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神祇の彼方 -B.T.D.-  作者: VBDOG
■第一章:この身に三つの色を
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第十二話 その1

 呪術使いの巣窟である廃変電所は、真夏の陽光を浴びながらもどこか陰鬱だった。

 錆びたフェンスに囲まれた敷地は広く、しかし放置されて久しいのか、草木に呑まれかけている。


 本来なら、すべてが時の流れに忘れ去られたような寂寥を漂わせている……はずの場所。

 しかし今は静寂などなく、代わりに濃い瘴気と呪術の残滓が空気を支配していた。


 錆びついた鉄骨、崩れかけた外壁、そのすべてに黒い符が焼き付けられ、じわじわと煙のような呪気を吐き出している。風が吹き抜けても晴れぬ淀み。足元の草は枯れ、色を失って不気味に蠢いていた。


 目立つのは施設中央に残る大きな建物。変電所としての主要施設と思われるそれは、辛うじて建物としての形を残している。外壁は黒いしみと灰に覆われ、窓からは血のような赤黒い光が滲んでいた。


 それは錯乱と幻惑をもたらす”呪術 張派”の呪い。


 目を凝らせば建物の影が歪み、人影に見えたり、武器の刃に見えたりと絶えず揺らぐ。


 敷地の一角、倒れた鉄骨の陰で数名が戦闘していた。

 総会所属の特派員、”朝伏”十名と"水墨"三名——計十三人で構成された彼らは、既に二人が地に伏し、動かない。更に残る朝伏八人のうち六人が呪いに囚われ錯乱し、仲間に刃を振るっていた。


 ——飛んで火に入る夏の虫。


 本来、情報有利なはずの無防備な敵の拠点に潜入、あわよくば上凪 弥美を救助する、その手筈だったのに。

 踏み込んだその場所は、既にあらゆる罠が設置された準備万端の危険地帯であった。


「やめろ! 俺だ、正気に戻れ!」

「黙れ裏切り者が!」


 巫参色の光を帯びた緑の結界が、仲間を守るはずなのに、錯乱した者の手で無差別に振るわれる。

 青の鎖は仲間を縛り、赤の拳は同士を打ち砕かんと迫る。


 残った二人の正気な者が水墨の術者を護りながら相手をし、その間に必死に解呪を施させているが、まったく追いつかない。

 解呪用の白符が闇に飲まれ、黒い焔に焼かれて消えていく。

 水墨のひとりは声を荒らげる。


「っく……! この地の呪いが強すぎる!」


 新たな白符を取り出し、手近にいる呪われた朝伏へと解呪を試み。そこへ別の錯乱した朝伏が槍を持って襲いかかる。

 正気な朝伏のひとりが割り込み、双刀で槍を受け止めた。


「守れ! 水墨を守らなきゃ勝ち目はない!」

「わかってる! っ一式、禍つ壁!」


 もう一人の杖を持っている朝伏の男が緑色に得物を光らせ、防御壁を生成する。

 間に壁が出来たことで、その隙に本格的な解呪の準備を進める。

 だが、相手は六人もいる。『禍つ壁』は一面の小さな壁でしかなく、他の面から別の朝伏が攻めてくる。


 非常に苦しい戦いだった。


功月(こうげつ)、もう限界だ!」


 正気の者のひとり、朝伏 昭陽(しょうよう)は血の混じった唾を吐き出しながら叫んだ。彼の左肩は浅く裂け、白い装束が赤黒く染まっている。

 昭陽の目の前では、同じ朝伏の血族である緋夕(ひゆう)が、瞳を血走らせながら狂ったように薙刀を振り回していた。本来なら仲間を守るはずのその刃が、今は昭陽の喉元を狙っている。


