『彩田琉之助暗殺計画』 破
例のヴァリアブールの個体と思しき男が目撃された。そこに向かう琉とロッサであったが、待っていたのはメンシェ教の罠であった!!
ロッサと睨み合う男のヴァリアブール。異形と異形、二つの爪が互いを刺さんと狙っていた。
(モニターで見た限り、あの爪の動きは琉の剣と似ている。縦に薙ぐか横に薙ぐか、はたまた真っ直ぐ突き刺すか。だったら……)
ロッサは爪を構えて駆けだした。相手も剣のような爪を構えて飛び掛かる。ロッサが爪を振るうよりも速く、相手の爪が彼女目がけて降ろされる。袈裟がけに、凄まじい勢いで振り下ろされる爪。だが斬られる寸前に、ロッサの体が一瞬にして赤い液状となり、分裂したのである。
「!?」
急に分裂したロッサに翻弄されるヴァリアブール。そんな彼の横に、ロッサが再び姿を現した。すぐさま爪を刺そうとする男。だが彼の後頭部を、実に鋭い衝撃が襲ったのである!
デュクシ!!
「ふふっ、これで話が通じるようになるわね。あとは琉だけど……って琉!?」
操られたパルトネールにより張り倒された琉。すぐに起き上がろうとするも、パルトネールが頭上から襲い掛かる。その場で転がってかわす琉であったが、そこにつかさずナイフを持ったメンシェ教徒が襲い掛かった。
「おっと危ねぇ! アタビチグヮ(この野郎)、俺の顔に傷を付ける気か、俺はまだ未婚なんだ!!」
首を曲げることでナイフをかわした琉。ギリギリでかわしたナイフを持つ手を押さえつけ、教徒の胸元を掴むと飛んできたパルトネールに向けた。
「ぎゃあああああああああああああああ!?」
「気を付けな、2kgの物体が回転しながら飛んでるんだ。頭に当たったら確実に死ぬぜ!」
背中を強打し、悲鳴を上げる教徒。琉はメンシェ教徒を盾にしつつ、操り手を探し始めた、その時であった。
「お父さん!? ……よくも!!」
「おっと、呼んでもないのに登場したか! って、お父さんだと?」
岩陰から手槍を持ちつつ現れた教徒。仮面を着けておらず、後ろで結んだ黒い髪に紫の眼。その姿に、琉は見覚えがあった。
「君はアルカリアでの! 地下聖殿から脱出できたのか!? 名前は確か……“ショウブ”だったかな?」
「何処までもふざけたヤツ、そのひょうひょうとした態度が気に食わないのよ! それに私の名は“アヤメ”だからッ!!」
そう言ってアヤメは手槍の先端を琉に向けた。するとパルトネールが回転し、琉に襲い掛かって来る。
「操り手は君だったのか! 見た所その手槍がエアハッカーのようだな……」
「分かった所でどうしようもないでしょう? ただ武器を取りあげるだけではダメだというのがアルカリアで学ばせてもらったわ。さぁ、理解したなら諦めて大人しく死ぬことね!!」
「おいおいおい!?」
アヤメはパルトネールを操るだけでなく、自ら手槍をかざして琉に飛び掛かった。トンファーで刃を受ける琉であったが、その背中をパルトネールが打つ。例え人並み以上に体力があるとはいえ、所詮ヒト族である彼に耐久力そのものはそこまで備わってはいない。徐々にどころか急激に劣勢となっていく琉。ジャンプしようものなら自らの武器によって撃ち落とされ、正面から来るのは手槍の鋭い刃。かつてない危機が彼を襲っていた。
「流石に余裕がなくなったみたいね。いつもの余裕ぶっこいた態度はどうしたのかしら?」
「……チッ、口の悪い娘さんだぜ」
パルトネールをトンファーで受けようとした琉だが、トンファーの片方が吹き飛ばされてしまう。その隙を突いて、アヤメの正面からの蹴りが彼を襲う。倒れ込んだ彼の首にパルトネールが食い込み、砂地に固定されてしまった。
「良いザマね。これで彩田琉之助はおしまい……この瞬間をどれだけ待ちわびていたことかしら……!!」
胸にこみ上げる喜びを噛み締めつつ、アヤメは琉の左胸に手槍を向けた。
「まだだ……まだ終わってないぜ……」
左手でパルトネールに手をかけつつ、琉は右手でトンファーを振った。だがその右手も押さえられ、手首に激痛が走る。アヤメの手槍が突き刺されたのである。
「うがァァーーーーーッ!!」
突き刺された上に電流が襲う。激痛に叫ぶ琉。彼の右腕はすっかり動かなくなり、その血の付いた刃が今度は心臓に向けられる。
「もう……ダメか!」
「裁きを受けなさい。弱者を踏みにじった上に悪魔に加担した愚かな異端者の最期がどうなるか、その身で思い知ると良いわ!」
琉は覚悟を決めて目を閉じた。アヤメは手槍を振りかざし、心臓目がけてその刃を……
バシィッ!
