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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

暁の巫女

作者: アステルナ

魔法のIランドに投稿していたものの修正版です。


シリアス分多めの短編練習作品ですので、あまり出来は良くないと思いますが最後まで読んでいただければ幸いです。

この世界では魔法の存在は公にはなってはいるものの、

未だにその存在は疑問視され、

余り認知されていない世界のお話。




・・・・・・・長野県内にある、山間の屋敷神羅家(カンラケ)でそれは突如起こった。






「姫様お逃げ下さい!!」


まだ若い男の声と同時に外から複数の爆砕音と戦闘音が聞こえてくる。


「な、何が起きたんですか!?」


紺と白の巫女服を身に纏った神羅家(カンラケ)神子(かみご)である絢乃(アヤノ)は、突然大声を出して入ってきた父の部下と、外から聞こえて来る騒音に驚き、戸惑いと不安を抱えた声でなんとか問い返した。


「敵襲です!!魔族(異形な姿をした魔力を持つ生物)がおよそ数百体、おそらく人型の魔族(見た目は人と同じだが身体の構造や思考が全く異なる存在)が指揮している模様です!護衛を用意致しましたのですぐにお逃げ下さい!」


報告に来た男は周囲の警戒を続けながら姫を促す。

しかし姫は今聞いた内容に最初に問い直した前よりも混乱し足を動かさず、疑問に思ったことを次々と口にした。


「と・・・、父様は?それに何処に行けばいいのですか!?そんな量の敵ではすぐに捕まって・・・」


「事情は道中お話しします、今は一刻も早く脱出を!!」


男は姫言葉を遮って、普段なら不敬罪に当たるが今はそんな時ではなく、強引に絢乃(アヤノ)の手を引き屋敷地下へ駆け出した。



その頃外では・・・・






「結界を強化しろ!!少しでもいい!時間を稼ぐんだ!」


屋敷の術者たちが突然の事態に統制など取れずにバラバラに魔族たちと応戦していた。

そこかしこで死闘、というよりは殺戮と言ったほうが近いだろう、そんな戦い・・・いや、殺戮が繰り広げられている。


神羅家にいる術者・能力者は総勢80人程だが、敵の急襲であっという間に総崩れとなった。


「む・・・無理だ!て・・敵が多過ぎるこんなの止められるわけがない!」


一人の若い術者恐怖に駆られて逃げ出そうと駆け出すために振り向き、一歩進んだところで足を止めた。


その若輩の術者の目の前に神羅家の宗主、神羅霧影(カンラムエイ)が立っていた。


「そ、宗主・・・」


霧影(ムエイ)はゆっくりと歩いて戦場に向かいながら場の者達に一括した。


「落ち着け、我等は一族の要である姫をなんとしても奴等に渡してはならないのだ!そのために我等が皆討ち死にしようともだ!!」


言葉と同時に霧影は練り上げていた魔力を、前方から迫って来た優に三メートルは越える数十の魔物の群に撃ち放った、拳から閃光が走り直線上にいた魔物は避ける暇もなく消し飛んだ。


「宗主!」


「霧影殿!」


「宗主・・・、よくぞご無事で」


押され気味だった術者・能力者達は、宗主の参戦で先の若者共々士気を取り戻し始める。


宗主は辺りを見回す。


「者ども聞け!一分一秒でも長く時を稼ぐのだ!奴等に姫が捕まれば一族の恥と知れ!なんとしてもこのクソ共を殲滅するのだ!」


「ウォォォォォォォォォォォ!!」


まさにここからが本当の死闘の始まりだった。






その頃、屋敷から数キロ離れた山道を絢乃と護衛四人を乗せた車が走っていた。


絢乃は先程からずっと聞きたくて、しかし、聞きたくかったことを運転席にいる男に訪ねた。


「安土・・・」


「はい、なんでしょうか?姫様」


絢乃は一度ためらってから口を開いた。


「・・と、父様・・・、父様と屋敷の皆さんは・・・、あの・・大丈夫なんでしょうか?」


絢乃は自分で言っていながらもわかっていた、荒事など経験がないが屋敷を出るときの雰囲気から決して大丈夫なわけがない・・・・・と。


「宗主達はあなたを逃がすために闘っています、しかし・・・事実だけをお伝えしましょう。

多勢に無勢そう長くは持たないでしょう」


持たない・・・つまりは死ぬということではないか?


そこに考えが至った時点で絢乃は今にも泣き崩れそうになった。


思い出されるのは屋敷での楽しかった日々、常に掟を優先させ厳格だがとても優しい父、幼いころからの絢乃の世話係りの詩乃さん、よく一緒に遊んだ子供達。


もう二度と合えない・・・合うことができない、我慢などできるわけがなかった、絢乃は声を押し殺し静かに車中で泣き続けた・・・・・






「貴様らなどにこのわたしが殺れるものか!」


グチャッ!


頭部が潰れた魔族が霧影の足元に崩れ落ちた。


こんな所で倒れてたまるか!絢乃が逃げる迄時間を稼ぐ、それが宗主としてしか絢乃に接することができなかった私が・・・宗主としてではなく、父として最後に娘にしてやれる唯一の行いだ!


