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神祇の彼方 -B.T.D.-  作者: VBDOG
■第一章:この身に三つの色を
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第九話 その2

「ひやぁああああああ!!?」


 情けない悲鳴を上げている少女が、大空を舞っている。


 舞っているというより、吹き飛んでいるというのが正直なところだろう。赤い残光が軌跡のように空に打ちあがり、さながら打ち上げ花火の様相だ。

 既に地面は遥か遠く。

 昔一度だけ飛行機に乗ったことはあった少女だが、その浮遊感の百倍強く、内臓が置いてけぼりをくらっているようだ。

 大きな大きな放物線を描いて、徐々に前に進んでいく軌跡は、あまりにも巨大で、見上げてもどこに何があるかすら分からない影の塊へと急接近していた。


 言うまでもなく、依月である。人間ロケットで涙目になっている彼女の背中から、少し呆れたような声がする。


「ひめいあげてないで、ちゃんとまえ、みて」

「そそそそそそんなこと言ってもおおおおお!?」


 依月の背中にしがみついてその長い髪を激しく振り乱しているのは、前回の試練で出会った幼いころの依月だ。

 何故依月は空を飛んでいるのか、何故あの”幼依月”がここにいるのか。この巨大な影の塊はなんなのか。


 ……話は、2時間ほど前に遡る。



  *



「……つぅっ!」


 嵐のように苛烈な攻撃に、津波のような怒涛の数。

 世界中どこを見ても真っ黒に埋め尽くされた地面のなかで、ほんの一点だけ赤く光る場所がある。


 最早なりふり構っていられなくなった依月は、自身の身体の制御のしやすさよりも火力を求め、七くらいの力で赤を解放している。

 ここまでになってくると、親指が地面を強く踏むだけで30メートルは勝手に吹き飛んでしまう。

だが、その代わり敵も2発で消し飛ぶくらいには凄まじい。寧ろその機動力を活かして依月はひとつ所に留まらず、空中を跳ね回るように闘っていた。着地時の衝撃が敵への攻撃になり得るし、現状取れる最善手に感じていた。

 ……というか、そうしないとまともに動けない。


「うぇっ! ……うぎっ! うー……スーパーボールみた……いっ!」


 この変な機動に対応できているのは、ひとえに強烈にかかる『迅』のお陰だ。コマ送りのスローモーションのように襲いくる影を、身体から近い順に空中で捌きつつ、わざと派手に着地して衝撃波を生む。そしてその反動でまた空中へ。

 我ながら変な戦い方だ……と依月は思うが、常にぎりぎりの状況下の中で、今のところ無傷でいられているので、やめるつもりは無かった。


 ただし、この戦法にはひとつネックというか、弱点がある。

 それは、空中にいるときに動線を変える手段がないということ。


「やばっ!?」


 巨大な「影の足」が、よりによって空中の最高点にいるときに依月の頭上で発生した。

 依月が着地するタイミングと、「影の足」が一帯を踏みつけるのはほとんど同時だった。


「っ、まに、あえ……っ!」


 ほんの僅かな隙間。着地した瞬間に脚を地面で蹴り付け、前方に向かって全力で跳躍する。

 弾丸のように飛び出していく依月。

 赤い光が直線の軌跡を描いて、足の先端を突き抜けた刹那、地面に影が覆い被さる。


「ふいー、あぶなかったっ! でも助かった!」


 空中で錐揉み回転しながら、依月は安堵の声をこぼす。そして、ぐるぐる移り変わる視点の中、『迅』によって加速された思考で着地地点を見極めて、影をいつも通り対処しようと、腕を構えんとした。




 左腕の感触がない。




 はっとして自分の体に目を向ける依月。


 ……左肘から先が、影に覆われて無くなっていた。


「うっそ」


 あの「影の足」から抜け出すとき、左手だけが、間に合わなかったのか。


 依月は、武器をひとつ失った。


「……迅・剛!」


 依月は最早一切余裕はなしと判断して、十の力で赤を解放する。

 莫大な光が依月を包み込み、溢れたぶんが蒸気のように、空へ立ち昇る。

 着地したタイミングで右手で地面を叩きつけると、周囲100メートルを超える範囲で圧縮された空気による鎌鼬が発生し、一撃で影を蹴散らしていく。


「うわつっよ」


 手を叩きつけた反動で、更に遥か向こうに吹き飛んでいく。

どうも『迅』の速度に対し『剛』の威力が強すぎるのか、頭での処理が追いつかない。

 そして、吹き飛んだ先でもかろうじて似たようなことをして、体制を立て直す時間を稼ぐ。


「やばいやばいやばい!!?」


 しかし、依月の許容範囲を軽く超える暴威に、コントロールを既に失っていた。むしろどんどん加速は強くなっていっており、もう自分が何処にいるのか、どちらに体が向いているのかすらわからなくなってきていた。


(このままじゃやられる!)