「緋夕! 俺だ、昭陽だ!」


 杖で猛攻をいなしながらの必死の呼びかけ、しかし呪いに侵された緋夕には届かない。彼女の口からは呪詛のような怒り声が漏れ、瞳には理性の光が一切宿っていなかった。


「闢則。纏鎖枷」


 朝伏当主、功月の青い光が鎖となって緋夕の手足に絡みつくが、狂乱した彼女の膂力は異常なほど増幅されており、光の鎖をいとも容易く引きちぎる。


「くそっ……!」


 功月の額に脂汗が浮かぶ。巫参色の一族……その分家である彼らの力は、宗家の上凪に比べれば微々たるもの。更に悪いことに、呪いへの抵抗に殆どの力が浪費されている。そして今、施設全体を覆う呪術によって、抵抗力を失った仲間の大半が制御不能の狂戦士と化している。

 彼らの後ろでは、同じく呪いに侵された芭月(はづき)と、もう一人の族人が、水墨の術者・新汰(あらた)に襲いかかっている。新汰は白い布を宙に舞わせながら、必死に解呪を試みているが——。


「間に合わない!」


 新汰の悲痛な叫びが響く中、芭月の振るった短刀が彼の右腕を浅く切り裂いた。白い狩衣が鮮血に染まり、悲鳴が上がる。


「新汰さん!」


 昭陽が駆け寄ろうとしたその時——。

 重い音とともに、施設の北門が吹き飛んだ。


「遅かったかな? だが、まだ楽しめそうだな」


 煙の向こうから現れたのは、覆面を被った男たち。呪術使い”張派”の國木田(くにきだ)たちだった。


「國木田ぁ! 敵の本隊か!?」


 功月が警告の声を上げるが、既に遅い。新たな呪術の気配が施設全体を覆い始める。


「設呪展開」


 覆面の男の声とともに、地面に描かれた紋様が不気味な紫色に光った。瞬間、まだ正気を保っていた朝伏たちの体に、重苦しい絶望感が襲いかかる。


「うぐ……!」


 功月、昭陽が膝をつく。希望という概念そのものが心から削ぎ落とされていく感覚。立っているのがやっとの状態で、どうして戦えるというのか。

 そこに、狂乱した緋夕の薙刀が降り注ぐ。


「あ……」


 昭陽は死を覚悟した。だが、想定した痛みは来なかった。


「間一髪、でしたね」


 気がつくと、水墨の術者・花壊照(かえで)が白い布を巻きつけた鉄パイプで、薙刀の刃を受け止めていた。彼女の額からは血が流れており、相当な負担を強いられているのが分かる。