霧影は自らを鼓舞し直して、眼前の魔族を睨みつける。


「『炎閃双(エンセンソウ)』!!」


両手を交差させ撃ち放つように広げながら唱えておいた呪文で周囲の敵を一気に焼き払った、味方の士気は高まってはいるが圧倒的な数の差はどうしようもなく、既に霧影の周りには目に入る範囲では五人しか残っていない、もはや全員が満身創痍で全滅も時間の問題だった。


魔族の強襲を受けてから3時間が経過し、霧影を含めた6人は屋敷内での籠城戦を選択することで、なんとか耐え抜いていた。


「敵の攻撃が止まりましたね…」


「宗主、姫様は何処に?逃げても安全は場所等近くには・・・」


不安げに訪ねる部下たちに対して宗主は確固とした意思と態度を持ち言い放った。


「何、信頼できる魔法使いがいてな、その方の元に向かわせた、だから大丈…!?」


ギシッ!!


話が終わる前に屋敷内を強烈な殺気が満たした。


「ひっ!なんだこれ!」


「何か来る!!」


圧倒的な力が場を満たす、あわてふためく部下の1人が言い終わるタイミングに合わせたかのように、突如ドサッと重たいものが畳に落ちる音が響いた。


「なっ!?」


「えっ・・・?あ・・たま!?」


部屋の中央に転がってきた歪な丸い物体はさっきまで一緒に居た男の頭部そのものだった、皆がその頭部の持ち主がいるであろう場所を見ると、頭部を失った身体が5つの視線を浴びる中、冗談のように前のめりに倒れた。


そして皆が驚愕し、状況を理解できないままにソレは男の頭部をグチャッ!と、踏み砕きながら部屋の中央にいきなり現われた。


「我は爵位魔族の一人、アーロ・ラルリエマ。

貴様らは強い、これ以上我が兵を失うわけにはいかんのでな、我が自ら貴様らを消してやろう」


最も早く正気に戻ったのは霧影だった、彼は先手必勝とばかりに、鋭い閃光の炎をその敵に全力で叩き付けた!


爵位魔族といえばたった1人で町を壊滅させることができる程のやつだ、霧影でさえ会ったことがない。


むしろ出会えば死ぬ。



カッ!ズガガガン!!



霧影の攻撃は閃光と共に一撃残らずラルリエマに直撃した・・・・はずだった。


「!?」


ラルリエマの手には、先程迄自分の隣りにいたはずの部下が、霧影の攻撃を食らってすでに物言わぬ(むくろ)となって絶命していた。


「クククク…、自分の部下を殺すのか?なんて薄情な奴だ、部下は大事にしろよ」


ラルリエマは盾にしていたすでに死体となったモノを無造作に霧影の足元に投げ捨てた。


「き、貴様!よくもっ!!」


「ん?何に怒っているんだ?これを盾に使ったことか?それともアレらを殺したことか?」


「なっ!?」


いつの間に殺したのか霧影でさえ気がつかないほどの一瞬で残りの部下も皆死んでいた、もう屋敷の生き残りは霧影のみとなっていた。


「おのれぇぇ!!」


霧影は最後の一人として、残された全ての力を以てラルリエマに向かって行った。


「・・・・愚かだな」


迫る霧影に対しラルリエマは手をかざした。






「ねぇ、これから何処に行くの?」


やっと普段の落ち着きを取り戻した絢乃は、隣に座っている護衛の一人の葛西に訪ねた。


ここは高速道路を移動中の車内。


運転席にはサングラスをした体格のいい体付きの「安土晃(あづちこう)


助手席には生真面目そうな風貌にスーツを着た「斎藤遼(さいとうりょう)


後部座席の右には飄々とした態度と格好をした「葛西竜二(かさいりゅうじ)


後部座席の左には常に無表情で始終無言の「渡邉達哉(わたなべたつや)


そして後部座席の真ん中には神子である絢乃が座っていた。


「あんなすごい数の敵・・・・私たち逃げ切れるの?」


絢乃が不安げに葛西に尋ねた。


「いや~、え~と・・・俺は知らねぇや、達哉・遼お前らは知っているか?」


「・・・知らん」


「安土さんが知っていると思うが・・・多分」


「安土、どうなの?」


「はい、あれほどの数の敵を撃退できる組織は、日本国内では京都の陰陽道の本家や、九州連合くらいです。

ここから一番近い東京の魔法協会は組織としては大きいのですが、設立して日が浅いので大した戦力にはならないでしょう。」


「なっ・・・・そうなんだ」


まさに八方塞がりだった、東京の次に近い京都の陰陽道の本家に行くには遠すぎるために追跡にあったら追いつかれる可能性が高い、魔法協会に行ったとしても新興の組織では返り討ちにあうだろう、絢乃にはどう考えても逃げ切ることができないと感じてしまう。


しかし、そんな状況でも落ち着いている安土に対して絢乃は悲壮な思いで問い掛けた。


「そんな状況では私たちは捕まるしかないじゃない・・・なんで・・・・・・なんで、そんなに落ち着いていられるの!?」


安土の態度に憤りを覚えた絢乃は次第に声を荒げていった。


しかし、安土は落ち着いた姿勢を崩さないままに説明を始めた。


「確実とは言えませんが神奈川のある高校に鳳帝殿がいるという情報があります」


「鳳帝!?それって、あの10柱の1人のか!?」


葛西が驚きの声を上げた、他の二人も驚愕の表情を隠せないでいる・・・しかし絢乃は。


「鳳帝って?」


拍子抜けのするくらい、無邪気に問い返した。


「なっ!絢乃様知らないのですか!鳳帝(ほうてい)とは世界でも最強といわれる10の柱の名の1つを冠することを許された1人で、現在では10柱は6人しか名を冠することを許された方がいないのですが、それでもその力は1人で天変地異をも起こせると言われるほどの人物の1人ですよ」