 どうにかして、この連鎖を止めなければならない。

 依月は、まずは迅を更に強化しようと試みた。


「迅っ!」


 術を掛け直す。イメージする数字は二十だ。どんぶり勘定だが、そこまで強化すれば流石に知覚も安定するだろう。


 しかし、発動した『迅』のかかり具合は、何故か先ほどと変わらなかった。


「なんで!?」


 何度か空中にいる時に掛け直しを図るが、十を超える値を受け付けないのか、どうしてもこれ以上強化できない。


「むーりー!!!」


 悲鳴を上げながら、依月は止めようもなくバウンドを重ねていく。

 ここまで速度と威力が出てしまっては、赤の出力を下げたり消したりでもしたら身体が保たないだろう。

 なすがまま跳ね続けて、これからどうなるのか。依月にはもうどうしようもないのか。


 やがて諦めの想いが依月を覆っていく。


 これまでの試練では、失敗したら最初からやり直しになった。だとすると、ここもそうなのかもしれない。


「十はだめだなぁ……次からは七でやらないと」


 と、力を解いて"負け"を認めようとしたとき。


「だめ。つぎなんて、ないよ」

「!?」


 舌足らずな声が、上空から聞こえてきた。

 

「闢則。あわふぶき」


 依月の視点ではよく分からないが、依月本人の身体から勝手に赤の力が消え、代わりに青い光が発せられたのを感じた。

 ……身体の中から、なにかがぽんぽんと、沢山溢れ出ているような感じがする。

 

「わっ!?」


 未知の感覚に戸惑っていると、いつの間にか速度が落ち着いてきており、そしていつまで経っても地面に着地しないことに気づく。

 『迅』が使えてないのでまだ何が何やらといったところではあるが、やがて数秒もしないうちに視界はまともになった。


「……泡?」


 依月は、青い光でできた大量の泡に囲まれていた。

 自分はその中の一つに入り込んでおり、ぐったりと仰向けに転がっている。

 ふよふよと泡の塊は空を漂っているようで、下を向くと蟻の群れのような影たちが、遠くこちらに向かって手を伸ばしているのが見えた。


「おちついた?」


 声のする方に視線を向けると、前回の試練で出会った、あの幼い頃の依月らしき者が、依月のそばで体育座りをしていた。


「きみは……」

「さっきぶりだね、おとなのわたし」


 眠たそうな瞳で、幼い依月は微笑んだ。


「ここにも来れるんだ……ていうか、この泡なに?」

「わたしの闢則。おそらをうかぶときにべんりだよ」

「闢則……さつ姉がよく使ってる青いやつかぁ。きみじゃなくて、わたしが青く光ってるのは?」

「それはあなたのちからだもん。ちょっとかりた」

「借りた……? わたし、この力のことなんもわかんないんだけど……」


 自身の発する青い光を見て戸惑う依月。

 今まで試練を突破するときに、無意識のうちになんとなく使っていたものだが、依月はこの力のことがまるで分からない。

 赤を取り戻した時は、それがどういう力なのか、うっすらと理解できたのに。


「しかたない。わたしもよくわからない」


 きょとんと、お互い顔を見合わせる。


「……そんな場合じゃないか。この光消したら泡は消えるの?」

「たぶん」

「多分て。……あ、そうだ。わたし、下の影とずーっと戦ってたんだけど、赤をやりすぎてちょっと諦めちゃってた。助けてくれてありがとうね!」


 にっこりと笑みを浮かべて、幼子に礼を言う。

 幼依月は、ぱちくりと目を丸める。


「どういたしまして。……とても、きれーにわらうんだね」

「え、そう?」

「たいようみたい」


 どこか羨ましそうな顔。でも、やはり本心はまるで分からない。

 依月は照れながらも、どこか人間でないもののような、底の知れなさを感じていた。


 ……それはさておき。


「えっと、もうじゅうぶん休憩できたかな。早くここ抜けたいから続きやりたいんだけど……きみどうする?」


 依月は泡の下の戦況の確認をしながら改めて覚悟を決める。そして、幼依月へ改めて意思を問うた。


「てつだいにきた、いっしょにたたかう」


 幼依月は、小さなこぶしをにぎってふんすと鼻息を鳴らす。依月は頼もしいやら不安やらで、複雑な気持ちになる。

 青の力を自分以上に知っているようだが、見た目はまだあまりにも幼い子どもだ。

 だが、この青の力を解いたが最後、この世界に安全地帯など無く、状況が状況だけにそれを受け入れるしかない。


「よーし、じゃあ()()()()()()でさっさとクリアしよっか!」


 この子を守り抜きながら。


 左手を失ったままの依月は、静かに気合を入れた。

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