょっと聞きたいことがあるんでね。……へへっ、人間追いつめられると何処までもワルんなっちまうモンだな。ついでに言うと口も悪くなってらぁ、いけねぇいけねぇ……」
琉はおもむろに教徒を担ぎあげるとそのまま走り去り、夜の闇へと消えて行ったのであった。
琉の口調がかなりワルになってしまいましたw
人間追い詰められるとどうにでもなっちゃうモンですね。
しかし今回難産だな……




