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神祇の彼方 -B.T.D.-  作者: VBDOG
■第一章:この身に三つの色を
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第十話 その1

 世界と約束したあの子はもういない。

 神が愛したあの子はもういない。


 ……ただ、責務だけが残っている。



 あの子とこの子は、違う。考えも性格も、周りの環境も、なにもかも。

 あの子は特別で、この子は普通だ。


 ……ただ、役割だけが残っている。



 からっぽの器に、不釣り合いな大瀑布。


 ……ただ、残滓だけが残っている。



  *



「もう夏も終わりか」


 いくぶん柔らかくなった気もする日差しを岩の陰から仰ぎ見て、皐月は呟いた。


 ごつごつとした地形の目立つ船麓の西、ぼうぼうに伸びた草がそこらじゅうを青々と染め上げている。

 上下黒で長袖の私服を着た皐月は、景色の中で一際浮いていた。ほどよい大きさの岩に腰掛け、脚を組んで小説を読み進めている。


「依月の夏休みもあさってで終わりだけど、どうする予定? まだ進捗は半分くらいじゃない」


 本から目を離さず、皐月は声を上げる。

 皐月が日除けとしている大岩の上に立ち瞑目していた秦月は、表情を動かさず静かに応えた。


「青に関しては正直赤のように修行させるつもりはない。よって、明日には緑を取り戻しにゆくつもりじゃ」

「ハードスケジュールだことで……青を放置する理由は?」

「適性だな。お前の緑と同じくな」

「あぁ成程……。まぁ、確かに壊滅的に向いてなさそうではあるね」


 半眼になりつつ、皐月が納得を示す。


「使いこなせない青を育てるよりは、巫参色を揃えることのほうが大事じゃ。……それが連中からの願い、引いては世界のためになるとのことだ」

「……」


 押し殺したような祖父の声。感情は窺い知れない。

 皐月の心にありありと浮かぶ反感の意。秦月は感じ取っているだろうに、そこについてはふたりして何も言わない。


「はぁ。それじゃ、先輩としてせめて能力の説明くらいはしてあげようかな。どこかの御師匠様曰く、導くのは私の務めらしいし?」

「好きにせえ」


 軽く茶目を効かせてみる皐月だが、秦月は先ほどからずっと淡々としている。

 皐月はちらと上を見上げ、肩をすくめながら読書へと戻った。



 太陽は天頂へと達し、影が一番少ない時間帯に差し掛かる。

 皐月は持ってきていた小さなハンドバッグから真っ黒でシンプルな日傘を取り出し、日を除けながら黙々と本を読み進めていた。

 秦月はずっと上のほうで立ったまま、何やら物思いに耽っている。


「……」


 一度本を閉じ、皐月は空を見上げる。


「いい天気」


 雲ひとつない快晴。街の反対側にある山は空と溶けており、鮮やかで壮大な景色が広がる。

 その一色に塗りつぶされた()空をみて、皐月はふと思った。

 依月には青の適性がない……初耳の話だ。


 巫としての妹のことを、姉は何も知らなかった。


 何故ならば皐月は"あの頃"の"あの子"と、殆ど接する機会がなかったから。だから、皐月にとっての"依月"とは、今の依月でしかない。


 だが、祖父から見た"依月"は、どうなのだろうか?


 取り止めのない思考が柔らかな風とともに流れてゆく。


 ……皐月は長い後ろ髪を掻きあげて、また本を開いた。





  *





「んはっ」


 依月が目を覚ますと、木製の簡素な椅子に腰掛けていた。

 ゆっくり見渡すと、そこは薄暗い洞窟の中だった。

 真正面には祠が建っており、顔のない石像がのっぺりとこちらを見ている。


「……帰ってきたんだ」


 じわじわと実感して、喜びで笑みが溢れていく。


 思えばずいぶんと長く、見知らぬ世界で過ごしていたものだ。懐かしいとすら感じる洞窟をもう一度見渡し、座ったまま後ろを見る。

 ここで意識を失う前は暗青色のカーテンが道を塞いでいたはずだが、果たして試練を終えたからか、もうそこには何もなく、出口へと通じる道がぽっかりと開いていた。

 腰を上げ、背伸びしながらそちらに向かう。


 右上に曲がっている狭い洞窟を進みながら、依月はすこし怖い想いを拭いきれなかった。

 自分の体感では、最初の世界でもう何年も何年も……たぶん何十年も過ごしている。

 自分の身体を見ると、小綺麗な修行着にいつも通りの体躯なので、変に大人になってたり老けていたりといったことは無さそうだが、それでもどれだけ経ったのか分からない。


 真っ白に光り輝く出口を眺めながら、依月は数秒、立ち止まった。


「……えい!」


 勇気を出して飛び込む。

 そして、久方ぶりに生きた世界の音が耳に飛び込んできた。

 風が草を撫でる音、虫の鳴き声に、鳥の囀り。

 鼻から息を吸うと、湿った土のにおいがする。

 溢れんばかりの、"生"を実感して。


 何故だろう、依月はわけもなく叫びたくなり、


「わーーーーーーっ!!」


 と大きく口を開けて喉を鳴らしてみた。


「うわ、びっくりした」


 その声に驚いたような、呆れたような反応が返ってくる。

 右を向くと、すぐ近くの岩場に腰掛けて本を読んでいた皐月と目があった。


「……さつ姉! 久しぶりっ!」

「はいはい4時間ぶり。思ったより早かったね」

「4時間? そんだけしか経ってないの?」

「そうね。まあここで修行すると時間感覚狂うからね、そう言いたい気持ちはわかる」


 あれだけ濃密だった体験が、たったの4時間。

 依月は目を大きく見開いたが、自分の心配が杞憂だったことのほうが嬉しかった。


 軽い地響きが後ろからしたので振り向くと、洞窟のあった小山が、透けながら地面に沈み込んでいく光景が目に入る。十秒と経たず、小山のあった場所は元の平原へと戻ってしまった。


