君より親友の方がもちろん大切だと言う美貌の婚約者を持った女騎士の恋の行方
「ねえ、マリア。週末は婚約者と出かけたのでしょう?お誕生日だったのだから。どうだった?」
ここは、王城に設えられたわたくしの為の私室。
わたくし、グリゼルダ・ノルブルグは、筆頭公爵家の娘として生を受けたその瞬間から、同じ年でわずか数週間先にお生まれになられた王国待望の第一王子ウィリアム様の婚約者に決まった。
ウィリアム様は順当にいけば、王太子そして次世代の国王へとなるだろう。
するとわたくしも王太子妃から王妃へと同時期になるのだ。
言葉が話せるようになった頃からの数年間は公爵邸から王宮へ通いで、10歳を越すと王城に部屋を与えられ王城内に住まいを移して、王子妃教育を受けた。
グリゼルダは教育のほぼ全てを王宮で行ったのだった。
さて、この部屋の主となって早8年、ただ来月には結婚式を迎え、ウィリアム様も立太子されるので王太子宮へと近々部屋を移ることに、そう思うと少々センチメンタルな気分にもなるのである。
そんな未来の王妃であるわたくしの前に甲冑を着た姿で立つ年若い女騎士、彼女はマリアという。
マリアは平民なので名字は無い、ただのマリアだ。
そして、女騎士というと筋肉隆々で高身長な男勝りな姿を想像しがちだが、彼女は女性としても小柄な部類で、女騎士の中では頭一つか一つ半くらい小さい。
顔もキリリとした凛々しい姿からは遠く離れ、丸顔にタレ目な可愛らしい容姿である。
それでも鍛えているから腹筋は6つに割れていて、足首やヒップもキュッと引き締まっている、良い身体をしているのだが。
兜を被っておらず髪はポニーテールに結っていて、小振りな甲冑を着ている姿はなんともアンバランスで、マリアを知らない者は通りすぎた後に必ず振り返って二度見するので、『二度見のマリア』という二つ名を持っている。
なぜそんなマリアが女騎士をしているのか、これも繰り返し問われ答えてきた話なのだが、12歳の時、グリゼルダがウィリアム王子と一緒に王都の東の伯爵領の港湾祭りに来賓として招かれた。
その港は国際港で貿易でとても栄えていて、異国からの旅人や商人も多く滞在し、他国の大使館も置かれている重要な領地であったので毎年王族の誰かが祭りに花を添えようと来訪していた。
その年はそろそろ周囲に次世代の顔見せをする機会だろうということで、王子がグリゼルダを伴って行く事になっていた。
初めて行く港町にウィリアムもグリゼルダも興奮を隠しきれず、初日は言われたように粛々とレセプションに取り組んだのだが、翌日、
『少しだけそっと抜けて祭りの露天を見て歩かないか?』
というウィリアムの提案に乗って、二人して変装して出歩いたのであった。
本人たちは上手く化けていたと思っていたが、着ている物も立ち振舞いも、誰がどう見ても貴族の子供がお忍びで出歩いているようにしか見えず、悪い奴らに狙われて、ウィリアムが店で飲み物を買っている間にグリゼルダが後ろから口を塞がれて拐われてしまったのだ。
それを影から見ていたマリアが助けようと飛び出して拐った男の足にしがみついた。
「んだ、お前は。邪魔するんじゃねー!」
ピシャーンと良い音の張り手がマリアの頬を叩いて、マリアを引き離そうとしたがマリアは必死で引っ付いて離れなかった。
「おい、そいつも拐っちまえ。追手が来るぞ!」
「くそ!」
ガンっとマリアの側頭部を強く殴って気を失わせると、マリアも一緒に抱えて逃げて行った。
「ねえ、ねえ、あなた。ねえってば、あなた大丈夫、ねえ」
「ハッ!あ、痛たたたたた!」
