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神祇の彼方 -B.T.D.-  作者: VBDOG
■第一章:この身に三つの色を
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第十二話 その2

 エンジンが唸りを上げて進むは、文字通りの道なき道。空を踏み締めて爆走する黒塗りのバンは、船麓から廃倉庫へ向かっている時よりも更に加速して目的地へと向かっていた。

 中はあの時よりも暗く、静かだ。うるさい嗣沼でさえ、特に言葉を発せず黙々と運転している。


 依月は流れる景色を上の空で眺め、内心で自身の心境を自己分析していた。

 リフレインする、祖父が倒れる光景。

 人の肉が焼ける匂いと、焦げたアスファルトの熱気。

 そしてそんな暴威が通り過ぎる、自分の身体の特異性。

 皐月は吹き飛ばされ、秦月に至っては死にかけるほどの大怪我を負ったのに。自分だけは網で水を掬うかのように、爆風すらもさらりと肌を撫でていくだけだった。


 なんで自分だけ?

 なんで秦月はこんな目に?

 弥美は無事なんだろうか?


 疑問がぐるぐるするなか、それ以上にぐるぐる回るのは、自分の感情だ。

 祖父を傷つけた人たちへの怒り。

 しかし、彼らはもうこの世にいない。

 次に来るのはそこまでしての暴挙に対する悲しみと恐れ。

 やがてその光景は祖母への危害を連想させ、怯えと焦りを生む。

 頭を振り、今度こそ救うんだという決意と勇気を搾り出し、上書きする。しかしその勇気を挫かんとするは、祖父を傷つけたあの自爆の光景。

 この円環がずっと依月の頭を離れない。


 皐月は皐月でなにやら集中している。

 いつもの小太刀を左手に抜き、静かに青光を纏わせていた。刀身にびっしりと刻まれている装飾……言霊が代わる代わる光り、ある言葉を浮かび上がらせたと思ったら、その次の瞬間にはまた別の言葉が顕れる。その都度皐月の身体がぽわっと光り、なにかが宿っていく。

 刻み込まれた青の術によってどんどん自己強化していく皐月は、しばらくして満足したのか、納刀して息を吐く。

 一度さり気なく右手を握ったり開いたりして調子を確かめたのち、依月のほうを向いた。

 普段経験しないほどの圧倒的な負の感情。皐月にはその様が手に取るようにわかった。


「依月、気持ちはわかるけど、悩んでも仕方ない。もう出たとこ勝負になるから、悩みすぎて体が動かない、なんて無様な真似だけはしないように」

「……でも、どうしてもぐるぐるしちゃう」


 皐月の助言に、依月は苦しそうに返答した。

 姉は妹の頭を一撫でする。


「その感情そのものは、悪くない。でも、それに支配されてはいけないの」

「どういうこと?」

「振り回されるだけだと怒りは単調に、恐れは後退に、悲しみは脱力に繋がるから。でも、心の持ち方で怒りは力に、恐れは危機回避に、悲しみは解決に繋がる。……相手は狡猾な人間よ。自分の心はしっかり固めて、相手に付け入る隙を与えないことが大事」

