【なんで?】勇者の俺、魔王城に突っ込んだら四天王の一人になった
「あ、お母さん見て!勇者様だ!」
「すごいわね。強い盗賊を倒して村を守った、ですって。」
「いつか勇者様に会いたいなあ!」
ざしゅっ、と血しぶきが頬に飛んだ。
「がはぁっ!どう、して、俺の誘いを断った……?」
「あのな、俺は生きることに興味がないんだよ。」
盗賊は地面に崩れ落ちながら、縋るような目でこちらを見る。勇者である俺は、軽蔑した目を盗賊に向けて立ち上がった。
「お前はこの村を襲い、罪のない人を殺そうとした。だから殺される。ついでに言ってやるけどな――」
血の匂いだけが残った。
「俺が魔王城へ向かうのは、魔王に殺されるためだ。それが、救いなんだよ」
盗賊の目が大きく見開かれた。その口が動く前に、爽やかな笑顔で再度胸に刃を突き立てる。
「良かったなあ」
呼吸が止まったのを確認して、俺は大きく息を吐いた。
幼い頃、俺は勇者として選ばれた。その頃はパーティーとして剣聖、聖女、魔法使いがいたが、剣聖と魔法使いは恋仲になり駆け落ちした。魔王城で死にたくないとでも思ったのだろう。俺は頼りないからな。
聖女はいわゆるツンデレだった。「べ、別に手伝うのはあんたのためじゃないからね!?あんたは馬鹿だから!」と言っていて、一時は可愛いとも思っていたがなんだか対応に疲れた。しかも俺は国の偉い人たちに好かれていないから、聖女は教会へふらっと送られた。噂を聞くと、豪華な生活らしい。羨ましいな。
ということで、俺は一人だ。勇者とは国民の光でなければならないのに、俺はそんな存在にはなれていない。頑張ることだって、もう疲れてしまった。
だから、俺は魔王に殺されることにした。
そして、今日から俺は魔王城に向かう。
「勇者よ、魔王を倒して、国民を守るのだ。」
「御意」
形式的なセレモニーをして、無駄に豪華な馬車で町を通り、辺境で質素な馬車に変えられ国境付近まで送られる。
「……変だな、今日は魔物が全然いないですね」
「偶然ですよ」
御者が首をかしげていた。だから兵などいらないと言ったのに。
馬車から降りた。
「長い間ありがとうございました」
「いえ。勇者様こそ、頑張ってください」
御者が遠ざかり、その姿が完全に見えなくなったそのとき。俺は前方の道ではなく、森を突っ切って走った。何をしているのかというと、魔王城までのショートカットだ。
「はぁっ、はぁっ」
魔法で身体強化。これで疲れは感じない。
途中で休憩を取り、走った。20時間ほどで、魔王城が視認できるようになった。空は淡い紫色に染まっており、その禍々しさとは反対に俺の気分は最高潮だった。
門の前には誰もいなかった。真っ赤な通路を通り、扉の前に立つ。
「やっべ」
コンコン、と無意識にノックしてしまって慌てた。適当に扉を蹴る。
目の前は広間だった。そして頂上には、魔王が脚を組んで座っていた。
「来たか、勇者よ」
淡々とした声。気配がそこだけ違う。そして、思ったよりも若かった。黒髪、細身、紫の目。端から見ても美しい。
「ああ。俺は勇者だ。魔王、お前を倒しに来た」
「そうか」
魔王は立ち上がった。一歩、一歩と俺に近付く。目が離せなかった。
「では遠慮なく攻撃させてもらう。」
魔王が詠唱しようと言葉を練りだしたところで、俺は剣を抜いて切りかかった。
「ファイアーボール」
魔王なんだからてっきり闇魔法を使うのかと思った。
「ファイアーボール!」
剣と比べて威力は落ちるものの、俺もすかさず追撃する。
俺と魔王は、剣と魔法を駆使しながら暴れ回った。
全力で攻め、隙を突かれて死ぬ。予定通り――すぐに一瞬で俺は魔王の背後に回ることができた。その首に剣先を突き付けられそうになったとき、勝った、と思った。でもまあそれでもいいや、とどうでもよくなった。
しかし、それはただの思い上がりだった。
「え」
魔王は目に追えない速さでしゃがみ、脚で俺の足を払った。視界が傾く。
あー、終わったな。俺、これ死ぬわ確実に。
悔しいようで、でも体からどっと力が抜けた。痛いかなあ。いや、でも今までの苦痛に比べたらそんなことないか。
諦めて目を瞑ったそのとき、体がなぜかぐるんと一回転した。
「やあ、勇者。魔王城へようこそ」
顔にふわりとかかったのは、ミルクティー色の長い髪。その次に飛び込んできたのは、八重歯があるとんでもない美少女の顔だった。
そして気付けば、ダンスの終わりのような体勢だ。俺は美少女に腰を掴まれ、手を上にあげられている。
「私はエル。魔王だ」
「え……じゃああちらの方は」
俺は魔王だと思っていた男のようを見やる。腕を組んで壁にもたれていた。
「ああ、あのイケメンはシクラスだ。彼も魔王だよ」
手を離されたと思ったら、ぐいっと引き寄せられた。
「ちなみに私がトップだからね、覚えておいて」
エルの顔が至近距離にあって、心臓がばくばくと動いた。美しすぎる。
