『地獄に一番近い島』 破
湯治を始めた琉だったが、非常事態に震えるハロゲニアでは調査が出来そうにない。メンシェの脅威から逃れるために、帰郷を決意したのであった。だが……。
港から去り行くカレッタ号。その姿を一人の男が眺めていた。その背中には大きな剣を背負っており、フードを被ったその顔には謎めいた仮面を付けている。
「やはりクロリアを出たか。流石にここは、君にとってあまりにも危険すぎるというワケだな」
謎めいた発言をしつつ、男は携帯電話を取り出した。
「ドラッケンだ。そちらは首尾よく潜り込んだな? ……良いか、ヤツらが舞台に上がるまでは伏せていろ。“女優”が空に上がった瞬間、そこを狙え。分かったな? ……短い付き合いだったがこれでお別れだ、彩田琉之助!」
外洋に出たカレッタ号。その甲板に、対峙する二つの影。
「ネオ。わたしの目を取っても、あなたの目にはならないわよ」
「ネオ……古代語で“新しい”という意味だったな。まさか、アイツ自分で自分に名前を付けたのか?」
ロッサが自らの知識を注ぎ込んだとすれば、ネオ自身も古代語を解するはずである。そして彼は何を思って自分にあのような名前を付けたのか。琉にはある程度の予測が付いていた。
「ロッサ、この新たなヴァリアブールのため、その目をささげるが良い」
「おいおいおい、ちょっと見ないうちに随分と態度がデカくなったな? っておわッ!?」
ビシィ! っという音と共に、琉の足元にネオの指が叩きつけられた。
「黙れ。ヴァリアブールに何もかも劣るヒト族の分際で、大きな口を叩くな」
「ちょっとネオ! さっきから何て事を言ってるの!?」
「ロッサ。どうやらコイツ、メンシェの選民思想が伝染っちまったみたいだぜ」
ただ本能のままにハルムを食らっていた怪物から豹変した男のヴァリアブール、改めネオ・ヴァリアブール。更にヴァリアブールが元々非常に高い学習能力を持つためか、少し前までは全く喋らなかったのに対し今や流暢な言葉を使用している。
「メンシェ? ふん、ヒト族こそが最も優れた種族だとほざいていたあの連中か。……私をそのような連中と一緒にするなッ!」
急降下、そしてその剣状の爪が琉目がけて斬りかかる! すぐさまサーベルで防ぐ琉だったが、ネオはすぐにその的をロッサに切り替え襲い掛かった。
「仕方ないわね!」
ロッサはすぐにその翼を広げ、カレッタ号から飛び去った。それを追うネオ。一人取り残される琉。だが彼が一人になった時のことである。
「……いるのは分かってたんだ。出て来い!」
琉は急に声を上げた。それに呼応するかのように、カレッタ号のあちこちからフードを被った集団が姿を現す。その中には、アヤメに姿もあった。
「よく見抜いたわね。しかしここでは逃げ場所はないわよ?」
「……だから、ここで腹を斬れと?」
「それは許さないわよ。あなたは私の手で殺さないと気が済まないの」
「……全部で5人か。良いぜ、全員まとめてかかって来い!」
飛び掛かるメンシェ教徒達。琉はパルトネールの刃を仕舞うと二つに折り曲げ、その場で投擲した。琉の周りを護るかのように飛び回るパルトネール。その中で彼は袖から伸縮式のトンファーを取りだし、構えていた。だがそんな琉を、微笑をたたえてアヤメは見ていたのである。
「ふふっ、まるで学習能力がないのね。そんな二の舞を踏むとは思わなかったわ」
「何ッ!? ……げぇッ、しまったァ!!」
アヤメは刃を引き抜き、鞘を柄に付けることで手槍を組み立てた。この手槍には改造を加えたエアハッカーを仕込んであり、この能力によって琉は大ケガを負うハメとなったのである。