「へーそんなにすごい人なんだ。なら安心だね」


「はい、もしも鳳帝(ほうてい)殿が力を貸して下されば奴等を撃退することも可能かもしれません。」


絢乃は落ち着いたように深い溜め息をついた、だが安土の話はまだ続く。


「しかし、鳳帝殿がそこにいない可能性もありますし、我々の依頼を受けてくれない可能性もあります、又我々がそこまで辿り着けるかが重要です」


再び絢乃は不安になった、だが今回は少ないながらも希望がある。


もうその希望にすがるしか彼女らに残された道は残っていなかった。


「けどよぉ…」


葛西が口を開いた。


「あまり鳳帝殿の情報がないにしてもそれなりの年齢にはいってるはずだろ?なんで学校なんか行ってんだ?教師でもやってるのか?」


葛西の疑問には誰も答えられなかった。






車で走り続けてさらに1時間・・・・・・、爆音と共に遂に敵が姿を現した。


「見つかったようです、探知妨害をしたのにばれるとは、恐ろしく頭の切れる者か索敵能力の高い魔族がいるようですね」


ドゴーン!バゴッ!ガカッ!


高速道路に大砲の着弾点のような穴が次々と開いていく。


安土は敵の攻撃を躱しつつ怒鳴った。


「お前ら!姫様を、絢乃様を絶対に奴等に渡すな!後一時間だ、一時間持ち堪えれば鳳帝殿のいる学校に着く」


「あぁ、言われなくとも渡す気はサラサラねぇよっと!『イグニス・サーラ・クライレ』」


葛西は車と並走していた魔族に掌から生み出したバスケットボール大の炎弾を浴びせた、魔族は肉片をぶちまけながらアスファルトに突っ伏した。


「よっしゃ!弱えぇ~よ!」


「喜んでいる暇があったら奴等を攻撃しろ」


上から遼の叱責が飛んで来た。


「っせーな、分かってるよっ!」


葛西は車両の右を、達哉は車両の左を、安土は前を、遼は車上に乗り上と後方を、それぞれに向かって来る敵を撃退していった。


「『ニウス・コウエンテース・イエロ』」


ドドドドド!!


遼の手から十数本の氷の矢が出現し敵を射抜いていく。


「『闇から迸る雷よ、切り裂け』」


ガカカッ!ズバッ!


達哉が呪文を唱え終わると同時に黒い雷が魔物の体を引き裂く。


ドギャッ!


突如前方に現われた二メートルを超す魔物に車のフロントを殴られた、並の車なら一撃で鉄くずと化すような攻撃だったが、車は微細な傷は付いているもののへこみすらしていない。


安土は余裕の態度で言い放った。


「お前程度の攻撃は効かん!」


この車は元々耐魔術・耐衝撃強化処理を施こされていた上に、安土の能力『力の竸拡(チカラノキョウカク)』で対魔法防御と対物理防御がさらに強化されていた。


周囲の一般人の車を巻き込みながらも、助けるなんて余裕があるはずもなく、多くの人死にを出しながら逃走劇は続いていく。


魔族に追われながら戦いを始めて30分、残りおよそ30分で鳳帝がいると思われるが学校へと着くという時。


キキキキキキッ!


安土が突然車を止めた。


「おい、安土さんどうしたんだ?止めんのはマズいぞ」


「道が・・・無い」


たしかに道路は百メートル近く崩され、渡るなんて不可能だった。


「えっ!?」


絢乃が驚きの声を上げた。


「奴等道を破壊しやがったのか!」


葛西が怒鳴りつつ敵に炎弾を浴びせていく。


「どうする、このままじゃ全滅するぞ」


「下の道を走って行けないの?」


絢乃が安土に聞いたが、その返事は過酷なものだった。


「無理ですな、障害物が多すぎてすぐに囲まれてしまいます。とても生きては辿り着けません」


どうする。


皆が思案している中も敵は攻撃の手を休めない、そんな中遼がおもむろに口を開いた。


「俺が術で道を作る」


「なっ!お前の力じゃこんな距離の道は作れねぇだろ!」


葛西が即座に反対したが、遼は冷静に説明する。


「今はそれしか手は無い、それに俺の能力は【氷像の女神(アクレル・ビーナス)】氷の造形師だ、物質を造り出す能力。いいから信用しろ」


ゆっくりとだが、しっかりとした口調で遼に窘められる。


遼にここまで言われたらみんな信用するしかなかった、たしかにこの先へ進むための希望はもう遼に掛けるしか無い。


下の道を通ったとしても囲まれてしまう可能性が高すぎる。


遼が静かに呪文を唱え始めた、みんなが遼を守るように敵を迎撃する。




「……サイル・クリュスタリザティオー・テルストリス」


呪文が完成し、遼が高速道路の端まで行くと、みるみる氷の橋が出来ていく。


氷の橋が完成し、みんな急いで車に飛び乗った。


「遼、行くぞ!」


葛西が遼を呼ぶが遼は動こうとしない。


「何してんだ、早く来いよ!」


遼が叫んだ!