風穴を開けようとした彼女の手に、これまた強烈な痛みが走った。吹き飛ばされる手槍に、手を押さえて振り向くアヤメ。彼女の向く方向には――
「ヴァリアブール!? そんな、やられたの!?」
「惜しかったわね。あの子にはヴァリアブールならではの方法で話を付けたわ、せっかくの計画もムダになったようね。それにわたしの名前は“ロッサ”よ」
そこに立っていたのは、全く持って無傷のロッサであった。彼女の赤い目は、愛する者を傷つけられた怒りに燃えている。奇しくもそれはアヤメのそれと酷似していた。ロッサは静かに歩み寄り、アヤメを威圧する。思わず縮こまるアヤメに容赦なく、ロッサは一撃を浴びせた。彼女のムチにより、アヤメのローブが引き裂かれる。裂かれたローブを脱ぎ捨てたアヤメはコンバットスーツのようなモノを着込んでいた。
「っつつつ……おぉのぉれぇぇーーッ!!」
怒り狂ったアヤメが手槍を構えてロッサに向かった。しかしロッサの体は赤い液体と変わり、二つに分かれてかわしたのであった。そしてアヤメの背後に回ると再び人の姿となる。すぐに振り向くアヤメに、ロッサは言った。
「その槍、電気が流れているわね」
「そうよ、ヴァリアブールは電気に弱いということを知ってるからね!」
恨み骨髄とばかりにロッサを攻撃するアヤメ。体を液化させつつ刃を避けるロッサだったが、アヤメの槍裁きは非常に鋭くこのままでは電撃の洗礼を浴びることとなってしまう。ロッサは一端距離を離すことにした。そして膝をついたまま赤黒く染まった腕を広げると、なんと腕二つがそのままアヤメに向かって飛来した。
「何!? ……しまった!!」
ロッサの腕はアヤメの腕をそれぞれ掴んだ。両腕を掴まれ、動けなくなるアヤメにロッサは言った。
「機転とはいえ、やれば出来るモノね。とりあえずこうすれば話が出来るでしょう?」
「くっ、こんな恐ろしい手が残っていたなんて……」
「恐ろしいなんて言わないの。わたしからすれば、そこまで誰かを殺そうとするあなたの方がよっぽど恐ろしいわ。わたしも琉も、メンシェの人間は誰一人殺しちゃいないわよ」
「今だ……えぇと、ここか!」
アヤメを捕えたロッサ。その隙を突き、琉はパルトネールの伸ばした継ぎ目を探り、そのままひねって二つに分けた。途端にコントロールが解け、パルトネールは大人しくなったのである。
「ハァ……ハァ……強制解除する日が来ようとはな……」
説明せねばなるまい。トライデントは安全装置として、関節部をひねることで電源を強制解除することが出来る仕組みとなっているのである。琉はトンファーを持とうとするが、右手には力が入らない。左手でトンファーを握るも、全身を2kgの鈍器で散々打ちのめされたため立ち上がることすらままならなかった。
「琉、大丈夫?」
「あぁ、何とかな。しかしロッサ、この娘をどうする気だい?」
「そうねぇ……いくつか聞きたいけど良いかしら? あなた、“ラング適能者”でしょう?」
ロッサはアヤメに訊ねた。うつむいたまま、アヤメが答える。
「……だったら何なの? 私に、踏みにじる側になれと?」
