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神祇の彼方 -B.T.D.-  作者: VBDOG
■第一章:この身に三つの色を
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第十一話 その5

 数秒ほど、緑の光が眩く廃倉庫を照らし続ける。手を翳して観察する依月だが、肌で感じられる光の奔流の余りの力強さにぞわぞわとする。

 ——そしてやはり、緑光を見ると不思議な感傷に襲われる。

 これはなんなのだろうか。

 ……懐かしさ?

 ……切なさ?


 光が収まって、依月はもう一度『世界の声』を聞いた。驚くべきことに、今まで聞こえていたはずの建物内の声たちは軒並み静かになっていて何も聞こえない。


「どうなったの?」

「緑の結界で、中の一切の意識を断ったのよ」

「え、すごすぎない?」

「まぁ、実際巫参色で緑は一番やばい。嗣沼さんのとこに戻ろうか」


 塀をぐると周り、最初の位置に戻ってくると秦月が息を荒げながら嗣沼に介抱されていた。


「おやおや、皐月ちゃんお疲れ様ですー」

「あー……面倒見てもらってすみません」

「いえいえ、巫の力の素晴らしさを肌身に感じられたのでぜぇんぜん気にしなくていいですよぉ」

「はぁ」


 秦月は息も絶え絶えといった感じでアスファルトの上で寝転がっている。地面と祖父の間には市松模様のスーツが敷かれており、嗣沼はベスト姿になっていた。

 倒れ込んだ祖父は、言葉を発するのも難しいほど消耗しているようだ。依月は心配そうにのぞき込んで様子を見るが、大丈夫だという身振りが返ってきて、少しだけ安心する。


「奴等から情報を搾り取りたいですが、御爺様もこんなですし。折角なので嗣沼さんにお願いしても?」

「はぃ喜んでぇ!!!」


 恋する乙女のような顔で、嗣沼は皐月のお願いを受け入れる。乾いた目で頷き、皐月は依月に指示を出した。


「連中を縛り上げるから、外で倒れてる人をここに全員集めてきて。赤使っていいから」

「えー? 建物の中は?」

「私がやる」

「わかったー……ちょっと怖いんだけど……。迅・剛っ」


 依月は渋々といった雰囲気を醸しつつ、赤光を全身に纏って倉庫のほうへと駆けていった。


「……へぇ、随分と繊細な調整。戦鬼の間でかなり鍛えられたみたいね」


 依月の赤を見て、皐月は思わず感心する。依月の持つ膨大という単語では賄えないほど強すぎる力。それを、いつの間にやら自在に素早く、適量を操れるようになっている。皐月は嬉しいやら、見逃した成長に寂しいやらで複雑な心境を抱いた。

