『怪奇毒蜘蛛地獄』 急
カレッタ号を襲った謎の蜘蛛達。その魔の手はオキソ島までも追って来た! そしてジャックが読み取った、相手の行動パターンとは!?
放った糸を風に乗せ、アラニギンの子蜘蛛達はロッサを追う。
「まさか飛べるなんてね……。でも大丈夫!」
ロッサは更に海へと飛翔する。蜘蛛達は皆ロッサを追い、瞬く間に空を覆って行く。ある程度離れた時、ロッサはドレスのすそから尻尾を展開した。
「彩田君、蜘蛛は必ず風上から現れている。そして出現した地点と風向きを描きだすと……」
ロッサが空で戦う間のことである。ラング基地の中で、ジャックは携帯電話の画面に指を当て、矢印を書きこんでいた。そしてある一点で、矢印は交差していたのである。
「エリアαの無人島……怪しいとは思っていたがやはりか!」
琉は携帯電話に映し出された海図を見て、合点していた。
「この島を中心にして、どの方向に風が向くか。それによって蜘蛛の動きが変わるようだ。逆にいえば、風上から攻めれば……!」
「ヤツらの親玉を叩くことが出来る! そういうことかッ!!」
建物の中で琉達が策を講じている間、基地の上空では自らの尻尾を片手に持ったロッサが蜘蛛をまだ引きつけていた。蜘蛛が施設からある程度離れたのを確認すると、ロッサは風の向きに逆らって蜘蛛達の上を陣取った。自らの力で空に浮かべるロッサと違い、あくまで風に乗っているだけの蜘蛛は自在に動くことが出来ない。それが蜘蛛の、空中戦における弱点であった。
「こんなには食べきれないわね……消し飛ばす!」
蜘蛛達の頭上から尻尾の先端を向け、ロッサは紅蓮の炎を発射した。灼熱の攻撃の前に、流石の子蜘蛛達もたまらず焼き払われてゆく。消し炭となるモノもあれば炎に包まれて落下するモノもあり、風に乗ったまま炎に突っ込んだ蜘蛛達は次々にその命を散らして逝った。
いつしか風の向きも変わったのか、増援の止まった蜘蛛の数は次第に数を減らしてゆく。空中に浮いた時点で、蜘蛛にはすでに勝ち目がなかったのである。ロッサはある程度炎を放つと尻尾を格納し、全身を液化すると蜘蛛の群れに突っ込んだ。液化したロッサに触れた蜘蛛は片っぱしから溶解、吸収されていく。本来ハルムの尖兵であるこの蜘蛛を、ロッサが獲物として見逃すはずがなかった。
「皆、蜘蛛はやっつけたよ! もう来ないみたい!!」
子蜘蛛達を全滅させ、ロッサは基地に駆け込むとそう言った。
「ロッサ、よくやった!」
「え、アンタこの人と知り合いなの!?」
出迎えた琉とジャック。その様子を、他の避難した人たちは羨ましがった。とその時、群衆の中から声が上がったのである。
「あ、あの人だ! 確かソディア島で、メンシェ教の連中をやっつけて皆を助けた、あの砂漠の天使だッ!!」
「……なんか目立つな。まぁ、市民権は得たって所か。そうだロッサ、早速だが船を出すぞ。たった今本体を叩く策が出てな、今から出ることになったぜ」
琉はロッサに伝え、アードラーのシートからヘルメットを取り出した。
「ロッサさん、一人で出してすまない。しかしお陰でアラニギンを破る手立てが見つかったんだ。それで今出航許可をもらって来てね、今回は僕も同行するよ」
ジャックは許可証を見せつつそう言った。
「破る手立て……あの蜘蛛は風向きによって飛べる方向が変わるってこと?」
「そうだ。だからヤツのいる場所……エリアαの無人島の風上に回り込み、子蜘蛛の群れを見つけてカレッタブラスターで吹き飛ばす。それだけで死ぬ相手とも思えないが、大きなダメージを与えられるはずだ」
「まずは船に乗ろう。風下を避けて航行すれば問題ないはずだからね」
手順だけを確認すると、三人はカレッタ号に乗り込んだ。後ろから人々の声援を受けつつ、白い船体が牙城に向かう。一方で、その操舵室の中では。
「ロッサ、さっきあれだけの蜘蛛を食べたんだよね? 発作の起きた様子がないんだが……」
「うん……それどころか、何も出て来ないんだ。今までならオドベルスの翼とか、イグピオンの尻尾とか、何かしら出てたはずなのに……」
便宜上蜘蛛と書いているが、この蜘蛛は我々の良く知る蜘蛛ではない。全く違う生物――ハルムなのである。ハルムということは即ちヴァリアブールであるロッサにとってはまたとない食糧であり、その形質を取り込んで自分のモノとするのがヴァリアブール最大の特徴でもある。だが……