「薬なしであそこまで動ける教徒を、俺は他に知らないんだ。答えてくれ、何故君ほどの子がラングアーマーを着ず、こんなカルト宗教に身を置いているんだ!?」
琉はロッサの肩を借りつつ立ちあがった。
「貴方知らないでしょうけどね……検査を受けるにも金が要るのよ」
「金が要る? おい、アルカリア出身ならまだしもな、ヒト族である君があの国の出身であるはずがない。そんでもってハロゲニアとオルガネシアなら生まれてすぐの検査を義務付けられている。……まさか崩れか?」
説明せねばなるまい。アルカリアに住むヒト族はどの人も一時的に移り住んでいるだけであり、本籍は別に存在する。アルカリアの環境では、ディアマン及びトヴェルク以外の赤子は暑さのために死んでしまうためである。
「……私に家はないの。検査を受けることも出来ず、私とお父さんは細々とやって来た。お母さんが死んで、途方に暮れる中、私は救いを求めていた……。でもその信じるモノを、それどころか私達自信まで容赦なく傷つけるヤツがいるのよ……!」
そう言ってアヤメは二人を睨みつけた。社会の底辺で喘いでいた弱者達は、いつか“救い”を求めるようになる。しかし彼女らの求めた救いは不幸にも、より弱い者を踏みつけることによって現実から目を反らさせる集団であった。
「誰が加害者で誰が被害者か……」
「自分達の信じるモノのために、それに楯突く悪魔と異端者をやっつける。更にその異端者は、自分らを踏みにじる立場の人間……。恨みを抱かない方がおかしいわよ、これは」
顔を見合わせ、考え込む琉とロッサ。アヤメの証言からうかがい知れるのは、メンシェ教と現在の社会情勢の取り巻く非常に複雑な問題であった。単純に叩ける相手ではない、かと言って無抵抗なら殺される。ただ言えるのは、ロッサ達ヴァリアブールは常に巻き込まれ、被害に遭っているということであった。
(今だ……どうにか槍を拾って……)
アヤメは二人の様子を見つつ、落ちた手槍に足を伸ばした。つま先が届き、そっと槍を蹴り上げ、器用に口でくわえる。そしてロッサの手に掴まれた、自らの腕を引き寄せると、
「いぎぃッ!? ちょっと、何するの!!」
急に表情の歪むロッサ。アヤメはロッサの腕に槍を突き刺し、電流によるダメージを与えていた。瞬く間に黒く濁った液体と化し、アヤメを掴む腕が溶けてゆく。すぐさまもう片方の腕を戻し、失った右手を再生させたロッサ。だがアヤメは武器を構え直し、琉とロッサに対して挑みかかったのである。
「覚悟なさい! さっきはよくもやってくれたわねッ!!」
「こっちこそ痛かったわよ。……覚悟は出来てるかしら?」
手槍を構え、文字通りロッサに飛び掛かるアヤメ。だがロッサの体はおもむろに赤く変色し、手槍を食らう寸前にバラバラに姿を消した。
「な、何ィ!?」
「わたしの本気、ほんのちょっとだけ見せてあげる……!」
メンシェ教とラング装者とヴァリアブール。話が重くなってきてしまいました。今回はシリアスかつ、ロッサが地味に怒っております。