 呆けていると、後ろから咳払いが聞こえてくる。


「で、どうだった? 青は?」

「あ、いえい!」


 依月がピースする右手には、淡く輝く青い光が纏わりついている。それを見て、皐月は拍手する。


「お疲れさま。若干心配してたけど、1人で無事試練を乗り切れたようでなによりね」

「うむ、ようやった。これはすごいことだぞ」


 秦月が岩の上から降りてきて、嬉しそうに言う。

 そして、依月の頭をぐりぐりと撫でた。


「垂朧の祠では、心の強さがものを言う。途中で挫折するものも歴代にいた中、この時間で突破するのはなかなかのものだ」

「そうなの? ……実感ないなあ」


 そうは言いつつ、照れてはにかむ依月だった。


「で、依月。おまえの試練はどんなものだったの?」

「へ? えっとね……」


 かいつまんで、依月は自身の体験したことを語っていく。


 音のない世界で、延々と平坦な1ヶ月を繰り返し続けたこと。

 嘘と誠が入り混じる混沌の世界で、数多の情報を見届けながら走り続けたこと。

 灰色の世界で、影や影巨人と戦ったこと。


「なるほど、無音、虚実、戦鬼か。まあまあキツいほうの試練を引いたみたいね」

「そうじゃな……飢餓や飽生が選ばれなかったのは運がいいとは思うが、それを除けば過酷な部類ではあったようだな」


 皐月と秦月が苦笑いしてそんなことを言う。

 依月はもしかしてと首を傾げた。


「他にも試練があったの?」

「その通り。祠の試練はね、無音、虚実、幸福、劣等、没頭、怠惰、飢餓、飽生、戦鬼。この九つの中からランダムで三つ選ばれるの。1番のハズレは飽生か飢餓のどっちかかな」

「へー、色々あるんだね」


 自分の試練内容を思い返しながら、依月は単語から連想される違う未来を想像した。

 ……幸福とか、楽しそうだな。


「というか、戦鬼を突破するとは正直思わなかった。あれって答えがわからないと負けるまで永遠に戦わされるやつじゃない?」

「あー、あれはわたしだけだと失敗してたと思う」


 依月は苦笑いする。そして思い返す。

 あの眠たげで、無垢な、かつての己らしき者を。


「どういうこと?」

「なんか、えっと虚実の間?ってとこで、小さな頃のわたしに会ったの。全然わたしっぽくなかったから、本当にわたしなのかは分かんないけど」

「小さな頃の依月? ……御爺様、それって」

「……ほう。それで?」

「その子に手伝ってもらって、最後の戦鬼の間ってとこは2人で戦ったんだよー。あの子が青を使ってくれたり、わたしの赤をめっちゃ強くしてくれたり……ってそうだ! ねぇさつ姉、わたしの赤やばいことになったかも!」


 2人のただならぬ様子に気づかず、少女はひとり騒ぐ。


「赤がやばいって?」

「あの子が赤を勝手にすっごく強くしちゃって、今使ったらやばいことになるかも……。腕振っただけで町が壊れちゃう」

「そんなことがあるの? 試しに人差し指の爪先にだけ全力で『剛』を使ってみて」

「えー、大丈夫かなぁ……。剛! ……あれ?」


 依月があの世界でやったように、右手の人差し指のほんの先っぽだけ、最大出力で『剛』を展開する。


 しかし、発揮された『剛』は、依月の感覚とずれ、思ったよりもずっとずっと弱い。

 幼依月が、頭をいじる前と同じ出力だった。


「?」

「馬鹿みたいな力なのは分かるけど、これまでとそんなに違うとは思えないけど」

「……うん、ごめん、なんか大丈夫だったー」


 よく分からないが、光を消してひと安心する。


 秦月が、感情の見えない顔で依月に問うた。


「……依月よ。教えてくれ。その子は、元気にしてたか?」

「? うん。なんか、じゆーな子だったよ」


 わたしの頭に手をぶっ刺してきたりね! とけらけら笑う依月を見て。秦月は安堵したような、あるいはとても申し訳なさそうな顔を一瞬だけ覗かせた。

 小さな声で、さらに問う。


「……その子は今、どうしておるかの?」

「んー、最後クリアしたとこで消えちゃった。覚えててねって約束したけど、今はどこにいるか分かんないや」


 あの子は今、どこにいるのだろうか?

 まだ祠の試練の中にいるのか、それとも。


「そうか」


 皐月が、静かに秦月を見ている。


 何故か彼女の目からは、秦月がなにか肩の荷を下ろしたような……寂しさと安堵と、少しの喜びが、見てとれた。

●お知らせ

いつも「神祇の彼方 -B.T.D.-」をお読みいただきありがとうございます。

現在非推敲ぶん込みで第十四話までストックできていたのですが、展開に納得できずこのまま投稿するのが厳しい品質と判断したため、一旦第十一話からプロット再構築レベルで書き直します。

ストック枯渇となってしまいますので、第十話 その3まで投稿したのち、執筆のためひと月ほどお時間をいただければと思います。


8/26に第十話 その3投稿後、10月から第十一話を再開予定です。


ご迷惑をおかけしますが、今後ともよろしくお願いいたします。




待って予約解除したらそのまま投稿されるんかい!!

(下書きに戻せないのこれ…?)

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