第五話 その2
今後、9時更新と18時更新を交互にしていきます。恐縮ですが、よろしくお願いいたします。
次回は7/23 9:00更新予定です。
たった4つの使いかた。
依月でも覚えやすく、応用的なことも特にない。異能に慣れない少女にとって現実的な範囲での使いかただ。筋道がなんとなく見えた依月は、拳を握って気合を新たにした。
気持ちを切り替えるとばかりに、姉は手を打ち鳴らす。
「もちろん、四種とも過剰に力を籠めると大変なことになるからね。……さて、座学はここまで。実際に練習しようか」
「う、うん。ばっちこい!」
まだ尻込み気味の依月だが、今度はやる気を見せている。
先ほど、皐月が石ころで粉砕したものとは別の丸太のもとへと、二人は近寄った。
「じゃ、レッスン1。右の手首から先だけに『剛』を発動。デコピンで丸太を打ってみて、丸太が壊れなければクリア」
「右の手首から先だけ…」
依月は赤い光を発し、自分の右手を見つめる。
「剛!」
力の強化先を選ぶ。すると、以前同様赤い光が自分と混じりあうような独特な感覚とともに、纏う光が右手のところだけ力強くなった。
しげしげと掌を眺めるが、妙に頼もしい感じがする。
ちょっと慎重に歩いてみると、今度は足元がめくれない。
思わずほっとする依月。
立てられた丸太の前に立ち、すこし観察した。
太く、年季の入った硬そうな木だ。直径六十センチはありそうで、高さは依月の腰ほどもない。念のため『世界の声』で聴くが、生きてはいない。安心する。
覚悟を決め、しゃがみこんでデコピンの姿勢をとった。
「えい!」
気合一閃中指を放つと、触れるや否やの勢いで丸太は木っ端みじんに砕け散る。
凄まじい突風が吹き荒れ、手を向けた方向の森が激しく揺れた。鎌鼬だか空気砲だかが生じていたようで、一部枝が折れてしまっている木々もいたほどだ。
「……」
「……」
「言霊を発するとき、どうするんだっけ?」
「な、なりたい強さを、イメージすること……」
「忘れてた、と」
「てへ」
『世界の声』で樹木たちからの苦情が届いている。
指先ひとつで巻き起こした惨劇に死んだ目をしながら、依月は大慌てで謝罪し、『剛』を解除した。
姉はため息をひとつついて、庭の倉庫から新しく丸太を持ってきた。青い光を発しながら、丸太になにやら短冊を貼り付けている。
「闢則。神籬久遠結――次からこれでやろう。砕けても、私の力が続く限りこの状態に回帰する」
「んー……? 今更かもしれないけどさ。わたしはその青いやつって使えないの?」
「あー、現状だと無理ね。追々説明するから、今は赤に集中」
「ぶー」
皐月に視線で促され、不貞腐れながら再び自らを赤く灯す。
今度は、しっかり想起する。
ちょっとだけ、いつもよりちょっとだけ力の強い自分を。
「……剛」
特に意味はなさそうだけれど、イメージに引っ張られて小声になった言霊。
強化された右手を眺めるが、体感は先ほどと特に変わりはないようだ。
首をかしげるも、指を丸太前で構える。
――苦情を受けて、一応斜め上に向けて打つように位置調整。
「ほいっ!」
放たれたデコピンは、先ほどと変わらず、丸太を木くずにした。
「……」
「……」
皐月が無言で構えた右手の指先が青く灯ると、粉と化した丸太が瞬く間に元の見た目に戻る。
「なんか変わった? どうイメージした?」
「いつもよりちょっと強い、くらい……」
「普段通りを一、マックスを百としたとき、数字にすると?」
「たぶん、四とか五とか」
「……なるほど」
姉はため息を一つ。
「じゃあ、実験。いつもと全く同じ力、でイメージして『剛』を使ってみて」
「んー? それだとどうなるの」
「赤く光るし巫の力もわずかに消費してるけど、普段通りの強さという状態になる」
「わかったー」
依月はいつも通り、を強く意識しながら『剛』を再度発動させた。
今度は、酷く頼りない赤光が身体を包み込む。
露骨にわかった。
今の自分の右手は、とっても弱い。
丸太にデコピンしてみる。
「いったぁ……っ!?」
樹皮すら剥げず、爪にじーんとくる鈍痛。依月はうずくまったり、じたばたしたり、右手をぶんぶんと振ったりと忙しい。
「なるほどねぇ」
同情なのか、面倒なのか。複雑な表情をたたえた皐月は、その光景を見ながらつぶやいた。
依月の痛がりが収まるのを待って、皐月は続ける。
「実験続き。二くらいの力で発動してみて」
「うー、爪まだ痛いんだけど……剛!」
いつもより「ちょっと強い」じゃない。「ほんのちょっと強い」、だ。ひと掬いの水を、そっと垂らすような感覚。
けれど今度も、最初と同じくらいの強さを得ている気がする。
半ば確信に近いものを感じながら、丸太の前にしゃがみ、指先を放つ。
丸太は、案の定粉砕された。
何度も頷いていた皐月が右手を構え青く輝かせると、丸太は元の状態に戻る。それを見て、依月は「おお」と目を丸くした。
「ん、よくわかった」
「どういうことなのこれ?」
「おまえの力があまりにもピーキーすぎるのよ」
「ぴーきー?」
少女は首を傾げた。
「力の上限が高すぎて、ほんのちょっとの力でも極端な出力値になるってこと。依月にとっての二は、恐らく私にとっての百を超えているの」
「……。そんな力どうしたらいいの……」
「難しいけど、百段階では話にならない。小数点以下の調整が必要になるね。1.1でも多分強くてクリアできないだろうから、まずは1.01くらいの出力を心がけてみて」
「うへぇ」
ただでさえ算数が好きでない依月。それでなくとも、整数値での調整も今のところ上手くいってるのかよく分からないのに、更に難易度を上げてくるような皐月の提案。
前途多難そうな気配に、依月はしかめ面になった。
●言霊について
巫参色に於いて言葉とは法則であり、力です。光を放ちながら口に出す言葉にはすべて意味が宿り、そのうち能力にあった適正な言葉が「言霊」と呼ばれています。
武器や衣装の名前、また術に使われる巫の言霊には音訓読みが入り混じっていますが、これらには特に深い意味はありません。
長い歴史の中で読みやすさや流行、美しい響き、また神の気まぐれ…様々な意図が絡んでおり、ニュアンスが伝わればよいくらいの感覚の代物です。
言霊を言霊と意識せず、また力を発せずに喋った場合、それは力をもちません。意志と発音、両方そろっての「言霊」です。