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神祇の彼方 -B.T.D.-  作者: VBDOG
■第一章:この身に三つの色を
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第八話 その2

 気がついたときには、依月はまた細い地面の上に立っていた。


「あれ……」


 辺りを見渡しても、今自分がどこにいるのか分からない。

 疑問符を頭の中で浮かべようとして、真後ろを振り返ると。


「あー、そういうことかー」


 依月は納得の表情を浮かべ、やがて憮然とする。そして、無言で前へと走った。


 見えたのは、崩れていく背後の景色。

 依月の後ろのすぐ近くに、無音の間とこの空間をつなぐ空間のひび割れがあった。


 ——つまり、最初の位置に戻された、というわけだ。


 無音の間を突破したとき、依月は何度も何度も同じ1ヶ月を過ごしてきたことを、まるで走馬灯のように思い出させられた。

 なので、どのくらいの時間を過ごしたかを朧げに把握しているだけでなく、"繰り返す"ということに対して理解が鋭敏になっていた。


 疲れは感じないので別にいいのだが、走るだけの行為そのものはそんなに好きでもない依月としては、できればさっさと突破したいところ。

 先ほどの幼い皐月の光景を、頭を振って追い出して、走ることに集中する。



 先ほどとは違う光景が、現れては消えを繰り返す。

 しかし、この空間の概要が分かったので、なるべく意識を向けずに先へと進んでいく。

 時折どうしても記憶を揺さぶられる大事な思い出が流れていくので、完全に無視するのは難しかった。

 ある程度進んでいくと自分だけでなく、自分と親しい人の大事な記憶も流れるようになるらしく、先ほどの皐月を含め、友人だったり祖父、祖母だったり、町の人の光景も時折泡沫のように現れ、依月の目の前で流れ続ける。