「行け!!俺は禁呪を使ったんだ、俺の体はもうすぐ氷となり砕け散る…、それまでここで足止めしてやる!」


葛西と絢乃と達哉は信じられないといった表情で叫んだ。


「な、何考えてんだよお前は、ふざけんなよ!」


「戻って来て下さい遼さん、死んじゃダメです!」


葛西や絢乃が必死に呼び掛けるも遼が動く気配はない。


遼は迫る魔族を氷と化しつつある腕を巨大化させて砕き倒しながら、言葉を紡いだ。


「俺達は、姫様を守る。そのためにここまで来たんだ!だからこの命失おうともそれは本望だ」


葛西と絢乃は絶句し、達哉、安土は無言で遼の言葉をのみこんだ。


「でも、でも戻って来て下さい遼さん!」


絢乃はそれでも説得をしようとしたが、遼に遮られる。


「…絢乃様、分かって下さいこれが私の使命なのです…。安土…行ってくれ」


「…あぁ」


安土は振り返らずにアクセルを力一杯踏みしめた。




車が見えなくなったころ、遼は氷の橋を解き、すでに氷と化した体で数百の魔族の前に立ちはだかった。


「さて、お前らはここでもう少し俺と付き合ってもらおう」


数分後、道路の上には砕けた氷のカケラが陽光の中静かに佇んでいた。






橋を渡って数分の間は敵が追って来なかった。


「おい、安土のおっさん」


「なんだ」


「あんた、遼の術が禁呪だと気付いていただろ」


「気付いていた」


「じゃあ!なぜ…」止めなかった。


それ以上は言葉が出て来なかった。


安土は唇を噛み締めて、しかし断固とした決意を持って言う。


「私が遼の立場なら同じ事をしたからだ」


「……そうか、…そうだよな、俺でもそうしたよ。達哉は?」



「俺は途中で気付いた、アイツが何をしたいかが」


「そっか」


「来たぞ」


安土が敵の来襲を告げた。


「安土さん、あとどれくらいだ?」


達哉が窓を開けつつ訪ねた。


葛西も魔族を撃退するために車の外に身体を乗り出した。


「もう15分を切った」


「よし最後だ!頑張ろうぜ、達哉!」


まだ空気は重いが気持ちを切り替え、全員が迎撃体勢に入った。


「ん…もう少しだからな、遼の……」


突如達哉の声が途切れた。


「おいどうした達哉?」


「達哉さん?」


不信に思った葛西と絢乃は同時に達哉を見た。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


達哉の首が無かった、鋭利な刃物で切られたようにきれいに首から上が無く、頭を失った体は車の振動で徐々に車外に落ちていく。


「いやぁ!なっ、なんで、なんでたつ、達哉さんが!達哉さんが!」


絢乃は悲鳴を上げて取り乱す。


安土は車を止めずに前だけを見ながら、取りあえず絢乃を落ち着かせるため強いしっかりとした口調で話しかけた。


「絢乃様!落ち着いて下さい」


「無理、無理よ!」


「今取り乱しても敵に付け入るスキを与えるだけです!辛いでしょうが辛抱願います!」


「でも、でも…」


「絢乃様!!!」


安土が一喝する。


「ひっ!わ…分かったわ…」



取りあえず絢乃は落ち着かせた、問題は敵である、ここにいる誰にも気付かれずにこちらを攻撃してきた、間違いなくかなりの強敵だ。


「安土さん!敵はどこに!?」


「わからん、だが顔は出すなよ」


「あぁ、分かってるよ」


葛西は苦虫を噛み潰したかのような顔をして首のなくなった達哉の身体を見るのだった。





車の上空には神羅家の屋敷に現われた人型の魔族ラルリエマがいた。


「こいつら、どこに逃げるか知らんが鬼ごっこはここまでだ、神子(絢乃)を渡してもらうぞ」


ラルリエマは神子を殺さないように、先ほど頭を出していた男のように車を両断しようと急降下していく。


さすがに、もう頭を出してこないか・・・・


確実に殺しきる算段を付けながら・・・・・・





「安土さん!このままじゃ殺られるのを待つだけだ、どうすんだ!」


「まかせろ」


安土はハンドルを大きく右に切った。


「なっ!?」


「えっ!」


葛西と絢乃は驚愕の声を上げた。


「どういうつもりだ?」


ラルリエマは動きを止め車を見下ろした。


車は高速道路の反対車線に割り込んだだけでなく、壁すらもぶち抜き高架下の山中へと落ちていった。


「愚かなことをする、それで逃げたつもりか!」


山中へ逃れて走り始めた車へ再び魔族と、ラルリエマが追撃を始めた。


ガタガタガタガタ…


バキッ!メキメキッ!


生い茂る草木の中を、安土の力で強化された車は最後の希望の学校へ真直ぐに向かい、山の中木々を折りながらも走っていった。


…あと10分!姫様だけでもいい!間に合わせる!