「やはり、“本体”を取り込まないとダメなのか。だったら余計行くしかないな! 相手は三大ハルムだ、きっと強力な形質が手に入るだろう」
「彩田君、今のところ風向きは大丈夫だ。蜘蛛を飛ばしちゃいるが、こちらに気付いた様子はないよ」
海図レーダーに表示される風向きを常に睨みつけ、舵を取る琉。その後ろで座禅を組み、印を結んで目を閉じるジャック。アルヴァンならではの幻視術で、彼は相手の様子を探っていた。
「島の端にある切り立ったガケ……そこに蜘蛛達は集結している……蜘蛛の後を付けた様子だと、本体は森の中……洞窟?」
「本体はのんきに引き籠りか。一発撃ち込めば炙り出せるだろうな……ん! ジャック、例の島が見えて来たぜ!」
琉が指差す先に、エリアα近くの無人島が見える。相手に襲われぬよう、風下を航行するカレッタ号。琉はカレッタキャノンを展開し、標準を合わせつつ島に近付いた。
やがてジャックの言っていた、蜘蛛の集まるガケが見えて来る。波によって削られた地形を利用し、蜘蛛はそこを足場に獲物を探す旅へと駆り出されていたのだ。
琉は蜘蛛の通る道を遠くから標準スコープ探り、森の中へと狙いを定めた。
「記録によれば、本体にケガを追わせると子蜘蛛が近付いて行って治しにかかるぞうだ。直接吹っ飛ばすのもあるが、これが上手くいけば体力的に子蜘蛛を使うことが出来なくなり、白兵戦に持ち込みやすくなる!」
「2回撃てば確実だな。風向きが変わらぬうちに……カレッタブラスター・ファイア!!」
掛け声と共に発射スイッチを押す琉。するとカレッタキャノンに充填されていたエネレギーが青白く光り、次の瞬間巨大な光弾が島目がけて発射された。かくしてアラニギンと琉達の戦いの火蓋が、切って落とされたのである!!
「ガケにいた蜘蛛が戻って行く! 治しに行くのは本当なの!?」
「良いかい彩田君、ある程度集まったらもう一発だ! 撃ち込んだら直接殴りこむよ!!」
「了解!!」
再び充填されるエネルギー。ガケに登っていた蜘蛛が森に入って行くのを、三人は固唾を飲んで見張っていた。そして最後尾と思われる蜘蛛が森に入った、その時!
「今だ! もう一発!!」
「カレッタブラスター・フルチャージ! ファイアァーッ!!」
先ほどよりも激しい声でコードを入れつつ、琉は再びスイッチを入れた。ドォォンという音と共に、少し後ずさるカレッタ号。カレッタキャノンからは先ほどよりも格段に大きな光弾が発射され、命中した個所からは大量の子蜘蛛が吹き飛んでは消滅していった。
「見ろ! 蜘蛛がゴミのよう……」
「ロッサ、変なことを言うのはやめて行くぞ! ……多分カズだな」
操舵室を飛び出し、甲板からアードラーに飛び乗る琉。ロッサは甲板を走り、思いきり跳躍すると同時にその翼を広げて島に向かった。
「援護射撃は任せてくれ!」
ジャックは弓を出すと、甲板で構えていた。アルヴァンがその弓を引くと、その力によって光の矢が生成されて弓にかかる。ジャックは矢の先を下に向け、その時を待っていた。
「行くぞアラニギン! チェィンジ・マシンアードラー!!」
海を走るアードラー。琉はパルトネールを取り出してコードを入力すると、その場でアードラーから飛び上がった。アードラーは島の陸地に向かって跳ね上がるとその翼状のヒレをたたみ、ハンドルやタイヤが出現してバイク形態へと変形した。そこに、空中で一回転しつつ琉が降りて来てハンドルを握る。
「パルトネール・チェイン!」
チェイン形態にしたパルトネールを片手に構え、琉は森に向かって加速する。そのそばに、翼を広げたロッサが追い風に乗って現れる。並走する琉に、ロッサが言った。
「来るよ!」
ロッサはいち早くハルムの気配を感じ取っており、それが臨界体勢をとっていることまでも読みとっていた。琉はロッサの言うことを聞くとアードラーを停め、武器を構えている。そこに、不気味な声が響き渡った。
「わらわの巣を荒らすのはお主らか?」
森の木があった地点に、ぽっかりと出来たクレーター。声はそこから聞こえていた。と、次の瞬間である。クレーター中央部が盛り上がり、体にかかる土を払いのけ、黒幕はその不気味な姿を現したのであった!
