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神祇の彼方 -B.T.D.-  作者: VBDOG
■第一章:この身に三つの色を
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第九話 その4

 そんな余裕は全くないはずなのに、幼依月と依月は目を合わせた。

 どちらも疑問でいっぱいの顔だが、それぞれ違う意図をその瞳に湛えている。


「弱い? これで!?」


 依月は激しく動き回りながら上ずった声で言葉を返す。

 腕を振るだけで広範囲が消し飛ぶようなこの頭のおかしな膂力を見て、言うに事欠いて”弱い”と表現するのか?

 現状の火力でも過剰気味で、手数の面以外ではそこまで困っていないほどなのに。


「んー。ちょっとまってね」


 と幼依月は、依月の頭をじっと見つめて言う。そして。


「えい」


 と、両手を頭の中に突き刺してきた。


「ほあ!?」


 後頭部からずぶりと不快な音が鳴り、未知の感覚に悲鳴を上げる。

 戦闘中にあるまじきことだが、背筋がぞわぞわとしてしまって動きが止まる。

 脳内をまさぐられるという初の体験。


「ひいいいいい……っ!?」


 直前に薙ぎ払っていたのが幸いし、まだ影は近くにまでは来ていない。

 数秒ほどもぞもぞ頭の中で手が動いて、満足したのか「ふう」と息をついて抜けていく。


「たぶんなおった」

「……なにしたの!」


 涙目で後ろを睨みつける依月。

 幼依月は、不思議そうに眠たげな視線を返す。


「あなたの赤、へんなことになってた。いたずら?」

「変なっ、ことって……!? っと!」


 かなり距離を詰められてしまったので対処が遅れ始めた。敵も薙ぎ払いを学習したのか、それとも耐性を得たのか、先ほどよりは吹き飛びにくくなっている気がする。


「もっかい赤を、ぜんりょくでつかってみて」


 戦況の悪化を悪びれず、幼依月は言う。依月は隙を作るために2回旋回して大きな竜巻を起こし、影との距離を無理やり引き剥がすことを試みる。


「もうあんまりきかないかも……!」


 それでも耐える影を見て依月は苦渋の声を漏らすが、少なくとも踏ん張っていてこちらに近寄ることは出来なさそうなので、一瞬赤を解除した。


「じゃあいくよ! 全力、迅・剛!」








 一瞬、依月は世界が爆ぜたのかと思った。



 





 視界が真っ赤に染まり、何もわからない。


 ただ、自分を中心に波が世界に広がったような感覚だけはあった。


 周囲のあらゆるものが爆発したかのように、全方位から耳を劈くような炸裂音が響き渡る。


 その後理解するのは、自身がなにやら途轍もない存在へと昇華したらしいということだった。

 全能感とも違う、世界を俯瞰するような感覚。

 視界が落ち着き、依月は不思議な想いを抱えたまま周囲を見渡した。


 あたり一面から、影の一切が消えてなくなっている。

 地平線まで見渡しても、「黒」が見つからない。


 ただ、赤を発動した、それだけなのに。


 流石にあまりにも規模がおかしすぎて、依月は言うべきセリフがわからない。


「これがあなたのちからだよ」


 幼依月は微笑む。

 ……少し、この幼子が怖くなる。


 あと取り急ぎ気になる点として、ひとつ。


「元の世界に戻ったらどうしよう……」


 まずは、もっと強い髪留めを作ってもらうことだろうか? 真っ先にそんなことを思う依月なのだった。


 途方に暮れる依月を尻目に、幼依月は上をまた見上げた。


「あし」


 依月がそれを聞いて上を見上げると、上空で影が凝縮して巨大な足が現れる瞬間が見て取れた。

 『迅』も最大で使用しているからか、あらゆるものがひどくのんびりとして見える。

 さっきまでもスローモーションのように見えていたのだが、明らかに"質"が違う。今なら眼前でどんなサイズの「影の足」が生まれたとしても、鼻歌を歌いながら逃げおおせることだってできるだろう。