「あーはっはっは! おバカさんね、今日こそ自分の武器で死ぬと良いわ!!」
「や、やば、このままじゃ今度こそやられる……な~んてな!!」
「え、何!?」
慌てるアヤメ。エアハッカーを起動したにも関わらず、パルトネールはそのコントロールを受け付けなかったのだ。そして琉を襲うどころか、依然として彼を護って飛び回っている。
「そんなバカなことが!? 私のキラーイリスが、効かないなんて!?」
「ほほう、その武器そんな名前があったのか。だけど残念、俺は君が思うような二の舞踏むフラー(おバカ)じゃないんだな! もうそんなの効かないよ!!」
~遡ること2日前~
「もしもしぃ、琉ちゃん? こないだ頼まれたエアハッカー対策プログラムを作ったから送っとくよぉ!」
「本当かアル!?」
琉は思わずそう返事した。実はエアハッカーによる一件の後、琉はパルトネールを転送装置を使って工房に送っていたのである。
「オレ達の工房に不可能はないんだぜ! これでエアハッカーなんぞ怖くない、あんなのはもはやただの棒きれさ!」
「ゲオが得意げになってる所申し訳ないけどぉ、実際はエアハッカー除去システム自体は出来ていてねぇ、昨日送る予定だったんだよねぇ。そこに少し改良を加えただけぇ。まぁ、すぐに通用しなくなると思うけどねぇ」
「ええいこうなったら!!」
アヤメはキラーイリスを構え、パルトネールを掻い潜って挑んで来た。
「一応手負いなんだ、手加減してくれよ?」
「ふざけるのも大概にしたらッ!?」
アヤメを挑発し、トンファーで迎え撃つ琉。そのアヤメの背後を、飛ばしていたパルトネールが襲う! 更に琉のトンファーが彼女の腹部を打ち、その上キラーイリスを持った手が彼の握力によってキリキリと締め上げられてゆく。落としたキラーイリスを足で拾い上げ、琉はアヤメの喉元に突き付けて言った。
「リベンジ成功だな。こないだの借りは返してもらったぜ」
「うぅ……くっ……」
悔し涙を飲むアヤメ。やや得意気な琉。だが突如、ゴォンという音と共にカレッタ号が揺れ始めた。これには空中戦を繰り広げていたロッサとネオまで反応し、降りて来たのである。
「何が起きたの!?」
「分からん!! おい、この船に何を仕掛けやがった!?」
琉はよろめきながらも先程叩きのめした一人を掴み上げて尋問した。そうしている間にも、空には暗雲が立ち込めて稲光が轟き始める。
「バカめ、貴様はここで死ぬのだ! ビショップ・テンタクルの手によってな!!」
「テ、テンタクルゥ~? おい、今ここでカレッタ号を沈めたらアンタも巻き添えだぞ、それでも良いのか……おわッ!?」
海中から伸びた触手が、カレッタ号を打ちつけた。傾くカレッタ号。すっ転びながらも、何とか甲板の手すりにしがみ付く琉。そこに飛来しようとするロッサだったが、その一瞬のスキをネオが見逃すはずがなかった。
「琉、今行……うッ!?」
「もらった……!」
ネオの爪がロッサの後頭部を捉えている。引き抜くと、爪の先端にはロッサの第三の目が引っかかっていた。それを自らの額にはめ、ネオは悠々と飛び去ろうとする。だが……。
「グアアァァーーーーッ!?」
まるで狙ったかのように、稲光がネオの翼を引き裂いた。大ダメージを負ったネオはそのまま海中に落下してゆく。
「ネオッ? ロッサァーッ!? おい、しっかりしろッ!! ……アギジャベ(くそ)、こんな形で終われるかよ!!」
転覆するカレッタ号。琉の悲痛な叫びがコダマする。その一方で、
「テンタクル様、まだ私達がいます! どうか、まだ……」