 興味津々な嗣沼は、皐月にニヤニヤとにじり寄ってくる。


「あんまり口を挟まないほうがいい話ですぅ?」

「出来れば一生口を開かないでいてもらえると嬉しいです」


 にべもない感じで切り捨てて、皐月も赤を纏って建物のほうへと向かった。


  *



 縛り上げられた十三名の男たちは、アスファルトの隙間から雑草の生えた駐車スペースに並べて転がされていた。

 全員が目を閉じ、まだ結界の余波でまともに意識を取り戻せない。


「さてさてー……どの子から聞いてあげましょうかねぇ?」


 嗣沼はしゃがみ込み、首をこてりと傾げて笑った。

 柔らかな声色と裏腹に、目の奥がまるで光を映さない。依月は背筋が冷たくなるのを感じ、皐月の袖を掴んだ。


「……さつ姉、あの人ちょっと怖い」

「うん、正しい評価ね。一生近寄らなくてよし」


 皐月も素直にそう答える。


 嗣沼は、地面に白いチョークで小さな円を描いた。彼自身の靴先が、その円をまたぐ。

 膝を折って男たちの視線の高さとあわせ、一人の男の額に、ひょいと指先が触れた。次の瞬間、その男のまぶたがかっと開く。


「よしよし、ちゃんとお目覚めですねぇ」


 焦点の合わない目が宙を泳ぎ、何かを探すように動いた。


「人ってのは無意識でね、境界線がないことを嫌うんですよ。だから、いまから“ここは安全”ってことにする。はい、吸って、吐いて。——よろしい」


 人好きのする笑み。だが瞳は笑っていない。

 男は意味もなく頷く。抵抗する意思すら霧散している。

 嗣沼は楽しそうに舌を鳴らし、問いかけを始めた。


「今、あなたは報告中。私はあなたの味方で上の立場。ミスは責めない。むしろ“ご苦労”と褒める。——了解?」

「あ、ああ……」

「では始めよう。作戦名は?」

「……“月落とし”」

「対象の氏名」

「上凪……弥美」


 皐月が眉を寄せる。嗣沼はなにも表情を変えず、軽く頷きだけ。


「確保時の移送先」

「四市鹿変電所……」

「成程。やはりこっちはハズレですねぇ。あなたの命令は?」

「ここを巡回するように命じられた」

「なぜ? 任務内容の理由に心当たりは?」

「特にない」


 男は一瞬だけ目を泳がせ、すぐ戻る。嗣沼の指が、心拍のリズムで再び手の甲を叩く。


「あなたはどこの者?」

「……地燕(ちえん)の一族だ」

「ふーむ。呪術系の末端分家の一つですか。ここにいる者も皆同じ?」

「地燕と花剪(はなきり)鷲尾(わしお)の三家だ」

「いずれも木っ端ですねぇ。——では本題一つめ。今回の首謀者は宗家の祝部(ほうりべ)か?」

「そうだ」

「はい言質。構成メンバーは?」

「……殆どの運命主義がいる。大掛かりな計画だ」

「成程成程?」


 皐月の視線が鋭くなる。嗣沼は「はいはい」と手を小さく振ってなだめ、質問を途切れさせない。


「弥美さんの拘束の手段。どんな呪いを使ったと思われるか?」

「上の指示に、“生かしたまま傷つけるな”というのを聞いたことがある……呪術は使っただろうが、死ぬほどのものじゃないだろう」

「相手は上凪の動きを察知しているか?」

「わからない」

「本題二つめ。計画"月落とし"の概要、或いは全容」

「自分への命令以外は聞かされていない」

「あー対策されてますねぇ。——よろしい」


 嗣沼はうなずき、男の肩をぽんぽんと二度叩くと、男は再びくずおれた。

 手際よく二人目へ移る。同じような問答で裏を取る。


 言葉を探るように途切れ途切れの返答。嗣沼の指がわずかに強張ると、男の瞳が大きく揺れた。

 指の動き次第では相手はがくがくと震え、唇の端から泡が噴き出る。

 「おっとっと」と指をまた動かし、男を正常に戻す様は異様というほかない。


「ひっ」

「はい終わりでーす」


 嗣沼は口笛を吹くように笑い、指を離した。男はぶるぶると震え、やがて糸が切れた人形のようにぐったりと倒れる。


「ほぉらね、簡単簡単。嘘を混ぜる余裕もない」

「……嗣沼さん」


 皐月が冷たく声をかける。


「やりすぎは駄目です」

「いやいや僕、壊したり洗脳したりする趣味はありませんから。必要最低限で切り上げてますよ」


 ひらひらと手を振る嗣沼は、全く悪びれない。

 依月のドン引きが頂点に達する。皐月にひそひそと耳打ち。


「……壊す? せんのう? ……ねえ、しぬまさんは何をしたの?」

「ふふ。まさに壊しかけ、洗脳しかけてました」


 しかし返答をしたのは嗣沼であった。にっこりと笑みを浮かべて言う台詞でもないと思う依月であるが、ツッコミができるほど親しくはない。


「僕の一族は代々人の無意識領域を自在にイジる異能を使えましてね。こういうことは朝飯前なんです」

「要するに、洗脳し放題のイカれ能力よ」

「ほえ……」

「まぁ巫には効かないから大丈夫。性格は終わってるけど、そんなに実害はないよ」

「言いますねぇ」


 そんな無駄な会話をしているうちに秦月が地面から身を起こし、苦しげに息を整えながら問いを重ねた。


「……やはりもう一か所に弥美はいるのかの?」

「そのようで。まぁ一応あっちのほうも朝伏さんの別働隊を向かわせてますから」

「いや、わしらも急ぎ向かおう」

「ですよねぇ。ふふ。これを機に"運命主義"には散ってもらいましょうねぇ」

「こっちが悪役みたいな言い方やめてください」


 楽しそうに長身の男は笑む。


「——纏めると」


 嗣沼は立ち上がり、手についたチョークの白い粉をはたいた。


「こっちはハズレ。朝伏さんが向かった廃変電所が本命。ここから向かうと空飛ぶ車で大体20分ってところですね。相手は運命主義、筆頭の祝部一族と、その分家たち。おまけにいくつかの異能者がくっついてる。おばあさんに今のところ命に別条はなさそう。そんなところです」

