『ロッサの記憶が戻る時』 急
カズが離脱! そして残った三人は何とあの謎の男・リベールと出会うことに。遂に、ロッサの過去が明かされる時が来た……。
「……てなワケで、オレは精神世界から放り出されちゃったのさ」
「何か所々よく分からなかったけど、恐ろしい目に合ったのは事実なのね……」
現実世界に一足先に帰ることとなったカズ。アヤメに聞かれ、彼は自分の身に起きたことを洗いざらい話したのであった。ただし、精神世界を知らないアヤメにはいまいち分からない箇所が多かったのだが。
「ま、今は見守るしかないね。……しかしさっきから急に表情が険しくなったな、何が起きてるんだ? 助太刀に入りたいんだがどうにもなぁ……」
幼いロッサとリベール。二人を無事に逃がすべく、琉とジャック、そしてフローラは戦いに身を投じていた。時に焼けた木の上から、場合によっては地中から、ソルジアーマーを着込んだ兵士達が襲い掛かる。
「お前はさっきの!? 何回目だよまったく!!」
「彩田君、それがこの世界なんだよ! まるでホラー映画のゾンビだね!!」
時には同じ顔に遭遇することもあり、斬るたびに撃つたびに三人の精神は擦り減らされていた。この精神世界において、精神の疲労は直に身体の動きを鈍らせ、かつキズの治りを遅くする。だが必要は発明の母とでも言うべきだろうか、琉は思わぬ妙案を思いついたのであった。
「……待てよ。消してもまた沸くのなら、消さずに動かなくすればどうなるんだ?」
「彩田君、一体何をする気なんだい!?」
「モノは試しだぜ。おいおめぇ、実験台になってもらうぜ!」
琉はパルトネールをシューターに変形させ、パラライザーを撃ちこんだ。だが兵士の装甲は光線を受け付けない。
「バカめ! そんなモンでやれると思ったか!! ……あぐッ!?」
兵士の背後にいつの間にか回っていた琉は、相手の脇にある装甲の隙間に通常形態のパルトネールを差しこんでいた。
「それがやれるんだな。こうやってね!」
次の瞬間。琉はパルトネールの両端を持ち、てこの原理を応用して兵士の腕の付け根をキメた。それも一瞬にして凄まじい力をかけたため、兵士の腕からは凄まじい音が響いたのである。
「ぎゃあああ!? 腕が、腕がああああ!!」
「肩をキメたならもう戦えまい。さぁ、次はアンタの番だぜ!」
「な、何だてめぇは! 一体何をやりやがったんだ!!」
琉はパルトネールで正面から叩きつけ、更に足払いをかけて次の相手を転倒させた。そして今度は腰骨辺りの装甲に隙間に手を突っ込み、そして……。
「うぎゃああああああ!?」
「中途半端に折らせてもらった。もう歩けないぜ。しかし俺の馬鹿力が、こんな所で役に立つとはな」
何と琉は兵士の腰骨を、指の力だけで折ってしまったのである。それも一瞬の出来事であった。
「琉ニーニーカッコ良い……」
「フローラちゃん!? ……なるほど、動けなくすれば良いって考えたのか……つくづく恐ろしい男だね、君は」
ジャックに二人を任せ、琉はパルトネール・チェインで相手の銃を叩き落としては近付き、骨を折ったり砕いたりというやり方で兵士達を半殺しにしていく。ラング装者の素質を持つだけあり、幼少期から並外れた力を持つ彼の手はもはやそれそのものが凶器ともいえるモノだった。
「ありがとうございます! これで、これでやっと脱出出来る……! 」
「いえ、どういたしまして。さ、早くここを!」
彼の思惑通り、一行を追う兵士の数は徐々に減っていく。それどころか彼らの後には転々と、動けなくなった兵士が転がっていたのである。やがて船に着く頃には、リベールを追う者はいなくなっていた。だが同時に、接近戦を試みる琉の体は徐々にキズ付き、歩くたびに血の跡を残す。骨を外す間にもナイフで刺され、巻き起る火の粉に焼かれ、琉の体にもまた無数のヒビが入っていた。
「え、貴方達は!?」
「お気になさらず、さぁ!!」
ジャックはリベール達を船に乗せ、素早く押して船出させた。その後ろで、フローラは琉のマネをして腰骨にその爪を刺し込んで神経を断ち、琉は兵士のナイフで斬られつつも背骨を外すという荒技を成し遂げていた。
「……お母さん!」
「やはり……当たっていたか!」
「ロッサ! そこにいるのか、今助けに……うッ!?」
