『怪奇毒蜘蛛地獄』 破
絶滅したはずの危険なハルムが、あちこちで発見された。新たな敵に戦慄する琉だったが、その毒牙はすでに近づいていた!
気軽に電話をかけた琉だったが、受話器の向こうは気軽とは口が裂けても言えない状態となっていた。そして彼は気付いていなかったのだ。自分にも危機が迫っていたということに。
「窓ォ? ロッサ、一体何が……! ジャック、こっちも大変なことになった、続きはオキソで落ち合おうぜ!!」
「分かった、気を付けてくれよ!!」
琉は窓を見つつ電話を切った。その表情は一気に恐怖に染まり切り、体は舵を握ったまま硬直している。彼の目に飛び込んできたモノ、それは船の窓に張り着く蜘蛛だったのだ。それもただの蜘蛛ではない。アシダカグモ程の大きさで派手な紫の模様を持ち、あまつさえ大量に窓に張り付いていたのである。
「琉、あの蜘蛛ハルムの匂いがする!」
「間違いねぇ、コイツらはただの蜘蛛なんかじゃない……アラギニンの分身だ!」
三大絶滅ハルムの一種、アラギニン。情報では、自身の分身となる子蜘蛛を無限に生み出し、獲物を食い殺させて再び取りこむという捕食形態を持つハルムである。ジャックを襲ったのは、恐らくこのハルムであろう。そして偶然にも琉達は、エリアαの近くを通っていたのだった。
「片付けて来る!」
ロッサが扉に向かって駆けだそうとする。半分液化して扉に飛び着こうとするロッサの肩を掴んで止め、琉が言った。
「いや待てロッサ。相手は的が小さい上に数が多い、こういう時はコイツを使うんだ! 電撃砲、展開!!」
掛け声と共に舵に付いたスイッチを入れる琉。カレッタ号の側面から、複数のアンテナ状の物体が出現した。
「これは……!!」
「トラウマを思い出させて申し訳ない。しかし今はコイツの使い時なんだ、発射!!」
アンテナ状の物質の先端から、青白い電撃が放射される。電撃は窓に張り付いた蜘蛛に浴びせられ、黒焦げになった蜘蛛は次々に海中に没し、消滅していった。
「やはりあの消え方はハルムだな。本物の蜘蛛なら黒焦げにはなれど消えはしないはずなんだ」
相手がハルムであることを確信した琉。敵がいなくなったことを確認すると電撃砲を格納し、レバーを一気に入れるとカレッタ号は全速力でオキソ島に向かった。
「思いの他早く着くことになりそうだぜ。普段はこんなスピード出さないからな!」
「琉、また蜘蛛がッ!」
「な、何ィ!?」
ロッサが再び窓を指さす。琉が見ると、カレッタ号の窓にはさっきの倍以上の数の蜘蛛が張り付いているではないか! それだけではなく、蜘蛛は遂に正面のガラスにまで及んだのである。琉はレバーを引き、カレッタ号を減速させた。大量の蜘蛛に覆われ、カレッタ号の白い船体は今や真っ黒に染まり切っていたのである。
「な、何で遅くしたの!? 早く振り切らないと!!」
「ロッサ、視界を遮られて船を進めたら事故に繋がるぞ! アギジャベ(畜生)、こんな数じゃ電撃砲だけでエネルギーが切れちまうな、しかし蜘蛛をオキソ島に入れるワケにはいかない……こうなれば! ダイバースイッチ・オン!!」
琉は叫びと共にスイッチを入れた。途端にカレッタ号が変形し、潜水形態へと変わってゆく。琉は海中への逃避を企てたのであった。どんどん深みへと向かうカレッタ号。やがて蜘蛛達は窓からはがれていった。
「しめた、狙い通り!」
流石に水中では呼吸出来ないのか、浮力に逆らえなかったのか。蜘蛛は窓から離れては海面に浮かびあがり、消滅していった。琉はある程度の深さに到達すると、そのままオキソ島へと向かい始めた。
「このまましばらく行くぞ! しかしどうやって蜘蛛が船に着いたんだ? あの様子じゃあ泳げないみたいだったが」
「そういえば琉、蜘蛛は皆同じ窓に張り着いてから動いてたよ。何か関係があるのかな?」
「うぅーむ、分からん……。泳いだんじゃなければ飛んできたのか? しかし蜘蛛って飛べんのかぁ!?」
頭をひねりつつカレッタ号を操行する琉。海図の座標を見て、オキソ島の近くに来たことを確認するとカレッタ号は浮上した。
「よし、これで着ける!」
カレッタ号がオキソ島の港に入って行く。今、窓に蜘蛛は着いていない。チャンスである。岸壁に船を付け、琉とロッサはやっとオキソ島に到着したのであった!