時同じくして、ここは鳳帝がいると思われる高校。


全校400人程の共学校で海岸沿いに面している非常に古い学校である、いや、古風といったほうが正しいかもしれない。


全校生徒は校庭の中央に集められて長々と話す校長の話を聞き流しながら雑談に興じていた。


「あ~、ダルいな~、早く帰りたいよ」


「本当にな、なんでこの炎天下に校庭集合なんだよ、臨時全校集会って言いながら校長の話聞くだけだし」


「面倒くせ~」


学生服を着た少年数人で、いかにこの時間がムダであるのかの話をしていた。


「おい、詠弥!どうしたんだよ、さっきからぼ~としやがって」


詠弥(エイヤ)と呼ばれた少年は、遠くを見たまま厳しい顔をして黙っていた。


「お~い、生きてるか~?」


「この暑さで頭沸いてるんじゃねぇの?」


周りの少年たちが一向に反応を示さない詠弥を不信に思い騒ぎ立て始めた。


何だ?この異常な魔族の数は…、それも近付いてきている…、のか?

さっきは遠くで異常に膨れ上がった魔力がいくつかあったけど、今は完全に消えてるし…。


勘弁してくれよ、厄介事はゴメンだ。俺を巻き込むなよな。


「おい!」


ドンッ!


「うわ!」


詠弥は突然押されたことにより思考を中断し、前の学生にぶつかりそうになるのを現実に引き戻した意識でなんとか堪える。


「何すんだよ!」


「お前がいくら呼んでも反応が無いのが悪い!」


詠弥は押してきた少年の頭を仕返しとばかりにはたきながら反論する。


「だからって突き飛ばすのかよ!」


「あぁ!突き飛ばすね!」


頭を叩かれた少年は悪びれもせずに言い切った。


「それになんでぼ~としてたんだ?」


詠弥は本当のことを言うわけにもいかず適当に返した。


「いや~、すまん、校長の話しに聞き入っちゃってさ~」


「「「うそだろ!!」」」


詠弥の周りの少年たちは、見事なハモリ具合で叫ぶのだった。






ガガガガガッ!


一瞬で安土の体中に大量の衝撃が走る。


「くっ、まだまだ!」


攻撃の大半を弾きながらも、安土の身体からは血が滴り落ちる。


「なかなかに硬いな」


ラルリエマは自分の手を見ながら呟いた。


安土たちが使えなくなった車を捨てて、囮となるため絢乃と葛西の二人と分かれてからまだ2分程しか経っていない、だが安土はもはや限界に近かった。


安土の能力である【力の竸拡(チカラのキョウカク)】自分の体だけでなく、任意のもの何でも硬度に強化できる能力で自分自身の体を強化硬化してはいるが、ラルリエマの攻撃は全く見えない上に硬化を抜いてダメージが来る、対峙してすぐに腕を切り落とされてからは、比較的耐えてきたもののもはや体中傷だらけである。


足元には致死量に近い血溜まりができはじめていた。


安土は呻きながら呟いた。


「どういうことだ……、やつの…くっ!…やつの攻撃が分からん、……やつが手をかざした時には体に衝撃が来……」


ガガガガガガッ!バキャッ!!!


「ぐがああぁぁぁぁ!!!!」


思考の最中にも敵の攻撃が収まることはない、先ほどとは違い一点に集中させたラルリエマの攻撃は、軽々と安土の残りもう一本の腕を持って行った。


「がはっ!」


口から大量の血を吐く安土を見下ろしながら、ラルリエマは呟いた。


「次は首を貰おうか」


「…はぁはぁ、くっ……」


血を吐きうつむいた安土に、攻撃のチャンスは・・・・・・遂に最後まで訪れなかった。






ガサガサッガサ!


「…はぁ、はぁはぁ」


絢乃と葛西は森の中を道なき山を走り続けていた。


「……くっ!」


葛西は苦々しげに立ち止まった。


「はぁはぁ、…か、葛西…、どうしたの…」


絢乃は息も絶え絶えになり肩で呼吸をしている。


絢乃はずっと屋敷で暮らしていたし、この暑いなか巫女服をきているのだから体力の消耗が早いのは当たり前の結果であろう。


「来ます!」


「えっ?」


葛西は瞬時に絢乃に被さり地面に飛び付くように伏せた。


瞬間!


スピュンッ!!!


周囲の樹々が地上1mほどの高さで真っ二つに両断された。


ズズズンンン・・・・


「あの野郎!姫も一緒に殺す気かよ!!」


ゴオオォォォォ!!


葛西はおそらく攻撃が来た方へと炎の壁を造り出した。


「目隠し程度だけどな・・・、じゃあ俺も行くわ」


ゴオオオゥゥ


絢乃を囲むように球状に赤紫色の炎が包む。


「な、何これ!?」


「『守りの灯』これであとは頑張って下さい」


葛西はそれだけ言うと一度口を開き、しかし何も言わずに背中を向けた。


絢乃を包んでいる赤紫の炎が浮かび上がり、絢乃を乗せて樹々をなぎ倒しながら葛西から離れて行く。


「葛西!待ってぇ!かさぁーーーーい!」


絢乃がいくら叫んでも炎の玉は絢乃を乗せて、その場から離脱していった。


「俺も命を捧げる・・・・か、ガラじゃねぇんだけどな」


言う間に葛西の体を茜色の炎が渦巻きながら包み込んでいく。


「俺も遼のこと言えないか・・・・、アイツと考えることは一緒なのかよ、最悪だ!気持ち悪っ!」


といっている間に葛西の体は茜色の炎の塊に変化した。


「禁呪『炎霊火化(エンレイカカ)』」


葛西の体が完全に炎となった、髪は燃え盛るように逆上がり、洋服は燃えてなくなり、人の形を成した炎の異形となる。


ゴオゥ!