ちなみに背丈も年齢も俺と同じように見える。清楚、というよりミステリアスな雰囲気だ。
「おっと」
清らかな爆風が横を突き抜けた。エルがさっと避ける。
「嘘を吐くな。トップは俺だろう」
「いや、どう考えても私じゃないか」
言い合いを始める魔王二人の横で、俺は気まずそうに声を上げた。
「あの、なんで俺は殺されてないんですか?」
エルがこてんと首を傾げた。
「勇者さん、貴方のことは事前に調べました!それに、貴方も分かっているでしょう?自分の行動の目的が」
ドキッとした。まさか、バレている?俺が魔王に殺されようとしていたことが。
「ついて来い。魔王城の奴らを納得させなければならないからな」
恐る恐るついて行った先は、先ほどよりも遥かに広い場所だった。そして、魔王の手下らしき奴らがたくさん集まっている。立食パーティーのような雰囲気だ。
「聞け。今日からこいつが仲間に加わった」
「え?」
「そいつ、勇者じゃないですか!?」
魔王の手下と同じように、俺もブーイングに加わる。
「ちょっと、俺聞いてないですよ!それに、俺は魔王を倒しに来たんです」
「無理だなあ」
「無理だ」
「嘘ぉ」
俺は崩れ落ちたくなる衝動をこらえた。
「いや、お前は素質も強さも十分ある。ただ、目が死んでいてかつそんなに細ければ私たちには勝てない」
フォローできていないぞ。
シクラスが手下のほうを向いた。
「お前ら、安心しろ。勇者はすごく頭が切れる。この地の発展に、大いに力を貸してくれるだろう」
エルがぱちん、と指を鳴らすと同時に、画面が現れた。スライド、か?
「よって、今から断罪を行う。」
「は?」
意味が分からなかった。
シクラスが指を指した。
「まず、勇者は魔王に敗れるという可能性を考えていた。もし勇者がいなくなった場合、国は混乱に陥り、魔物も十分に倒されなくなる。よって、勇者は部屋にこもっているふりをして、魔界と国の国境を訪れた」
「ここで一つ補足!勇者は国に好かれていなかったから、街のパレードとかは全部影武者。その間、部屋にこもるよういわれていたの」
調べたとは、そういうことだったのか。
なんだか恥ずかしくて、近くの肉を頬張った。
「ああ、それゴブリンの肉だぞ」
「ゴㇹッフェ!」
むせた。そういうことは早く言って欲しい。
シクラスが話を進めた。
「勇者はそれから、国境付近の魔物を狩りつくしていった。魔物は7割そこから出るからな」
「ここ2,3年はそこから魔物、出ないんじゃないかと思う。私たちも助かってるよ。ありがとう、勇者さん」
「いや……」
俺は恥ずかしくなって目をそらした。
「しかも勇者は念のため、国境に結界をつくった。悪意のあるものは通せないように。まあ、ほとんどは魔物対策だが」
「駆け落ちした過去の仲間のことも突き止めて、国民に何かあったときは助けてやってほしい、って頼んでたぞ。勇者直々に家を用意してやったりして」
そんなことも分かっていたのか……。
「聖女にも同じように言っていた。聖女が勇者を引き止めようとしたが、気付かなかった……というより、気付かないふりをしていたっぽいな」
「面倒くさいと思うじゃありませんか」
聖女に呼ばれて嬉しかったことなんてないしな。
「勇者はそれ以外にも、国民の悩みを解決したり、積極的に人助けをした。それなのに、国は勇者の価値に気付いていない。だから……」
一拍、間が開いた。
「あの国より、俺たちの魔界が発展してもおかしくないよなあ!?」
「うおおおおお!」
先ほどまでは乗り気でなかった手下たちも、なぜか今では空気が熱気を帯びている。
「と、いうことで!勇者さんには、四天王の一人になってもらう」
「待て」
俺は心を落ち着かせた。
「なんで俺が仲間に加わるのが前提なんだ?」
「え……だって、そんなことするってことは、あの国に未練はないってことでしょう?つまり、魔王城で死ぬか、仲間に加わるか、どっちかを考えていたってことじゃない。」
「そこでなんで後者になるんですか」
「まあまあ。魔王城はホワイトだから。三食部屋つき!どう?」
「ええ……でも」
俺に選択権はないですし、と言おうとしたところで、最も魅力的な言葉が次いだ。
「休みは周3日以上、定時は必ず守ります」
「やります」
俺は即答した。
「ふふ、じゃあ決まり。さあ手下共、パーティーの始まりだ!」
「うおおおおお!」
さらに盛り上がり、手下たちは各々立食を楽しんだ。
「ほら」
シクラスが俺に、食べ物でいっぱいの皿をくれる。
「ありがとうございます……」
とりあえず、ロールパンらしきものから口に入れる。
「美味しい……!」
俺は目を輝かせた。
シクラスはふっと笑う。
「これからはそれが三食食べられるぞ」
「夢ですね」
俺は再度パンを口に運ぶ。
俺ははっとした。
魔王を倒しに来たはずが、なんで仲間に加わって、楽しんでるんだよ!