 だからこそ、依月は逃げる選択を採らなかった。


 落ちてくる巨大な足裏に、拳を構えて待ち受ける。


「おりゃっ」


 そして、潰さんと迫る足と、赤光を纏う少女の拳が激突した。


 「影の足」は霧散せず、形を保ったまま上空に向かって逆行していく。


「おー……」


 これまでとの力の差に正直引いていたので、大したコメントもない依月。確信があったとはいえ、これまでの状態でこんなことをしたら"負け"は必定だったというのに。


 ……遥か遠くで、轟くような低音の慟哭が聞こえてくる。次いで、何かが崩れ落ちたような音もする。

 慟哭は、まるで痛みに悲鳴をあげるような声だった。


「みつけた」


 幼依月はそちらの方角に指をさす。


「あれをみつけて、たおしたら、おわり」


 何のことかもよく分かっていないが、新たな展開の予感がする。

 依月たちは、悲鳴のした方角へと、光のごとき速度で向かっていった。



  *


 時間にして数秒ほどだが、距離にして実に数十キロは移動しただろうか。未だに影は新たに落ちてきたものがまばらにいるだけで、ここまで余波は届いている。


 ()()はある程度まで近づくことで、突然姿を現した。


「って、なにこれでかぁ!?」


 依月は叫んだ。


 さきほどまで「影の足」などと言っていたものが、実際には全身を持つ巨大な影の化け物だったと判明したからだ。


 その高さ、数百メートルどころではない超弩級の巨大な人型。実際にはものすごい遠くにいるはずなのに、至近距離から超高層ビルを見上げたかのようだ。

距離感覚がおかしくなる。


 影巨人は、先ほど倒れ込んでいたのか、起き上がっている動作の途中だった。

 ここからだと全体像が見える。その巨人は右足の膝から下がなく、片足立ちをしていた。


「これって、倒せるやつ!?」


 困惑した依月の声に、背中の幼依月は寝ぼけたような口調で応える。


「だいじょうぶ、できる」

「どうやって?」

「あなたの赤ならよゆう。でも、さすがにとどかないかも」

「信じていいのかなそれ!」


 巨大な影が、再び拳を振り下ろそうとしている。

 超高密度の影で構築された巨大な腕が、世界の果てまで届きそうな高さから、ゆっくりと迫ってくる。


「とりあえず逃げて考えよ!」

「だめ、ここでたおそ」

「……うー、わかったよ!」


 もう開き直って、依月はぐっと地面を踏みしめた。


「……こぶしには、こぶし!」


 全力で赤を引き出し、拳を上空に向けて構える。

 巨大な影の拳が降ってきて、あまりに小さな依月の拳と正面衝突する。


 瞬間、耳をつんざく爆裂音と共に、影の腕が弾かれて空中へと帰っていく。


「ひえええやばすぎっ!」


 依月の声は震えていた。足のときは実感が湧かなかったが、相手のサイズが直接見えてしまうと、自分の火力の高さに驚愕を拭えない。

 だが、この盤面で、もう迷う必要はない。


「近づくよ!」


 依月は地面を蹴り、一直線に巨大な影のほうに向かって跳ぶ。

 真っ赤な光が尾を引いて、影巨人の足元まで一瞬で辿り着く。


「いやでかすぎでしょ」


 ここまでくると、高さは果てが見えないのは当然として、横幅も凄まじい。もはや唯の黒い壁だ。


 試しに左足らしきこの()を殴りつけてみる。

 馬鹿みたいな衝撃が貫くも、影自体はダメージを受けた様子はない。この全力の赤で駄目ということであれば、そもそも攻撃が効いていなさそうな印象を受ける。


 足をずらして依月にぶつかりにきたので、全体像がわかる程度にはまた少し距離を取る。


「どうやって倒すの……」


 途方に暮れながら観察を続けていると、周囲をどんどん埋め尽くすように小さな影が雨として降ってくる。そのペースは今までで一番早く、濃い。


 片手をひねるだけでほぼ全ての影が消し飛んで依月は頬をひくつかせるが、今はありがたいものとして、攻略に集中する。


 頭をひねっていると、幼依月が助け舟を出した。