先程葛西が造り出した炎の壁を難なく突き抜けて遂にラルリエマが現れた。


「お前の進撃はここで行き止まりだ、みんなの仇打ちも含めて俺が殺してやるよ!」


言い終わると同時に葛西は右腕を前にかざす。


ギュゴォオオ!!


葛西の腕が膨れ上がり、ラルリエマに向かって打ち出された。


ズガアアアァァァン!!


着弾!!


炎上!!


爆発!!


ラルリエマがいた場所から周囲20mが灰燼と化した。






バキバキバキバキバキッ!!


「きゃっ!」


絢乃は葛西の炎に守られて山中を進んでいた。


樹々を全て無視して進んでいるので早い、数分で絢乃は開けた場所に飛び出した。






「おい、あれなんだよ!」


ここは鳳帝がいる学校の校庭。


いまだに長ったらしい校長の話を半眠りで聞いていた大半の生徒たちは、校長の数倍の大きさで叫んだ生徒の今の声で目を覚まして、前をみて真面目に聞いていた生徒たちも、ほぼ全員が驚きの表情で見上げていた。


それもそうである直径2mはある炎の玉が突然、校長の背後の山を突き抜けて頭上10mくらいの高さに現れたのだ驚かないほうがおかしい。


火の玉は急速に減速して弧を描きながら校庭の中央へ、生徒達の真ん中へと落ちて来た。


「「「ぬぅおおおおおおおおお!!!」」」


プロ野球選手並のヘッドスライディングを披露したおかげかどうか、炎の球の真下にいた生徒たちは急な出来事にも即座に動いたために怪我はなかった。


そして今この場にいる者たちの興味はグランド中央に現れた炎の球に注がれていた。


炎の球の中では急な落下と衝撃により目を回していた絢乃が、打ち付けたお尻を摩りながら周囲を見回して目的の場所に着いたのだと理解した。


絢乃は炎越しに初めて同年代くらいの多くの人間を見たことに驚き、しかしのんびりと観察している場合ではないと、この場所が自分の目的地であるのを確認して、そして安土から聞いていた鳳帝のいる学校、という場所の特徴と同じだという結論に至った。


絢乃はこの場所に存在するはずの鳳帝に呼び掛ける。


いてくれと願いながら。


「私は神羅家の神子の絢乃と言います。私たちは突如多くの魔族に襲われ逃げてきました、今は・・・・私1人、しか残っていません。どうか・・・・、どうかこの場に鳳帝殿がいらっしゃいましたらお力をお貸しください!」


絢乃は炎の球の中で懸命に呼び掛けた、しかし望んでいる者からの反応は返ってこない。むしろ周囲の学生達は今の絢乃の言葉に対して興奮したように騒ぎはじめた。


「おぃ、魔族って・・・」「かみこってなんだ?」「ほう・・・なんだって?」「あの炎って魔法かな・・・?」「あの娘かわいくね」


学生達は思い思いに感じたことを言葉にして、普段見慣れない魔法という現象について話しはじめた。


絢乃はこれ以上ここに居ても答えが返ってこないなら、この人たちを巻き込むと危険だと判断して葛西の造った炎の球から出ようとする、しかし内側からいくら出ようとしても、触れても熱くはないがゴムのように跳ね返されてしまう。


「急がないといけないのに・・・」


焦りばかりが募っていく。






鳳帝である詠弥は今の絢乃の発言を聞き考え込んでいた。


神羅家は知っている。そこの神子と言われている少女は3年ほど前に興味本意で目を通した、機密資料に載っていた顔写真と同じ顔だから彼女の言葉は嘘でなはないだろう。


神子は守らなければならないのを知ってはいるが・・・・。


詠弥はいまいち煮詰まらないように助けたがらない。


その思考中もさきほど詠弥に絡んでいた学生達がちょっかいを出すが、全くの無反応の詠弥に飽きて諦めて自分達だけで話しはじめた。


「はぁ~~」


深いため息をついた詠弥は本音を漏らした。


「めんどくさいから、やだな~」


ふざけたことを呟いている間も状況は展開していく。






ゴオオオォォォォォォォォォォォォォ!


生徒たちの目の前で断末魔のような叫びを上げながら山が茜色に燃え上がり、一瞬20mくらいの炎の巨人が顕れたように見えるほど炎が立ち上がったが、すぐに小さくなって静かになった。


絢乃はそれを悲しげに見つめ、感傷に浸る間もなく先程の人型の魔族が姿を現した。


ラルリエマは炎の球の中にいる絢乃を確認するとその球を破壊し絢乃にはダメージを与えない程度に、しかし周りの目障りな人間どもを一掃できるくらいに力を込めて眼下に向けて攻撃を仕掛けた。


「消えろ!」


ラルリエマの指に閃光が灯り、その手を横に一閃した。


山から炎が燃え上がったとき、一緒に現れた宙に浮いている人を見ていた多くの生徒は宙の男が光を放つと同時に、視界が真っ白に塗り潰され堪らずに目をつぶった。


ズッッッッ!