「遂に現れたか!」
カマドウマを思わせる、トゲの生えた八本の巨大な脚。蜘蛛で言う頭胸部には、女性を思わせる上半身。その手はカマキリを思わせる巨大な鎌となっていた。その顔には4つの目が付いており、口には二本の鋭い牙がギラリと光っている。
「わらわの可愛い子供達をあやめ、一体何を考えておるのか。お主ら、命は惜しくないのかえ?」
「驚いた、まさか言葉の分かるハルムがいるなんてな。こりゃ正面から交渉すべきだったかな?」
予想外にも流暢な人語を話すアラニギンに、琉はかなりの驚きを覚えていた。
「交渉……? ふん、ヒトの分際で何を言うか、身の程をわきまえよ。単なるエサの話など聞いたところであくびが出るだけじゃ……!? そこの娘、お主ヒトではない、ヴァリアブールじゃな!!」
「流石、鋭いわね。だったら覚悟は出来てるかしら?」
やはり天敵だからか、アラニギンはロッサの方を向いてその鎌を構え始める。一方のロッサも宙に浮きつつ、腕を戦闘用に変えて対峙していた。
「バカげたことを言うでないぞ、食われるのはお主の方じゃ。あまたのハルムを食らったヴァリアブールの身はこの上ない美味だと言われておる。そこの男、お主は後でゆっくり食らってやろうぞ!」
仮にも主人公である琉を蚊帳の外に置き、アラニギンはロッサ目がけて何かを吹き出した。液化してすり抜けるロッサ。ロッサのいた場所には小さな針が刺さっている。
「なるほど。話すことが出来るからって、話が通じるワケじゃないってか」
アラニギンの鎌が、液化して飛び回るロッサに振り下ろされる。自らの体を分裂して鎌をかわし、四方からアラニギンに飛び掛かるロッサ。上半身にしがみつくつもりである。が、アラニギンは巨体にも関わらずその場で跳び上がり、的を失った四体はそのまま合体して一体のヴァリアブールに戻った。
「くっ! 何て身軽なの……!?」
「その程度でこのわらわを食らうことが出来るとでも……はうッ!?」
空中に飛び上がったアラニギンを、一筋の光が撃ち落とした。ジャックの矢である! アラニギン右肩に矢が刺さり、光を発してその右肩が砕け散った。
「ジャック、ナイス!」
「おのれ、アルヴァンの矢か! 姿を見せい!!」
矢が当たり、怒り心頭のアラニギン。左の鎌を振り上げて、矢の飛んできた方向――カレッタ号の方にガシャガシャと向かい始めた。
「待ちやがれ!」
カレッタ号に乗り、追撃する琉。チェインの分銅を振り回して足元を払い、更にアードラーのアクセルを一気に駆ける。両腕に力を入れ、機体の前方を持ち上げ、そのまま宙に飛び上がる。空中でアードラーの向きをひねり、後方のタイヤがアラニギンの顔を張り倒した。大きな音と共に地面に伏せる敵の巨体。今だ! そう思った琉はチェインの分銅を相手に向け、発射して貫こうと構えた、その時だった。
「アガァッ(痛ぇッ)!?」
突如彼の左肩を襲う激痛。右手でアクセルを握るため、左手で得物を操っていた琉は途端にパルトネールを落とし、バランスを崩してアードラーから転げ落ちた。
「琉ッ! アラニギン、今琉に何をした!?」
「わらわの毒針を、その男にくれてやったのじゃ。やがてそこからじわじわと溶けて来る。当たりどころが悪かったの、そのまま心臓をやられて死ぬが良い。そうなったら男の体を、お主の眼の前で食らい尽して見せようぞ!」
針の刺さった琉の肩。その傷口から、泡が吹き出している。アラニギンの毒は確実に琉の体を蝕んでいた。
「琉、琉ッ! しっかりして、琉ゥッ!!」
「ロッサ、俺に構わずコイツを討て! このままじゃ二人揃ってコイツのエサだぞ! 何、俺はそう簡単には死なん!!」
そう言って琉はロッサの背中を押した。そしてその右腕でパルトネールを拾い上げ、口で引き伸ばすと、