わたくしの呼び掛けに意識を戻し、ガバリと勢いよく起き上がると、殴られた頭が痛かったのか頭を抱えて踞った。
「ねえ、あなた。大丈夫?無理に起き上がらずに、横になってなさいな」
わたくしが声をかけるとまたガバリと顔を向けた少女は、頬を腫らした痛々しい顔を見せた。
「助けてくれようとしてくれて、ありがとう。巻き込んでしまってごめんなさいね」
わたくしが彼女の腫れた頬が可哀想でそう声をかけると、
「いいえ、大丈夫です。慣れているから。きっとすぐに助けが来ますよ!」
あっけらかんとした顔で彼女はそう言った。
「わたくし、グリゼルダと言いますの。あなたお名前を伺っても?」
「私はマリア。ただのマリアです。魚屋の長女だよ、下には弟と妹が居るの。あなた様はお貴族様でしょ?どうしてあんな所に居たの?」
「初めて来たお祭りに浮かれてしまって、変装をしてお忍びで少し見て歩こうと思って」
「ははは、全然変装に見えなかったよ。拐って下さいって言って歩いているみたいだったから目が離せなくて。お助け出来なくてスミマセン。でもきっともう助けが来ると思うから、」
そう言っている傍から、ドガバタンバタン、ゴガゴガ、バターンと凄い音が聞こえて、バーンと勢いよく扉が開かれたと思ったら、
「このバカーーーーーーーーーーー!」
と、大きな怒声が響き渡って、マリアの前に二人の男の子が走り寄っていた。
「お嬢様!」
「グリゼルダ!!」
「グリゼルダ様!」
わたくしの周りのも多くの騎士と侍女とウィリアム様が走り寄って縛られていたロープを外してくれて、助け出されたことがわかった。
「グリゼルダ、私が付いていながら申し訳ない」
ウィリアム様が両手を握って涙を目に浮かべて謝罪してくれた、その時、
「こんの、バカ娘ー!」
「マリア、またひどい顔になっちゃって、とても見れたものじゃないな」
「えへへ」
「えへへじゃない。お前は毎年毎年拐われないと気が済まないのか!」
「僕が拐われた訳じゃないのに、どうして。お前は顔が綺麗なら誰でも良いのか?」
隣で二人の男の子にマリアが酷く怒られてしまっていた。
ちょっと意味が?な内容も聞き取れたが、先ずは
「そこの方、マリアを責めないで。彼女はわたくしを助けようと善意で突撃してくれたのです」
そう声をかけた。
すると、クルリと二人の少年が振り返った。
一人は茶色い髪に茶色い瞳の日焼けした背の高いハンサムな少年、もう一人は、クリームベージュの髪に緑の光彩の入ったグレーの瞳の抜けるように白い肌をした息を飲むような美しい少年だった。
「「ノルブルグ公爵令嬢にご挨拶申し上げます」」
二人が息のあった丁寧な挨拶をしてきた。
「ええ、助けてくれてありがとう。あなた方が通報をしてくれたのかしら?」
わたくしがそう問えば、
「ええ、毎年祭りの時期はこの辺りの倉庫に拐われた者を監禁するのが常ですから」
「は?」
「ですから、毎年何人かのお忍び貴族様が拐われるのです。それを毎回マリアが見つけて一緒に拐われて、私たちが回収するまでが年中行事なんです」
「まあ、」
わたくしは驚いて次の言葉が出なくて、見開いた目でマリアを見つめてしまったのだった。
「そんなに誘拐が頻発しているのなら、領主が対応するだろう」
横からウィリアム様が険しい顔で口を挟めば、
「はっ」
マリアの横に立つ美貌の少年が、小さく息を吐き、美しく弧を描いた口角とは裏腹に細めた目元には明らかに侮蔑が込められていた。
「なんだ、言いたいことがあるのならこの際言うがよい」
ウィリアム様は鷹揚な態度でそう言うと、その美貌の少年は、
「ここでは犯罪が見逃されてるんです、元締めは大方どなたかおわかりでしょう?」