ジャシャァァァァァァァァ!


ラルリエマの放った閃光はグランドの生徒たち・・・、ではなくその反対側の山肌の広範囲を更地に変えた。


「ッ!?」


「おいおい何調子に乗ってるんだよ、俺の居場所をけしとばすつもりだったのか?お前はよぉ!」


空中でいつの間にかラルリエマの腕を掴んでいた詠弥は、驚いて困惑しているラルリエマの顔面に容赦なく蹴りを叩き込んだ。


ラルリエマはまだ葛西の茜色の炎が燻る山中に軌跡も残さない速さで激突した。


「悩むのはやめだ、貴様を始末してやるよ」


詠弥は戦闘体勢に入る、身体の周りが光った次の瞬間には、先程までの学生服ではなくなり、ゆったりとした和装に身を包み、腰で十字になるように刀を挿した武士といった出で立ちになった。


シャランッ!と小気味のよい音を立てて2本の刀を抜き、何気ない動作で顔の前で交差させた。


ズシャァァァァァッ!


一拍も置かずに刀の表面で閃光が弾けた。


それと同時に同じ閃光が詠弥にしか視認できない速さで、絢乃に向かって真っすぐに伸びていく。


「っ!?」


詠弥は目で確認するよりも早く感覚で危険を察知して、今自分がいた空間を蹴り抜き真下にいる絢乃の元へと急降下する。後方で蹴りの衝撃により空間が爆発して、急降下しながらも敵の攻撃が絢乃に迫っていくのが視認できる。


くっ…、間に合わない!


詠弥は瞬時に、落下するスピードを上乗せして刀を全力で投擲する。


ラルリエマの攻撃は葛西の炎の球で出来た結界を紙切れのように貫いて絢乃に迫り・・・・・。


バシィッッ!


同じく炎の結界を軽々と切り裂いて、ラルリエマの攻撃と絢乃の間に割り込むように飛び込んだ刀がラルリエマの攻撃を受けて一瞬歪む。


ガッ!シュン!


間髪いれずに結界内に飛び込んだ詠弥が刀を掴み一閃、ラルリエマの攻撃は霧散した。


「ふぇ…?な…なに!?」


あまりにも動きが早過ぎて突然目の前に男が現れたように見えた絢乃は、目をパチクリとさせて突然現れた男を凝視した。


ここまでの攻防は、実に1秒にも満たない一瞬であった。






ラルリエマは何が起きたのか全くわからなかった、意外にも炎を操る奴が強く部下たちを半数ほど消されてしまったが難なく始末したことまでは予想通りだ。そのあと神子の周りにいる眼下のゴミどもを一掃しようと力を込めたら、ソレが現れた。


自分の攻撃を逸らしただけでなく一撃入れてきたのだ、長年の勘があの神子を生きたまま奪取するのは難しい、奴は危ないと伝えてくる。


「ならば殺すか」


生かして連れていくほうが価値はあるが、別に死んでいても問題はない、死体さえ残ればいいのだ。


確実に殺すため空中の男と神子に同時に攻撃を放とう、おそらく男のほうは死なないだろうが運が良ければ傷くらいは負うはずだ、男が怯んだ隙に確実に神子を殺す。


ラルリエマは自らの光と閃光の能力に絶対の自信を持ち、2撃、普通の者には1撃にしか見えない高速の閃光を放った。


ビビッ!


神子は殺せるはずだから、あとは男を始末するだけと考えていたが、その全てが覆された。


男は1撃目の攻撃を難無く防ぎ、神子を軽く助け、万全の戦闘体勢でこちらを見据えてくる。


「なんなんだ・・・・、やつは・・・」






葛西の炎の結界がラルリエマの攻撃、詠弥の剣、詠弥の突入により霧散して足元に微かに茜の火を残すのみとなった真ん中で、尻餅をついた絢乃と剣を構えて次の攻撃に備える詠弥がいた。


「神子様、私は鳳帝の左雨詠弥(ささえいや)って言います、あなたの願いを受諾しました。奴を始末してくるので待っていてくださいな」


詠弥は軽く言うと絢乃の返事を待たずに、絢乃の顔を見て目を合わせると優しく微笑み、一足飛びにラルリエマのいるであろう場所に飛び込んだ。






……『廻天ロテンション・アイギス


詠弥がそう念じると背に刃先が外に向かって円を描くように20もの同じ種類の細身の西洋剣が現れた。


それらの剣は詠弥の背後に浮いた状態で回転しながら、次第に風きり音だけを響かせて剣の輪郭をなくすほどの速さで風車のように高速回転を始める。


猛る蹄鉄の斧槍(ホーセス・ハルバード)


続けて呼びだした武器は深く青い深海を思わせる色を持った2mほどの斧槍、槍の先端が斧になっている近接武器の中でも一・二を争う攻撃力を持った武器である。


詠弥はそれを片手で持って瞬歩のごとき速さでラルリエマに接敵を試みる。


時間にして2秒もかからないで100m近い距離をあと少しで零に縮めようというところで反撃が来た。


高速の閃光。


それも詠弥を狙うのではなく明らかに神子である絢乃を狙った攻撃が続けざまに4,5,6発と撃たれていく。


だが・・・詠弥は動じない。


背で回転している20振りの剣が光の閃光に対して反応、追尾、衝突、相討ち。目では追えないほどの光速防御を行う。


この『廻天』は全自動防御の剣であり、詠弥が敵対認識した対象の攻撃に対して自動で防御行うものであるが、相手の攻撃を1つ、ダメなら2つ3つと剣を使い防御するが防御した剣は必ず砕けるため、背後の剣勢がなくなるともう一度出さなければならない弱点がある。


ラルリエマは自身の攻撃が詠弥の進撃を全く緩めることできなかったために驚きその思考を一瞬止めた、その瞬間眼前に現れた詠弥が斧槍を両手で持って全力で振り下ろした。


ズガアアアァァァァン!!!