アヤメの父親と思しき教徒が、アヤメを抱えつつ海に向かって叫んでいた。教徒達はテンタクルの体に飛び乗り、脱出を図っていたのである。だがこの二人が乗ろうとした時、テンタクルはそのままカレッタ号から離れようとしたのであった。
「バカめ、少しでも悪魔に加担した貴様はもはや我々の同志ではない! 異端者共々海の藻屑となるが良い!!」
悠々と離れて行くテンタクルと教徒達。倒れ込むロッサ、しがみ付く琉、取り残されたアヤメとその父を乗せたままカレッタ号は転覆、流されていったのであった。
「――う! ――ゅう!!」
暗闇の中で、誰かの声が響く。女の声だ。
「琉! しっかりして、琉!!」
「ん……ロッ……サ……? ここは……」
手と顔に砂が食い込む感触。そっと開けた琉の碧眼に飛び込んできたモノ、それは目の前一体に広がる白砂と岸に上がったカレッタ号であった。
「とにかく、助かったのか。しかしここは何処なんだ? 何処の島なんだね!?」
琉は身を起こすと、近くに刺さっていたパルトネールとトンファーを引き抜いた。そしてサッシュベルトに差そうとして、気が付いたのである。
「ロッサ、俺の服を知らないか?」
その晩。琉とロッサは焚き火を囲んでいた。食料が船に残っていたが、漂着した際にスクリューがやられ、カレッタ号は動けなくなってしまったのだ。そして更に悪いことに……
「レーダーは生きちゃいるんだがね、問題はここが何島か全く分かんねぇってことだな。残ったエネルギーはなるべく無線に使いたい、料理やなんかは焚き火を使うぞ」
「こんな時に島を発見出来ても……この近くを誰かが通らないかなぁ……」
「航路から結構離れている。無線の範囲に入るかどうか……。それより何よりこんな吹きっ晒しの中でふんどしと救命ベストだけってのがとにかく辛いぜ。何とか替えが残ってたが早く乾かないかな……お、焼けたか?」
琉とロッサが流れ着いた場所、そこはよりにもよって未発見の無人島であった。流れ着いてすぐに船にあった魚を食べると、二人は島の探索を行った。島自体はそこそこ広く、うっそうとした森に覆われていたもののある程度行くと大きな湖が見られる。そのため、幸いにも真水の確保は出来たのであった。
「とりあえず、生きていくことなら出来そうだぜ……」
「……! 琉、静かに!!」
しかし森の中は当然のことながら、島の周りの海域には浅い場所にまでデボノイドを始めとしたハルムが群れを成しており、まさしく危険地帯だったのである。タチの悪いことに、湖の周りは貴重な水源ということもあってハルムの数も多かったのだ。
「野生動物の多い場所ってのはハルムも多いからねぇ。ロッサからすればウハウハモノだろうが俺にとっちゃあヒヤヒヤモノだぜ」
「いや、わたしでもキツいわよだって目が……ん!?」
「どうしたんだい?」
ロッサは黙って人差し指を口に当て、琉に合図した。その表情は明らかに強張っており、並々ならぬ事態が起きていることを示唆していた。
「……来たッ!」
「来たって? ……うわあッ!?」
急襲する影。辺りのヤブを切り払い、溶かして進む赤き影。琉とロッサの目の前にいたのは、やはりあの男。
「ネオ!?」
だがネオは二人に構うことなく、そのまま森の奥へと飛び去って行く。翼を広げ、後を追うロッサ。琉も続こうとするが、彼の足が動かない。
「クッ!? しまった、こんな時に限って!!」
琉の足を捕えた枝状の物体。そうしている間にも、ロッサは琉を置いて行ってしまった。目を取り返すという本能によって動いた彼女に、琉の危機は分からなかったのである。
「くそう、マジュムナだな。コイツらを見たのは何年ぶりだぜ!?」
まさかの無人島生活。なんと二人っきり!?
実習+レポートで遅くなり申しわけありません。