「どうも」

「あ。どうでもいい補足ですがぁ——祝部の当主は片足をちょっと引きずる癖があるんですって。右足。移動経路に“灰の匂い”が残るそうで。あ、これは呪術の準備で体に染み付いてるらしいです。可愛くないです? 無意識の癖って」

「本当にどうでもいいですし、可愛くもないです……」

「あ、皐月ちゃんの場合は走り出す前に右足を少し地面に擦る癖がありますよね。あと僕と話す時は前髪を触りがちですねぇ。知ってました?」

「まじで怖いのでやめてください」

「ちなみにぃ……心理学では前髪を触る癖は好意の表れか、ストレス発散の2択なんですけど」

「分かってて言ってますよね?」

「あ、ほんとださつ姉触ってる」


 べらべらと喋る嗣沼に疲れたように反応する皐月。ドン引きしている依月や疲れている秦月は相手にしそうにないので、皐月は本当に仕方なさそうである。


「ああそうだ。水墨さんに連絡しないと。どうせもう1箇所のほうに行くんですから彼も一緒に連れていきましょう。てことで僕ちょっと拠点のほうに行ってきますねぇ」

「はやく行ってきてください……」


 嗣沼が軽口を叩きながらひらひらと手を振って去っていく。

その背を皐月は冷え切った目で見送った。依月はただ安堵と緊張の間で固まっている。


「……とりあえず帰ってくるまで休もう。御爺様も限界だし」

「うむ……しばらく動けん。高位の緑一つでこれか。歳を感じるな」


 秦月は壁に背を預け、座り込んで目を閉じる。皐月も気を張りすぎていたのか、短く息を吐いて沈黙した。


 捕縛された十三人の男たちは、アスファルトの上に並んだまま身動き一つしない。緑の結界で意識を断たれた影響はまだ強く残っており、どの顔も青ざめて見えた。


 依月は恐る恐る覗き込み、彼らの様子を確認する。


「……眠ってるだけ、だよね」

「そう。生きてる」


 皐月が即答する。だがその声音は、なぜか硬い。


 ふと、依月の耳に「声」が流れ込んだ。草や風から伝わる『世界の声』ではなく——。

 それはざわめきに似ていた。落ち着かない、ざわついた響き。


「……さつ姉、なんか変だよ」


 依月が警告するや否や、男の一人の胸が大きく波打ち。更に次の瞬間、全員の身体がびくんと震えた。


「!?」


 倒れていた男たちの皮膚に、ぶわぶわと墨のような筋が浮かび上がる。それはまるで血管を逆流するかのように、黒い筋が首から顔へ、腕へと走っていく。


「呪術の刻印……!? 依月、逃げて!」


 十三人が一斉に、まるで操られる人形のように身を起こした。瞳は虚ろで、口からは黒煙が溢れ出す。

 次の瞬間、腹の奥から響くような低い唸りとともに、体中の刻印が完成する。

 直後、男の口からひび割れたような声が発せられる。

 その声は、この男のものではなかった。


「モウ、遅イ——」


 それはまさしく、いのちの輝き。


 依月は恐ろしいほどの「力」を幻視した。




 かっ、と光が爆ぜ、直後黒炎が爆風を伴って倉庫全域に襲いかかる。




 皐月はまず第一に避けようとした。


 彼女の足ならば、爆風よりも速く逃げ延びることができるだろう。

 しかし、ある程度離れて振り向くと、動けない依月がその光景を呆けて眺めている景色が目に入る。

 思わずと言った勢いで妹のほうへ右手を伸ばし、黒い光に包まれ、そのまま吹き飛ばされた。


 爆心地近くにいた秦月は結界を張ろうと試みる。だが消耗しきった身体は限界を超えていた。

 結界は半ばで裂け、逆流した呪いが彼の胸を貫いた。

 悲鳴を上げる間もなく、血飛沫とともに秦月が崩れ落ちる。白髪が地面に広がり、右目からは赤と黒の混じった液体が滴った。


「じーちゃん!!」


 依月の悲鳴が響く。だがその声とは裏腹に、勝手に淡い光を放つ彼女自身には呪いの黒炎の一切が弾かれる。ただ、周囲の全てを焼くそれは、無関心に依月をすり抜けていく。

 一番自分が爆心地に近くだったのに。


 黒炎がやがて収まり、残骸となった男たちが灰と化す。


 依月は唇を震わせながら、目の前の惨状を見つめることしかできなかった。

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