斧槍で攻撃したとは思えないクレーターが攻撃の起点を中心に出来上がるも、そこに叩きつぶしたい相手はいない。


咄嗟に斧槍を手前に引いて横に一閃して薙ぎ払う。その瞬間斧槍の先端の斧の部分から青いうねりが広がっていく。


青炎の波(ブローガ・キーマ)


技名を叫ぶなど無駄なことを詠弥は行わない。その技を念じることで斧槍から澄んだ青い色の炎が半円状に広がって、前方の空間を薙いだ。


ゆったりと波打つようにじわじわ広がっているような動きだが、それも見えれば(・・・・)の話。


実際には瞬きする間に一面が青に染まった。


「ぐぅ・・・」


視界が青に染められた世界の中で一か所だけ光りが瞬く場所からうめき声が聞こえる。


「見つけた!」


咄嗟のことでなんとか防御しかできなかったのであろう敵、ラルリエマを青い揺らめきの中で見つけた詠弥は躊躇することなく炎の中に飛び込んでいく。


「いよっと!」


再び斧槍を大上段から振り下ろした。


「くそっ・・・」


ラルリエマは炎による火傷を無視して閃光となって一気に距離をとる。


「な・・・なんだこいつは・・・、くそくそくそくそぉっ! お・・お前は俺に殺されればいいんだ!!」


追い詰められたものはその本性が露わになるという、醜く喚きちらすラルリエマに先ほどまでの威厳と余裕は微塵もない。


「全てを壊してやるぁぁああ!!」


ラルリエマが両の手を前方に突き出して光りを集める。今まで閃光のように一瞬で発動させていたラルリエマだが、唯一のためを必要とする技を繰り出し眼下の世界を灰にしようと準備をするが・・・・・それを許す詠弥ではない。


「『神鳴る双桜チェオス・シュアングジアム』」


ラルリエマの背後に回り込んでいた詠弥は、先ほどの斧槍は手になく。今現れたふた振りの双刀を振りかぶった。


その刀は刀身からは絶えず桜の花びらを思わせる光りの粒子を放ち、その花びらは帯電しながらも砕けるとさらなる花弁となり幻想的とさえいえる輝きを示していた。


桃色の雷を纏う双刀を躊躇することなく混乱して詠弥の接近にすら気がつかないラルリエマの背中に叩きこんだ。


桜雷(プトーシ・ブロンテー)


ガカアアアアァァァァァァァァァ!!!


雷鳴が轟く。


空を白ではなく、桃色の光りが埋める。






「まだ生きていたのか」


詠弥の前には両腕が炭化してすでに原型がなく、下半身は切り飛ばされたためか存在しない満身創痍というよりは、もはや死を待つだけの元魔族の姿がそこにあった。


「ぐ・・・ぎ・・・・、・・がぁ・・・」


もはや言葉を発することすら叶わないラルリエマに対して止めとばかりに刀、神鳴る双桜を振り上げる。


「なぜ神子を狙ったのかなど、いろいろと聞きたいことがあったがもはや無理か・・・・。せめて苦しまずに楽に殺してやるよ」


ラルリエマは何かを言いたげに詠弥を見上げるが、その喉から漏れるものはもはや声としては機能しない音だけ。


最後は抵抗することすらできずにラルリエマは命を刈り取られた。






絢乃は混乱していた。


鳳帝に出会えたことは良かったと安堵した。


ここに来るまでに多くの人を犠牲にしてしまったが、自分はようやくたどり着けたのだと思ったのだ。


自分を鳳帝と名乗った彼は見た目は完全に自分と同い年か少し下くらいの年齢で、正直不安に思いました。本当に大丈夫なのか? ・・・と。


「・・・待っていていくださいな」と軽く言い置いて姿を消した彼に手を伸ばしたのは、確かめるためなのか、自分の護衛たちをものともしなかったヤツに挑む無謀を止めようとしたのかは、今となっては分からない。


ただすべては一瞬の出来事でした。


彼が消えた。次には連続した金属音に地震かと思うほどの爆音と揺れを感じて悲鳴を上げてしまいました。目を瞑っていたのを開くと目の前の山がきれいな青色に変わっていて、それに目を奪われていると世界が桃色に光りました。



気づいたら彼に抱えられて空を飛んでいました。いろいろと混乱することが多かったけども、この人と一緒に居れば安心できる気がする・・・・


しばらくは共に居てくれると、私の大切な人たちを奪った魔族を倒してくれた彼の表情はすごく安心できて、ずっと・・・ずっと不安だった私の心を溶かしてくれたような気がしました。





Fin


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