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神祇の彼方 -B.T.D.-  作者: VBDOG
■第一章:この身に三つの色を
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第十一話 その1

▼前回のあらすじ

依月が青を獲得し、自身の運命を知りました。しかし帰ってきたら、弥美が何者かに攫われたという一報が飛び込んできたのでした。

「何!? 弥美が?」

「ばーちゃんが、え、なんで……?」


 弥美が攫われた——その一報は、どこか遠い世界の出来事……まるで薄膜の向こうから聴こえてくるかのようだった。

 先ほどの自身の秘密を聞かされた時よりも現実感がない。

 なんとか情報を嚥下しようとして呆けている依月を尻目に、秦月は表面上は冷静に話を進めていた。


「大嶋さん、それは本当か? いつのことじゃ?」


 しばらく息を切らしながら細切れに言葉を発していた辰也だったが、秦月の泰然自若とした態度にやがて落ち着きを取り戻し、本来の性格を取り戻していた。


「すんません、慌てすぎました……。俺が見たのは四時間くらい前のことで。既に役場のほうには連絡しとりますんで、市のほうにも通報がいったはずで」

「四時間も……!? 連絡した後ずっとここで待たれておったのか?」

「家に誰もいなかったんで。もう通報が上凪さんとこに行ってて既に追いかけた可能性も考えたんですが、田中さんが朝に皆で散歩に出てたという話をしとったもんですから。一応……」

「それはすまないことをした。ありがとう。弥美はどこで攫われたのじゃ?」

「幹線道路のほうです。真っ黒なセダンで南トンネルのほうに抜けていきました。俺はその時学校のほうで大工作業してたんですが、そっちから大声が聞こえたもんで見に行ったら、三人くらいの変な覆面を被った連中に、弥美さんを車に連れ込んでるのを見まして」

「変な覆面……」


 秦月が眉間にしわを寄せて考えこむ。皐月は、依月にこっそりと近寄って、耳打ちした。


「依月、『世界の声』で情報調べられない?」

「え、あ……やってみる」


 ようやく我に返った依月は、小声で皐月に返し、祖父の影に隠れて瞑目する。


「町の中に変な人がいないか、近くに御婆様がいないか、町の外に怪しい動きがないか……なにか小さなことでも見つけたら、教えて」

「……わかった」


 返事が一拍遅れるのは、『世界の声』に集中しているからか、未だに現実に心が追い付いていないからか。

 何故、祖母が攫われなければならないのか?

 先ほど聞いた話と重なり、見えないなにかが自分たちに迫りくるような感じがして、心が冷える。


「——情報感謝する、大嶋さん。あとはこちらでも色々働きかけつつ、警察の情報を待ってみよう」

「はい、無事であることを祈っとります。ではこれで」


 諸々の連絡を終えたのち、辰也が慌ただしく走り去っていく。おそらく仕事を途中で投げ出してきたのだろう。作業着で片手に工具を持ったままだった。

 辰也の姿が見えなくなるのを待って、皐月は秦月に言う。


「変な覆面、心当たりは?」

「……総会のはぐれものか、”運命主義”の連中のどちらかか。いずれにせよ、この時期にこんな真似をするということは、相手は異能持ちの可能性が高かろう。愚かなことを」


 秦月は静かだった。が、皐月はその身に渦巻く光が荒立っているのを見過ごさなかった。

 ずいぶん久方ぶりに見る、秦月の荒波のような光。さして強くないはずのそれを見て、皐月は自分の腕に鳥肌が立っているのを自覚した。


「御婆様の身に危険は?」

「わからん。が、攫っているということは交渉もしくは脅しが目的じゃろう。少なくとも今は無事だと思うしかない」

「話が通じるような連中ならいいけど……」


 目を閉じて集中している依月をちらと見て、皐月がやや心配そうに言う。

 三者三様、表面上は落ち着いているような見た目をしているが、内面は等しく焦り、心配、不安、怒り——胸の内に抱える思いは皆同じようだ。


 依月は色んな所に意識を飛ばして、あらゆるものの声を聴きとることに終始していた。

 時間が経つにつれ、情報をようやく飲み込むことができつつある依月は、焦りと恐怖がどんどん強くなっていた。いつもなら大きな不便を覚えないこの力。しかし今は様々なもどかしさを感じてしまう。

 まず、この『世界の声』、「人」または「人の手により作られたもの」は感知できない。なので、木や草、風などの存在から聴きとることでしか状況の把握ができない。

 また、遥か遠くまで声を聴くことはできても、飛んでいく意識はあくまで一つの()なので広範囲を聞くのは効率が悪い。さらにここからだと距離的に、事件があったらしい幹線道路側は届かない。


