『ハロゲニア中を駆け巡れ』 序
~前回までのあらすじ~
エリアγ探索のためにハロゲニアに赴いた琉とロッサ。しかし探索の最中にロッサは海中に漂う、虐殺されたヴァリアブールの細胞を取り込んでその記憶を見せつけられ、トラウマを負ってしまう。記憶探しを打ち切った二人はハイドロまで帰ろうとするが、ハロゲニアにメンシェ教徒が集結し、会議を開くことが判明。ロッサの特殊能力によって盗聴に成功するが、そこで明かされたのはメンシェ教とラングアーマーの意外な関係であった。今、ダークサイドの扉が開く。
「ハイドロ出身だってよ。田舎者じゃねーか」
「よく見りゃ身なりもみずぼらしいぜ。ホントに“適能者”か?」
「いかにも野蛮そうなヤツだ。しかも何だか泥臭いぞ」
「……ハッ!? ……何だ、またあの夢か……」
真夜中のカレッタ号船長室。布団から急に起き上がり、琉は冷や汗を拭いた。乱れた浴衣を直し、再度布団に潜り込む。
『航海日誌×月※日。メンシェ教が規模拡大した理由の一つに、私が利用させてもらっているラングアーマーが関わっていた。いや、関わらぬはずがない。特にオルガネシアにおけるあのシステムは、問題以外の何モノでもないのだから……』
「ねぇ琉、メンシェ教の……えっと教祖だっけ? アイツが言っていた、ラングアーマー制度ってのは一体何なの?」
この日の夕食の席で、ロッサは琉にそう訊ねていた。
「ふむ、良いだろう。今から話すのは俺が世話になっていると同時に、問題だと思っているモノだ。まずな、オルガで生まれたヒト族は皆オキソのラング基地に行くことが義務付けられる。そこで、あるチェックが行われるのさ」
オルガネシアで誕生したヒト族の新生児は、3か月以内にオキソ島にあるラング基地での検査を義務付けられている。ここで測られるのはその子の持つ基礎的な身体能力。例え訓練しても、全てのヒトがラング装者になれるワケではない。一定の水準以上の体力を持つ者のみが、ラング装者としての訓練を受ける資格を有するのである。
この検査に合格した子供の家には補助金として莫大なチャリンが毎月送られる。教育費として生活費として、実に何十億というチャリンが、訓練可能となる18歳までの間に振り込まれることとなるのだ。
「政府のやりたいことは明確だ。資格を持たないその他のヒト族よりも、国の技術のために役立つラング装者を優先して生存させる、そういった所さ。ムダ飯食いは死ねとでも言いたいらしいぜ」
「え、でもソディア島の基地には女性のラング装者募集ってあったよ?」
「国が違う。アルカリアにはそういう制度がないんだ。しかしあまりヒトが集まってるとは言い難く、むしろあの国はラングアーマーを着るより作る方が盛んだね。一方先に目星を付けるオルガネシアは急速にラング装者を増やし、海底作業のメッカとなった。そういうワケさ」
しかしこの制度には大きな問題を抱えている。琉の言った通り、ラング装者及びその卵のいない家にはあまりにも金の回らぬ仕組みとなっているのだ。そのためオルガネシアでは貧富の差が激しく、比較的田舎で水と食料ならタダ同然のハイドロ島以外の島では貧困にあえぐ者が数多くいるのだ。
「メンシェ教が目をつけたのは恐らくその層だろう。何かにすがりたくもなるモノだぜ。更に言うならラングアーマーは4種族の技術の結晶、異種族の力を借りたモノに踏みつけられるといった状況であの宗教だ、そりゃ食いつくって」
琉は更に話を続けた。
「他にも問題があってね、大抵の家ではその金で家を建て替えて豪邸にし、メイドを雇い、とにかく贅沢の限りを尽くすようになる。いわば成金ってヤツさ、まるで金を湯水のように、見せつけるかのように使うようになりやがる。こうして育ったヤツはどいつもこいつもイヤミなヤツばっかりでね……」
「ってことは、琉も相当なお金持ちだったっていうこと? だからお金に執着するの?」
「……良いこと聞いたね。ちょっと長くなるけど良いかい?」
琉も検査を通った一人である。彼の場合は生まれてすぐに母を亡くしたため、通常よりも多くの補助金が振り込まれることとなった。だがこの金を、琉の父親は使わずに全て講座に預けたままにし、更に琉がラングアーマーに適応する者、即ち適能者であることを本人には黙っていたのだ。更に島の皆にもこのことは黙っておくよう言ったのである。
「何でも適能者のほとんどが天狗様になっているのを、基地で見たんだそうだ。だからせめて俺にはハイドロの小さい集落の中で、他の子と同じように野山や海を駆け回って伸び伸びと育ってほしい――そういう思いが親父にはあったんだ。まぁこっちからすれば島の外が見てみたいって言ったらいきなりカミングアウトだったからね、ビックリして心臓が止まるかと思ったけどさ」
大自然の中ですくすくと育った少年は、健康的な浅黒い肌に青く輝く瞳を持った好青年へと成長を遂げた。だが島を出た彼を待っていたのは、環境はおろか周りの人物の反応も全く異なる別世界だったのである。
(あの時俺のことを表立ってバカにした連中は、結局訓練に耐えられずに挫折した軟弱者ばっかりだったな……。今頃どうしてんだろ)