「パルトネール・サーベル! うおおおーッ!!」
何と琉は、その刃で針の刺さった傷口を刺したのである! 傷口は強引に切り開かれ、深々と刺さった毒針はポロリと肩から摘出された。
ロッサは琉を信じ、そのドレスの裾からイグピオンの尾を出すとアラニギンに向けた。炎を放つロッサだったが、同時にアラニギンは炎に向かって糸を放ち、ロッサの攻撃を相殺したのである。
「ふん、タダ者ではないようじゃの。では、これならどうじゃ?」
アラニギンはその糸を琉に向け、針を摘出したばかりの彼を絡め取った。痛みに耐え、何とか立ちあがったにも関わらず、琉はパルトネールを握ったままでアラニギンに手中に落ちてしまった。サーベルの刃で糸を切ろうにも、糸はその刀身に粘り着くだけで全く切れる気配がない。
「無駄じゃ男。わらわの糸は鋼よりも強く、かつ水のように柔らかいのじゃ。どうじゃヴァリアブール、これなら自慢の炎攻撃も出来まい?」
「うっ……」
「こうなったらこの男を食らい、我が右腕を取り戻してくれようぞ! ……って何!?」
琉を捕えてドヤ顔のアラニギンであったが、その表情が一変する。なんと糸そのもの目がけ、火矢が放たれたからである! 糸を焼き切り、琉はアラニギンの手から逃れた。
「僕の存在を忘れるとは心外だね! この僕自慢の炎の矢、次は何処が良い!?」
甲板で弓を引くジャック。矢の先には煌々と炎が点っている。その目は真っ直ぐに、アラニギンの眉間を見定めていた。
「パルトヴァニッシュ! ロッサ、これを使え!!」
アラニギンから離れたとはいえ糸で縛られたままの琉。地面にうつ伏せたまま、唯一動かせる右腕でサーベルの刃を地面に刺し、コードを入力した。たちまち刃は青白い光を帯びてゆく。ロッサは琉の代わりにサーベル形態のパルトネールを握った。
「ふざけるでないぞ、アルヴァンの分際で……うっ!?」
毒針を吐こうとした刹那、火矢が眉間に突き刺さる。更にパルトネールを握ったロッサが追いうちをかけ、バッサリとアラニギンの上半身を斬り落した。
「お……おの……れ……!!」
「逃がさん!!」
ロッサは地に落ちようとしているアラニギンの上半身を捕まえ、その喉元に噛み付いた!
「ぐわぁ!? ば……バカな……この……わらわが……食われる……だ……と……」
最期の言葉と共に、ロッサに吸収されてゆくアラニギンの体。上半身を失った蜘蛛の肢体はたちまち朽ち果てて消滅し、ついに敵の巨体は跡形もなくなった。
「ハァ……ハァ……。はぅッ!?」
相変わらずの発作を起こすロッサ。そこに、ジャックが駆けつけて来た。
「ロッサさん! 良かった、形質は得られたみたいだ……あれ、そういや彩田君は何処に!?」
琉を探すジャック。すぐに見つかった。体を束縛していた糸は本体の消滅と共に消え去り、琉の体には自由が戻っていた。しかし彼の意識は、激痛と無理によって完全に失われており、揺すってもつついても動かない。
「ハァ……りゅ、琉は?」
「気絶してる……。流石にキツかったか……」
するとロッサは琉に近付き、そっとその頭を抱えた。そして腰の辺りに手を回して自分よりも大きい琉の体を抱きかかえ、翼を広げて悠々とカレッタ号に戻って行ったのであった。
「あ、待ってよ! ……仕方ないな、もう」
やっと第一章が書けました。我らが琉ちゃん、早速大ケガな上に気を失ってます。では、次回予告を。今回から、次回予告の書き方を変えようと思います。
~次回予告~
三大ハルムのうちの一つ、アラニギンを倒した琉とロッサ。ハロゲニア島のエリアγに向かう二人だが、そこに待ち受けるのは想像を絶する悪夢であった。果たして何があったのか、それはそこにいた者のみが知る!
次回『旧帝国の落としモノ』
悪夢の先に、待つモノとは。