そう答えた。
「どう言うことだ、はっきり申せ」
要領が得ないとウィリアム様が再度聞くと、
「あ、あのう、ここで一晩捕まえて置いておいて助けが来なければ、明日の早朝には船で他国へと売られてしまうのです。助けが来れば実行犯が蜥蜴の尻尾切りで捕まってお仕舞いなんです。この港の行政官と船会社は人身売買で稼いでますし、その元締めはたぶん領主様だと思いますぅ」
美貌の少年の冷ややかな目が不敬に当たらないかとヒヤヒヤしていたマリアが、オブラートに全く包まない物言いで答えた。
「え?」
そこに居た護衛の近衛騎士たちや侍従侍女も目を真ん丸くして、マリアを見つめた。
「ねえマリア、あなたはなぜそうはっきり言えるの?」
わたくしがマリアに尋ねると、マリアはピシっと姿勢を整えて報告のようにキビキビと答えた。
「このアルバは幼少期には毎日のように拐われてまして、助けに向かった先に領主様が居ましたので!」
「「え!」」
それから、背の高い少年イーサンの食堂を借りきり詳しく話しを聞くと、アルバはその美しさから老若男女同性異性問わず、常に誰かに、主に変態に、付け狙われる日常だったと言う。
その都度幼馴染みのイーサンとマリアが助けてたのだが、7つの年の祭りの日には破楽戸に拐われて倉庫に監禁されたと言う。
その時にもマリアが助けようと犯人に飛びかかり、返り討ちにあって酷く暴行されてしまったと言う。意識を失う瞬間現れたボスと呼ばれた人物が、領主であるダントン伯爵だった。
マリアは海に投げ捨てられ、アルバは船で外国に売られて美少年趣味の変態の慰み者にされる寸前、イーサンがアルバとマリアの両親と市場関係者や漁師なんか大勢を連れて助けにやって来て、危機一髪助けられた。
しかし、捕まったのはやはり実行犯だけだった、だって裁くのは領主本人なのだから。
それから自衛の為に、アルバは祭りの前後は常にイーサンと一緒に行動するか、家に籠るようになった。
マリアは暴行で肋骨7本と左肩を骨折する大ケガを負ってしまい、その責任を取ると言って、アルバはマリアの婚約者になったのであった。
「では、我々はグリゼルダ誘拐事件の黒幕の下に泊まっているのだな、だから領主邸での話合いには応じられないと言ったのか。いや、こんなことが起こっていたとは不覚だった。今回はキチンと処罰をする」
王族として謝罪は出来ない立場であった為、これがウィリアム様が口に出せる精一杯。
そして、速やかに国王にこの話しが奏上され、人身売買を行っていたダントン伯爵以下全員が捕えられ厳しく処罰された。
この領地は王領地となり、王国騎士団が常駐することで治安は急速に回復していったのだった。
わたくしの誘拐事件解決に尽力したマリアたちに報奨を与えることになり、マリアは王宮の騎士団への入団を希望した。
「マリア、わたくしの専属メイドになった方が合っていると思うわ」
そうやんわりと否定したのだけれど、
「グリゼルダ様、今はこんなに背が低いですけどもう少ししたら成長期で伸びますから。もしもの時にアルバを助けられるよう強くなりたいんです」
そうキラキラした目で訴えられると、ダメとも言えず、わたくし専属の護衛女騎士として採用することになった、格好は騎士らしくしているが主な仕事はわたくしの話し相手である。
背の高いイーサンの方がよほど騎士団を希望するかと思ったのだが、
「アルバが文官を希望しているので、私も同様でお願いします」
と希望をだしたので、二人は机を並べて文官として働いている。
余談だが、平民のイーサンとアルバであるが、二人は非常に優秀だった。