「ジャック、着いたぜ!」
港に着き、琉は早速ジャックに電話をかけた。
「彩田君、来てくれたか! 早速で悪いけど、ラング基地まで来てくれないかい!?」
ロッサを後ろに乗せ、アードラーを飛ばす琉。基地の入り口近くにアードラーを停め、早速ラング基地に駆け込んだ。
「彩田君、それにロッサさん! 大丈夫だったかい!?」
「久しぶりだなジャック、こっちは無事だ。そんなことより、そっちの人達は大丈夫なのかい!?」
ジャックはそのまま二人をある部屋まで案内した。案内された先には、何人かの被害者がベッドで横たわっている。
「何とか、全員命は取り留めたよ。あとは意識が戻れば、さ」
「そいつは良かった……あんなハルム蜘蛛に噛まれるなんて想像もしたくないぜ」
琉は身を震わせながら言った。
「ハルム? あの蜘蛛、やはりハルムなのか!? そういえば、さっきアラニギンがどうこう言ってたような……」
「カズが言ってたの。三大絶滅ハルムが目撃されたとかって。そんで琉が、あの蜘蛛はアラニギンじゃないかって……」
ロッサがジャックに言う。琉はロッサに合わせて「そう、そう」とうなづいた。
「確かにあの蜘蛛の行動は不自然だった。普通蜘蛛っていうのは単独行動でね、集団であんな規律のとれた行動をするモノじゃないはずなんだよ。イマイチ信じられないが、やはり相手は君のいう通りにアラニギンの子蜘蛛なのか……?」
ジャックの顔は焦燥、困惑、恐怖等様々な感情が浮かび上がった複雑なモノとなっていた。
「しかしジャック、あの蜘蛛は一体どうやって船まで来たんだ? 試しに潜水形態で海中を行ったら蜘蛛が来なくなったんだ。それどころか溺死して消えるヤツまでいてね、泳いで来たとは考えにくいんだよ」
琉は最大の疑問をジャックに言った。
「エリアα近くの無人島が怪しいな。僕の方はあの島から離れようとした時に急に蜘蛛が出始めてね、後ろから追うように蜘蛛が出て来たよ」
「確かにこっちもあの島が近くだった。しかし近くとは言っても結構離れてたぞ? こっちは寄るどころか素通りしようとした所に横からわざわざだ。一つ言えるのは、ロッサの言う“同じ窓にばかり張り着いてから動く”という所くらいでさ……」
三人は考え込んだ。なんとかしてアラニギン本体を特定して叩かねば、あの海域を船が通るたびに被害が出てしまうからである。何より、未来の装者達がエリアαで訓練することが出来なくなってしまうのだ。
「とにかく策を考えてここに提出しないと! 今オキソは船を出すことを禁じている、策を出さない限りこの島で立ち往生することになるよ!」
「禁じられてなくても、今は海に出たくないぜ。蜘蛛に食われて死ぬなんてご免だね」
琉がそう言った、直後であった。
「うわッ、なんだこの蜘蛛は……うッ!?」
「ぎゃあああああああ!? 蜘蛛だ、蜘蛛が大量に……」
施設の中に大勢の人々が駆け込み、大騒ぎとなりだした。悲鳴が、怒号が、中でも外でも響き続けている。そして施設のガラスには、あの蜘蛛が! あの紫の模様の入った大きな蜘蛛が張り付いていたのである!