 少し向こうで逃げ回っていた残りの水墨、雪平(ゆきひら)もその隙を見て新たな白布を功月、昭陽の腕に素早く巻き付け、かかる呪いを軽減させる。

 花壊照は鉄パイプで勢いよく薙刀を弾き、緋夕から距離をとった。

 体が軽くなった二人は赤を纏い、崩れそうになった体勢を再び立て直す。

 四人は背中合わせにそれぞれ構える。


「花壊照さん、雪平さん! 助かった!」

「いえ、貴方まで堕ちたら敗北は必至です。でも……」


 花壊照の表情が曇る。


「新汰が……」


 昭陽が振り返ると、施設の一角で、水墨の術者・新汰が倒れていた。胸から大量の血を流し、既に息絶えている。狂乱した朝伏の一人に、心臓を貫かれたのだろう。


「畜生が……!」


 功月の拳が震える。仲間の死。それも、別の仲間の手によって引き起こされた理不尽な死。


「悲しむのは後です。今は——」


 花壊照の言葉が、邪悪な気配によって遮られた。

 徐々に北門から左右に長く広がった國木田の呪術使いたち。その諸手で掲げる暗色の球体から、次々と呪いが降り注いでくる。


「散開!」


 功月の指示で、三人が避難する。だが、狂乱した仲間たちは見逃すわけもなく、飛んでくる呪いを無視してただ眼前の敵——正常な朝伏たちに向かって突進するばかり。

 更に呪いで蝕まれることも厭わぬ巫参色の使い手など、相手にするだけで厄介だった。

 しかも、戦闘力に乏しい水墨を守りながら。

 結果、戦線は呆気なく崩壊していった。


「これは……」


 功月は顔を歪める。


 敵は四方から攻撃を仕掛けてくる。

 味方は大半が狂乱して襲いかかってくる。

 残された者も、呪いの影響で満足に力を発揮できない。


 雪平が飛んでくる呪いを白布で打ち払いながら、苦しそうに告げる。


「功月さん、こんな戦況では解呪は無理だ。余裕が作れない」


 最早、功月は苦渋の決断を下すほかなかった。


「一旦退却する!」


 その声に頷き、四人は施設の出入り口に向かって全速力で走る。

 しかし、術者の中心にいた覆面の人物……國木田当主、耀(よう)は妖しげに笑った。


「できると思うか?」


 その声に呼応して、新たな設置型の呪術が展開される。

 それは、施設全域を囲う死の呪い。真っ黒な火花が地面を走り、その上に禍々しい煙が空へと昇っている。雪平はそれを見るや顔を青ざめ、花壊照は足を止めてへたりこんだ。

 朝伏たちも術の詳細は分からないものの、いやなプレッシャーを感じて二の足が踏めない。


「ま、跨いでは駄目です。いったいどれ程本気なのか……なんて濃厚な死の気配……」


 解呪特化の水墨をしてお手上げと言わんばかりの強力すぎる”死の壁”。それが施設をぐるりと取り囲んでいるようだった。


 耀は囲みこんでいる隊列から一歩抜け出し、こちらへとゆっくりと歩いてくる。


「もはや何人も出入りできない。貴様らは全滅でお終いだ」

「これほどの規模と力……あなたたちは何人を犠牲にしたんですか……」


 花壊照は悍ましさに震えながらも、非難する目つきで耀を睨む。

 耀は鼻で笑うのみだ。


 徐々に追い詰められ、出入り口前まで四人は後退していく。

 前方に狂乱した朝伏と呪術使い達。後方には死の呪い。既に成す術は無さそうだった。


「……昭陽、総会に連絡は?」

「あいつらが現れてからずっと妨害されてる。上凪側に連絡したのが最後だな」

「そうか」

「上凪も罠にかかって無事ではないだろう。助けなど期待しないことだ」

「……上凪を殺したのか?」

「ふん。死ねば儲けものだが……あれしきでやれるようなタマではないだろうな。だが事はすべて想定通り。雑兵の貴様らはさっさと退場してもらおう」

「俺たちを殺しても総会には既に報告済みだ」

「それで?」

「総会全体を敵に回して勝てるわけがないだろう。この先は終焉でしかないぞ」

「世界そのものが既にそうだろうが。遅かれ早かれだ」


 耀の吐いて捨てるような言葉。昭陽は怒り猛って叫ぶ。


「出たよ運命主義! そうさせないために皆が今動いてるんだろうが!」

「余計なお世話だと言ってるんだ」

「それで弥美さんを攫ったってんだろ!? 力を持たない一般人だぞ!」

「不確定要素と深い関わりがある時点で無理筋な論理だ」

「不確定要素じゃない。それが世界の意思、運命なんだ!」

「認めない」

「よせ昭陽。無駄だ」


 功月に諭され、渋々口をつぐむ昭陽。


「その通り、なにもかもが無駄な茶番。さっさと本懐を遂げてすべてを終わらせねば」


 耀はおもむろに片手を上げて、合図を送ろうとする。

 視線だけで右後ろを見た功月が、その手を制して、耀に問いかける。


「……國木田よ。何か聴こえないか?」


 空の彼方から、車のエンジン音が響いてきた。皆がそちらを振り返る。


「あれは……」


 空を見上げる。見覚えのある黒いバンが、猛スピードでこちらに向かってきていた。


「上凪の……!」


 昭陽の目に、一筋の希望の光が宿った。

 だが、敵もそれに気づいている。覆面の男が不敵に笑う。


「本懐を、遂げねば」

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