ロッサと聞き、琉はすぐさま穴に向かおうとした! だが、かけだそうとして体が倒れ込み、四つん這いになる。ナイフで斬られたあちこちの箇所から大きなヒビが入り、ボロボロと崩れ始めていたのだ。
「彩田君!?」
「構うな! この程度ならまだ大丈夫だ、それよりも早くロッサを!!」
ジャックとフローラが中に入って行くと、そこにはキズだらけとなってぐったりと倒れ込んだ大人のロッサの姿があった。二人がすぐにロッサを表まで運び出すと、四つん這いで喘ぎながら琉がにじり寄って来た。何とか身を起こし、ロッサを抱える琉。顔や手に入ったヒビは、彼の体中に走る痛みを如実に訴えていた。
「ロッサ……目を開けてくれ……お願いだ……!」
痛みから体を起こし、ロッサを揺する琉。涙と共に、ボロボロと琉の皮膚が崩れてゆく。琉の熱い涙がロッサの頬に落ちたその時、彼女の美しいルビーの瞳は静かに、それはそれはとても静かに開かれたのであった。
「りゅ……う……? ……琉!?」
「ロッサ……気付いたか……! 気が付いてくれたのか……!! あああッ!!」
ロッサが目を開けたことに琉は感激し、思わずガッと抱きしめた。
「ここは……?」
「ロッサさん、ここは君の心の中なんだ。現実で君がうなされて起きなくなり、僕の術を使って入りこんだのさ」
「そう……なの……。琉……顔が……ボロボロに……」
そう言うなりロッサはその唇をそっと、琉の頬のヒビに付けた。すると何と言うことだろう、琉の顔にあったヒビはたちまちに消え失せていくではないか!
「ロッサ……ありがとう!!」
ジャックはその様子を見つつ、先程カズを元の世界に戻す際に使った術を使い始めた。
「よし、あとは皆で現実世界へ帰るだけだね」
「待って。皆、聞いて欲しいの。わたし……やっと記憶が戻ったみたい……」
「何だって!?」
驚くジャックと琉。それに構わずロッサは続けた。
「この場所は元々、ヴァリアブールが一杯住んでいた湖だったの。コロニーといって、わたしの家でもあり生まれ故郷。今は……エリアγという名前で呼ばれているわ」
「ということは帝国領!? しかし何故、ここが狙われることになったんだ!?」
「それはね……」
次の瞬間、焼け野原となっていた辺りの景色が見る見るうちに木々が生い茂り、やがてクレーターとなっていた箇所は美しい赤い湖となっていった。その近くには大きな白い建物がそびえ立っている。
「これが本来のここの姿なの。わたしはこの湖で生まれて、ある人がわたしを預かり育ててくれたんだ」
琉達の見る前で、赤い水の一部が盛り上がって一人の童女が這い上がり、ローブ姿の人物が抱き上げる。その姿に一行は皆覚えがあった。
「リベール……彼は君の育ての親だったのか……」
「ここで生まれたヴァリアブールは、ある目的のためにヒトによって引き取られていたの。ここの人達は皆優しくて、それまでのように森の中を勝手に動き回るのと比べて生きられる子が多かったわ」
ロッサは湖のほとりにある祠に近付き、三人に見せた。
「この湖は、この辺りの人間達に崇められていたの。そしてわたし達は、神の御子として大事にされて来たわ。そもそもこの辺りはこの湖とわたし達のせいでハルムが少なかったの」
「ということは大戦争の正体は、宗教戦争だったのかい?」
「……実は、リベールがわたしを引き取ったのにはワケがあってね……」
すると辺りの景色がまたも急変し、今度は何処かの建物の廊下と思しき場所に移った。暗い廊下の奥に薄っすら開いた扉が見える。その扉のそばで、一人のフローラと同い年と思われる少女がじっとその部屋の中を見ていた。
「これ、わたし。そして、この部屋の中で起きていたのが……」
部屋の中では二人の男が言い争っていた。一人はよく見覚えのある男――リベールの姿であり、もう一人は初老の男性である。
「こんなことは出来ません!」
「何を言ってるんだ君は。政府に刃向かい敵対する者に神罰を与えることこそがヴァリアブールの役目、君はその役目を放棄させようと言うのか!」
「なら何故、ヴァリアブールを暗殺者として利用するのですか!? それこそ神への冒涜ではないのですか!? ヴァリアブールとの共生が、この施設の目的ではないのですか!?」
「いずれ君にも分かる時が来る。いかに自分が間違っていたか。何人もの教育者がこうして抗議しに来たがね、最後には皆自分の意見を見つめ直すのだよ。まぁ、頭を冷やしてよく考えたまえ。これは国策なのだよ」