「な、何で島に蜘蛛がッ!? おい、しっかりしろ!! ロッサ、この人を中へ!」
「分かったわ! 大丈夫?」
予想外の敵襲。琉は倒れた人を担ぎあげ、ロッサと共に施設に担ぎ込んだ。
「皆さん、早く基地に避難して下さい! 外に出るのは危険です、早く!!」
ジャックが基地へと人々を誘導する。その間にも蜘蛛は現れ、次々にその牙を振りかざす。琉の足が、ロッサの足がいくら踏みつけても、蜘蛛は延々と現れ続ける。
「彩田君、ロッサさん、早く中へ! こちらは全員避難出来たぞ!!」
「よし、引き上げるぞロッサ!」
琉はロッサに言うと、彼女の手を掴んでそのまま施設に逃げ込もうとした。
「いや、わたしは残る! 皆施設に戻ったなら好都合だわ! 琉は中に入ってて!!」
「え、はい!?」
何とロッサは琉の手を振り払い、しかもそのまま施設に突き飛ばしたのである。
「おいロッサ、ヌースガー(何をする気だ)!?」
叫ぶ琉をロッサから引き離すかのように、自動ドアが閉ざされる。向かい風を浴び、ロッサの長いブルネットの髪が燃え盛るかのように煽られる。その風に乗るかのように、アラニギンの子蜘蛛達がロッサに飛びかからんとしていた。
「ハァッ!!」
掛け声と共にロッサの背中から翼が開き、向い風を利用してバック宙を決めつつ施設の上まで飛翔する。それを追うように、蜘蛛はロッサに尻を向けると糸を放出した。
「な、何だあの人は!?」
「すげぇ……ありゃ天使だ!!」
蜘蛛達は糸を足がかりにし、一斉に施設のガラス張りの壁を伝い始めた。妙に規律のとれた動きが、その不気味さに拍車をかける。施設の屋根のテッペンで、ロッサは蜘蛛達を待ち受けていた。
「よし、狙い通りね……」
再び翼を開き、施設の裏へと蜘蛛を誘導しようとするロッサ。施設の表玄関と裏には海が広がっていた。
「そうか! わざと自分一人に注意を向けさせて海に誘導し、飛びこませて溺死させるつもりだったんだな!!」
琉が言う。彼の思った通り、蜘蛛はロッサを追いかける。しかし施設の屋根に上った所で、敵は思わぬ策に出た。頂上に着いた蜘蛛はロッサの方向に腹部を向け、大量の糸を放出し始めたのである。
「え、手の内が読まれた?」
糸をかわし、更に上へと舞い上がるロッサ。一方の蜘蛛は、放出した糸が風によって煽られてそのまま宙に浮いてゆく。施設の屋根に着いた敵は、こうして次々に空を舞い始めたのであった。
「あれは……そうか、そういえば!!」
「ジャック、何か分かったのか?」
その様子を見ていたジャック。すぐさま携帯電話を取り出し、海図プログラムを起動し始めた。
「……やはり! 僕達があの蜘蛛に襲われた時、船は追い風を受けていた。そして蜘蛛達も船尾から現れてる。今回の場合は施設の正面に向かって風が吹いている。彩田君、カレッタ号が蜘蛛に襲われたのはいつだった?」
「今からざっと1時間前だが……」
「……やはり! 彩田君、相手の行動パターンが読めたよ!」
完結編でも、相変わらずのノリで参ります。ただよく考えたらこのシチュエーション、怖すぎる……。