「あの……あの国に危害を加えたりって、するんですか?」
「しない。攻撃して勝つよりも、魔界が発展して人がたくさん集まったほうが悔しいでしょう」
エルが悪い笑みを浮かべた。
「魔王城は本当に楽しいから。ここにずっといたい、ここで生きたいって思ってもらえるよう、私たちも頑張るから」
「はあ」
もう、いいのかもしれない。正義とか、今までの気持ちとか、このめちゃくちゃな魔界でどうでもよくなった。
「俺も、魔界を観光スポットにできるよう頑張ります」
「期待してるぞ」
シクラスが透明な液体が入っているグラスを傾けた。
「そのうち誰がトップかも決めなければな」
「私でしょう」
「いや、俺だ」
「やっぱりやめようかな」
誰もが上を目指す中で、一人だけ降りたい俺。
「お前ら食べるの早すぎだろ……作るのが追いつかねえよ!」
「上手いから仕方ないだろ」
「頑張れ」
手下たちが笑い合っている。
「そうだ、勇者。お前料理はできるか?」
「できます」
「なら、ぜひあいつらに振る舞ってやってくれないか」
シクラスとエルにそう頼まれる。
「いいですけど……オムライスでいいですかね」
一番の得意料理だ。
「任せた」
「私のも作ってほしい」
「分かりました」
厨房に案内されると、俺は袖をまくった。
包丁、フライパン、卵、米。どれも、驚くほど質がいい。
フライパンを温め、油を引く。
じゅっ、と心地いい音が立った。
刻んだ具材を入れると、香ばしい匂いが一気に広がる。
ケチャップを回し入れ、木べらで返すたびに、甘酸っぱい香りが湯気に乗った。
火を止める。次は卵だ。
ボウルで溶いた卵を一気に流し込む。
じゅわぁ、と柔らかな音。
表面がとろりと半熟になった瞬間を逃さず、フライパンを揺らす。
薄く、均一に。破らないよう、慎重に。
「できました」
「え、早くない?」
「しかも一人分じゃ……?」
俺は答えず、皿を両手で持ったまま広間へ出た。
「腹減ってる奴は注目!」
ほぼ全員がこちらを向いた。
「今から芸術を見せてやる」
俺はナイフを魔法で呼び寄せ、しゃがんだ。エルに、その様子を画面で示してもらう。
スッ、と切っ先を生地に入れた。
そして、一直線に素早く手を引く。
「おぉ……!」
「めっちゃ上手そう!」
中から現れたケチャップライスを、黄金色の卵が羽のように包み込む。
湯気が立ち上り、甘い匂いが爆発した。
「さあ、食べたい奴は来い!」
いつもの口調で喋ってしまったことに気付いたが、そんなことは気にせず手下たちが駆け寄ってくる。
俺は複製魔法でオムライスを増やし、その場にいるほぼ全員に分けた。
「わぁ美味しそう」
「ありがとう」
ちなみにシクラスとエルにも分けた。
「いただきます……」
どこかで声が聞こえてくる。
「やっば!」
数々、コメントが聞こえてくる。
「熱っ、でもうまっ!」
「卵ふわふわだぞ!?」
あちこちから、声が弾ける。
「こんなの初めてだ……」
「毎日食いてえ……」
「ほっかほかで美味しい!」
「俺、こんなに美味いやつ食べた事ねえ!」
「隊長!」
「隊長!!」
「隊長万歳!」
「俺は隊長じゃねえ」
ため息を吐きながらも、純粋に嬉しかった。人に頼られ、自分の作ったものを美味しいと言ってもらうことは、こんなにも満たされるのか。
「魔王様、勇者様を食堂にください!」
「それなら俺のところに!」
「私も!」
いつしか俺の取り合いが始まっている。
「分かった。なら、勇者経営の料理店を作るか」
「やったあ!」
「隊長!!!」
「隊長~!」
「俺は隊長じゃねえ」
魔王城に来て数時間。
なぜか、魔界で料理店を経営することになった。
「勇者が料理店オーナーとかおかしいだろ……」
俺はふっと笑う。
ああ。笑えたことなんて、いつぶりだろうか。
「隊長!俺、絶対隊長の店に行きます!」
「毎日通います!」
「楽しみ~!」
「まあ、そんなに言うなら……」
俺はおかわりを食べているシクラスとエルのもとに向かう。
「魔界って、優しい人ばっかですね」
「だろう。だいたいが人懐っこい」
エルが笑った。
「勇者さん、貴方はここで新しい人生を始めるんだよ」
「人生……」
自分に似合わなくて、でもずっと欲しかったもの。
「そういえば名前を聞いていなかったな。」
「ああ、名前はないです」
「えっ!?ないの!?」
「なら、私たちが考えてやる」
シクラスとエルが、真剣な顔で考え、ひそひそと話し合う。
やがて、笑顔になった。
「勇者、決まったぞ。貴方の名前は__」
口が、弧を描いた。