「むねのところ、青いのがある。それたたけばいい」


 依月には遠すぎて見えないが、どうやら胸部まで飛んでいく必要があるようだ。

 今の赤の出力ならいける気はするが、そうなると全身にこの『剛』を適用しなければならない。依月はごくりと喉を鳴らした。


「だいじょうぶ」

「うー、さっき十の力で大変な目にあったから、嫌な予感するんだけど……」


 渋々、依月は赤を一度解除する。

 そして、一度しゃがんで動きをぴったり止め、全身指定で再度最大出力で展開した。


 変な方向に吹き飛ばないよう、足に余計な力、動きを与えない。あとはこのまま足を跳ね上げて、前に飛んでいくだけ。


「い、行くよ……っ!」


 ふぅと息を吐き、瞳に力を込める。

 幼依月がぎゅっと腕に力を込めるのを確認して、依月は思いっきりジャンプを敢行した。


「ひやぁああああああ!!?」


 少女が、情けない悲鳴を上げながら大空を舞った。


 制御を超え、周囲の空気を吹き飛ばし、音の壁をいくつも破りながら加速する。


「〜〜〜〜!!」


 飛行機やジェットコースターの比ではない速度、重力感。依月は意識を手放さないようにするので精一杯だ。横向きに走るのとは訳が違う。

 だがしかし、後ろの乗客はいささか手厳しい。


「ひめいあげてないで、ちゃんとまえ、みて」

「そそそそそそんなこと言ってもおおおおお!?」


 情けない声で返答しつつも、依月はがんばって目を開けて前を見る。

 もう、すぐそこに影の壁が迫っていた。このままではぶつかるだけだ。

 しかも、場所が良くない。おそらくジャンプがずれてしまい、胸でなく左肩あたりに飛んでしまったらしい。


「いきおいおとして。そしたらまかせて」


 と幼依月が気合いを入れた。依月は、自身のやるべきことを悟る。

 まずは右手で前方を扇ぎ暴風を発生させ、勢いを相殺する。

 何度か繰り返して、ようやく浮遊感が勝る程度に速度が落ち着いた。


「解除!」


 赤の力を解除して、青の光を代わりに発光させる。

 幼依月は、依月の代わりに術を紡ぐ。


「闢則、おとしぼし」


 依月の周囲に、半径30センチほどの岩がたくさん出現する。重力に少し抗っているのか、依月よりも落下が遅い。


 意図を察した依月は岩の一つに足をかけ、体勢を整えたところで再度赤を展開、岩が消える寸前に、胸の方に向かって跳躍した。


「……あった、あれだね!」


 胸付近に到達すると、鳩尾の少し上あたりに落ち窪んだ箇所があり、その中で青い球体が光っている光景が目に入った。


 ただ、現在の位置関係では、穴には届かなそうだ。再度軌道を調整しなければならない。赤を解除して、依月は後ろに顔を向ける。


「ねえ、()()お願い!」

「うん。闢則、まといくさりかせ」

「いっけえっ!」


 依月の右手から、青い光の糸が伸びる。ある程度自在に動かせるらしいそれは、穴の奥の玉に巻きつく。

 そして依月側のほうの糸を巻き上げて、穴の中へとなんとか滑り込んだ。


「ぐえっ、痛っ!?」


 赤を展開していないので、生身であることを失念していた依月。背中を庇いながら穴の床に激しくぶつかってしまい、その痛みにしばし悶絶する。

 ……痛みが落ち着いてから、ゆっくりと立ち上がった。


「ふいー、ありがと、助かったよ」


 青の光を消して、幼依月へお礼を述べる。

 幼依月は、「どういたしまして」と小さく笑んだ。


 2人の目の前には、直径にして5メートルはあろうかという、大きな青く光る球体が鎮座している。

 宝石のような、石ころのような、光のような、不思議な質感をしていた。


「これを壊したらいいんだよね?」


 依月は問い、背中から肯定の頷きが届く。


「じゃあ、剛!」


 そんなに硬そうでもないので、四くらいの強さで赤を適用し、静かに球体の前に立った。

 そして。


「えいっ」


 テレフォンパンチを繰り出すと、ガラスが割れるような音を立てて、儚く球体は砕け散る。