最初は年少の平民に文官が務まるのか、と心配されていたが徒労であった。
そして、あんな小さな身体の少女で護衛騎士が務まるのかと心配されていたマリアは、そのままズバリ心配の種になった。
ただフィジカル的には全く騎士の素養が無いマリアだが、メンタルが非常に強い上に神がかり的な勘の鋭さがあり、危険予知の的中率が非常に高く何度もウィリアム様やわたくしや一度は国王陛下の暗殺を防いだりもしたので、騎士団内での存在感を増していった。
「ねえ、マリア。どうしてそんなに危険がわかるの?」
と聞くと、
「小さい時からアルバを狙っている人の視線や空気を感じてたからじゃないですか。肌にネバつくような感覚がして鳥肌がたったら、危ないです」
そんな答えだった。
騎士団でもマリアのアドバイスをマニュアル化しようと試みているが、未だ成功していない。
そんなマリアは、今日も今日とてグリゼルダの部屋でお茶をしているグリゼルダに侍っている。
一緒に座ってお茶をしようと声をかけるのだが、真面目な気質のマリアは職務時間内は座っているグリゼルダの向かい側に立って、侍女が淹れたお茶を飲みながらグリゼルダの話し相手を務めている。
「ええ、お休みを頂きましたから食事に行きましたよ。アルバとイーサンと三人で」
マリアが少し困ったような笑顔を向けて答えた。
「確認なのだけどマリア。あなたとアルバは婚約者同士なのよね」
わたくしは胡乱げな目をマリアに向けて問うた。
「ええまあ」
マリアはなんとも言い難い顔をした。
「誕生日のプレゼントは貰ったの?」
わたくしは立ち入り過ぎだとは思ったのだけれど聞かずには居られなかった。
「ええまあ。二人で買ってくれたそうで、結構良い石だと言ってましたよ、イーサンが」
そう言うと、耳朶のピアスを指差した。
そのピアスは金の台座にグレイダイヤが填められていて、確かに良い物だろうと思えた。
思えたが、思えたのだけれど、確かにアルバの瞳の色の石だし、婚約者へのプレゼントとしては申し分ないけれども。
「なぜイーサンは遠慮をしないのかしら?彼の職場での評価は気のよく利く男なんだけど」
わたくしの呟きに、普段は壁際に控えて気配を感じさせない侍女たちが、うんうんと眉間に皺を寄せて頷いていた。
「この前はマリア、劇場のロビーでアルバに待ちぼうけにされたのでしょ?」
わたくしがそう問えば、
「な、なぜグリゼルダ様が知ってらっしゃるのですか」
と仰け反って驚き、
「国立劇場のロビーで半日も待ちぼうけしている者がいたら、すぐに社交界では噂になるのよ。なぜアルバは来なかったの?」
「あー、貴族の世界って怖いですね。アルバが朝起きようとしたら金縛りにあってしまって動けなかったそうですよ」
マリアは眉を下げてそんなことを答えた。
「そんな訳無いじゃない」
「ええ、だから次からはアルバの部屋に迎えに行くことにしたんですよ。そうしたら待ちぼうけしなくてすみますから」
「マリア、あなたはアルバのママじゃないのよ。ねえ、婚約してからもう10年以上経っているのでしょ?マリアに怪我をさせたお詫びの婚約だと言うのに酷すぎるわ。その日の夜、アルバはイーサンと連れだって飲み屋で飲んで居たっていうじゃない」
わたくしが眉間に皺を寄せて言うと、
「ええ、グレゼルダ様に頂いたチケットは2枚で劇場にイーサンの席が無かったので、元々夜はイーサンと飲みに行く予定だったんですよ」
またマリアが眉を下げてそう答えた。
「婚約者のデートにと流行りの演劇チケットをプレゼントするのに男友達の分は普通数に入れないでしょ。イーサン、イーサン、イーサン、イーサン。アルバはイーサンばかりね。マリア、マリアはマリアの幸せを追求して良いのよ」