「……どうやって固めたらいいんだろ」

「簡単。依月の中に、一本の"芯"を通すだけ」

「芯?」

「おまえが心に掲げるべき、今一番大事なことよ」

「……ばーちゃんを助けること」

「そう。それだけ心に太く刺して、他はそこに立てかけておくだけ」


 皐月の言葉に、依月の心はすっと軽くなる。心配なことは多いけれど。でも今は、やるべきことに集中するのだと。

 依月は少しだけ笑顔を浮かべて、皐月に礼を言った。



  *



「お二人とも、突入、目前ですよぉ」


 嗣沼はニヤリと口元を歪めて、後部座席に告げる。

 フロントガラスの向こうを見ると、深い森の中になんだかどんよりと黒ずんだ廃墟が佇んでいた。

 目的地の、廃変電所だ。

 見るからに体に悪そうな煙が施設を取り囲んでおり、車の高さまで立ち昇っている。


「嗣沼さんストップ。この煙、かなり危ないです」


 目を青く光らせた皐月が警告し、煙の前で車は減速する。


「強力な"死"への渇望……耐性がなければ触れただけでも即死します」

「ほぉう? 車越しでも駄目なので?」

「無理でしょう。煙に触れるのが条件ではなく、境目を乗り越えることが条件みたいです」

「おっとっと、怖いですなぁ。ではどうやって突入します?」

「厄介ですね。私が高位の緑を使えれば対策は楽なんですけど……吹き飛ばすにもかなり地下深くに仕掛けてるから、そう簡単ではないか」


 煙をじっと見据えて考え込む皐月。

 しかし、それに待ったをかけたのは依月だった。

 空中でドアを開いて、ゆらりと立ち上がる少女。

 皐月と嗣沼が依月を見やる。

 バンのルーフに手をかけて外に身体を出した依月は、顔だけを車内に向けて皐月に声をかけた。


「さつ姉」

「どうしたの」

「任せて。わたしが壊してくる」


 何故だか、確信があった。

 自分には屁でもないものだと。


「ちょっと待——」

「剛!」


 上半身に赤を纏い、依月は空へと身を投げ出した。

 ごうごうと鳴る風切り音。風たちは依月に心配の声を向けてくる。依月は微笑んで「大丈夫だよ」と宥めた。


 重力に従ってどんどんと落下速度が上がっていく。

 依月は自分には似合わないなと思いながら、歯を剥き出して真っ逆さまに堕ちていく。



 つまるところ、少女は我慢の限界だったのだ。

 


 先の廃倉庫ではやれることが何ひとつ無かった。

 ——何もできなかったから、家族が怪我をした。


 目の前に祖母がいるかもしれなくて、でもしょうもない煙で自分の行手を阻まれるなんて……認めるもんか!


「ばーちゃんを……」


 強度七の『剛』。

 右拳を強く握る。


 思い出すは垂朧の祠での出来事。


 長い戦闘体験を経て、この力がどれくらいの威力を誇るか、もうちゃんと解っている。


 少し離れたところで、沢山の覆面の人たちが四人ほどを取り囲んでいる光景が目に入った。彼らは皆こちらに気づいて、ぎょっとしている気配が伝わってくる。


 依月は少しだけ考えて、構えた拳の向きをちょっとだけずらす。


「返せーーーーーーっ!!!!」



 依月の拳が地面に炸裂した瞬間、世界が揺れた。



 否——正確には揺れたのではない。依月を中心に、空間そのものが歪んだのだ。


 赤光を纏った拳から放たれた破壊的な衝撃波は、まず煙の発生源である地下深くの呪術を粉砕し、次いで周囲一帯の大気を押しのけ、最後に地表を円形に抉り取った。


 轟音。

 土砂が舞い上がり、施設の古びた鉄骨が軋む。朝伏の巫たちも、呪術使いたちも、その場にいた全員が一様に吹き飛ばされる。


「なっ……!」


 國木田 耀の余裕が、初めて崩れた。

 周囲の煙は跡形もなく消し飛び、代わりに小規模なクレーターが口を開けている。

 その中心で依月はゆっくりと立ち上がった。


「……ふう」


 依月は右拳を軽く振る。少しだけ痺れが残っているが、大したことはない。

 落下した時煙を通り抜けたが、やはり、この少女にはなんの痛痒も与えなかった。


 周囲を見渡す。呆然と立ち尽くす朝伏の巫たち。覆面を被った呪術使いたち。

 依月には誰が誰なのか分からない。しかし、弥美を襲ったのは覆面をしていた、という話は覚えていた。

 ざわり。空気が震える。

 それを浴びて真っ先に我に返ったのは、耀だった。


「——本懐」


 耀の低い声とともに、依月の足元の地面から黒い茨のような呪いが這い上がってきた。


「うわっ!?」


 とっさに赤の『剛』を纏って引きちぎる。茨は赤光に触れた瞬間、悲鳴のような音を立てて灰になった。


「……ほう」


 耀が僅かに目を見開く。


「呪いへの耐性ではなく、そもそも効かないのか。なるほど、噂は本当らしいな」

「うわさ……?」


 依月は意味が分からず首を傾げる。その隙に、左右から更に呪いの茨が迫る。


「闢則。纏鎖枷」


 空から降ってきた青い光の鎖が、蔦を絡め取って地面に縫い付けた。

 上を見上げると、空飛ぶ車から皐月が飛び降りてくるところだった。片手に小太刀、もう片方の手には式紙札が数枚。


「無茶しすぎ」


 依月の横に着地した皐月は、呆れたように言いながらも、その目は鋭くあちこち動き回っている。

 さっと周囲を見渡してから朝伏 功月と目を合わせて軽く頷くと、小太刀を耀へと突き付けた。


「茶番は終わり。祖母を返してもらおう」


 皐月の殺気を帯びた台詞。


 "死の壁"は破られ、呪いの効かない強力な異能者と、歴戦の増援。

 しかしそれを受けて尚、耀は平静だった。


「笑止」


 皐月は、刀を静かに構える。

書いててふと感じただけの与太話ですが

依月は


>「返せええええええっ!!!!」


ではなくて


>「返せーーーーーーっ!!!!」


だと思うんですよね。

このニュアンスに違いを感じるのは僕だけなんでしょうか。

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