衝撃の事実。琉、ジャック、フローラの三人は完全に硬直していた。それだけではなく、お偉いさんと思しき人物の新聞にはこう書かれていたのである。
『まさに天誅! デモ活動を指揮していた反帝国指導者、脳卒中にて死す!』
「ヴァリアブールの爪は鋭いだけでなく、極限まで細くすることが出来るの。それを用いて脳や心臓の神経を切らせて殺し、かつ外見から分からないようにすることで突然死に見せかける。更にわたし達の体は液化することでどんな場所にでも入れるわ。だから色んな意味で都合が良かったのよ。そして今見ると分かるんだけど……」
ロッサはテーブルの下を三人に見せた。そこには、しっかりと貼られた盗聴コインがあったのだ。
「これでバレたのね。見えてたはずでも見えてないモノってあるものね……」
「これが……ヴァリアブールが悪魔と呼ばれる理由……」
「この数日後、大戦争が勃発して、この建物は焼き払われ……」
そうロッサが言うなり、建物が崩れ炎が上がるあの光景に戻って行く。
「どういう仕組みかあのコロニー目がけて大きな雷が降り注いだかと思えばあの鎧を着たヒト達が次々にここを襲い、ヴァリアブールを次々に……」
ロッサの目はもはや涙すら出ず、ルビーのような輝きも完全に失われていた。
「……そしてこの後、わたしはリベールに連れられ今のアルカリアに行って、そこにも戦火が広がり更に逃げ、そして最終的に今のオルガネシアまで来たの」
辺りがまたも別の景色に変わった。これまで見たことのない町だが、戦火のためか辺りが焼けている。その奥の袋小路となった場所に、瀕死のロッサを抱えたこれまた傷だらけのリベールの姿があった。
「ここだ……。ロッサ、ここはな、本来ラディアの皇帝があらゆる災難を逃れるために使う封印部屋だ。しかし皇帝はもういない、ラディア帝国の領土の大半は既に海の底だ。しかしロッサ、君は何としても、生き残らなくちゃいけない。君が死んだらヴァリアブールは絶滅してしまう、そして君を生かすにはここで封印……すなわち、コールドスリープに付いてもらう他ない……」
リベールはそう言いつつ、ロッサを連れて建物の中に入って行く。
「ラディアはこの後何とか持ち直したんだよな。そしてコールドスリープ……そうか、この時ロッサは“眼”を失っていたな」
リベールは蓋にレーザーを放つ彫刻刀のようなモノで蓋に刻み込む。そう、琉が解読したあの謎の文言である。
「これで……後は……。おやすみロッサ、誰かに……これに群がったハルムを一掃出来るくらい強い誰かに守ってもらうんだ。それまで……」
リベールの台詞の後、辺りは暗闇に包まれた。
「……以上がわたしの記憶よ。ここから先は琉に会った時のモノが続くわね。そしてわたしが記憶を失った理由は恐らく、眼がないために生命エネルギーを補給出来ず、記憶の宿ったゲル体を使ってしまったから……」
「そうだったのか……ロッサ……その、何て言えば良いんだこういう時って……」
「……わたしの他にも、封印されたヴァリアブールはいたみたいね。しかし遺跡で見たとおり、どの棺も破壊されてたわ。やはりわたしは、最後の生き残りだったみたい……」
ロッサが一通り語り終えるのを待ち、ジャックは術を使った。四人が気付いた時、そこは精神潜入の術を行ったコンテナの影にいたのである。
「うおっ! 戻って来たか!! ……ロッサ様! 気が付かれましたか!!」
「カズ……心配してくれてありがとう」
額にキスをされ、カズは有頂天になりつつ跳ね上がった。
「琉……今ごろ言っちゃうと遅いかもしれないけど、その……わたしを見つけてくれて、本当にありがとう!」
「……どういたしまして。何、ヒトとして当たり前のことをしたまでさ。それに、これからどうすれば良いのかが明確になったからな……!」
人類の都合によって利用され、挙句の果てに絶滅寸前まで追いやられた種族。
それがロッサ達ヴァリアブールなので御座います。
~次回予告~
何故かメンシェ教徒に連れ去られるヒト族の少女。ヤツらは少女を“ヴァリアブール”と称した。彼女を助けるべく、一行は遂にメンシェの地下教会に乗り込む。そこに待ち受けていたのは、かつてヴァリアブールのコロニーを焼き払った恐るべき兵器と、メンシェ教を率いる教祖の姿であった!
次回『戦慄のメンシェトゥリス』
最終決戦の火蓋が今、切って落とされる!!