わたくしがそう言うと、壁際の侍女たちもメイドたちもウンウンと大きく頷いていた。
「とりあえず愛してるんで」
マリアは悲しそうに眉を下げそれでも口元だけ微笑んで言うのだった、毎回同じ言葉を。
「なぜイーサンも同席しているのかしら?わたくし、アルバだけしか呼んだ覚えが無いのだけれど」
王太子妃の執務室に、初めて会った時より更に背が高くなり騎士のような精悍さが加わったイーサンと、細いフレームの眼鏡をかけクリームベージュの髪を緩く背中で結わえた、妖艶な色気を纏った美形中の美形、傾国の美貌と呼ばれて久しいアルバが二人並び立っていた。
もうすぐ婚姻をするにあたって王族としての執務が割り振られるわたくしには、最近、執務室が私室とは別に与えられたのです。
そこで初めて人を招いてする話しがマリアのことなんだけれども。
「ノルブルグ公爵令嬢、」
「名で呼んでいいわ」
「では、グリゼルダ様。アルバはみての通りの容姿です。一人で文官部屋からここへ来る間に何人の者に空き部屋に連れ込まれると思われますか?とても一人では来させられない。上司の許可ももちろん取っております、こちらが許可証です」
イーサンがそう言って差し出した用紙には、『アルバの身辺警護としての付き添いを命じる』そう記載があり、確かに彼らの上司のサインが記されていた。
「まあ、この王城でもそんな不埒な者がいるのね。それは追って対処します。さて、早速だけれどアルバ。あなたマリアをどう考えてどうしようと思っているのかしら。ええ、主と言えどもプライバシーに踏み込み過ぎだとは思っているわ。それでもあなたのマリアへの冷たい態度に我慢ならないのよ。
もし、マリアとの婚約が幼少期の贖罪なだけなら、マリアの本当の幸せを考えて解放してあげても宜しいのではなくて?ああ見えてマリアはとてもモテるのよ。
騎士団長へも何件も見合いの申し入れが入っているのですって。下位貴族出身の文官からもウィリアム様を通してわたくしへとお話も頂いてます。
皆様、あなたと言う婚約者が居るのを知っていて、尚、あなたの婚約者への振る舞いが看過できないとおっしゃっているの。わたくしも同意見ですわ」
わたくしが厳しい眼差しを向けて話す言葉を、なんの感傷もないような酷薄な顔で聞いているアルバとは対照的に、イーサンは明らかに顔を歪ませてその目に嫌悪感を浮かべていた。
「グリゼルダ様、発言の許可を」
イーサンが声を上げ、わたくしは少し頷いて許可を与えた。
「アルバのマリアへの態度のどこに見過ごせない点が?」
その言葉を聞いて信じられない思いでイーサンを見て、アルバを見た。
アルバは感情の読めない顔のままだったが、イーサンは明らかに憤りの表情を浮かべていた。
「イーサン、あなた、おかしいと本気で思ってないの?どこに婚約者との誕生日デートにわざわざ男友達を連れて行く者が居ますの?
あまつさえ、プレゼントも男友達と折半なんて。丸っきりマリアに対して友人としてしか関心が無いと言っている行動でしょう。
マリアとの約束も毎回毎回ドタキャンをして、その都度マリアが待ちぼうけを食わされて傷ついているのもわかりませんの?信じられない。
アルバの非常識を非難しようと思って呼びましたが、イーサン、あなたも大概酷い男だわ。人の気持ちを慮れないなんて間違ってますわ。大体、イーサン、あなたどんな気持ちで婚約者同士のデートにいつもいつも同席してましたの?」
淑女の仮面が外れてしまいましたが、それも詮無きこと。
マリアがこんなに酷い男たちに弄ばれていたなんて!