 その他者の映像にも、やはりいくつか嘘が混じっていることがあるようだ。

 例えば、祖父の記憶。これは依月が社で舞を待っている数週間前の夏祭りのものだ。

 他人目線で自分の踊りがどう見えていたか、いたく興味をそそられた依月は、足を止めないよう気をつけつつも食い入るように見てしまっていた。


「うわー、ここちょっとミスってるじゃん」


 本番では気づかなかった些細な動きのズレや、最後の笑いながらの舞に1人赤面する依月。

 終わって拍手喝采を浴びている中、それを見ていた皐月と秦月は冷たく見下ろして、こう語っていた。


『呆れるほど下手くそね……正直もう2度と踊らせたくない』

『上凪に永代残る恥だのう……。とはいえ、あとで上っ面でも良いから褒めておけよ』



 どきり、とした。



 秦月と皐月があの後褒めてくれたのは、もしかして、と一瞬思ってしまった。


 でも、間違ってもそんなことを言う家族ではないのは、長年の付き合いでわかりきっていることだ。

 ましてや、『世界の声』が聞こえる依月は、昔から生き物の心の機微に聡い。

 あの時、そっぽを向いて言った皐月の言葉に、嘘偽りなんてなかった。


「もーっ! こんなん絶対ウソじゃんか!」


 ある意味、この光景でむしろ元気が出たと言えるかもしれない。

 喉奥にずっと刺さっていた小骨のように、脳裏にこびりついていたあの幼い皐月の顔。あれが真実であるなんて、自分には到底思えなかった。

 それに、今は分からなくても、ここを抜けたあとで皐月に直接問いただせば良いだけのこと。


「はやく知りたいな……」


 "一部に嘘が混じる"ということは、本当の部分もどこかにあるはず。かつて姉に、一家に何が起きたのか、とても気になる依月だった。


  *


 何度か怪しい場面はあったが、今のところ順調に距離を稼いでいられている。

 依月についてくる映像はどれも依月の心を捉えてくるようなものばかりだが、依月は極力気にしないように集中して、ひたすら前だけを見て走り続けている。

 ……やはり、ちら見をなくすことはできなかったけれど。


「お?」


 一時間くらいは体感走っただろうか。依月の視界の先で、道に変化があった。


 真っすぐな道のほか、上下左右、無数に道が分かれている。別れた先、少し向こうでそれぞれ違う『依月』が立って、こちらを静かに見つめていた。


「なにこれ……こわっ!?」


 オフィスカジュアルな私服で少し背が伸びている依月。

 舞や神狩りの際に来た装束を着て——記憶より少し草臥れている——隙のない表情をしている依月。

 おしゃれなドレスを着こなして大人なメイクを決めている依月。

 ぬいぐるみを抱いて俯いているぼさぼさな依月。


 それぞれの依月の後ろには、扉があった。どの扉も開いており、向こうには青空と草木が見えている。

 誰もいない真正面の道だけはひたすら真っ直ぐ延々と伸びており、その先は果てしない闇へと通じていた。


 分かれ道が迫ってきたころ、いつの間にか、小学生にも満たなさそうな、自分の知らない幼い自分が依月のそばで浮いていた。

 亡霊のような少女は長い髪を風に揺らせ、16歳の依月へ静かな瞳を向けていた。

 ……今の依月とはまるで違う、もの静かで、おとなしそうな子だ。


「あなたは、どれになりたい?」


 幼い依月は言う。


「それとも、えらんであげよっか?」


 依月は幼い自分と目を合わせ、困惑する。

 しかし、あらゆることよりもどうしても気になった”それ”を、まず聞くことにした。


「……きみは、小さい頃のわたしなの?」

「そう。わたしは6さいのあなた」


 嘘かもしれない。でも、判断する材料がない。

 依月には本当の自分だという確信は持てなかった。

 何故なら、彼女には小学生になるまでの記憶が全く無いから。この子の纏う雰囲気が静謐、神秘的すぎて、今の自分とかけ離れすぎているから。


 分岐が迫っている。依月は首を振って問いを続けた。


「あそこにいるわたしは?」

「あなたの、かのうせい」

「可能性?」

「あなたにとって、ほんとうにありたいすがたは、どれ? きめられないなら、えらんであげるね」

「本当にありたい姿……」


 依月にとって、”将来”というものはひどく難解で、答えの出ない問いかけだ。

 流されて生きている。ずっと。今が楽しければそれでよかったし、今も家のことで流され続けて、ここにいるわけである。


 自分がなりたい未来像。それがはっきり形を成して、依月の視界前方を埋めている。

 どれも輝いていて、或いはこうだったらいいな、というたくさんの未来を見せられている。

 依月には眩しくて、とても難しい問題だった。


「きみが選ぶとしたらどれになるの?」


 依月は少女に問うてみた。


「あれとかいいんじゃない? ヒーローみたい」


 右斜め上を指す幼い自分の指の先を追うと、そこにあったのは、煌々とした緑色の光に包まれて、すべてを圧倒せんとする孤独な戦士が立っていた。ぼろぼろに装束は擦り切れ、髪は短く雑に切られ、表情は硬く、瞳は戦意で爛々と輝いている。


「あれは……」


 何故だろう、それを見ただけで依月はどうしようもなく申し訳ない気持ちになった。

 誰に? 何に? 依月は戸惑う。


「むかし、みんなにやくそくしたもんね。わたしがまもるって。ずっと、やくそくをまもってたら、こうなってるんだろうなあ。かっこいいなあ」


 ずきん、と依月の頭が痛む。

 ふらつきそうになるが、後背の崩壊のこともあり、脚を止めるわけにはいかない。

 ……半ば無意識に口が動き、依月は少女に語りかける。


「……そっちは、多分悲しいと思う」

「?」

「なんでだろ……、ヒーローになるのはかっこいいと思うし、あれ見てたら変な憧れと悲しさがきてふしぎな気持ちになるね。けど、よくわかんないけど、あれは目指しちゃいけないって、そんな気がするの。……わたしの心が、そう言ってる」

「ふうん。じゃあ、なににする?」

「……」


 ぐるりと見渡して、依月はさまざまな可能性を眺める。よくよく見ると、別れた先の道はしっかりしているものがあれば、踏んだだけで割れそうな頼りないものもある。


 依月は、候補を3択にまで絞って、大いに悩む。


 ファッションモデルのようにいろんな衣装を着込んで撮影している、ずいぶんと垢抜けた依月。

 装束を着込んで、巫として生きる依月。

 そして——。


「あーもー! 悩んで答えが出ないってことはっ!!」


 依月は諦めたように大きくため息をついて叫び、加速する。幼い自分が目を丸くする中、依月は選択の時を迎え、そして。


 そのまま真っ直ぐ、暗闇へと直進する道を選んだ。


「……いいの? このさきなんにもわからないよ」

「いいの! いま将来なんて決めたくないし!」

「べつにこのみちはせいかいじゃないかもよ?」

「まさかのハズレ!? ……うー、やっぱあのドア、ゴールっぽいもんね……。……いいの、もしダメだったらやり直してもっかい悩むもん」


 未練たらたらで後ろを振り返る依月。

 静かについてきていた少女は、その様子を見てくすりと笑った。


「そっか」


 ずいぶんと控えめに笑うものだ。依月は、自分の笑顔の写真を想起しながらそう思った。

 しばらくいっしょに前へと進み続けていたが、やがて全ての分岐路が崩壊に飲み込まれ、少女はふわりと依月から遠ざかっていった。

 

「またあおうね」



 そう言って彼女は煙のように消え、依月は1人になった。



 ——孤独に、暗い道を突き進んでいく。

「虚実の間」

"自己"の強さが試される試練です。悪意、嘘を混ぜ込んだ自身/知人の記憶や、曖昧な未来の可能性などをわかりやすく視覚化して、内面の弱さ・迷い・葛藤を引き出してきます。感情が負に傾くと地面は綻び、落ちやすくなります。進み続けることができなくなると、最初からやり直しです。

ここの試練で大事なのは”己の意思で立つ力”です。分かりやすい未来像に流されたり、本当かもわからない曖昧な情報にとらわれることなく、自分の中にある”大切にすべきもの”を崩すことなく持ち続けることが肝要です。

自分の信じることに対して真っすぐな依月にとっては、最も容易い試練でしょう。


Q.「虚実の間」で足を止め続けるとどうなる?


A.身体が消える恐怖と、刺されたような頭痛に永遠に襲われ続けます。

 発狂/廃人化直前で試練は強制中止、現実に意識が引き戻されます。


Q.直線以外の分かれ道を選ぶとどうなる?


A.その未来でどういった人生を歩むかを、悪意をブレンドされて追体験します。

 ある程度見たところで最初の地点に飛ばされ、結局最終的には、直進を選ぶことになります。

 なので、依月は実際のところ一発で正解を選びました。


Q.あの幼い依月はなんだったのか?


A.あれおかしいですね。試練にそんな機能はないんですが。

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