 しばらく寄り合い方面や道沿いをくまなく調べ、特に成果が無いことに落胆し、諦めようとした。

 しかし意識を自分のほうに引き戻す手前、近くでふと気になる声がいくつか見つかった。


 それは、ほんの小さな草たちの泣き声。身を切るような痛みに耐える、苦しみの嘆き。

 普通に葉が切れただけの草だと、普通こうはならない。

 過去の経験上、似た状態として心当たりがあるのは「枯死(こし)」または「(かび)」だ。

 だが、それよりも痛そうだし、苦しそうだった。

 そして草は途切れ途切れに言う。


 「呪われた」と。


 依月にはこれが何かの意味があるのか分からなかったけれど、『世界の声』を切断する。

 戻ってきた依月の様子に気づいた皐月が問うた。


「どう? 何かわかった?」

「うーん……これってやつはないんだけど……なんか変なのが」


 依月は最後に聞いた声のことを話す。

 「呪い」という言葉を聞いた二人は、明確に表情を険しくした。


「その草……どこにある?」


 皐月が被せるように質問を重ねてきたので、依月は「こっち」と指をさしながら走っていく。

 ここからほど近い、歩いて数分の畦道の途中だ。

 あっという間に到着して、その草を見つける。ぱっと見は普通のイネ科の雑草で、枯れていることもなく先端がやや黒ずんでいるくらいか。畦道の中心の一点を基点に、円形に広がっているように分布している。

 依月が声を聴かなければ、誰も異変に気づくことはなかっただろう、ありふれたものだった。


「これ……!」


 皐月は駆け寄り、目を青く光らせて草を観察する。そして、目を見開いて秦月に言った。


「幹線道路って言ってたけど、実際は御婆様はここらへんで襲われたのかも。ちょっと見ただけでも睡眠、痛苦、混乱、狂気の()()の残滓が見える。思ったよりまずい状況かも……」

「なに、呪術じゃと? ……まさか!?」


 秦月は驚愕にまみれた顔で硬直する。依月はもう一度『世界の声』を繋げて、草の悲鳴を感じ取る。


「すごく痛そう……大丈夫?」


 その草に、心配そうに手を伸ばす。皐月は鋭く叫んだ。


「触らないで!」

「いつっ!?」


 草に触れた途端、軽い痛みが走る。

 ばちんと弾けるような音とともに、依月の指先から赤い光が火花のように弾けた。

 草は焦げたような音を立てて、ぐずぐずに萎れ。やがて毒々しい紫色の粟立つ液体と化して、地面に染みこんでいく。

 自身の指先を見ると、特に怪我などはしていないようだが、黒い煙がほんの少し立ち上っている。煙は間もなく消えていった。


 三人して、その光景に背筋が冷たくなり、黙り込む。

 依月は、堪らなくなった。


「ねえ、ばーちゃん、大丈夫だよね……?」


 不安は風船のように膨らんでいたけれど、それでもふたりの家族は表面上冷静だった。

 だから、すごい力が使える自分たちならどうにか出来るんだ、という気構えでいられた。


 だがこんな光景を見せられてしまっては。

 この風船は、どうなってしまうのだ。


「……相手が異能使いなのは確定。そして、かなり厄介な実力派集団であることも確定」


 皐月は依月へ、というよりは、まるで自身に言い聞かせるような態度で話す。


「『呪術使い』。異能総会でもかなりの過激な”運命主義”の集団か。……これを見つけたのは大手柄よ、依月。こんな痕跡、普通見つかるものじゃない」

「そ、そうなの……? じゅじゅつつかい、ってなに?」

「文字通り、呪いを扱うことに長けた異能者ね。人を呪うということ……すなわち、影で暗躍することを生業とした異能だから、なかなか尻尾を掴ませないはずなの。普通は気づけない。……人以外の声を直接聞くなんて芸当でもなかったら、ね」

「あ……」


 依月が『世界の声』を聞けるからこそ分かったこと。

 それはまるで一筋の光のように感じられる、希望のような。

 だと思ったのに、2人の顔色は優れない。


「御爺様、どう思う? あの慎重な連中が普通こんな痕跡残す?」

「ううむ。気づきにくいというだけで、わしらなら視えなくもないからな……どちらとも取れる」

「罠の説が濃厚? でもこんなの、依月の力が無い限り発見確率は低すぎる」

「わからん、情報が無い。しかし、手がかりは現状これしかない」

「どちらにしろ行かないという選択肢はない、か。……総会の意見も聞きたいところね」


 秦月も重々しく続ける。


「やむを得んか。皐月、総会へ連絡してくれ。どうせ状況次第では大規模な力の行使が必要だ。顔色は窺っておかねばな」

「了解」

「依月、今回は対人戦になる。今回はお前は家で待っておれ。わしらでかたをつける」

「やだ!! わたしも行く!」


 秦月の気遣いに傷ついたように、依月は涙目になって叫ぶ。

 ここにきて、祈っているだけの自分なんて、いやだ。

 こんなにも強い力を持っているのに、誰も守れないなんて、いやだ。


「御爺様、私が依月と一緒に行動する。こちらは極力戦闘は避けて、救出に専念すればいいでしょ?」


 気持ちは分かるらしい皐月が、ため息をつきながら祖父へ提言した。

 それを受けた秦月は数秒無言で視線を右下に落とし、やがて頷いた。


「よかろう。……依月。今回は祟り神などと闘うのとはわけが違う。人と戦うのだ。この意味が分かるか?」

「う……」


 祖母を助けたい気持ちと、祖父からもたらされた”重み”がせめぎ合う。

 けれど、今は。


「それでも……わたしは、守りたい」


 この力で、人と戦うこと。向こうも何をしてくるか分からない異能者であること。

 その事実よりも、依月にとっては、弥美を助けに行けないことのほうがよっぽど怖かった。

 目を背けたままではあるが、でも前には歩いていきたいのだ。


「大丈夫。私がどうにかする」


 皐月が、強い目をしていた。

 その目に依月の心の何かが刺激されたが、今は気にしている場合ではなかった。

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