心の整理をつけ、琉は再び目を閉じた。ハイドロを出た時に馬鹿にされたという琉のあまりに苦い過去は、いまだに彼の脳にクサビの如く突き刺さっていたのである。同時にラングアーマーの制度に対する疑問を、この時点で抱いていたのであった。
翌朝。メンシェ教の計画が実行されるまで、あと一日。琉とロッサはまたも黒ずくめの格好に身を包み、今度は直接メンシェの会議会場へと赴いた。
「やっぱり何人かうろついてるな。ロッサ、今回はコイツを使うぞ」
会議会場となっていた画廊から、メンシェ教徒がさかんに出入りしては何かを運び出している。その様子を見た琉は懐から追跡コインを数枚取り出した。
「コイツをヤツらにくっつけて来る。後を追えば例のハルムに辿り着くはずだ。犠牲者が出る前に、何より確実にハルムを食っちまうためにも先制攻撃を仕掛けてやろう」
「分かった、でもどうやってくっつける気?」
「それはな……ロッサ、よ~く見てなさい」
琉はコインを指に挟み、物陰から手裏剣のように投げつけた。飛ばされたコインはメンシェ教徒のフードの中に入り込み、内側に貼り付いたのである。更にもう1枚、今度は別の教徒の袖の中にコインを打った。ロッサも同じようにコインを投げて、メンシェ教徒に貼り付ける。
「む? あの舟はメンシェ教の私有物か。じゃあついでに……」
合計5枚。貼り付け終わると琉とロッサはその場を後にした。そして近くの飲食店に入ると朝飯ついでに携帯電話を置き、レーダーを起動させた。
「ちょっと前ならまだしも、今のメンシェ教徒はこういう所で堂々と飯を食うことが出来ん。隠れ蓑には丁度良いぜ。……あ、特大おにぎり二つ、具材はフキ味噌で!」
「あとケーキ……」
「申し訳ありません、当店ではケーキを取り扱ってはおりません」
食事を終えた二人。デザートがなかったことに、ロッサは不満そうな顔を浮かべていた。
「あとで奢ってやるから、そんなに膨れるなよ……ってむむむ!?」
携帯電話に表示されたレ-ダーを睨みつつロッサをなだめる琉。するとレーダーに移った反応が一か所に集まり、ある地点へと移動し始めたのである!
「ロッサ、追うぞ! ……この様子だとフルル島の外れか? あ、ヘイタクシー!」
近くに通りかかった舟を止め、琉とロッサは飛び乗った。
「すまない、この点を追ってくれないか?」
「へ、へい! 了解しました」
舟を追う舟。レーダーとメンシェの舟を睨む琉とロッサ。琉の読み通り、舟は島の市街地を離れて島外れの岩礁へと向かって行く。
「よし、もう良い、ありがとう! ……ここから先は一本道だぜ」
代金を渡し、タクシーを帰らせる琉。同時にパルトネールを取り出すと、
「カモン、アードラー!」
海中に潜伏させていたアードラーが、海面まで浮上した。二人はそれに飛び乗ると、引き続きメンシェ教徒の後を追い始める。やがてレーダー上の反応が、ある地点で移動をやめた。
「この近くか……。市街地の外れとなるとハルムがちょいちょい出現するからね、人通りがほとんどないんだよな……」
「あ、琉、見てアレ!」
岩陰に潜む二人。ロッサが指さす方向に、メンシェ教徒達の姿があった。そのメンシェ教徒達の向かう先には……ハイドロで見たあの巨大なメンシェの戦艦が停泊しているではないか!
「こんな所に堂々と!? 確かに、ここなら誰も来ないし岩陰になってるしでバレないかもしんないけどさ……」
「どうする!? ……ハルムの匂いがする、それもあの中から!!」
「……じゃ、やることは一つだぜ。突にゅ……」
アードラーに乗り、パルトネールや鉤爪を構えてメンシェ戦艦に殴りこもうとした琉とロッサ。だが事態は、思わぬ方向に転がったのである。
「う、うわああああああああああああああッ!?」
「んな!?」
突如戦艦から上がった悲鳴。琉はアードラーを止めた。メンシェ教の目論見と琉の予想は、大きく崩れ去ろうとしていたのである。
「グオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
上がる咆哮。響く轟音。二人には分かった。メンシェの戦艦で何が起こっているのか。
「た、た、助けてくれぇええええええええええええええええッ!! ぐ、ぐわぁッ!?」
戦艦に穴が空き、教徒が一人放り出される。何かによって引き裂かれたローブが、内部での凄惨な事件を物語っている。目の前に落下した教徒に、琉が駆け寄り抱き起こした。
「おい、何が起きたんだ!?」
「ハルムが……暴走し……ぐっ!? ぐあああああああ!?」
突如首元を押さえ、メンシェ教徒がばたばたと苦しみ出した。そしてそのまま、ある方向にまでずるずると移動してゆく。まるで見えない何かに、引きずられていくかのように。
「危ない!」
ロッサが飛び出し、体をひねるようにして爪を振るった。すると何もなかったはずの場所から赤い液体が噴出し、メンシェ教徒の首から何処からともなく真っ赤な紐状のモノが現れ巻き付いていたのである! ロッサの額にはいつの間にか、第三の目が輝いていた。
「ロッサ、一体コレは!?」
「ガルメオン……! 琉、アードラーを出して!! 後を追うわよ!!」
ダークサイド判明。ユートピアはディストピアでもあるとはよく言ったモノで、完全なる理想郷なんてモノは存在しない、私はそう思っております。