 ——上の方から、激しい慟哭が聞こえてくる。

 ぼろぼろと崩れていく周囲の影。あっという間に影は散らばっていき、依月たちの立っていた床も消える。


 影の粒子とともに、自由落下していくふたり。


「闢則、あわふぶき」


 途中で幼依月が泡を出してくれたので、それを使って安全に地面へと向かう。


 着地した依月は、やや呆然としていた。


「それで……終わったの?」


 背中の幼依月が、呑気に拍手をしている。


「やったね」

「もう元の世界に帰れる?」

「うん、たぶん」


 目の前で降り注ぐ影の粒子は静かに消え去り、空には平穏が戻る。

 依月の右手親指、左腕、左耳が、影が払われるようにして復活した。


 幼依月がそっと背中から降りて、依月の前に立つ。


「あなたは、ちゃんとがんばった。こころがつよくなったから、ここまでこれた」

「そうなのかなぁ……」


 拍子抜けしながら、依月は右手を見下ろす。

 後半は、なにかずるをしたような気がしないでもない。それほど常軌を逸した力だった。


 幼依月がその小さな手をそっと重ねてきた。


「あなたはちゃんと、じぶんのちからをつかった。にげずに、まっすぐに」

「……そうだね。今回は、なんかすごくがんばった気がするよ」


 精神疲労でぐったりしながらも、依月は素直に微笑んだ。

 その途端、世界がぐにゃりと歪み始める。


「あれ?」


 いくつか経験した試練の終わり。それと同じような感覚がする。


「そろそろ戻れるのかな」

「うん、そうだよ」


 歪みながら、世界は畳まれていく。

 ぱたぱたと折れていく世界を見ながら、幼依月はどこか嬉しそうに微笑んだ。


「げんじつにかえったら、ちゃんとおぼえててね」

「え? なにを?」


 幼依月の姿が徐々に薄れていく。

 はっとする依月。

 幼子が最後に残した言葉は、柔らかく、透明で、無垢な響きを持っていた。


「ありがとう。あなたは、ほんとうにあかるいひと。わたしは、ずっとそれを、まもってる」


 そう言って幼い依月は小さな青い光を残して、ふっと消えた。


「え、ちょっ……待って!」


 伸ばした手は空を掴む。

 だがその手には、青い光が宿っていた。


「……あ」


 不思議な感覚がする。

 消えゆく世界の中で、依月は自分の胸に手を当て、小さく呟いた。


「ちゃんと、覚えておくよ」



 そして光が世界を塗りつぶした。


 ——意識が、遠のいていく。

●依月の戦闘について

運動神経と適応力は非常に高いのですが、戦闘センスはあんまりない…そんな感じの依月です。やればやるだけどんどん最適化はするけど、こうすれば強いみたいな戦術の組み立てはできません。

色んな意味でぶっ壊れの赤について、現実で使おうものなら地球上の全勢力から敵対必至の超危険能力です。精神世界だからこそかろうじて使用を許された、依月の本当の力です。幼い依月は"無垢"であるがゆえに、厳重なロックをすり抜けることができます。危ないですね。


●戦鬼の間 補足

「影の足」に反撃して本体を見つけるというのは、本来の正道からは大きく外れた攻略法です。普通無理です。

影巨人に近づくほど戦闘密度は濃くなりますので、

足の向き、足の出現頻度、影の出現量などから推測し、透明な影巨人の本体を見つけることが正解です。

影巨人には「描画距離」が設定されており、一定の距離まで近づかないと視認することができません。

代わりとして右足だけが世界中あらゆる場所に出現し、踏みつけ攻撃を不定期に行います。

なお難易度、影巨人のサイズは本人の潜在能力依存なので、ここまでイかれた規模になった巫は歴代でも類を見ません。


また影巨人をそのまま倒すのは無謀にもほどがあるので、搦手で転ばして(常に片足立ち、脛が急所なので比較的簡単)弱点を攻撃してクリア、というのが本来の攻略になってます。

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