わたくしは大憤慨で、ずっと言いたかった心の奥底に閉まっていた言葉を吐いてしまったわ。
「そ、それは、アルバが誘ってくるから。それに相手はマリアですし」
イーサンがあたふたと慌てて言い訳を始めたので、
「では、アルバの婚約者がマリアでなければ同席しないと?それってマリアをバカにしてますわよね」
そう言い返した。
「いえ、そうではなくて私たちは幼馴染みでずっと三人で居たものですから」
イーサンが然も当たり前のような顔で、幼馴染みという、なんか許されそうなワードを口にした瞬間、わたくしの理性がプチっと切れて、思わず言い返してしまった。
「でももう子供でも無いでしょうに。あなたたち、もう成人しているでしょう?
マリアはもう18ですのよ、このままなら、乙女の一番美しい時代を棒に振ってしまうわ。
いいのよ、アルバ。あなたがイーサンとの友情を大切に大切に思っていても。
イーサンもよ。あなた方の友情はそれは美しいわ、お互いをお互いが思いあっていて。
でもそこと同じようにマリアへの思いはあって?マリアが悲しい思いをし、周囲に侮られている現状を、わたくしは主として看過出来ない、そう言っているのよ」
キッと強い目線をイーサンに向け、澄ました顔をしているアルバにも射るような目線を投げつけた。
「グリゼルダ様は、マリアにお聞きになってらっしゃらないのですか?」
アルバは何も感じない様子で、普通に問うてきた。
「何を、」
「マリアの気持ちをです。マリアは私を愛してますから」
わたくしはカッとなって瞬発的に言い返した。
「とりあえずよ、とりあえず。マリアはあなたをとりあえず愛しているのよ、心底ではないわ。別に好い人が出来たら移るくらいの気持ち」
「マリアがそう申しましたか?」
アルバは澄ました顔で薄く口許に笑いを乗せて質問した。
「いいえ、そうは言っていないわ」
わたくしは悔しい気持ちになりながらそう答えた。
「そうでしょう、マリアは私を愛している。婚約者よりも幼馴染みの男友達を優先する、嘘つきで人でなしな私を。それは主が何を申しても変わらないのです。もし、どうしてもマリアの婚約者を変えたいと仰るのなら王命を出されたら宜しい。マリアが幸せかどうかは、わかりませんが」
アルバはそこまで言うと、キュッと口を結んで姿勢を正した。
もうこれ以上何も言わないと言う意思表示のようで、わたくしも次の言葉を失ったのだった。
わたくしとウィリアム様の結婚式が大々的に行われ、その熱狂が覚めた頃、マリアはわたくしの専属護衛女騎士を辞めてアルバの妻となった。
アルバは相変わらずの美しい容姿のまま、イーサンと共に何も変わらぬ様子で文官として働いていた。
驚いたことに、マリアは5人の子供を次々に生んだ。
あの二人がそういう行為をするのだ!と驚いたのはわたくしだけではなく、王城に勤める者たちは、個人個人で異なる愛の多様性があることを知ったのだった。
イーサンはと言うと、マリアが3度目の妊娠をした頃、上司の薦めで見合いをして、下級貴族の婿となった。
やはり、王城ではアルバと多くの行動を共にしていたけれど、貴族の社交もあるのでその頻度は過去より当然減ったようだ。
「久しいわね、マリア」
わたくしも3度目の妊娠をして、王太子妃の仕事をセーブして時間が出来たので、懐かしいマリアをお茶に誘ったのだった。
マリアは、今日は可愛らしいデイドレスに身を包み、3人の子供を連れてやって来た。
子供たちはわたくしの子たちと一緒に乳母や侍女が子供部屋で遊んでくれている。
「ご無沙汰しています、グリゼルダ様」
そう挨拶をすると、今日は向かいの席に座ってお茶を傾けていた。
「ねえ、マリア。あなたアルバと一緒で幸せ?」
ずっと聞きたかった質問を、今更と思いながらも聞いてみた。
「ええまあ。とりあえず愛しているんで」
マリアはそう言って、やはり眉を下げて困った顔で笑ったのだった。